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死者の手 ~紅茶とコーヒーと不死人~  作者: 直さらだ
第十一章 一緒に歩むなら
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四十五節 ふあぁ……癒されー

 ひと月とちょっとが経過し、俺の新しい教え子であるリムとその班員が例の任務へ出発し、そして無事に帰ってきた。

 とりあえず一安心だ。とりあえず俺の当初の目標は達成した。

 が、任務は失敗。報告書によれば、目標が銃器を大量に所持していたことと、仲間に凄腕の剣士と狙撃手がいたらしく、部隊長を務めていたクリフ他多数の隊員が死亡したようだ。

 任務に参加していた俺の部下も死んだ。ニコ、エミリー、ショーン、ヴィクトル、ハリー、皆いい奴だった。だが死んだ。

 死ぬ時はあっという間だ。俺だって何度死にかけたかわからない。


 それでも助かった命も大勢いた。リムとその班のおかげだ。

 アスターシャム家の末っ子が新しくアルバサイド学院に入学し、運の良いことにリムの班に入っていた。

 アスターシャムの子の多くがそうであるように、ソイツも治癒魔法の使い手だった。銃で撃たれて死にかけていた隊員達を助けたらしい。

 更にリムの仲間の一人が《魔素変質トランスミッション》という魔法を使い、炎壁を生み出して目眩ましと分断を行ったようだ。おかげで隊の大部分は無事に生き残った。


 情けない。大人がガキに助けられてどうするんだよ。魔法の資質の差はあるかもしれないけど、経験値ではお前らの方が上だろと言いたい。

 でもこれが現実だ。俺のくだらない嘆きは一蹴される。

 エリート連中と比べれば、一般の隊員は弱い。魔法を少々と体術を修めただけ。

 チンピラには負けないだろうが、銃を持った人間には負ける。


 それは俺達暗殺部隊だってそうだ。

 死んだ連中は一般の隊員よりかは強いだろうが、その分危険度の高い行動を強いられていた。

 俺が十一年前に下層で死にかけた時と同じだ。違うのは、助けてくれる人間がそこにはいなかったこと。


 そして報告書だ。ここに嫌なことが書いてあった。

 赤毛の女狙撃手と剣士と書いてある。

 たったそれだけの記述だが、俺にはすぐにわかった。

 ……アシュリーだろ、どう考えても。剣士の方は相棒のヘイデンとかいう野郎で間違いないはず。


 直接俺が関わった訳じゃないが、嫌な展開だ。

 アシュリーと『死者の手』がかち合ってしまった。

 オスニエルのジジイに根回しをして、早めに引っ張り上げる努力をしないとマズイかもしれない。

 そんな風に考えて、内心物凄く焦っていたせいなのか、ミスを犯してしまった。


「――じゃあ……先生、ありがとうございました。おやすみなさい」


 リムが軽く頭を下げてきた。


「おう、おつかれ。……あぶねぇことはすんなよ。なんかあったら頼れ」


「はい、ありがとうございます。おやすみなさい」


 リムの班員のアリス――どうでもいいが、俺の見立てではコイツはリムに惚れている――が同じように頭を下げると、リム達はぞろぞろと連れ立ってラウンジを出ていった。

 一人取り残され、俺は首を揉みながら盛大にため息を付いた。


「あ゛ー……やっちまった」


 ホントに。やってしまった。

 どういう経緯なのか知らんが、リム達の口からアシュリーの名前が出てきたのだ。アシュリーとヘイデンという何でも屋に心当たりはないか? と。

 完全に動揺した。頭の中で思考をグルグル回した状態でテキトーに返したのがまずかった。

 あろうことか、俺はそんな裏稼業の人間は知らないと答えてしまったのだ。

 アイツらは一言も裏稼業なんて言っていなかったのに、だ。


 そこからはもうお察し。

 詰め寄られ、居場所を教えろとわめきまくる。

 だが場所は知らない。

 知らないものは答えようがないので、探してるならコーヒー屋でも当たってみろと仕方なく教えた。

 アシュリーは聞いたところによると、俺に会う程ではないが自由な時間が取れた時は、中層のコーヒー屋を巡っているらしいのだ。これを聞いた時は微笑ましいとか思っていたのに、どうしてこうなった。


 だがまあいい機会かもしれない。

 どういう理由でリム達がアシュリーとそのおまけを探しているのか知らんが、決して喧嘩をしたいという雰囲気ではなかった。

 名前を知っていたってことは直接何かやり取りをしたはずなのに、それを上に報告してもいない。ってことは、何か事情があるんだ。殺さなくちゃいけない相手と話したい、事情が。

 上手く事態を転がせれば、アシュリーを助けるチャンスを作れるかもしれない。


「……ジジイのところに行って、俺も動いてみますかね」


 独り呟き、俺は立ち上がった。

 動くなら素早くだ。アシュリーに会えるかもわからないが、事態は動き始めている。

 『死者の手』とこんなに大きく接触したのも初めてのはずだ。それならきっと、アイツは俺に会って話がしたいと考えるかもしれない。

 アイツは強がりだが甘えたがりでもある。慣れないことを経験した後なら、きっと俺を頼ってくれる。それに賭ける。

 俺はラウンジを出て、オスニエル学長の元へ急いだ。


---


 それから二日後。いつものあのカフェでジッと待っていると、真後ろの席に女が座った。

 見なくてもわかっていた。アシュリーだ。二日間ここで待った甲斐があった。


「二時間後にパーシヴァルの家に行く」


 アシュリーが小声で言い、それきり黙った。あまり元気のいい声色ではなかった。

 俺は返事代わりに紅茶を飲み干すと、立ち上がり勘定に向かった。

 いつも通り見られないよう注意を払い自宅へ戻り、アシュリーの到着を待った。

 きっかり二時間後に彼女は現れ、俺と同じく人に見られていないことを確認しながら家の中に入ってきた。

 疲れた表情で俺に抱きつく。


「ふあぁ……癒されー」


「何言ってんだお前は」


 アシュリーを抱き上げリビングに移動し、ソファに並んで座った。アシュリーがころりと寝転がり、俺の膝の上に頭を乗せた。

 額に掛かった髪の毛を払ってやりながら尋ねる。


「どうしたんだ?」


「んー?」


「元気、なさそう」


「あー、うん……。ちょっとねー……」


 話すか話さないか、微妙に悩んでいるのだろうか。こっちから切り出してやろうか。


「お前さ、『死者の手』の……リムっつーガキの班となんかあったのか?」


「え、リムちんのこと知ってるの!?」


「リムちんって……」なんつーテキトーなあだ名。つーかやっぱり接触してたか。「リムは俺の教え子だよ。急ごしらえだがな」


「そっかー。そうなのかー」


 アシュリーがコロコロ膝の上で頭を動かしながら呻いた。俺の腹に顔をうずめ、息を吸う。


「……そいつらと、なんかあったんだろ?」


「うん……。……それに知ってそうだけど、『死者の手』の隊員、殺しちゃった……」


 アシュリーは嗚咽を漏らし始め、俺の腰に手を回して遂には泣きじゃくり始めてしまった。


「仕方ねぇことだろ。それがお前の仕事なんだから」


「でも……でもぉ!」


「泣いたって変わらんだろう。お前は確かに隊員を殺した。でも俺達も殺してる。罪のない人間だって、何人もな。誰も悪くない。忘れろ」


 アシュリーの頭を撫でながら、しばらく好きに泣かせてやった。

 少し言い方がキツかっただろうか。でも、忘れるしかない。人の死について敏感になるのは、今の時代良いことじゃない。例えそれが知り合いの組織でも、だ。

 俺の部下だって、死ぬ覚悟はいつでもしていたはずだ。それが偶然やって来ただけ。それが偶然、アシュリーや相棒の手だっただけだ。

 落ち着いてきたのか、アシュリーが顔を上げた。


「ふぅー……気持ち、入れ替えるよ。でもごめん。アタシやヘイデンが、パーシヴァルの仲間を殺しちゃった。本当に、悪いと思ってるの」


「おう。あるのか知らねぇが、天国に行けるよう祈っとけ」軽くアシュリーの頭を叩き、笑ってやる。「話を戻そう。リム達と何があった?」


 アシュリーは起き上がり、目元を拭ってから答えた。


「リムちんの班に、黒髪の女の子いるでしょ?」


「ん? ああ、いるな」


 確かミズハとかいう名前だったか。昔の移民一族の子らしい。胸も尻もねぇ女の子だ。覗き甲斐がない。


「その子と、アタシの仕事仲間……ヘイデンが兄妹弟子らしくて」


「身内みたいなもんか?」


「そんな感じ。ヘイデンはその子のお家で養子になってたんだけど、ちょっとトラブって、家出して下層に降りてきちゃったの。それで、この間の仕事で偶然鉢合わせちゃって。その子、ヘイデンのことをずっと探してたみたい」


 また面倒くさそうなことになってんな……。


「どういう理由かは面倒くさいし聞かないけど、とりあえず一点。悪い、リム達に問い詰められて、うっかりお前のこと漏らしちゃった」


「はぁ!?」


 アシュリーが見たことのないような顔で俺に詰め寄ろうとしてきた。慌てて手を振り遮る。


「待て待て落ち着け。コーヒー好きとしか話してない。アイツら今な、お前のこと……正確には多分ヘイデンを探してるんだ。理由は聞かなかったが、まあそういうことだろ?」


 話が繋がった。家出したバカ兄弟子をミズハが探してるって訳だ。

 偶然下層の任務中に鉢合わせ逃亡されるが、アシュリーの名前を手に入れた。そんでまたもや偶然出くわした俺に話を振ったら俺がポカしたと……。

 リム達はヘイデンと接触するために、アシュリーを探している。

 どう動くべきだ……?


 考えろ。

 まず、そもそも当人達の気持ちはどうなんだ? 殺し合いに発展するようなアレだったら、アシュリーも引き合わせたくないと思うだろう。

 その辺の問題がないとして、実際にアシュリーとリム達が会った場合だ。

 上手くことが進めば、ヘイデンの問題は解決して、あとは裏社会との関係を断てば戻れるって段階にいけるかもしれねぇ。


「ねぇパーシヴァル」


「あ? なんだ?」


 思考を中断され生返事をした。


「別に考え事するのはいいんだけど、これ、無意識?」


 アシュリーに言われ、俺は周囲を見回した。

 いつの間にかアシュリーが俺の股の間に座っていて、俺はアシュリーを胸の上に寄り添わせながら抱きしめていた。

 柔らかいしあったかい。控えめに言って最高。


「……無意識だな。ほら、数ヶ月会ってなかったじゃん? 多分それだよ、それ」


 言いながらおっぱいに手を埋めた。下着邪魔だな。やっぱり生に限る。


「馬鹿やるのは後にしよーね」


 アシュリーが俺の手を叩きスルッと抜け出した。


「なんだよ、抱きつかれるまでそのままだったくせに」


 お預けとかマジっすか。いや、まあ別に本気でする訳じゃなかったけどね?

 ……止まらない可能性は高いけども。

 さて真面目に考えよう。


「アシュリー。お前から見てそのヘイデンと妹弟子が、殺し合いみたいなことになる可能性は高いか?」


 テーブルの上に腰掛けながら、アシュリーが天井を見上げた。


「うーん……ないんじゃないかなぁ。その妹ちゃんがヘイデンをどう思ってるのかはちょっとわかんないけど、少なくともヘイデン側に戦うような意思はないよ。この前は仕事だったから適度にボコってたけど」


「なるほどな。……アシュリー。俺の見立てなんだが、リム達は特別休暇を使ってお前を探しに来るはずだ」


「とくべつきゅーか?」


「任務に参加したご褒美さ。確かトータルで一週間くらい休みになる」


 通常時は週末の一日だけが休みだから、破格の長期休みである。羨ましいねチクショウ。

 平日はリム達も学院に行くし、人探しをするような時間はないはず。となれば、この休暇を使って動くのが自然だろう。

 アシュリーにカレンダーを見せ、休みがどこかを説明する。


「この日程の中で、仕事はあるか?」


「うんにゃ、今のところはない。いつ入るかはわかんないけど、多分、大丈夫」


「そりゃなにより。――そうしたら……この日、特別休暇の五日目にウチに来てくれ」


「どうして?」


「それまでに妹弟子の動向を探る。アイツに戦う意思がないようだったら、ヘイデンと会わせてやれるようにしてくれ。もしも約束の日までにリム達の班員と鉢合わせたら、テキトーに条件つけて、長期休暇の最終日にもう一度会えるように調整するんだ」


 とりあえずまずはそこからだろう。双方に戦う意思がないなら、話し合いでもなんでもしてもらって問題解決してくれりゃいい。

 それと確認したいことがいくつかある。アシュリーに聞いて、その辺も詰めていこう。

 アシュリーは頷き「わかった」と返した。


「それじゃアタシはそれまで、優雅にコーヒー屋さん巡りでもしようかな。最近南区にいいお店見つけたんだ」


「お前ホントコーヒー好きな」


 アシュリーの趣味でこれだけは理解できない。俺が苦いの苦手なだけだけどさ!


「好きですとも。でもねでもね! そのお店、コーヒーだけじゃなくてご飯とかも美味しいんだよ! 今度一緒に行こ?」


「お前の犯罪歴をなかったことにできたらな。――まずは相棒の問題解決からだ」


「うん、パーシヴァルっ!」


 アシュリーは言いながらぴょんとテーブルから跳ね下り、俺の胸目がけてダイブしてきた。

 いつも通りアシュリーをキャッチし、お尻を揉みながらキスをする。

 ムクムクと元気になっていくそれを、アシュリーの腿の付け根に擦りつけながらベッドへ移動していった。


 色々と聞きたいことはあるが、とりあえず一戦してからでもいいだろ。こっちは何ヶ月も恋人と会うのをお預け食らってんだ。


用語解説


魔素変質トランスミッション》:魔法の一種。大気中に存在する魔素マナを別の物質に作り変える魔法を総称してこう呼ぶ。

物質はマナの属性に依存するという特性があり、物質のマナを変質させるとその存在自体が切り替わってしまう。だが、形のある物体のマナは外部からの干渉を原則的に受け付けないので、例えば石をパンに変えるようなことは不可能。

例外的に大気中のマナは纏まりがなく自由に作り変えることができるが、自分以外のマナに干渉することは非常に高難度。

また、作り変えるためには対象のマナがどういうものかを熟知する必要がある。マナは特殊な体質の人間以外には視覚できないものなので、大気中のマナをどれだけ上手く扱えても狙ったものに変換させることはやはり難しい。


※追記(1/26):一部表現の修正。

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