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死者の手 ~紅茶とコーヒーと不死人~  作者: 直さらだ
第十章 明日を望むなら
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四十三節 アシュリーさんもください

 幾度となくアシュリーと重なり、宣言通り疲れ果てて倒れるまで愛し合った翌日、アシュリーはまだ日も昇らない内に下層に向けて出発してしまった。

 正直寂しい。触れ合ってしまったからこそ、行かせたくないと何度も考えてしまった。

 だが彼女をここに留まらせてはいけないと理性を総動員し、腕の皮をつねりながら俺はアシュリーを見送った。


 こういう時は思考の角度を変えよう。前向きに考えれば、また何年も待ちぼうけになる訳ではないのだ。

 仕事で多少なりとも信用を得たアシュリーは、こうして俺に会いに来てくれると約束をしてくれた。また近いうちに会えるのだ。

 それまで必死に働いて、アシュリーが帰ってくる場所を守ればいい。

 外に一緒に出かけてご飯を食べたり、それこそララに会いに行かせてやったりできないのは少しだけ窮屈な感じだが、仕方がない。

 立場上、俺達『死者の手』とアシュリーは相容れない存在だ。


 裏の世界との繋がりを断ちこっちに戻ってくるまでは、俺とアシュリーは言ってみれば仇敵のような振る舞いをすることになった。

 まずないとは思うが、鉢合わせたりしたら、本気で殺し合いをする――フリをすると決めた。お互い何度もぶち当たっては逃げられ、嫌悪感をむき出しにしている……みたいな風に装うのだ。

 アシュリーの獲物はライフルだし、俺は剣だ。近づけないよどうしよう! みたいな感じで誤魔化すことはそう難しいことじゃない。

 だが心が痛まないと言えば嘘にしかならないので、万が一のこの状況にはならないことを祈る。

 さて俺も俺で自分の仕事をこなさなくてはならない。暗殺任務が終わってしまったので、また教師としての顔をしなくては。


 朝食やらを終え、俺はトラムに乗ってシャフトへ移動した。エレベーターを降り上層に入る。

 路面に新型トラムを走らせるための軌道を敷いている工事の連中に「お疲れ様でっす」と挨拶をしつつ、ちんたら歩いて学院へ。

 寮から出てきた学生に混じりながら本館の中へ。少し進むと学生の列から外れ学長室に向かう。

 ドアをノックし名乗ると「どうぞ」と声が届いた。


「失礼しますよ、学長殿」


「おはようございます、パーシヴァル君。どうかしましたか?」


 早朝から書類と格闘してたらしいオスニエル学長が、顔を上げて訊いてきた。


「や、ちょっと野暮用というか……」


 若干話しづらい。また頼み事だし。

 俺の気配を察したのか、オスニエル学長はわざとらしくため息をついた。


「また何か?」


「いやー……その……あのですね? ほら、学長と交わしてるあの契約あるじゃないですか?」


「アシュリーさんのアレですね。それが何か?」


 ああ、微妙に怒ってるというか、また面倒事かよみたいな空気を醸し出している。

 でもちゃんとお願いしないと、アシュリーが安心できなくなっちまう。


「あの……もう一人増えたら、怒ります?」


 言った途端、ガクッとオスニエル学長は頭を傾けた。


「つまり……恩赦を与える相手をもう一人増やすという認識で……合ってますか?」


 オスニエル学長は顔を伏せたまま尋ねた。


「は、はい。昨日……アシュリーと会うことができまして、その時に約束しちゃったというかなんというか……」


 ああ、ヤバいこれ。めっちゃ怒ってそうな気がする! もうちょっと可愛く言えばよかったかなぁ!?

 オスニエル学長は首を振り眉間を揉み始めた。


「一人分でも結構苦労してるんですよわかります? 本部の隊長に沢山言い訳して、ご機嫌を取り続けて」


「な、なら、条件付きの恩赦でどうです?」


「と言うと?」オスニエル学長が訊き返した。


「え? あー……そうですね……」やべぇテキトーに言っただけだから何も考えてない。「えっと……あっ! じゃああれ、ジイさんの護衛とか、パシリとして働かせるとか!」


 表に上がって、恩赦も貰えて働き口も見つかる。完璧じゃないか。

 咄嗟に思い浮かんだにしては妙案に思える。


「裏世界で多少なりとも信用を得てるんで、腕っ節とかは問題ないはずです。きっと役に立つ。ジイさんだって、結構歳いってるし、自由に動かせる不死のコマが増えたら嬉しいだろ?」


 『死者の手』の隊員を動かすとどうしても死のリスクが高まるし、色々と言い訳をこねくり回さないといけなくなる。

 だがその点不死の……つまり無関係の人間の手先があれば、ちょっと表に言えないようなことでもできるようになるだろう。

 護衛という意味でも、何度でも蘇る不死が側につくというだけで安心感はダンチだ。


「まあそうですけどねぇ」オスニエル学長が顎を撫でて唸った。


 お? ちょっと揺らいだか? もう少し押してみよう。


「ジイさんが何を企んでるのか俺は知らねぇが、それは『死者の手』にいないとできないことなんでしょ? それが終わるまでこき使えばいい。相手だって文句は言えねぇはずです」


 だから恩赦を出せるようにするって言えこのジジイめ。

 オスニエル学長をジッと見つめると、オスニエル学長も見つめ返してきた。

 恋人同士、もしくは片思いの淡い恋心を込めた熱視線なんてもんだったら笑えるが、実際はお互いの真意とかを探る、粘ついた疑いの目線だ。

 やがてオスニエル学長は小さく息を吐き顎を撫でた。


「割に合わないので、もう一つ条件を加えてもいいなら考えてあげましょう」


「なんですか? 俺にできる雑用ならしますよ」


「アシュリーさんもください」


「はぁ!? ちょ、ふざけ――」


 俺が文句を言う前にオスニエル学長が割り込んだ。


「もちろん私の”目論見”が終わったら解放します。仕事を頼む時以外は自由に行動できるよう配慮もしましょう。時々手を借りるだけです」


 思わぬ方向に話が転がってしまった。

 どうしたもんか。だがまああのジイさん不死を使ってすることだ。本当の意味での命の危険はないだろう。それに俺も見守ってやれるはず……。

 僅かに逡巡し、俺は首を揉んだ。


「……アシュリーとその相棒に聞いてください。アイツらがやると言えば、俺も文句は言わない」


「断ったら?」オスニエル学長が尋ねる。


「その時は……アイツだけでも自由にしてやってください。俺とその相棒はこき使えばいい。なんなら”目論見”が終わった後も」


「はは、その条件じゃアシュリーさんも飲むんじゃないですかね」


 オスニエル学長が笑いながら書類にサインをした。

 朝の仕事が片付いたのか、オスニエル学長が伸びをする。


「飲んでくれるといいですけどね」壁に寄りかかり、俺は小さく笑って言った。


「飲みますよ。君から話を聞く限り、アシュリーさんも君と一緒にいないと納得しないたちでしょう?」


 その自信はどこから来るんだと聞きたいが、まあそんな気もするので反論ができなかった。


「期待しときます。じゃあ俺はこれで」


 そろそろいい時間だ。ガキに授業をしてやらにゃいかん。

 部屋を出ようとすると、オスニエル学長が俺を呼び止めた。


「パーシヴァル君」


「何です?」


「そのアシュリーさんの相棒、名前とか教えてください。先にわかっていた方が楽なので」


「は?」


 立ち止まり、振り返る。

 オスニエル学長も意味がわからないというように眉を動かしてみせた。


「ですから、名前です。中層に住んでいた人間なら住所とかで先に当たれますし動きやすい。そうでなくても、書類とかを予め作っておけるので。知ってることを教えてください」


 ……俺、名前聞いたっけ? 少なくとも記憶にはねぇな。

 昨日はアシュリーと会って、店でちょろっと話して、家で合流して、エッチして、なんかくだらないことを話したりして、エッチして、そんで寝て、見送った。

 ……うん、聞いてないっすね! 中層に住んでたってのは覚えがあるが、それ以外は何も知らねぇ!


「やべぇもう授業の時間だー!」


 俺は《身体強化アクティヴェーション》を発動させ学長室を飛び出した。

 背後から「ちょっと待ちなさい」とか聞こえた気がしたけど空耳ということにしておく。俺は何も聞いていない。

 そう、何も聞いていないのである。二重の意味で。誰が上手いこと言えと。上手くねぇし。

 今度アシュリーと会えたら訊いておこう。うん、そうしよう。また舞い上がって訊き忘れないよう、注意しないとな、うん。

 頭の中で言い訳をしつつ、本当に時間が結構差し迫っていたので俺は担当の教室に向かい、頭からこのことを追い出した。


 昼休みにジジイに呼び出されて叱られました。


用語解説


不死の護衛:基本的な方針として、『死者の手』では不死の戦闘員を用意することは許されていない。憲兵の仕事を奪わないようになどそれっぽい理由が公表されているが、実態としては『死者の手』を使い捨てるため。

不死殺しの需要は高まるばかりだが、王政府側では『死者の手』の隊員の数を一定のラインで抑えるよう工作をしており、”死にやすい体制”を作っている。

作中で言及されたように、数が増えてくると特攻任務なども行われる。

『死者の手』の中でこのことを知っている人間は少ない。


※追記(1/24):誤字修正。

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