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死者の手 ~紅茶とコーヒーと不死人~  作者: 直さらだ
第十章 明日を望むなら
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四十一節 紅茶でいいですか?

 時の流れっていうのは、まあ早い。びっくりする。

 特に忙しくしてると、気づけば一日が終わってる。それを何度も何度も繰り返し、気づけばひと月。気づけば一年。気づけば三年だ。

 アシュリーがケジメをつけると言って家を出たあの日から、もう三年。ホントにあっという間だった。

 まだアシュリーとは一度も会えていない。どこで何をしているのか、気にしなかった日は一度もないんじゃないだろうか。

 誇張なしに、そう思う。


 俺は俺で、ある程度落ち着いてきた感じが出てきた。

 どうなることかと思っていた学院での教師生活も意外と上手く――かどうかはあくまでも自己判断だが――いっているし、暗殺部隊の方も運の良いことに死人は出ていない。それどころか新人が一人増えた。

 教師の仕事は割りと楽だった。オスニエル学長が言っていた通り、他の教師よりも大分授業やらなんやらの時間を減らしてくれているらしく、ぶっちゃけほとんど教えていない。

 一人中々に動ける奴がいたので稽古は付けてやったが、仕事したなぁというのはその程度だった。

 そいつもそいつでまだ鍛えてる途中だし、スカウトするかも決まっていないが。


 どちらかと言えば本業の方……つまり暗殺部隊の仕事の方が忙しかった。オスニエルの腹黒ジジイの邪魔になりそうな実業家や貴族を、どうにかこうにか因縁つけて消してやった。

 何人も、何人も。

 何かしら目的があるのだろうが興味はない。大事なのは、アイツの言う通りにしておけば、アシュリーが戻ってきた時に不自由しなくなるということだけだ。

 そのためなら、どんな聖人だろうが殺してやろう。


「――じゃ、そういうことで」立ち上がり、手を軽く振って部屋の戸を開ける。


「ええ。また報告をお願いしますね」


 オスニエル学長は手を振り返し俺を見送った。

 俺はさっきまで、不正な取引をしていたらしい商人をぶっ殺してきたよという報告をオスニエル学長にしていた。ちなみに実際にやったのはララである。アイツもこの仕事に大分慣れてきたらしい。

 さてあのジジイが殺すよう依頼してくるのは、大体がこういう不正やらなんやらをやっている奴らだ。要するに、ロズメリア統治法で死刑に定められていることをやっている奴ら。

 とは言えあまり規模の大きくない……なんなら見逃してもいいんじゃないかってレベルのことでも消してくるよう依頼してくる。

 多分、将来的に邪魔になりそうな奴を排除するための方便なのだろう。少しでも殺せる証拠を掴めば、たちまち殺されてしまう。まあ実際厳格にやるなら殺さなきゃいけない奴らなんだが……ちょっと過剰とも言える。

 逆に、結構大きな不正をしていてもオスニエルのジジイと交流が深い奴らは無事だ。邪魔にならないから、なのだろう。


 ともかく、今日の俺の仕事は終わった。任務絡みで動いている時は教師業も休んでいるので、午後からは完全にフリーだ。茶でも飲んでから家に帰ろう。アシュリーの部屋をいつも通り綺麗に掃除して、そうしたら酒でもやろうか。

 東区に降り、中心街の少し外れ、丁度我が家への途中にあるとある店に向かった。

 この店は教師生活をするようになってからよく行くようになった行きつけだ。紅茶はそこそこ美味いし、どうも聞いたとこによるとコーヒーも美味いらしい。なんとなくアシュリーが好きそうかなと思ったのが、行きつけになったきっかけだった。

 前にララに言われたが、結局俺の私生活や思考は基本的にアシュリーを軸にして回っている。この場にいてもいなくてもそれは変わらない。

 ここまで自分がアシュリー中心の生活になるとは思っていなかった。ホント、昔の俺はどうやって日々過ごしていたのだろうか。


 店に到着し、扉を押し開いた。ドアに備え付けられたベルが鳴り、客が入店したことを店主に知らせる。

 店にはまだ俺以外の客はいない様子だった。昼前だし、仕事や家事で忙しくしているのだろう。午後休みバンザイ。

 店主は俺を見た途端、作業する手を止め穏やかに笑いかけた。


「いらっしゃいませ。紅茶でいいですか?」


「ああ、頼む」


 頷き返し、いつも座っている席に勝手に移動する。

 流石に二年以上通っているので、俺は常連客的な扱いを受けるようになっていた。

 最初の頃は仮面を付けた『死者の手』が現れたってんで怖がられていたが、今ではにこやかに応対してくれる。慣れって凄い。他の常連客からも怖がられることはなくなってしまった。

 仮面の下半分だけ外し、紅茶が届くまでボーっとする。

 なんか、意識が飛んでいくというか、周りの音が入らなくなってくる。視界も、見えてはいるがすり抜けていく感じだ。脳に入っていかない。まさしくボーっとしてる。

 カラカラと店のドアベルが鳴った気がする。客が来たのかもしれない。


「――――で! あ、アタ――――…………」


 何かを注文したらしい。若い女の声だ。主婦とかかね。でもそれなら一人ってのも珍しい。

 なんとなく、主婦ってのは群れているイメージがある。家事の合間に出かけて、同じ主婦仲間とお喋りに興じる。そんな感じ。

 実際この店でも、午後やなんかに来るとぺちゃくちゃ喋りながらティータイムを楽しんでいるらしい主婦グループを見ることがあった。

 そういう光景を何度も見ているからこそ、女が一人でこんな時間にやってくる、というところが気になってしまったのかもしれない。


 そんなことを考えていると、椅子を引く音が目の前からした。……おかしいだろ。なんでガラガラなのに俺と相席しようとするの?

 目をしばたき意識を覚醒させると、目の間に真っ赤な赤毛の女が座っていた。

 タンクトップに短いホットパンツ。サラサラとした長い赤毛をポニーテールにして、少し尖った犬歯を見せて笑っている。

 驚愕で何も言えずに固まっていると、俺の前に紅茶とコーヒーが置かれた。赤毛の女が「どーも」と言ってコーヒーを受け取る。

 コーヒーを一口飲み、恍惚とした表情を浮かべた。心底美味いと感じている、見慣れた、そして見惚れる顔だ。


「な、なんで……!? ア、アシュリー……だよな……?」


 俺は震える声で小さく言った。完全に動揺している。任務じゃそんなこと一切しないのに、今は異常に緊張している。

 目の前に座っている女は、どこからどう見てもアシュリーだった。

 三年前に別れた時よりも少しだけ大人っぽくなっているが、見た目の印象は変わらない。何せ不死なのだから。別れた時ぐらいで身体の成長は止まっている。

 彼女が大人っぽく感じるのは、三年という月日の間に多くのことを経験したからなのだろう。顔つきが少しだけ大人びていた。でもそれ以外は三年前と同じだった。

 アシュリーは俺に向かってもう一度笑い、目を細めた。


「――久しぶり! パーシヴァルっ!」


三年越しの明るい声色が、俺の心を揺さぶった。


※追記(1/22):一部表現の修正。

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