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死者の手 ~紅茶とコーヒーと不死人~  作者: 直さらだ
第一章 手を差し伸べたなら
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四節 まっずい!

 あー、ダルい。ダルいよ。マジで。魔法の使い過ぎだ。怪我した身体にゃちょっとキツイ。

 目を開けると目の前にアシュリーが居た。寝ている。アシュリーが居た場所は、正確には俺の隣だ。俺は横向きになって寝ていたらしく、隣に居たアシュリーが目に飛び込んできたらしい。

 ろくなもんを食べていないのに、ぷっくりとした唇は血色もよく女性らしさを感じさせなくもない。大人への階段を一歩ずつ登っている、という感じだろうか。

 触る。柔らかい。プニッとしている。ほっぺたも柔らかい。よく伸びる。唇と頬に触れられたせいか、アシュリーが小さく「んんっ……」と呻きながら口を半開きにした。

 自分の頬を触ってみる。髭でチクチクする。老けたなぁ……。


 結構身体の調子は良い。昨日どうしたんだっけ? ああ、そうだ。マナがなくなったか、体力がなくなったか、もしくは両方で、倒れたんだ。

 身体を起こし首を揉む。もう日が登っているらしい。隙間から頼りない明かりが差し込んでいる。

 頭が痒い。風呂入りたい。川の水じゃなくて、熱いやつ。頭からお湯を思いっ切り被るんだ。あれは気持ちいい。学生の頃はお湯使い放題だったから、よくやっていた。

 頭を掻きつつ、薄っぺらいシーツから身体を抜き出す。寝たままだったアシュリーにシーツを被せ部屋を出た。


 傾いた椅子に座り、股の間で両手を組んで握ったり開いたりする。身体のダルさが消えていくのを感じる。一晩ぐっすり寝て、大分よくなったらしい。怪我の方はそこまで変わってないが。

 昨日の糞共はどうしているだろうか。見逃したのは甘かっただろうか? だが、ぶっちゃけ五人も相手して《死への誘いリーサルタッチ》を使いまくるのはしんどかった。不死を殺せる唯一の手段だが、発動にはそれなりに体力も使う。それに殺ってる最中はスキだらけだ。現実的じゃない。こいつのせいで俺の身体は不死じゃなくなっちまった。呑気に一人ずつ始末していたら、その間に殺されていただろう。

 時々、やっぱり不死を辞めるべきじゃなかったかなと後悔することがある。死なない……というか、死んでも巻き戻る身体ってのはやっぱり便利だった。何より老けないってのがいい。不死人なら十八ぐらいの身体で固定される。素晴らしいじゃないですか。夜更かしし放題。身体も絶好調。

 そういう状態を知っていたからこそ、不死を辞めた今、老いを感じると悲しくなっちまう。オスニエル隊長なんか、もうすぐ爺さんって年だ。近い内に隊長も辞めるって聞いている。


「……仕事、行くか……」


 呟き、斧を手に取り外へ出る。

 体力は十分。マナも完璧に欠乏した訳じゃなさそうだし、薪を割るぐらいなら平気だろう。怪我さえ治れば、とっととこんな掃き溜めみてぇな場所から出るのに。

 ……だがアシュリーはどうする? どうするのが正解なのかわからない。いや、正解はわかってる。アシュリーは犯罪者だ。自白してる。ならロズメリア統治法に則り、彼女を殺してとっとと帰ればいい。それが、『死者の手』……不死を狩る者としての姿だろう。

 だが、そうやって単純に考えられないのが人間って奴だ。犯罪者でもガキだ。別にアイツは望んで犯罪者になった訳でもない。生まれる場所は選べないんだ。俺はラッキーだったが、アシュリーはツイてなかった。こんな糞みてぇな場所で生まれたせいで、犯罪に手を染め、バレたら殺される人生を歩んでいる。不死なのに殺されるってのも、どうにも不思議な話だが。とにかくアイツには恩がある。傷が治ったからはいさようならという訳にはいかない。


 路地を歩いていると突然「あぁ……うぁ……あぁっ? ぁあああああああああああああああああっ!!」と妙な声が響き渡った。

 呻き声。かと思ったら絶叫。真隣だ。

 細い路地に、痩せこけた男が挟まっていて、俺を見て叫んでいた。

 気狂いだ。


「あぁっ! あああ……!」


 聞き取れない音を口から吐き出しながら、俺に向かって手を伸ばし、狭い路地を越えてこようとする。だがどう見ても人が通れるような隙間はなかった。腕だけが、俺の側を掠める。

 気狂いってのは、一言で表せば精神がおかしくなっちまった不死だ。糞みてぇな長い生活で脳がヤラれちまった奴ら。中層で行動している限りは見ることはない。気狂いは皆、下層に押し込められているからだ。俺も数回しか見たことがない。

 服を剥ぎ取られているのに、無関心。家を追い出されても、無関心。自我を失った気狂い達が求めるのは、死だけだ。

 どうしてだか知らねぇが、元気な奴らを見ると襲いかかっちまう奴も結構いるらしい。こいつもそういうタイプのようだ。

 肩に担いでいた斧を下ろし、左腕で伸ばされた気狂いの腕を掴んだ。路地の僅かな隙間に斧を差し込み、気狂いの頭の上に振り下ろす。


「あぎゃっ!」


 気狂いの頭が潰れ、脳髄を撒き散らした。奇妙な鳴き声を発して、全身の力が抜けていく。死んだようだ。

 左右を確認。誰も居ない。ついでに屋根の上も確認。下層じゃ『屋根渡り』とかいう移動方法がメジャーなせいで、屋根の上で人が走り回っている。不死の身体を有効活用しているって訳だ。普通に地上を歩くんじゃ、下層は入り組み過ぎてて時間がかかるから、まあわからないでもない。よくやるなとも思うが。

 俺は念のため《意思感知アニムスディテクション》――周囲の気配を探る便利な魔法だ――を発動させた。誰もいない。大丈夫だ、見られる心配はない。


 左腕にマナを送る。手の甲がぼんやりと青白く光った。腕も光っているはずだが、袖に隠れて見えない。

 手に持ったままだった気狂いの腕から、粘着質な感触をした何かを感じた。コイツのマナだ。目には見えないがわかる、抜き出せた。思いっ切り引っ張り、身体との繋がりを断ち切る。

 急に抵抗感が消え、マナを身体から奪い取れたことを俺に知らせた。気狂いの身体がみるみるうちに茶色く変色していき、肉は削げ骨と皮の境目がなくなっていく。やがて自重を支えきれなくなり、気狂いの身体が崩壊した。塵と化し、一部が風に流されて飛んでいく。

 ……本当はいけないんだがな。だが、放置するのも可哀想だろう。

 斧にこびり付いた血を靴底と砂を使ってどうにか落とすと、俺は再び『仕事場』に向かって歩いていった。


-----------------------------------------


 仕事を終え仮の寝床に戻ると、入ってすぐの所に置かれた傾いた椅子に、アシュリーが座っていた。椅子の上で三角座りをして、膝の上に顎を乗せている。アシュリーが俺に気づき、ホッとしたような表情を浮かべた。


「よかった……。急にいなくなっちゃったから……」アシュリーが膝を抱いたまま言った。


「ああ、悪い。気持ちよさそうに寝てたんでな」


「どこ行ってたの? っていうか、昨日たおれちゃったのに、動いてだいじょーぶなの? ケガだって……」


「うるさいうるさい。一度に何個も訊くんじゃねぇ」首を揉みつつ、斧を立てかける。「行ってたのは仕事。お前さんと違って、こっちは毎日やらないと怒られるんだよ。……くそっ、馴染み過ぎだろ俺……」


 ここいらの奴らの生活に組み込まれてる感じがヤバい。

 ため息を一度ついてから続ける。


「先に三番目。怪我はまあ変わりない。我慢すればそれなりに動ける。もうそろそろって感じだな。んで二番目」アシュリーの前に屈み込む。「昨日のは魔法の使い過ぎで疲れただけだ。爆睡したから、大丈夫」


「ホントに?」


「ホントだよ。この通りピンピンしてる」


 アシュリーの真っ赤な髪を撫でてやり、俺は笑みを作った。上手く笑えているだろうか? 可笑しい時以外……要するに励ますようなシチュエーションで笑った顔を作るのは苦手だ。自信がない。

 立ち上がり、軽くアシュリーの頭をポンと叩く。アシュリーは目を一瞬瞑ると、尖った犬歯を見せて笑った。


「メシにしよーぜ。俺ぁ腹減ったよ。クタクタだ」腹を撫でて空腹であると訴える。


「うん、いっしょに作ろ?」アシュリーが椅子から飛び降り、もう一度笑った。


 二人で不味いスープを作り、向かい合ってすする。悪くない。味は悪いけど、悪くない。ここ最近思うのはこればっかりだ。

 独りでメシを食うことが今まで多かったせいかもしれん。早い内から班員は死んじまったし、それからは偵察だ暗殺だで単独行動が多かった。自然と他の連中とは距離を置くようになっちまった。

 皿が机の表面と擦れて、カラッと嫌な音を立てた。思わず顔をしかめる。アシュリーは俺の顔を見て、ニコニコしていた。あまり行儀の良い座り方とは言えない。それに腰も曲がってる。すすったり、手で食べることに慣れちまった弊害だろう。ちゃんと教育してやらないと、今後困るかもしれない。


 俺の我儘なのだろうか。まあいいことじゃねぇとは思う。公平さにかけるし、ガキとは言え犯罪者だ。本来なら、殺しちまうべきだろう。だが……、コイツは良い奴だ。そこらにいる糞とは違う。人間って奴だ。

 ……よし、やっぱり、そうしよう。

 怪我が治って、中層に戻るときにゃ、コイツアシュリーも一緒だ。上に連れて帰る。俺に出来る恩返しっつったら、これぐらいしかないだろう。なに、命を助けて貰ったお礼には安い。今後の生活の保証くらい、俺の給料なら余裕だ。

 だがまだ話さないでおこう。当日に、びっくりさせてやるのだ。


「美味いか?」ニヤつく顔を誤魔化すように尋ねた。


「まっずい!」


 アシュリーが舌を出して笑った。釣られて俺も「まっずいよなこれ!」と言い笑った。

 だが残しはしない。怪我を一日でも早く治して、この子に暖かい生活ってのを教えてやるのだ。


 俺が一つ決心をしたその二日後だった。アシュリーの家が粉砕されたのは。


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