三十九節 今回の告白は、保留にされなかった
学院散策を終え、丁度昼頃に自宅へ戻ってきた。
ララと相談し外でメシを食う――俺がおごりました。一晩中アシュリーの様子を見てくれた礼としては安過ぎだと思うけど――と、ララとはここで別れ俺はアシュリーと二人で家に戻った。
歩いている最中はずっと手を繋いでいた。でもアシュリーの表情はまだ暗く、いつもの快活な笑みは見せてくれなかった。
それでも、キュッと握ってくれた手の暖かさは、やはりアシュリーだなと思うものだった。
家に戻りソファに腰掛けると、アシュリーを隣に導いた。アシュリーは特に拒否することもなく隣に座り、俺の手を握った。
「なあアシュリー。お前、俺らに迷惑かけて申し訳ねぇなとか思ってるだろ」
後頭部を柔らかく、撫でるように叩きながら言った。
「だって……実際に迷惑……かけたし」
「そりゃな。俺だけじゃなくて、ララや部隊の仲間が助けてくれた。でもよ、気にしなくていいんだ。皆、やりたくてやったことだ。まあ俺は謹慎処分食らったけど、お前と一緒に入られる時間が増えて嬉しいよ。異動してから仕事の時間が増えて、あんまり一緒にいられなかったからな」
「でも……」
「でもじゃねぇの。お前はそんなこと気にするタイプじゃなかっただろ? やけに気にするな?」
優しい子ではあるけど、ここまで暗く後を引くようなことはなかった気がする。ああでも逮捕されるなんてアホな経験しちゃったもんだし、まだ動転してるのかもしれない。
何せ昨日のことなのだ。気持ちを落ち着かせるには、もうちょっとゆっくりとした時間が必要だろう。
「――アタシね、パーシヴァルに……言わなくちゃいけないことがあるの」
下を向いたまま、アシュリーが言った。少しだけ震えている。
俺はアシュリーを持ち上げ、自分の膝の上に乗せた。アシュリーが俺の胸に顔を埋め息を吸う。
俺達にとって、この状態は”落ち着く”格好だ。下層で初めて会った時から、ずっとそうしてきた。
「……それで、何だ?」少し落ち着いたのを見計らって、訊き返す。
「……今までね、今回みたいなこと、何度もあったの」
ちょっとばかしフリーズ。えっと……逮捕されたの自体は絶対に初めてだ。ってことは、襲われたってことか?
「……どういうことだ?」
「時々だけど、襲われてたの。パーシヴァルが色々教えてくれたから追い返すのは簡単だったけど、今回が初めてじゃないの」
「どうして言わなかった?」
相談してくれれば、色々できたはずだ。
「だって、アタシの問題だから。巻き込みたくなかったの……」感情がまた高ぶってきたのか、アシュリーは顔を力いっぱい胸に押し当て、嗚咽を漏らし始めた。「アタシ……というか、アタシが昔いた組織、結構大きかったから、下層の色んな人に恨まれてるみたいなの」
……あのハゲも言ってたことだ。嘘だろうと思ってたが、本当のことだったのか。
アシュリーの真っ赤な髪の毛は印象に強く残る。昔のことでも、覚えている奴らは多いのかもしれない。
「バレないようにしてたんだけど、見つかっちゃって……。多分、この家のこととか、知られちゃってると思う……」
「――それで?」
「え?」
アシュリーが顔を上げて訊き返した。ほっぺを摘み、少しだけ伸ばして離す。
「何かあるから、わざわざそんなこと話したんだろ?」
「…………うん」アシュリーはもう一度俺の胸に顔を押し当てた。「アタシね……、このお家、出ようと思うの」
「……どうしてもか?」
「……うん。パーシヴァルは優しいから気にしないって言ってくれるだろうけど、アタシが気にするの。だから、アタシ……下層に戻るつもり」
「戻って、どうすんだ?」
俺にはよくわからない。でも、頭ごなしに否定するのもよくないだろう。
コイツももうガキじゃない。色々考えて、結論を出したはずだ。まずはそれをしっかりと聞いてやらないといけない。
それがコイツのパートナーとして、保護者としても必要なことだ。
「ケジメ……付けてくる。アタシを狙ってるバカに、オキューをすえてあげるの」
少し間を置き、俺はアシュリーに問いかけた。
「それでお前は納得するのか?」
「うん。そうしないと、パーシヴァルと一緒にいられないから。――時間、かかるかもしれないけど、絶対に、戻ってくる」
アシュリーは俺の首に手を回し、力強く抱きしめた。一方俺の手は、アシュリーの背中に触れる少し手前で止まっていた。
アシュリーが……いなくなる? 嫌だ。嫌だ。
でも……アシュリーはそうしないと、前に進めないと言っている。色々悩んだはずだ。今だって、勇気を出して話してくれている。黙って、彼女のしたいようにさせてやるべきじゃないのか?
でも嫌だ。アシュリーがいなくなるなんて嫌だ。
「ふふ……」アシュリーは小さく笑い、俺の目元に手をやった。「泣かないでよ、パーシヴァル。アタシよりずっと年上なのに、なんだか年下みたい」
気づかない内に涙が出ていたらしい。それ程までに、アシュリーのことが必要になっていた自分にも驚く。
もう、アシュリーなしじゃ生きていけないのだ、俺は。
「だって……俺は……お前が大事なんだ。お前がいなくなったら、どうしたらいいのか、わからない」
「別にずっといなくなる訳じゃないよ。――ああ、でも二つお願いしてもいい?」
アシュリーは俺の頬を撫で、額と額を合わせた。
「……何だ? 俺にできることならなんでもするぞ」
「アタシ、頑張る、つもり。でも多分、上手くいかなかったら、その……やっぱりアタシ……こういう人間だから、きっと……また悪いことしちゃうかも。……本当は、そんなことしたら死ななきゃいけない。でも、アタシはまだパーシヴァルと一緒にいたいの。だから――」
アシュリーの言葉を割り込むようにして、俺は告げた。アシュリーの細い身体を抱きしめる。
「任せろ。お前がどんなに悪いことをしても、俺は、お前がそうしたくない、仕方なくやったってことをわかってる。お前を軽蔑したりは絶対にしない。いつか……戻ってきた時には、そのことがお前を苦しめないよう、どうにかする。必ず」
例えどんなに大きな犯罪に手を染めていても、表に引っ張り上げてやる。
ただの俺のワガママだ。国に仕える『死者の手』としては完全なる裏切り行為だ。公平性に欠けるし、私情にまみれてる。
それでも絶対に、この子を処刑させたりなんかしない。例え俺が殺されようとも。
「ありがとう……。アタシ、悪い子だね」
「なら俺も同罪だ。俺は、今の自分を失ったって構いやしない。お前がいない世界なんて、クソッタレだ」
そんな世界、いらない。この国を追われたっていい。アシュリーと一緒に生きていけるなら。
「じゃあ、もういっこのお願い、言ってもいい?」
アシュリーは頬を赤らめ、そう言った。
そうか、二つあるって言ってたか。
「聞かせてくれ。俺は、お前のために何ができる?」
「戻ってきたら……アタシを……パーシヴァルのお嫁さんにしてくれる?」
今度は迷わなかった。もう一度、アシュリーの身体を抱きしめてやる。
「ああ。絶対だ。時の女神に誓うよ。お前をずっと待ってる。お前はずっと、俺のものだ」
「やった。今回の告白は、保留にされなかった」
「バカ。お前はバカだ、ホントに……」
チクショウ、まだ涙が出てくる。
ホントは嫌だ。行かせたくない。でも、俺が好きなアシュリーは、自由なアシュリーなんだ。
籠に入れちゃダメなんだ。自由気ままに笑う、アシュリーが好きなのだから。
「ねぇパーシヴァル」アシュリーは明るい調子に戻って言った。
「……なんだ……?」
「もう……また泣いちゃって」
アシュリーは少し身体を乗り出し、俺の目元に口を付けた。「しょっぱい」と呟き、舌を出して笑う。
「アタシ、明日の朝、行くよ」
「……おう」
随分急だ。でも多分、俺と一緒なんだと思う。ここで立ち止まると、出て行けなくなっちゃう。翼が折れる。
「だから、それまでアタシのこと、いっぱい抱いて欲しいの。離れていても、パーシヴァルのことが感じられるくらい、力強く、思いっきり」アシュリーはニヒヒっと笑った。「――ちなみに今は安全な日だから、いくら注いでも平気よ。自殺も必要なし」
「色気もクソもねぇな。……わかった。子供はお前が嫁さんになるまでとっておこう」
「うんっ!」
アシュリーの腰に手を回し、短くキスをする。
「ベッド、行くか?」
「このままでいい。時間がもったいないもん」
「賛成だ」
俺は体勢を入れ替え、ソファの上にアシュリーを押し倒した。舌を絡め、濃厚なキスを交わす。
息苦しくなり口を離すと、アシュリーとの口の間に半透明な橋が掛かった。プツリと切れ、アシュリーの口の端から顎のラインに落ち、扇情的な糸となる。
アシュリーの服を奪い取ると、同じようにアシュリーは俺のズボンを脱がしにかかった。お互いリビングで素っ裸というのも不思議な状況だが、かえって興奮を高めていた気がする。
すぐに一つになり、ソファをギシギシ揺らしながら熱を交換した。
それから俺達はリビングだけじゃなく、キッチンに風呂や廊下、階段でもまぐわった。家のありとあらゆる場所で、お互いの存在を感じ合った。アシュリーと一緒にいたことを、刻みつけたのだ。
日が落ちてもメシすら食べず行為を続け、ベッドをぐしょぐしょに濡らした。
体力の限界を迎え倒れるようにして眠った時には、辺りに甘い香りが充満し、アシュリーは何度もお腹を撫でながら荒く息をしていた。
翌日の朝、アシュリーは荷物を纏めて出ていった。俺は一人家に残され、泣き続けていた。
※追記(1/19):誤字修正。




