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死者の手 ~紅茶とコーヒーと不死人~  作者: 直さらだ
第九章 疑われたなら
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三十九節 今回の告白は、保留にされなかった

 学院散策を終え、丁度昼頃に自宅へ戻ってきた。

 ララと相談し外でメシを食う――俺がおごりました。一晩中アシュリーの様子を見てくれた礼としては安過ぎだと思うけど――と、ララとはここで別れ俺はアシュリーと二人で家に戻った。

 歩いている最中はずっと手を繋いでいた。でもアシュリーの表情はまだ暗く、いつもの快活な笑みは見せてくれなかった。

 それでも、キュッと握ってくれた手の暖かさは、やはりアシュリーだなと思うものだった。

 家に戻りソファに腰掛けると、アシュリーを隣に導いた。アシュリーは特に拒否することもなく隣に座り、俺の手を握った。


「なあアシュリー。お前、俺らに迷惑かけて申し訳ねぇなとか思ってるだろ」


 後頭部を柔らかく、撫でるように叩きながら言った。


「だって……実際に迷惑……かけたし」


「そりゃな。俺だけじゃなくて、ララや部隊の仲間が助けてくれた。でもよ、気にしなくていいんだ。皆、やりたくてやったことだ。まあ俺は謹慎処分食らったけど、お前と一緒に入られる時間が増えて嬉しいよ。異動してから仕事の時間が増えて、あんまり一緒にいられなかったからな」


「でも……」


「でもじゃねぇの。お前はそんなこと気にするタイプじゃなかっただろ? やけに気にするな?」


 優しい子ではあるけど、ここまで暗く後を引くようなことはなかった気がする。ああでも逮捕されるなんてアホな経験しちゃったもんだし、まだ動転してるのかもしれない。

 何せ昨日のことなのだ。気持ちを落ち着かせるには、もうちょっとゆっくりとした時間が必要だろう。


「――アタシね、パーシヴァルに……言わなくちゃいけないことがあるの」


 下を向いたまま、アシュリーが言った。少しだけ震えている。

 俺はアシュリーを持ち上げ、自分の膝の上に乗せた。アシュリーが俺の胸に顔をうずめ息を吸う。

 俺達にとって、この状態は”落ち着く”格好だ。下層で初めて会った時から、ずっとそうしてきた。


「……それで、何だ?」少し落ち着いたのを見計らって、訊き返す。


「……今までね、今回みたいなこと、何度もあったの」


 ちょっとばかしフリーズ。えっと……逮捕されたの自体は絶対に初めてだ。ってことは、襲われたってことか?


「……どういうことだ?」


「時々だけど、襲われてたの。パーシヴァルが色々教えてくれたから追い返すのは簡単だったけど、今回が初めてじゃないの」


「どうして言わなかった?」


 相談してくれれば、色々できたはずだ。


「だって、アタシの問題だから。巻き込みたくなかったの……」感情がまた高ぶってきたのか、アシュリーは顔を力いっぱい胸に押し当て、嗚咽を漏らし始めた。「アタシ……というか、アタシが昔いた組織、結構大きかったから、下層の色んな人に恨まれてるみたいなの」


 ……あのハゲも言ってたことだ。嘘だろうと思ってたが、本当のことだったのか。

 アシュリーの真っ赤な髪の毛は印象に強く残る。昔のことでも、覚えている奴らは多いのかもしれない。


「バレないようにしてたんだけど、見つかっちゃって……。多分、この家のこととか、知られちゃってると思う……」


「――それで?」


「え?」


 アシュリーが顔を上げて訊き返した。ほっぺを摘み、少しだけ伸ばして離す。


「何かあるから、わざわざそんなこと話したんだろ?」


「…………うん」アシュリーはもう一度俺の胸に顔を押し当てた。「アタシね……、このお家、出ようと思うの」


「……どうしてもか?」


「……うん。パーシヴァルは優しいから気にしないって言ってくれるだろうけど、アタシが気にするの。だから、アタシ……下層に戻るつもり」


「戻って、どうすんだ?」


 俺にはよくわからない。でも、頭ごなしに否定するのもよくないだろう。

 コイツももうガキじゃない。色々考えて、結論を出したはずだ。まずはそれをしっかりと聞いてやらないといけない。

 それがコイツのパートナーとして、保護者としても必要なことだ。


「ケジメ……付けてくる。アタシを狙ってるバカに、オキューをすえてあげるの」


 少し間を置き、俺はアシュリーに問いかけた。


「それでお前は納得するのか?」


「うん。そうしないと、パーシヴァルと一緒にいられないから。――時間、かかるかもしれないけど、絶対に、戻ってくる」


 アシュリーは俺の首に手を回し、力強く抱きしめた。一方俺の手は、アシュリーの背中に触れる少し手前で止まっていた。

 アシュリーが……いなくなる? 嫌だ。嫌だ。

 でも……アシュリーはそうしないと、前に進めないと言っている。色々悩んだはずだ。今だって、勇気を出して話してくれている。黙って、彼女のしたいようにさせてやるべきじゃないのか?

 でも嫌だ。アシュリーがいなくなるなんて嫌だ。


「ふふ……」アシュリーは小さく笑い、俺の目元に手をやった。「泣かないでよ、パーシヴァル。アタシよりずっと年上なのに、なんだか年下みたい」


 気づかない内に涙が出ていたらしい。それ程までに、アシュリーのことが必要になっていた自分にも驚く。

 もう、アシュリーなしじゃ生きていけないのだ、俺は。


「だって……俺は……お前が大事なんだ。お前がいなくなったら、どうしたらいいのか、わからない」


「別にずっといなくなる訳じゃないよ。――ああ、でも二つお願いしてもいい?」


 アシュリーは俺の頬を撫で、額と額を合わせた。


「……何だ? 俺にできることならなんでもするぞ」


「アタシ、頑張る、つもり。でも多分、上手くいかなかったら、その……やっぱりアタシ……こういう人間だから、きっと……また悪いことしちゃうかも。……本当は、そんなことしたら死ななきゃいけない。でも、アタシはまだパーシヴァルと一緒にいたいの。だから――」


 アシュリーの言葉を割り込むようにして、俺は告げた。アシュリーの細い身体を抱きしめる。


「任せろ。お前がどんなに悪いことをしても、俺は、お前がそうしたくない、仕方なくやったってことをわかってる。お前を軽蔑したりは絶対にしない。いつか……戻ってきた時には、そのことがお前を苦しめないよう、どうにかする。必ず」


 例えどんなに大きな犯罪に手を染めていても、表に引っ張り上げてやる。

 ただの俺のワガママだ。国に仕える『死者の手』としては完全なる裏切り行為だ。公平性に欠けるし、私情にまみれてる。

 それでも絶対に、この子を処刑させたりなんかしない。例え俺が殺されようとも。


「ありがとう……。アタシ、悪い子だね」


「なら俺も同罪だ。俺は、今の自分を失ったって構いやしない。お前がいない世界なんて、クソッタレだ」


 そんな世界、いらない。この国を追われたっていい。アシュリーと一緒に生きていけるなら。


「じゃあ、もういっこのお願い、言ってもいい?」


 アシュリーは頬を赤らめ、そう言った。

 そうか、二つあるって言ってたか。


「聞かせてくれ。俺は、お前のために何ができる?」


「戻ってきたら……アタシを……パーシヴァルのお嫁さんにしてくれる?」


 今度は迷わなかった。もう一度、アシュリーの身体を抱きしめてやる。


「ああ。絶対だ。時の女神に誓うよ。お前をずっと待ってる。お前はずっと、俺のものだ」


「やった。今回の告白は、保留にされなかった」


「バカ。お前はバカだ、ホントに……」


 チクショウ、まだ涙が出てくる。

 ホントは嫌だ。行かせたくない。でも、俺が好きなアシュリーは、自由なアシュリーなんだ。

 籠に入れちゃダメなんだ。自由気ままに笑う、アシュリーが好きなのだから。


「ねぇパーシヴァル」アシュリーは明るい調子に戻って言った。


「……なんだ……?」


「もう……また泣いちゃって」


 アシュリーは少し身体を乗り出し、俺の目元に口を付けた。「しょっぱい」と呟き、舌を出して笑う。


「アタシ、明日の朝、行くよ」


「……おう」


 随分急だ。でも多分、俺と一緒なんだと思う。ここで立ち止まると、出て行けなくなっちゃう。翼が折れる。


「だから、それまでアタシのこと、いっぱい抱いて欲しいの。離れていても、パーシヴァルのことが感じられるくらい、力強く、思いっきり」アシュリーはニヒヒっと笑った。「――ちなみに今は安全な日だから、いくら注いでも平気よ。自殺も必要なし」


「色気もクソもねぇな。……わかった。子供はお前が嫁さんになるまでとっておこう」


「うんっ!」


 アシュリーの腰に手を回し、短くキスをする。


「ベッド、行くか?」


「このままでいい。時間がもったいないもん」


「賛成だ」


 俺は体勢を入れ替え、ソファの上にアシュリーを押し倒した。舌を絡め、濃厚なキスを交わす。

 息苦しくなり口を離すと、アシュリーとの口の間に半透明な橋が掛かった。プツリと切れ、アシュリーの口の端から顎のラインに落ち、扇情的な糸となる。

 アシュリーの服を奪い取ると、同じようにアシュリーは俺のズボンを脱がしにかかった。お互いリビングで素っ裸というのも不思議な状況だが、かえって興奮を高めていた気がする。

 すぐに一つになり、ソファをギシギシ揺らしながら熱を交換した。


 それから俺達はリビングだけじゃなく、キッチンに風呂や廊下、階段でもまぐわった。家のありとあらゆる場所で、お互いの存在を感じ合った。アシュリーと一緒にいたことを、刻みつけたのだ。

 日が落ちてもメシすら食べず行為を続け、ベッドをぐしょぐしょに濡らした。

 体力の限界を迎え倒れるようにして眠った時には、辺りに甘い香りが充満し、アシュリーは何度もお腹を撫でながら荒く息をしていた。


 翌日の朝、アシュリーは荷物を纏めて出ていった。俺は一人家に残され、泣き続けていた。


※追記(1/19):誤字修正。

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