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死者の手 ~紅茶とコーヒーと不死人~  作者: 直さらだ
第九章 疑われたなら
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三十七節 あら、隊長優しいっすねぇ

 西日がところどころ差し込まないせいで薄暗さを増した狭い下層の街中を歩いて行く。

 家路に付いていたであろう下層の労働者やなんかが、俺達を見て怯えた表情を、中には恨めしそうな表情を浮かべ見ていた。

 アリスターが口笛を短く吹き、俺に話しかけた。


「荒んでますねぇ。建物とか、『あれ建物なの!?』って感じっすよ」


「無計画に増改築してるみてぇだからな。そもそも建材がなかったりとか、酷いもんだよ」


 屋根渡りとか言って地上を進まないのも納得の入り組み具合。テキトーに進むとすぐ行き止まりだ。


「これ、どこに向かってるんですか?」物乞いを手で追い払いながらオベールが尋ねた。


「とりあえず、襲ってきた連中のアジトがあった場所に。なんとなくの位置しか覚えてねぇし、五年も前だからまだいるかわかんねぇけど」


 何せ思い当たる場所がそこぐらいしかない。

 だが『死者の手』が下層に降りたってことがあのハゲ共に伝われば、《意思感知アニムスディテクション》の網に他の奴らとは違う感情が引っかかるはずだ。後はそこからボコって根本まで辿れるだろう。


「少し急ぐぞ。日が完全に落ちる前に到着したい」


 《身体強化アクティヴェーション》を発動させ屋根に飛び移った。すぐにアリスターとオベールが追従し、俺と一緒に屋根の上を駆けていく。

 およそ一時間もかからない内に、目的の場所まで到着することができた。バーらしき看板の掛かった、よくわからん場所だ。


「荷物どうしましょ?」オベールが尋ねた。


「そのまま持ってけ。置いとくと盗まれるぞ。相手に魔法使いなんて絶対いないから、多少動きが悪くなっても平気だ」


 剣の柄に手を添え、スイングドアを蹴り開ける。中でたむろしていたらしい屈強な見た目の男達が、『死者の手』が三人乱入してきたことに目を丸くし、食事や会話を止めた。

 ざっと辺りを見回してみるが、あのハゲはいなかった。奥で楽しんでいる、という可能性は考慮すべきだろう。なんせ敵の目の前でおっぱい揉みながら扱いてもらってた変態ヤローだからな。

 《意思感知アニムスディテクション》にも反応はない。というか、ここにいる奴らも『死者の手』に対する恐怖心やなんかは持っているが、俺個人への特別な感情はないらしい。仮面のせいだろうか? それとも無関係の奴らか……。どっちだろう。


「なあお前」近くにいたデカイ男に話しかける。「五年前くらいにこの辺一帯を牛耳ってたハゲって、まだこの辺りのボスやってんのか?」


「……だったらどうした?」大男がハッとしたような顔になり、立ち上がった。腰に付けていた小さなナイフを取り出す。「なんだそのイカした仮面は? 五年前は付けてなかったじゃねぇか」


 あら、知り合いらしい。《意思感知アニムスディテクション》にも反応があった。怒りと喜び、微妙な感情が混じり合っているが、一番強いのは敵意だ。


「五年前は失くしちゃったんでね。ところでお前誰? 会ったことあったっけ?」


 大男はゆでダコのように顔を赤くし、ナイフを持った手を振り上げた。ノロいし、無駄が多過ぎる。なんでわざわざ思いっきり振り上げたんだ。

 アリスターが俺の真横をすり抜け、大男の喉元にショートソードを突き刺した。腕から落ちたナイフを蹴り上げキャッチする。キャー格好いい! 流石現隊長っ! 濡れちゃうっ!


「はい暴行の現行犯で処刑っと」


 いつの間にやらオベールまで前に出ていて、大男に《死への誘いリーサルタッチ》を使用していた。大男の身体が枯れ果て、ボロボロに崩れ……る前に腹を蹴って砕いてしまった。アンタ怖いな。自然に崩れるのに任せてやればいいじゃないですか。

 周りで成り行きをニヤニヤ見ていた男達が立ち上がった。全員目に殺気がこもっている。なんだか既視感があるな。そろそろハゲが出て来る頃だろうか。

 とか思ってたら奥の部屋からハゲが出てきた。ズボンを直している。お楽しみだったようですね。


「よおハゲ、久しぶり」剣を抜き一歩前に出る。


「テメェ……アイツか」


「そうですよ。俺の女がお世話してやったらしいな? 女にボロ負けして逃げ帰った糞だせぇのはどいつだ? 笑ってやるから教えてくれよ」


 《意思感知アニムスディテクション》に反応あり。部屋の隅にいる三人か。三人がかりで負けたのか。だっせぇな。


「あそこの三人らしいぞ。お前ら笑ってやれ」


 剣で先程見つけた三人組を指してやると、アリスターとオベールが指示通り笑ってくれた。侮辱する目で。


「――笑いに来たのか?」


 ハゲが目配せをする。店内の男達が武器を構え、臨戦態勢を取った。正確には数えてないからわかんないけど、多分十人ちょっとはいる。見える範囲だけで。


「まさか。そんな暇人じゃない。今日は約束をちゃんと守ってやろうと思って来たんだ。ここまですんなり目標に会えるとは思ってなかったけどな」


「本当っすよ。どうすんすかこの荷物。数日分ですよ、数日分」


 アリスターがバックパックを叩いて文句をたれた。


「そこのハゲに文句言えよ。だってここに留まってるなんて普通思うか? どんだけ馬鹿なんだよ」


「そうですね。でもほら、馬鹿の考えって、やっぱ僕らにはわからないじゃないですか? こうなったのも仕方ないですよ」


 オベールがバックパックを下ろした。肩を回し、息を吐く。アリスターも同様だ。

 ちなみに俺はそもそもバックパックを持っていない。元部下で、今は立場上俺より偉い二人に荷物持たせちゃった! てへっ!

 顔に青筋を浮かべ、ハゲも自分の獲物を持った。

 俺は自分の頭をつつきハゲに尋ねた。


「ちなみに約束って覚えてるか? 馬鹿なりに脳みそフル回転させて思い出してみろよ」


「……覚えてねぇな」


「ほーらやっぱり馬鹿だ。お前ら笑ってやれ」


 どっ! 侮蔑の目で大爆笑。忠実な二人である。


「馬鹿にしてんのか!? あぁッ!?」ハゲが吠えた。


「馬鹿にしてんだよお前本当に馬鹿だろ。あ、答え合わせしとく? 五年前の約束はな、お前ら皆殺しって約束だよ。手ぇ出したらマジで殺すって言ったんだ、俺は」


 言いながらナイフを投げる。ハゲの眉間に命中した。よし、八つ当たり成功。後はさくっと取り巻き殺して、ハゲは拷問してから殺そう。

 男達が一斉に飛びかかってきた。アリスターとオベールは気にしなくても平気だろう。この程度の奴らに負けるようじゃ、今生きていないはずだ。……アイツら何歳だっけ。三十手前くらい? いいねぇ若いねぇ。俺が辞めんの早かったせいだけども。

 ナイフを振ってきた男にカウンターを決めてやり、《死への誘いリーサルタッチ》を発動させる。マナを抜き取り不死を消しつつ、身体を捻る。二人同時に襲いかかってきていたが、お互いの剣で自滅していた。当たりどころが良く・・て死ねなかったらしく、地面に転がって呻いている。

 馬鹿二人は放置し、他の奴らを片付ける。離れたところで機会を窺っていた奴らの太もも目がけてナイフを投げ動きを封じつつ、左手の範囲内の敵は剣で斬り結んでやる。


 そんなことを繰り返す内に、気づけば屋内に残っていたのは、俺達三人とハゲだけ――ヤラれていたらしい裸の女が様子を見ていたがノーカン――になっていた。

 ハゲが汗をダラダラかいて狼狽しているのに対し、俺達三人は息も切らしていない。余裕である。三倍スピード侮りがたし。

 ハゲに向かって一歩進むと、ハゲは悲鳴を上げながら後ずさりをした。太ももには投げナイフが刺さっている。相当痛いだろうし、負傷箇所的にも力が入らないはずだ。

 アリスターとオベールがハゲを押さえた。意図を察してくれている。やっぱりいい部下を持った。元だけど。

 俺はハゲの太もも、そこに刺さったナイフに向かって足を下ろした。ゆっくりと、靴底で捻るようにしてナイフを奥へ奥へと進めていく。


「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぃいいッ!!!」


 ハゲが叫んだ。やかましい。ナイフをグリグリ奥へ。気づけば十センチ程の小さなナイフが全てハゲのももの中に埋まってしまった。


「お、お前ら……」ハゲが小さく呟いた。「こんなことして、ただで済むと思うなよ……。あのガキだってな、これで終わりじゃねぇ……。アイツは、俺ら以外からも恨みを買ってる……ヒヒッ」


 掠れた声でハゲが笑った。その目に恐怖はない。狂気の目だ。痛みで頭のネジが飛んじまったらしい。


「……もう一本イッとくか」


 ベルトから投げナイフを取り出し、もう片方の太ももに落とす。絶叫。五月蝿いので顔面を殴る。歯が抜け落ち、口から血を垂れ流していた。

 両脚にナイフを埋め込み終えハゲの様子を見てみると、既に意識は朦朧としていたのか、頭をフラフラ揺らして虚ろな目をしていた。


「ふむ……時間の無駄だな。これ以上やっても反応しねぇだろ」


 腹に蹴りを入れてみるも、呻き声を上げるだけ。出血や痛みのショックで死ななかっただけ頑張った方だろう。

 細めのショートソードを鞘から抜き、心臓を貫く。絶命したのを確認してから《死への誘いリーサルタッチ》を使ってハゲの身体を灰に還した。

 しかしアシュリーが恨みを買ってるねぇ。まあ可能性としてなくはないだろうが、これまでの五年どころか、下層にいた一ヶ月の間にさえそういう雰囲気は感じられなかった。やけっぱちの嘘って可能性も高い。

 仮にそうだとしても、アイツに降りかかる火の粉は全部俺が払ってやる。アイツは俺のもんだ。誰にも触らせねぇ。


「帰りますか」


 オベールが言い、バックパックを背負った。アリスターは息を吐きながらバックパックを背負い、様子を見ていた裸の女を一瞥した。憐れんだのか、一度バックパックを下ろし毛布を女に投げ渡した。


「おう、帰ろう。用事は済んだ。――うわー、外真っ暗じゃん。ちょっとはしゃぎ過ぎたか」


 ここに来た時は日が沈む直前くらいだったのに、今じゃ月が登っている。

 外を歩いている奴は一人もいない。叫び声を何度も響かせていたのも原因かもしれないけど。

 さてどうしたもんか。真っ暗で見えないってことは、足を踏み外すリスクが大きいってことだ。道もよくわからんし。

 同じようなことを思ったのか、オベールが顎を撫で小さく唸った。

 三人で一度先程のバーめいた場所に戻る。揃って腕を組み、唸る。


「――今日はここで休むか。明日の朝帰ろう」


 俺の発言にアリスターとオベールが頷いた。


「そっすね。せっかく持ってきた食料が無駄にならなくてよかったっすよ」


「嬉しくね―。アレそんなに美味くないじゃん。やっぱ保存食より出来たてのメシだろ」手でカウンターと椅子に積もったを落とし、腰掛ける。「あ、アンタもよかったら食べる? 三日分あるから、一人ぐらいなら増えても平気だぜ」


 毛布にくるまりこちらの様子を窺っていた女に尋ねた。


「あら、隊長優しいっすねぇ」


 アリスターがからかうように笑いながら、持ってきていた缶詰とパンを鞄から出して寄越した。

 メシを受け取り、机に広げる。パンに灰が付かないよう、コートを脱いでマット代わりにしておいた。


「だから今の隊長はお前だろ……つーかお前だって毛布寄越してたじゃん」


「それはー……まあね?」アリスターは缶詰を開け、女に手渡した。「隊長仮面どうするんすか?」


「外したい。でもソイツがいるから無理」女を顎で示しつつ、仮面の下半分だけを取り外した。「これ嫌いなんだよ。見た目間抜けだし」


「あー……じゃあオレ、そいつの監視も含めて一緒に奥行くっすよ。だから遠慮なく仮面外してくださいっす」


 返事も待たず、アリスターが女を立たせ奥へと消えていった。とりあえず見られる心配が一旦なくなったので仮面を外す。

 オベールが隣に座り、奥の部屋を見た。気になっているらしい。


「別に遠慮しないで行ってくればいいじゃないか。ここにゃ規則破って怒る奴はいねぇよ」


 缶詰に入った豆をフォークで刺し、口に入れる。美味くもないし不味くもない。ビミョー。水筒に入った紅茶で口直し。


「そうですか? じゃあ僕もあっち行ってきます」


 オベールは自分のメシを持って、アリスターが消えた奥の部屋へと入っていった。

 パンを齧る。うん。パンはやっぱパンだな。冷めてっけど、それなりに美味い。

 しばらくして食事を終えると、アリスターとオベールも準備を終えたのか、ガタガタと物音がした。女の嬌声が響いたかと思うと、口に突っ込んだのか今度はくぐもった声が聞こえてきた。パチパチと肉を打ち付ける音がする。いきなりとか、節操のない。

 ため息をつき、立ち上がる。別に何しようが勝手だけど、せめて扉は閉めて欲しかった。デリカシーのない奴らだ。


「おう君達、メシのお礼に楽しませてもらうのはいいがな、扉は閉めろバカヤロー。俺は恋人一筋なんだ」


 扉を乱暴に閉め、カウンターに戻る。

 早く帰りてぇ。色々心配しなきゃいけないことはあるけど、とりあえずアシュリーに逢いたい。もう心配ねぇよって伝えて、元通りの生活を送りたい。

 アイツの笑顔が見たい。あとポニーテールを引っ張りたい。そんで痛いって怒られてね。怒った顔も可愛いから、それも見たい。

 俺はもう一度ため息をつくと、頭から毛布を被ってカウンターに突っ伏した。寝よ。早く寝れば、それだけ早くアシュリーに逢える。

 耳の片隅に、小さく「あっあっ!」とか「ふぁっんんっ!」とか聞こえてくる。口に突っ込むのは止めたらしい。

 ……死ね。寝づらくてしょうがねーじゃねーか。声でけーなあの女も。


 結局上手く寝付けないまま時間が過ぎ、翌日俺だけ疲れた表情でバーを出たのであった。


用語解説


缶詰:ロズメリア国内に流通している食料保管用の金属製容器。主に開拓地での遠征の際に使うが、『死者の手』でもある程度備蓄している。

以前は食材への不純物の混入などにより病気になる者がそれなりにいたが、魔石を使った機械による特殊加工技術が確立し、その問題は解決した。

缶詰に限らず、不死でも怪我や病気にはなりたくないので(わざわざ自殺したくない)、こういった物は常に改良を重ねている。

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