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死者の手 ~紅茶とコーヒーと不死人~  作者: 直さらだ
第九章 疑われたなら
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三十六節 一人でもできる楽な仕事なら、三人なら三倍の速さっす

 アシュリーにケーキを買い与え食べて待つように言いつけると、俺は店の外で待つララの元へ向かった。

 ララは壁に背を付けて空をぼんやりと眺めていた。店の前に『死者の手』がいるせいなのか、通りを行く住民達がおどおどしながら歩いている。もしかしなくても、店に客が入るのを完全に邪魔してるんじゃないだろうか。


「――ララ」


 隣に並び声をかける。ララは空を眺めたまま「はい」と返した。


「アシュリーをしばらく預けてもいいか? 数日で戻る」


「……事情はよくわかりませんが、一人でやるんですか? もう先輩は部隊長を退きましたが、我々は皆、今でも気持ちでは先輩の部下のままです。手の空いてる者でお手伝いを」


 ララが言いながら俺を見た。心配するような感情が瞳に滲んでいた。


「いらん」


「ですが」


「手伝いはいらん、アシュリーを守れ。お前を頼りたい」


 ララに家の鍵を手渡す。鍵を受け取ったララはなんとも微妙な表情をしていた。

 だがこれは俺とアシュリーの問題だ。コイツらを巻き込む訳にゃいかねぇ。

 俺はララの肩を叩き、その場を後にした。

 そのまま秘密支部へ移動し、中へ入った。丁度当番で来ていたのか、アリスターとオベールのコンビが俺を見て目を丸くした。


「は!? えっ、なんで隊長がここに!?」アリスターが驚いたのか妙に高い声で言った。


「隊長はお前だろ。ちょっと電話借りるぞ」受話器を取ると、交換手が通話先を尋ねてきた。「――オスニエルたいちょ……学長に話がしたい。学院に繋いでくれ」


 俺も俺で昔の癖が抜けてねぇな。あのジジイは俺の中では学長じゃなくて隊長なのだ。


「もしもし?」


 しばらくして受話器から声が届いた。オスニエル”学長”だ。


「どうも、パーシヴァルです」


「おや、パーシヴァル君。久しぶりですね。なぜそこから電話を?」


 交換手から秘密支部からの電話だと聞いたのだろう。


「丁度近かったんでね。ちょいと野暮用で下層に行くんですけど、色々隊規を破ることになっちゃうと思うんですよ。んで、その尻拭い的なのをお願いできたらな……と」


「いやいや、何言ってるんですかパーシヴァル君」


 困惑したようなオスニエル学長の声が響いた。まあいきなり電話かけてコレは意味がわからんと思うが。


「とにかくそういうことなんで、おねっしゃーす」


 受話器を置く。多少これで無茶なお願いを対価に要求されても、まあ甘んじて受けてやろう。

 武器庫へ向かうと、後ろからアリスターとオベールが付いてきた。


「隊長、下層に行くってなんなんすか?」


 アリスターが尋ねてきた。電話を聞いていたのか。叩き出せばよかった。


「うるせぇな。プライベートなことだ。お前らにゃ関係ねぇよ」


「じゃあ武器パクろうとするの止めてくださいよ。犯罪ですよ」オベールが呆れた顔になって言った。「話せる範囲でいいんで、ちゃんと教えてください」


 オベールが武器庫の鍵を見せびらかしてきた。あの野郎、ちゃんと鍵かけてんのかよ。俺の時はテキトー保管だったのに。

 別に鍵を壊してやっても構わないが、それはそれで後々面倒くさいことになるのは目に見えている。


「あー……くそっ。面倒くせぇな。――前に、俺が下層で生活してたのは覚えてるよな?」


「任務で死にかけたとか言ってた奴ですよね。覚えてるっすよ」


 アリスターが頷き「それがどうかしたんすか?」と尋ねた。


「その時に、命を助けられた奴がいる。俺の……大切な人だ」


「ああ例の彼女さん? めっちゃ運命的じゃないっすか。命を助けてもらい、その子と一緒に中層へ。ひゅぅーっ! 二人の中で愛が芽生え……そしてセックス! とりあえずセックス! 子供を産まないようにしてるなら隊規にもひっかからないし、ヤリ放題! 不死の彼女、羨ましいっすねぇ」


「黙れ、茶化すなら話してやらねぇぞ」


 睨んでやると、アリスターはしょぼくれた顔になって謝り、続きを促した。


「んで、ソイツとしばらく下層で生活してた訳よ。その時に、ちょっと馬鹿に絡まれてな。ボコボコにしてやったんだが、恨みを買ったらしい。何年も俺らを探してたらしくて、今日その子が襲われた」


「ええ!? もしかしてさらわれたとかですか?」


 オベールが眉を結び、緊迫した表情になった。アリスターも茶化すのを止め、真剣な表情になっている。


「違う。ソイツに何かあったら嫌だから、俺は稽古をつけておいたんだ。襲った奴らは返り討ち」


 やり過ぎたせいで誤認逮捕されちゃったけど。まあ話すことでもあるまい。


「うわぁ……彼女さん可哀想。なんで隊長の地獄の特訓を一般人がやらないといかんのですか」


 オベールが舌を出して言った。つーかアシュリーだって厳密には一般人じゃない。元犯罪組織の一員だ。言わないけど。


「とにかく、そのボケ共に俺とソイツが狙われてんだ。居場所が割れてるから、放っておいたらまた襲われる。片付けねぇと」


「私的な理由での《死への誘いリーサルタッチ》の使用は隊規違反っすよ、一応」


 アリスターが言った。そんなこと言われないでも知ってる。だからさっき学長に電話しておいたんだし。


「へいへい。お小言は後で聞いてやるよ。だから鍵を開けろ」


 オベールは少し間を置いてから、武器庫を開いた。綺麗に磨かれた剣やナイフが所狭しと並べられている。銃も一応ある。あんまり使わないけど、ないよりかはマシだ。

 適当な物を見繕ってベルトに提げていくと、隣から手が伸び剣を掴んだ。


「――何やってんだアリスター? オベールも」


「俺達も行くっすよ」


「いらんわ」即答。


「酷くないです? 流石にそれは。親切心なのに」オベールが直剣をベルトに差し込みながら言った。「まあ勝手についていっちゃいますけどね」


 俺の制止など聞かず、アリスターとオベールは装備を整えてしまった。

 ため息をつき、首を揉む。


「俺さ、ララにも付いてくるなって言ったのよ。アイツはちゃんと言うこと聞いてアシュリー……例の子を守ってくれると約束してくれたぞ」


 これでコイツらについてきてもらったら、俺物凄く格好悪いじゃないか。

 アリスターがバックパックをオベールに投げ渡しながら返す。


「そりゃアレでしょ。そのアシュリー? さん? を守ることが必要だと思ったから何じゃないんすか? だって、狙われてるんでしょ?」


「そのことはララには話してない」


 ララが知ってるのは、精々『アシュリーを守れ』という部分だけだ。それで何がわかるとも思えん。


「いやバレバレですよ。気づいてないのかもですけど、隊長表情とか声色とか、ずっとおかしいですもん。コレ見て何かあったって気づかない奴は、この部隊にいないですよ。ララちゃんもなんか察したから、言うこと聞いたんでしょうよ」


 オベールが肩をすくめて笑った。そんなにわかりやすかったのだろうか。確かに表情は硬い感じになっていたとは思うが、それは仮面で隠していたはずなのに。

 アリスターが俺の背を押して出口へと向かわせようとした。


「ほらほら、早く行くっすよ。一人でもできる楽な仕事なら、三人なら三倍の速さっす。早く帰って、イケメンフェイスで顎をクイッと持ち上げ『お前の安全は確保したぜ……キリッ!』ってやって、パコパコすればいいじゃないっすか」


「お前なんかさっきからシモネタ多くない?」オベールが笑いながら俺の背中を一緒になって押し始めた。「ま、その意見には僕も賛成ってことで。行きますよ、隊長」


 あれよあれよという間に、アリスターとオベールは俺を秘密支部から外へ連れ出してしまった。

 ……もう面倒だし、こいつら頼るか。ララよりも戦闘慣れしてるし、そこまで危険なことはないだろう。

 二人を連れて、俺は下層へ降りるために下層の郊外、外縁部にやってきた。沈みかけのオレンジ色の日差しが、雲の隙間から差し込んでいる。角度的に、下層に降りたら真っ暗になってるだろう。

 分厚い城壁が見下ろしている。本当は魔獣対策で造られたはずなんだが、今じゃ中層と下層とを隔てるためだけの壁だ。

 街灯も少ないし、嫌な空気がなんとなく滲み出ている。


「お前ら下層って行ったことあるか?」武器を確認しつつ尋ねる。


「ないっすね」


「ないです」


 アリスターとオベールが声を揃えて言った。

 オベールがバックパックを叩いて訊いた。


「捜索するのに数日かかるかもってのはわかるんですけど、こんなに食料いります? 下層も一応街の一部なんだし、店とかあるんじゃないですか?」


「いるよ。覚悟しておけ、色々カルチャーショックを受けるから」


 ちゃんとしたメシを買える場所はない。なるべくまともな精神と体力を保つためには、事前準備が大切だ。

 下層へ続く暗い階段を見つめ、俺は二人に声をかけた。


「――行くか。すまねぇな、付き合わせて」


「あれ? 俺達勝手に付いてきただけっすよ?」


 アリスターがニヤニヤしながら言った。オベールも笑っている。

 俺は首をひと揉みし、握りっぱなしだったらしい手を開いた。


「いいよもうそういうのは。隊規破りの責任は俺がちゃんと取る。だから、手伝ってくれ。俺の個人的な憂さ晴らしに」


 アリスターとオベールは返事をせずに、俺の背中を叩いた。先に進み、下層へと降りていった。

 いい奴らだね、ホント。部下に恵まれた。もう部下じゃねぇけど。


 背中の心地よい痛みを感じつつ、俺は階段へ足を降ろした。


用語解説


隊規:『死者の手』の規則。破ったことが発覚すると、謹慎や減給処分、極めて悪質だと判断された場合は処刑される。

私的な理由などでの《死への誘いリーサルタッチ》の使用や、機密情報の漏洩などは極刑処分に当たる。

勤続年数の長い優良隊員であれば『死者の手』を辞めることも可能だが、《死への誘いリーサルタッチ》など外部に漏らしてはいけない秘密を未来永劫守るという宣誓を行わなくてはならない。

優良として認められるには、複数の勲章を得るなどの活躍をし、二十年以上隊に勤めないといけない。


※追記(1/19):誤字・一部表現の修正。

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