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死者の手 ~紅茶とコーヒーと不死人~  作者: 直さらだ
第九章 疑われたなら
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三十五節 アタシが悪いよ……

「あんたがパーシヴァルさん?」


 鉄格子の前でうなだれていると、後ろから声をかけられた。部屋にいた憲兵だ。


「……そうだが」


 怪しんでいる様子もあったので、首から予備の認識タグを引っ張り出した。

 憲兵がそれを見て頷く。信じてくれたようだ。


「そいつは……家族ですか?」


 憲兵がアシュリーを顎で示して言った。


「そうだ。アシュ……彼女はどうして捕まったんだ?」


「暴行の容疑。本人は正当防衛って言い張ってる」


 正当防衛? 喧嘩かなんかに巻き込まれたとか、そういうのか? 何にせよそれなら罪には問われないはずだ。


「正当防衛なら捕まえられねぇだろ」


「現場で見てた市民は、その子がほとんど一方的に相手を蹴り飛ばしたと言ってる」憲兵が椅子にどかっと座り、続きを離した。「ただまあ、あんたの認識タグが首に掛かってたから、迂闊に『死者の手』送りってのもできなくて。関係者なのか、それとも奪ったのかわかんないでしょう?」


 ああ……ちゃんと付けててくれてたのか。なら大丈夫、大丈夫だ。


「あの子には俺がちょっと武術を教えてて、それで腕っ節が強えんだ。一方的に見えたのも仕方がない。こういうことがあった時のために、タグを持たせておいてた」


「美人ですし、心配だったんですよね?」


 ララが小さく笑って言った。「そういうこと」と同調し軽口を叩く。

 ああ、事情を聞いてどっと気分が楽になった。ララが落ち着いてたのも当然だ。本来なら罪に問われない正当防衛で捕まってはいたが、タグのおかげで処分が保留になっていた。ツイてる。


「とにかく、こっちとしては犯罪を犯してないなら部屋を開けて欲しいんだ。本当はバンバンあんたらのとこに犯罪者共を送りたいが、断られてるんでね。とっとと連れていってください」


「ああ、もちろん。迷惑かけた、すまない」


 気にしてないという風に憲兵は手を振ると、腰に付けていた鍵で部屋を解錠した。そのまま中に入り、アシュリーの手枷も外す。「どうぞ」と言いアシュリーに出るよう促した。

 アシュリーがぐずつきながら部屋を出ると、憲兵はその脇を通り抜け廊下に顔を出した。


「部屋空いたぞ!」


 憲兵が怒鳴ると、廊下の奥から「はいよー!」と声が届いてきた。

 詰まってた別の犯罪者をここに押し込めるらしい。長居しても迷惑だろう、アシュリーを連れて早く出よう。


「アシュリー、行くぞ」


 アシュリーの手を取り、憲兵に会釈をして部屋を出た。帰り際、手枷を嵌められた男とすれ違う。アシュリーがボコった奴なのか、こちらを睨みつけていた。……なぜか俺まで睨まれていた。勘違いとかじゃない。明らかに俺を見ていた。

 よくわからん居心地の悪さを感じつつ、憲兵所を出た。アシュリーは未だに嗚咽を漏らしていて、俺の手を握る力も非常に弱々しいものだった。色々心労がたたったのかもしれない、休ませてやらにゃ。

 ララに目配せをし車の鍵を渡すと、ララは察したように頷き、憲兵所の前に留めていた車に乗り込んだ。俺がアシュリーを連れて車に乗り込んだのを確認すると、ララは車を走らせ始めた。


「とりあえず、どこかでお昼にしましょう」


 ララが努めて明るく言ったので、俺も軽い感じで返した。


「今度はちゃんと馴染みの、美味しい店に連れて行ってくれ」


 ララと初めてメシ食いに行った時だったか。アレは酷かった。


「大丈夫です。私も東区に住んで長くなりましたからね」


「ははぁ? じゃあ期待しておこうかね」


 ララに返しつつ、アシュリーの頭を撫でてやる。アシュリーは俺の腰にしがみついていて、泣き止む気配は一向になかった。

 ……しかし違和感がある。いくらなんでも、この人口過密なロズメリアで、数年の内に二回も普通犯罪に巻き込まれるか? 確率とかの計算はさっぱりわからんが、その辺の一般人が何度も犯罪に巻き込まれたなんて話は聞いたことがない。

 胸にモヤッとしたものを抱え、俺は堪らず首を揉みほぐした。何にせよ、アシュリーから話を聞いてからだろう。

 しばらく進み、車が一件の喫茶店の前で止まった。お昼時だけど、あまり混んでいる様子はない。


「おいおい、本当に大丈夫なのか?」


 笑いながら言ってやると、ララは自信たっぷりな表情を返してきた。


「大丈夫ですってば。ここのコーヒーは絶品ですから」


 車を停め店の中へ入る。俺にしがみついて泣いているアシュリーを見て店主が目を丸くした――しがみついてる相手が仮面被った『死者の手』というのも大きいと思う――が、なんとなく事情を察した、もしくは気を使ったのか、奥まった場所にある席に案内してくれた。

 アシュリーの手を引き席に座らせている間に、ララが紅茶とコーヒーを注文した。ややあって注文が運ばれると、ララが席を立った。


「私は外しておきます。外で待ってますので、終わったら呼んでください」


「知らねぇ内に随分気が利くようになったな」


「これでも成長してるんですよ、先輩」


 ララが小さく笑いその場を離れた。店主に何かを言い店を出て行く。店主はこちらの話を聞かないようにか、離れた場所へ移動し始めた。多分ララの指示なのだろう。

 とりあえず、ゆっくりでいいから事情を聞こう。


「アシュリー、コーヒーあるぞ。ララのお墨付きだ」


 未だに嗚咽を漏らしていたアシュリーの頭を軽く叩き、前にカップを移動させた。アシュリーは鼻をすすりながら、おずおずとカップに手を伸ばし、ゆっくりと口を付けた。


「美味いか?」紅茶を飲みつつ尋ねる。


「…………うん、ウマイ……」


「そうか」


 しばらくして少しだけ落ち着いた様子をアシュリーが見せたので、俺は本題を切り出した。


「あー……アシュリー? 何があったのか、教えてくれないか?」アシュリーの肩を撫でる。「一応、お前の……恋人として、それに保護者としても、ちゃんと事情を知りたい」


 他からは見られないよう仮面を上にずらし、アシュリーと目を合わせる。

 アシュリーはしばらくの間瞳を揺らして迷った様子を見せたが、やがてポツポツと話し始めた。


「下層を出る時の……あの……ハゲ、覚えてる?」


「ハゲ? ……ああ、ああ、アイツか」タバコの趣味が同じだったあの糞ハゲな。アシュリーを誘拐した奴だ。「そいつがどうした?」


「あれから、アタシ達のこと、ずっと探してたみたいで……」アシュリーが再び涙を漏らし始めた。「今日、お昼頃に散歩してたら、ハゲの一味に襲われて。でも、教えてもらった通りに、蹴っ飛ばしてやったの」


 そんで一方的にやってるように見られて逮捕……と。つーかあのハゲ執念深いな。普通五年も探すか?


「正当防衛だ、お前は何も悪くない。あのハゲが未だに探してたのは驚いたけど――」


「アタシが悪いよ……。だって、アイツらに絡まれた原因はアタシだもん……」


 アシュリーが半ば割り込むように呟いた。


「ありゃお前に難癖つけただけだろ」確か銃持ってたからどうのこうのと言っていたような記憶がおぼろげに残っている。「なあアシュリー。俺は……前も言ったけど馬鹿だ。お前がどうしてそんなに悲しんでるのか、わかってやれねぇ。それでも、お前が泣いてるのは俺も嫌だ。お前は……俺のもんだからな。勝手に一人で悩むのは許さねぇ。……だから俺に、任せろ」


「……どうするの?」


「おいおい、ハゲのこと覚えてんなら、俺が言ったことは全部覚えてるだろ?」俺はアシュリーに笑いかけてやった。「次は二度とないって、ちゃんと忠告しておいたからな。俺は有言実行の男よ、知ってるだろ?」


 アシュリーが本当に小さく、ともすれば見逃してしまうような笑みを見せた。


「知ってる……。エッチしたくて、部下まで使っちゃう人だもんね。それに、お風呂が覗きたいからって、自分の家に穴開けてた」


「そうだよ。俺はそういう、欲望に直結した男なのさ。だから今度も任せろ。お前の笑顔が戻るなら、俺は法律だって破るぞ。……今回は合法だけどな」


 犯罪者は全員殺していい。そういう国だし、俺にはその権利がある。公僕としてはよくないことだが、まあいいだろ。

 アシュリーに短くキスをして、俺は仮面を下ろした。コーヒーの苦い味がした。


「ほら、コーヒー」


「うん……」


 アシュリーが再びコーヒーに口をつける。少し冷めてしまったようだが、それでも美味しいのか、アシュリーは顔を僅かにほころばせていた。

 俺はアシュリーの髪に指を通しながら、腰に提げたショートソードを一撫でした。


 今の俺の顔を見せたら、多分どんな奴でも泣く気がする。


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