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死者の手 ~紅茶とコーヒーと不死人~  作者: 直さらだ
第八章 新入りを迎えたなら
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三十三節 もちもち。くまなく洗ってあげよう

「――はぁ……、ぜぇ…………」


 肩で息をしながら、ララは立ち上がった。唾を飲み込み、俺と対峙する。

 見物に来ていたアリスターとオベール――驚くことに、わざわざ線を引っ張って電話を持ってきている――がそれを見て「うへぇ」と声を出した。


 絶賛稽古中である。『死者の手』養成機関であるアルバサイド学院の生温い授業じゃ教えてくれないようなことを、ここでは教える。

 学院で教えてくれるのは、結局それぞれ使う武器も違うから、本当に基礎的なことだけだ。それでも魔法を多少なりとも使えるという圧倒的なアドバンテージがあれば、そんじょそこらのゴロツキ程度には負けなくなる。武術を修めた人間と、そうでない人間の差は大きい。

 だが俺達暗殺部隊が相手にするのは、そういう奴らとは一味も二味も違う、マジモンの奴らだ。そいつらを相手にと考えると、学院の技じゃ足りない。

 それぞれの個性に合った戦い方も捨てる。可能な限り音も出ず、小回りの利く立ち回りや武器を覚えさせるのだ。


「やあああああっ!!」


 ララが気合を入れるように叫びながら突進をしてきた。俺はそれをいなし、突撃のエネルギーを利用してララを投げ飛ばしてやる。

 こと体術に関して言えば、より人体にダメージを与えられる方法を学ばなくてはならない。肉体のどこを狙えば相手が動けなくなるのか、身をもって学習させる。

 投げ飛ばされたララを組み敷き、左手で背中を押さえ、ララの右腕を引っ張る。関節に走る痛みに、ララが呻き声を上げた。


「あがッ……!」


「隊長それ以上やると外れちゃいますよー?」電話を抱えたオベールが言った。


「流石に今日はやらねぇよ」言いながらララの腕から手を離す。「やるなら治癒魔法士を呼んだ時だな」


 それなら関節外しても、痛みが残らないように治してくれるはずだ。

 ララの上から退きつつ時計を一瞥する。時刻は夕方ちょっと手前くらいを差していた。


「今日はここまでにするか」ララの腕を掴み引き起こす。「シャワー浴びて着替えろ」


「は……はい……っ」


 ララは返事をすると、フラフラとした足取りで訓練場を出ていった。見送りつつ、上着からタバコを取り出し火をつける。ンマイ。

 アリスターが俺に近づき、ララが出ていった方を見ながら話しかけた。


「ぶっちゃけ、ララちゃんってどうなんすか?」


「いいね。鍛え甲斐がある」


「あら、珍しく高評価なんすね」アリスターが渋い顔つきになった。「俺なんか褒めてもらった記憶ないっすよ」


「そりゃ、褒めるところがないからだな」


 二人で吹き出す。アリスターが笑いながら水筒を寄越してきたので、ぐいっとあおり喉を潤した。

 運動後のタバコと水はなんでこんなに美味いんだろうな。世界の不思議だ。


「じゃあ俺は帰るから、後頼むぞ」


 ささっと帰って、アシュリーと久々に二人っきりで過ごすのだ。


「へいっ親分! あっしにお任せくだせぇ!」


「気持ち悪い」


「さーせん。とりあえず交代の奴が来るまでここで引き留めておくんで」


「おう、頼むわ。んじゃお疲れさん」


 ヒラヒラ手を振って訓練場を後にした。そのまま出口へ……といきたいところだが、流石に無言で帰るのはララが可哀想なので挨拶だけしておこう。

 シャワールームは人数とかの問題で男女兼用なので、基本的に女子入浴中は札を掛けて覗かれないことを祈るしかない杜撰ずさんな管理体制を取っている。

 特に遮るものもないので、更衣室へ。目の前に素っ裸のララがいた。目を丸くして、こちらを見ている。白い肌に実った二つのたわわがぷるんと揺れた。


「あゴメン」


 反転して更衣室を出る。あーびっくりした。アイツシャワー早過ぎじゃね? ……まだ入ってないだけか。そうですよね、足取りメッチャふらふらだったもんね。

 一昔前の俺ならうひょー裸の巨乳キタぜ! とか考えて襲いかかりそうな気がするが、もうそんな子供じゃあない。愛すべき巨乳の恋人(年齢差二十以上)が出来た俺には、そんな誘惑は効かんのだ。

 更衣室の中から叫び声にならない叫び声が聞こえてきている気がするが、無視する。無視である。断固無視。知らぬ存ぜぬを貫くのだ、俺。


「あーララさんや。俺は野暮用で先に帰るから、後のことはアリスターとオベールの指示に従うように。じゃあ……お疲れっしたっ!」


 こういう時は逃げの一手が最善策だ。

 幸運にもアイツは今裸。つまり俺を追うことはできないっ……!

 帰り際に、電話を戻しに行っていたらしいオベールとすれ違った。


「スマン! ララに謝っといて!」


「は? なんのことですか!?」


 オベールが訊き返してきたが、無視。俺は素早く秘密支部から抜け出し、帰路についた。


-----------------------------------------


「おかえりーパーシヴァルっ!」


 家に戻ると、アシュリーが待ちわびたように飛びつき俺を迎え入れた。抱っこしつつ「ただいま」と声をかける。


「あれ? ララは?」


 俺にしがみつきながら、アシュリーが尋ねた。どうでもいいけど、もしララがいたらイチャイチャすんじゃねぇって怒られそうだなコレ。


「部下に頼んで置いてきた。帰ってくるのは十一時の予定」チラリと懐中時計を見る。現在時刻六時前。「つまり後五時間あるって寸法よ」


 落とさないよう背中に手を回しつつ、もう片方の手でアシュリーの尻を揉みしだく。服越しのせいでイマイチ。やっぱり直接がいい。


「あんっ、もう……先にご飯食べよーよ」


「たっぷり注いでやるぞ」


「そーいう意味じゃないー」


 とか言いつつ、アシュリーは俺から離れようとはしなかった。笑いながらより一層身体を密着させてくる。そういうのズルい。

 だが腹が減ってしまうのも事実だ。何かしら先に腹ごしらえをしてからの方がいいだろう。しかし俺は抜け目のない男なのである。想定済みだ。

 アシュリーの尻を揉みながら、リビングへ移動する。キスするのも忘れない。足でドアを閉めつつ、アシュリーを椅子に下ろした。


「男はなぁ、やると決めたらそこへ向かって猛突進な生き物なのよ」


 背中のリュックから出来合いの食事を取り出す。屋台で買ってきた肉包みパイである。お値段二つ合わせて十二イード。

 残っていたスープを煮込み直し、簡易的な夕食の準備を整えた。食べたら運動。食べたら運動。

 略式のお祈りを捧げ、食事を始める。話題は自然――なのかはわからないが――とこの場にいないララのことになった。


「ララって、ぶっちゃけどうなの?」アシュリーがパイを食べながら尋ねる。


「それ部下にも訊かれたわ。筋はいいと思うぞ。もうしばらく訓練すれば、それなりに使えるようにはなるだろう」


 あくまでもそれなりに、だが。そこまでいったら俺が目を離しても平気だから、後は次の部隊長にでも任せよう。


「アタシと比べたら?」


「お前が勝つだろうな。単純に考えてみ? 俺がアイツを指導したのはまだほんの一週間程度だ。お前はもう二年ちょっと教えてる」


 一通り教え終わったが、身体が鈍らないよう組手や狙撃の練習も続けている。基礎が出来ているかという違いはあるが、それでもアシュリーに軍配が上がると俺は見ている。


「そもそも、俺らが不死のお前に勝とうと思ったら、それこそ奇襲でもしてやらんと無理だよ。《死への誘いリーサルタッチ》……不死を殺す武器は、接近しないと使えないからな」


 一度殺して、巻き戻る前に《死への誘いリーサルタッチ》を発動させた腕で触れる。このプロセスは中々に厄介だ。タイマンならどうとでもなるが、相手が複数だと代わる代わる順番に巻き戻られて対処ができない。

 二年前に死にかけた時も、そういう感じだった。銃を使って接近を防ぎつつ、怪我した奴が巻き戻る。シンプルだが、『死者の手』には恐ろしく有効な手だろう。


「近づかれたら、その前に撃つかなぁ」


 アシュリーも距離を離して戦うことの優位性がわかっていたのか、そう呟いた。


「だろ? 寝込みを襲うか、人質でも取るか……まあなんにせよ、そういうことをして、お前に撃たせない状況を作らんと俺らは勝てない。こっちは撃たれたら詰むからな」


 アシュリーの腕なら、悪くても行動に支障が出る範囲で撃ち抜いてくるはずだ。そうなれば不死を捨てた俺らに逃げる術はない。


「銃弾をかわされたら、アタシが負けるね?」アシュリーが笑いながら言って、ミートパイの最後の一口を食べた。


「そんな奴いてたまるか。銃弾を目視でもできない限り、ただの博打打ちだろ」


 逆に言えば、弾がどこに向かって飛んでいるのかをちゃんと見て、かつその瞬間に最適な場所へ《身体強化アクティヴェーション》を使って高速移動ができるなら、一応避けれるということにもなるが。まあそんなの普通に考えて無理だ。どんだけ素早いんだよって話になっちまう。時間を止めるとか? 無理無理。そんな便利な魔法は聞いたことがない。

 くだらないことを考えるのを止め、俺はアシュリーを抱えた。キスをすると、口の中からパイと野菜の混じった味が伝わってきた。同じものを食ったから、アシュリーもきっと同様だろう。


「パーシヴァルちょっと汗臭いよ」


 アシュリーが首元にキスをしながら言った。こそばゆい。

 臭いのはララとの訓練のせいだろう。それなりに身体を動かしたから、仕方あるまい。


「じゃあ風呂入るか。洗ってくれるだろ?」


「もちもち。くまなく洗ってあげよう」


 そう言いながらアシュリーが俺から離れ、手を引いてくる。

 脱衣所に一緒に入ると、遠慮も色気もない感じでアシュリーが服を脱ぎ捨てた。俺の腰に手を当て、シャツの中に手を入れる。


「はいバンザーイ」


 アシュリーに従い両手を上げる。滑らかなアシュリーの手が上に流れていき、俺からシャツを奪い取った。そのままベルトを外し、ズボンを脱がせる。

 あっという間に二人共生まれたままの姿になってしまった。キスをしながらお互いをまさぐり合い、風呂場に入る。

 やはり部下を使うのはいい手だった。今度から時々頼らせてもらうことにしよう。


 アシュリーの優しく淫らな手さばきを全身で感じながら、俺は部下に感謝の念を送ることにした。


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