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死者の手 ~紅茶とコーヒーと不死人~  作者: 直さらだ
第一章 手を差し伸べたなら
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三節 ぬ、ぬすんでない。ちゃんと、お金はらったもん

 アシュリーと一緒に暮らし始めて、気づけばひと月近く経っていた。

 怪我の回復は概ね順調。……なんだろうか? わからない。なんせまともな医者や病院は存在しないんだ。とりあえず止血だけしたみたいな状態だったので、医療部の奴らの見よう見まねで応急処置はなんとかやったが、果たしてこれで合ってるのか。

 少なくとも、傷口が化膿してないだけマシなんだろう。ラッキーだ。徐々にパックリ裂けた肉も繋がってきてくれたのか、起き上がっても平気になってきている。いてぇけど。まあ我慢出来る範囲にはなった。頃合いを見て糸を抜かねぇと。

 半ば日課になった傷口の確認を終えると、アシュリーがどこかから見繕ってきた大人用のシャツとパンツを履き、ボロい部屋から出た。制服は中層うえに帰る時までは着ない。余計なトラブルはゴメンだ。


 アシュリーは既に外に出ているらしい。隣に姿がなかった。

 俺達が暮らしていた家は建物と建物の間に造られた小さな小屋――と言えるのかもよくわからん歪なもの――で、一応二部屋構造になっていた。玄関と直結しているリビング的な部屋と、寝室の二つだ。トイレと風呂はない。まだちょっと寒いが風呂は川で、トイレは壺にぶち撒けて売る。

 どうも排泄物の売買は下層じゃ結構メジャーらしい。小さな畑をやってる奴がいるから、そいつに売るのだ。そんで代金代わりに作物の一部を分けて貰う。…………一緒に付いていっているが、アシュリーと取引していたアイツは絶対に変態だ。

 聞いた話じゃ、他の大人からはあまり『肥料』は買わないが、代わりにアシュリーのものは沢山買うらしい。俺の『肥料』もお断りされかけたが、アシュリーが俺を自分の用心棒で一緒に暮らしていると紹介すると、物凄く不満な顔をしつつも受け取ってくれた。どうやら、俺の分でアシュリーのメシが減っていたことを察したらしい。

 よくわからんのだが、あの変態農家はアシュリーが好きなのか、それともアシュリーから出たものが好きなのか、どっちなんだ。


 まあ、どうでもいいことだ。俺は俺の役割を果たさねば。

 玄関の脇に立てかけておいた斧を手に取り、家を抜け出した。肩に斧を担ぎながら欠伸あくびをする。うむ、薄暗いしジメジメしてる。いつもの朝だ。

 『仕事場』に向かってノロノロと歩き始めた。働かざる者食うべからずって奴だ。

 傷が大分落ち着いてきたので、俺は自分の世話ぐらい自分でやると言い張りアシュリーに仕事を探して貰っていた。……探して貰ったのは情けないが、あのガキは結構顔が広いらしいのでそっちの方が早そうだったのだ。

 与えられた仕事は薪割りだ。アシュリーの家で使う分だけじゃなく、辺り一帯の家で使う――もしかしたら仕事で使ってる奴もいるかも――薪を割るのだ。


 『仕事場』に到着すると、待ってましたとばかりに薪が並べられていた。

 ここらに住んでる奴が俺に頼むために持ってきたのだ。依頼人も座って待っている。目が早く割れと言っていた。

 一度首を揉み斧を下ろすと、薪を台の上に置いた。ペンのように軽い斧を次々振り下ろし薪を割っていく。


 魔法ってのは便利でいい。普通にやってたら一日がかりの仕事が一瞬……とまでは言わないが、かなり早く終わらせられるんだから。

 人の身体にはマナっつーよくわからないエネルギーが流れている。それが何なのかはよくわからんが、上手いこと操ってやると奇跡みたいな現象を起こせる。……例えば高速薪割りだな。

 マナで身体を強化――よくわからんが、出来るのだ。《身体強化アクティヴェーション》という魔法だ――するだけで、木片がプリンみたいに斬れていく。だがこの方法だと斧にかかる負担が大きい。こまめに研いだり持ち手を交換してやらないと、突然斧がぶっ壊れたりする。

 斧をマナで強化することは基本的には不可能だ。これまたどういう理屈なのかは知らんが、自分以外の物質のマナを直接操作することは出来ねぇんだ。斧にもマナが宿ってるらしいが、操れないんじゃ意味がない。

 『死者の手』の研究部の方で、《魔素装填プラグイン》っつー道具を強化する魔法を開発したが、これの発動には道具自体に術式を刻む必要がある。

 俺は術式を覚えていない。そもそもこの魔法はつい最近できたばっかりだから、まだ実験段階なのだ。要するに、そんなもんどうやって使うのか知らねぇって訳だ。


 しばらく薪を割り続け金を受け取ると、アシュリーの家に戻っていった。時刻は気づけば夕方近くになっていた。治りかけの怪我も相まってクタクタだが、身体が鈍らねぇという意味ではいいかもしれない。

 だが体力が落ちたのも感じる。そろそろ前線は厳しくなってくるかもしれない。今何歳だっけ? ……三十三か。もう十年以上も必死こいて戦ったんだし、そろそろいいだろう。怪我が治って上に戻ったら、上層の通行管理部門にでも回してくれと頼んでみようか。

 独りで小さく笑いながら家路を急ぐ。居候先の近くに到着すると、何か揉め事らしい騒ぎ声が聞こえてきた。


「――離してよっ!」


 アシュリーの声だ。何があった? なんでもいい。様子を見てやらねぇと。

 せっせか早歩きで入り組んだ路地と建物の間を抜け現場に到着すると、アシュリーが大男に腕を掴まれていた。他にも四人、ガラの悪そうな大人。全員でアシュリーを囲んでいる。

 大股で歩き、四人の包囲を突き破る。


「ようよう兄ちゃん。俺の雇い主に何か用か?」


 肩に斧を乗せつつ、大男の腕を掴んで言った。アシュリーが俺を見て少しだけ目を丸くする。若干安堵したようにも見える。

 大男がアシュリーを離さなかったので、マナと力を込めて大男の腕を握ってやった。大男の腕がトマトみたいに潰れ、おかしな方向を向いた。


「ぎゃああああっ!?」


 大男が叫びながら飛び退いた。潰れた右腕を庇うように肩を抱き、涙目になりながら俺を睨む。しかしすぐさま懐からナイフを取り出すと、自分の首に刺して自殺してしまった。

 アシュリーを取り囲んでいた男達が、俺を警戒しつつもニヤニヤ笑っている。男達の背後で、先程自殺した大男の身体に変化が起きた。

 首から流れていた血が、時間を戻したように身体の中に戻っていく。首の裂け目もなくなっていた。折れた腕もプルプル震えたかと思うと、正常な方向へと戻る。間を置かずに、大男が目を見開き息を吐いた。巻き戻った。


「てめぇ……何のつもりだ……。第一世代だからって容赦しねぇぞ!」大男が立ち上がり俺に指を差した。


 第一世代……か。そりゃそうだ。そう思うよな。髭に皺の男を見たら、誰だってそう思う。

 不死は歳を取らないし若返りもしない。最初に不死になった奴ら……第一世代は、歳を取った状態で不死になった、最初の人間達を指す言葉だ。

 だが不死を失った『死者の手』の隊員は歳を取る。だからそれなりに歳を取ると、こうやって間違えられるのだ。


「何のつもりだは俺の台詞だ。何の用かって質問しただろ? 耳腐ってんのか?」自分の耳をほじくってみせた。「だが俺は親切なナイスガイで通ってるから、耳が腐ってても怒らねぇ。もう一回言ってやるよ。――何の用だ?」


 威嚇するように、声を低くして大男共を睨む。アシュリーが俺の背後に隠れた。


「……そいつは俺達の倉庫から物を盗んだ。返してもらいに来ただけさ」大男がアシュリーを指差し言った。


「……ホントか?」


 背後に隠れるアシュリーに尋ねる。アシュリーは少しだけ震えながら、首を横に振った。


「ぬ、ぬすんでない。ちゃんと、お金はらったもん」


「俺の雇い主様は盗んでねぇって言ってるけど?」俺は斧を杖代わりにしつつ大男に言った。支え無しで立ってんのしんどい。


「そりゃただの嘘さ。なあ、アンタ。その細い腕でどうしてあんな力が出せたのか知らねえけど、ヤルじゃないか」


 大男が賞賛するように小さく手を叩いて言った。俺は肩をすくめてみせた。

 どうやら魔法は見たことがないらしい。あんな力、魔法のことを知ってれば《身体強化アクティヴェーション》だって一発でわかりそうなもんだが。……まあこれも当然か。魔法なんざ、もう廃れてから相当経っている。


「そのガキをこっちによこせば、さっきのことは不問にしてやる。それにボスにも紹介してやるぜ。ここら一帯をシメてるお方だ。仕事も融通してくれる。ちまちま働くよりも大金が手に入る。どうだ?」


 大男がよくわからん誘い文句でアシュリーを渡すよう要求してきた。アシュリーは不安げに俺を見上げている。

 アシュリーの真っ赤な髪の毛を軽く叩くと、俺は筋肉をほぐすように首を揉んだ。深く、ふかーーく、ため息をわざとらしくついてみせる。

 どうしてこいつらは、自分達が俺よりも上だと思っているのだろうか。


「……お前ら、馬鹿だろ?」


 斧をぶん投げた。キレイな、狙い通りの軌道を描き、斧は大男の股間を掠め地面に突き刺さった。大男のズボンの股が裂け、血で地面を汚した。

 男のシンボルを切り取られ、大男が絶叫しながら転がった。周囲の男達が暴れる大男を取り押さえ、再び巻き戻そうと首にナイフを突き刺した。だから馬鹿だと言うのに。

 俺は《身体強化アクティヴェーション》で強化された肉体をフルに活用し、大男にトドメを刺した男達に近寄った。二つの頭を掴み衝突させ、砕く。怯えた表情をした残りの二人も同じようにして、砕く。だが殺しはしない。死なない程度には、手加減をしている。こいつらは大事なカードだからだ。巻き戻られると困る。

 トドメを刺された大男が巻き戻り、再び目を開いた。大男の目の前には、四人の男が頭を砕かれ倒れた光景が広がっている。


「よう、おはよう。この短い間に二回も死ぬとはツイてないな」俺は斧を拾い上げ、大男の前に立った。「なあお前さん、『死者の手』って知ってるか?」


「あ、ああ……? 知ってるけど……」大男が並べられた仲間達を見ながら、声を上ずらせて言った。


「話が早くて助かるよ。まあ有名だしな。……俺がそれだ」


 わざとらしく、左袖をまくってから、術式を起動させてみせる。《死への誘いリーサルタッチ》が俺のマナに反応し、腕全体が淡く光った。

 大男がブルッと一瞬震えた。本当の意味で殺されると思ったのかもしれない。

 『死者の手』が魂を抜き取って殺す、という噂はどこでも聞ける有名な話だ。まあ概ね合っている。この左腕で抜くのは魂じゃなくてマナだが。大した違いじゃない。そもそもマナも魂も見えねぇし。


「今俺は、お前ら五人を同時に相手して、一瞬で勝った。わかるか? 力量差だ。俺とお前らの間には、とんでもなく大きな差がある。そのぐらい、見てわかるようになっとけ」


 頭を砕いてやった男の一人の首に、斧を持っていく。首の少し上で固定する。

 大男はその様子をジッと見ていた。……切れたズボンからイチモツが飛び出ている。通常時でそれかよデケェなチクショウ。負けた気分だ。


「もしこいつらやお前自身の命が大事なら……言うことあるよな? 早くしないと、こいつが死ぬぞ」


 俺は斧をゆっくりと振り上げ始めた。慌てて大男が手を伸ばす。


「待ってくれ! 謝る!」


「ああ? 謝るだけかよ?」斧を肩の上まで振り上げる。ついでに左腕も光らせてやった。


「このガキは何も盗んでない! イチャモンつけただけなんだ! 銃持ってたから、きっと金ももっと隠してるんだろうって! それだけなんだ! もう二度とここには来ない! アンタらにも関わらない!」


「……俺が『死者の手』だって言いふらしてみろ。殺すからな」


 斧を振り下ろそうと、足を少し開く。それを見て、大男が泣きながら叫んだ。


「わかった! 絶対に言わない! だから離れてくれよ!」


「まだ謝ってねぇだろうが」


 馬鹿だろこいつマジで。


「す、すんませんでしたっ!」大男が頭を大きく下げた。


 俺は斧を振り下ろし、男の首を切断した。続けて残った三人の頭も落とす。まくっていた袖を戻し、アシュリーを背中にやりながら一歩離れた。

 ややあって落とされた頭が霧散して消えると、新しいものが首から生え四人の男達が起き上がった。恐怖で震えながら俺を見ている。

 大男はもう一度大声で謝ると、他の四人にも頭を下げさせた。


「とっとと消えろ……」


 睨んでやると、大男は股間を隠しながら、仲間を連れてどこかへ消えた。

 ……よし、もう我慢しなくていいだろう。

 汗が物凄い勢いで出て来た。顔も服もビッチャビチャ。斧を手放し、その場にへたり込む。

 限界だ。ふざけんなよチクショウ。こちとらさっきまで必死こいて薪割ってたんだぞ。限界だっつーの! おっさんに無理させんじゃねぇよ。ああもう、トラブルに遭うのは嫌だったのに……。


「だ、大丈夫っ!?」アシュリーが俺の手を握って言った。


「……わりぃ、ちょっと寝るから、家まで運んどいて」


 心配そうに見つめていたアシュリーの頭を軽く撫でて、俺は意識を手放した。


本編読んでいない方向け用語解説。おさらい的にもどうぞ。


ロズメリア下層:

ロズメリアの下層区域は、中層と上層によって太陽が遮られることや、開拓地に繋がる巨大な陸橋、城壁によって日が差さない場所が多い。さらに建物が密集していることや煙なども相まって、ほとんどの場所が常に薄暗い。

メインストリートや中層近くの一部地域では上下水も通っているが、基本的には川や井戸で水を使う。中層へは城壁内に開けられたトンネルと階段を通っていく。通行制限は特にない。

開拓地へは中層からしか出られない。開拓地への移住希望者も多いが、下層の人間の移住は禁止されている。

識字率は低く、本はほとんど燃料と化している。通貨も、中層ではほとんど流通していない質の悪い貨幣を使っている(日本で例えるなら、円じゃなくて銭で取引をしている感じです。下層の人達は物価が銭に適応されているので、金銭感覚も中層の人とはかなり格差があります)。


医療:

不死の人間には必要のないものなので、物凄い勢いで衰退している。義手などの職人が作る必要のある分野などはすでになくなっている。家庭の医学のような知識も、なくなりかけている。


マナ:

魔素とも言う。人間をはじめとしたあらゆる物体に宿るエネルギー。これを操ることによって引き起こされる様々な現象を魔法と称する。

ロズメリアの国民のほとんどは魔法の存在は知っていても自分で使うことが出来ない。イメージ力などが魔法の成否に大きく関わるため教育しづらかったことや、科学技術の発展で廃れてしまったため。

他者が持っているマナに直接干渉することは出来ない。マナが纏まっているかどうかがキーになるらしく、大気中に漂っているマナには直接干渉することも可能。

マナは目には見えないが、稀に知覚する人間もいる。


巻き戻り:

不死人が一度死んで、健常だった状態にまで戻ることを指す。

巻き戻った際には、胴体のある部分が基点になって蘇る。頭を切り落せば、新しい頭が生える。上半身と下半身で二分された場合は、上半身側から蘇る。

この性質のせいで、上記の例だと下半身丸出しで巻き戻ることになり、一般的には物凄く恥ずかしいことと認識されている。死ぬ時はなるべく五体満足、がロズメリア人にとっての美徳。


※追記(12/14):誤字修正。

※追記(12/15):タイトル修正。一部表現の修正。

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