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死者の手 ~紅茶とコーヒーと不死人~  作者: 直さらだ
第七章 夏になったなら
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二十七節 パーシヴァル、可愛いね

 フィリスの屋敷、その庭の隅っこの生け垣の脇でアシュリーは三角座りをしていた。

 膝に顔を押し付け、小さく嗚咽おえつを漏らしている。俺には気づいていないようだ。

 ……こういう時はどうするのがいいのだろうか。ここにあのモテモテ野郎がいたらどうしただろう。…………違うか。自分で考えなきゃ、ダメだよな。

 俺は首を一度揉んでから、アシュリーの隣に腰掛けた。アシュリーが顔を少しだけ上げ、俺を横目で見た。

 アシュリーの頭を軽く撫で付けながら話しかける。


「――なあ、俺はさ、馬鹿なんだよ」


 アシュリーが首を僅かに捻り、俺の方へ顔を向けた。特に喋る様子もなかったので、俺はそのまま続けた。


「特に女心とか、そういうのがわからん。学生の頃の班は男しかいなかったし、訓練ばっかりしてたから。卒業して『死者の手』に入ってからは、毎日毎日殺しばっかりだ。同期の知り合いは皆死んだし、ずっと一人だった。だからその……そういう……付き合いを一切してこなかった。だからな、お前の気持ちとか汲んでやれないこと、多かったと思う。でもよ――さっきのは、流石にわかった」


 アシュリーの額にかかった髪の毛を払ってやる。涙で目元が赤く腫れてしまっていた。少しだけ痛々しい。


「まあ……なんだ……あー……、嬉しかったよ」


 どんどん声が小さくなっていってしまった。こういうの、面と向かって言うのは苦手だ。


「……? 何て……言ったの? 聞こえなかった」


 アシュリーがこちらを見て、嗚咽おえつ混じりに尋ねた。

 はい、やらかしました。尻すぼみになっていったせいで、聞き取りすら困難になってたっていうね。チクショウ、もう一回言うのかよ。恥ずかしいったらありゃしない。


「ああもう! 嬉しかったって言ったんだよ。嫉妬、してくれたんだろ?」


 半ばやけくそ気味に大声を出して言ってやると、アシュリーは小さく噴き出した。笑い声を漏らしながら、時々泣くという器用な真似をしてのける。


「パーシヴァル、可愛いね」クスクス笑いながらアシュリーは言った。「うん、そう。嫉妬……したんだと思う。だって……アタシ……」


「いいよ、わかってるから。悪かった。そうだよな、お前に待たせちゃってるのに、ああいうのはムカつくよな」


 逆の立場で考えれば簡単な話だ。好きな女の肌を、関係ない男がベタベタ触っていたら嫌だろう。例えその女と付き合ってなかったとしても。嫌なもんは嫌だ。そういうもんだ。

 アシュリーが俺を見上げて、鼻から息を漏らした。笑っているのか呆れているのか、なんとも判断のつかない表情をしている。


「やっぱり、パーシヴァルは鈍感だと思う。もしくは、バカかも。――多分、アタシが思ってる理由と、パーシヴァルが思ってる理由は違うよ」


「あ? そうなのか? っていうかお前人の心でも読めんのか?」


 ちゃんと話してる訳じゃないんだから、俺が何を考えたかなんて普通わからんだろうに。


「パーシヴァル限定かな? 顔とかで、なんとなく。好きな人に、関係ない奴が馴れ馴れしくしたら嫌だなとか想像したでしょ」


「まじかよ、お前すげーな。で、それが間違ってんのか?」


「うん。アタシが嫉妬した理由とは、ちょっとだけ違うかな」


 そう言って、アシュリーは目元を拭った。小さな声で「教えてあげないけど」と呟いたのが耳に届いた。


「そうか。……理由はよくわからんが、とにかくあれだ、ララ達がベタベタしてたのがムカついたことは間違いないだろ?」


 尋ねると、アシュリーは小さく頷いた。


「なら、もうそうさせない。だから戻ろう。風邪引いちまうぞ」


「風邪引いたら、一回死ぬから」


 アシュリーがなんてことないという風に、軽く笑って言った。

 出たよ。不死だからって軽々しくしやがって羨ましい。


「それはズルいだろ。俺は風邪引いたらアウトだから、健康に過ごしたいの」


「はいはい」


「テキトーだなおい。……ララ達に謝れるか?」


「それは……うん、大丈夫。だけど、一個お願いしてもいい?」


 アシュリーはそっぽを向いたまま言った。首筋が少しだけ火照っているようにも見える。何か言いづらいことなのだろうか。なら、言いやすくしてやるべきか。


「おう。なんでも言え。死んでくれとエッチしてくれ以外なら応えてやるぞ」


 どさくさに紛れて肉体関係を求められたらヤバいので予防線を張っておく。そういうことはちゃんと答えを出してからという結論は変わらない。割と生殺しだけど。


「大丈夫、そういうのじゃないから」アシュリーは笑みを漏らし言った。「……アタシも、触っていい?」


「は? ああ、身体か?」


「そう」


 なんだ、可愛い頼みごとじゃないか。


「その程度なら構わんぞ。しかし意外だな……お前筋肉とか興味あったの――」


 言葉の途中で、背中から温かい感触が伝わった。

 違う。俺が思ってた触ると違う。俺が思ってたのは、腕とか胸筋を触って、カッチカチやん! へへ、そうだろ? 鍛えてるからな。終わり! みたいなやつ。

 今アシュリーがやってるのは、触るじゃなくて抱きつくだ。背中から胸の辺りに腕を回して、くっついている。


 首筋にアイツの吐息を感じる。触れられている場所が、火傷でもすんじゃねぇかってくらい熱い気がする。柔らかさがダイレクトに伝わってきて、ちょっとよろしくない。具体的には下半身が。

 ……アレ? 確かにおっぱい柔らかい的な刺激はあるが、ララ達に触れられた時はこんなこと思わなかった気がするのだが。

 そう、思わなかった。それこそさっき想像した、硬いでしょのやり取りだけ。褒められて悪い気はしなかったが、触れられて熱いとか、ドキドキ……? 的なことはなかった。うん。

 とかなんとか考えてる内に、アシュリーの手が俺の二の腕に触れた。滑るように先端へ向かっていく。


「にゅ……ホントに硬いね」


「……鍛えてますから」


「あとあったかい。くっついたままなら風邪引かないんじゃない?」


 アシュリーは俺の肩に顎を乗せたまま言った。


「馬鹿言うな。風邪引くわ。冷えるだろ、ほぼ裸だし」


「…………ねぇ、アタシってさ……めんどくさいかな?」


 小さな声で、アシュリーが尋ねてきた。また思考がぶっ飛んだな。風邪と関係ねぇじゃん。


「さあ? 俺にはわからん。さっきも言ったけど、俺は女どころか人とそんなに交流してないから。交友関係狭くて自分でも泣けてくるぞー? 俺友達いねぇからな。お前と出会うまでは、休みの日なんかタバコと酒やって寝てただけだ」


 思えばよく喋るようになったもんだ。

 腕を上げ、アシュリーの頭をもう一度撫でて続けた。


「だから……そういうのは気にしなくていいんじゃねぇかな。お前がしたいようにしろよ」


「んー……おっぱい揉む?」


「揉まねぇよ。短絡的過ぎだろ。そういうのは止めろ」


「だって、アレの返事してくれないじゃん」


 俺の身体をペタペタ触りながらアシュリーが言った。

 告白のことか。それを出されると非常に痛いのだが。でもね? 色々あるのよ、男には。


「マジで近い内に決めるから、もう少しだけ待ってくれ。……そういう意味では、こういうことも大事だな。なんかトラブルでも起きねぇと、なかなか改まって喋ったりしねぇし」


「それ、アタシが面倒ばっかり起こしてるっていう風に聞こえない?」


「自覚なかったのか? お前を連れ帰んなかったらな、俺の毎日は退屈一辺倒だっただろうよ。そんで何かの任務で気が抜けて、死んで終わりだな。――色味のない、つまんねぇ生活だったよ」


 アシュリーはアチコチ触っていた腕を俺の首に回し、耳と耳をくっつけた。頬を触れ合わせ、言葉にならない小さな声を喉の底から漏らした。


「……今は、つまんなくないの?」


「つまんなくはねぇな。楽しいよ、お前と喋って、どこかに出かけて、そういうのは楽しい。だからかな、最近良く死にたくないって思う。若返れたらいいのにな。そしたら……」


 アシュリーとの関係で悩む理由の一つ、歳の差があり過ぎるってのを気にしなくて済むようになるかもしれない。死なない身体だったら、コイツを悲しませることもなくなるのに。

 だが不死を捨てなかったらアシュリーと出会うこともなかっただろう。コイツは下層で生まれ、俺は中層で生まれたから。普通は混ざり合わない。


「アタシは別に気にしないよ」アシュリーが耳元でささやいた。


「そう言ってくれるのは嬉しいね。……話がズレたな。これは終わりにしよう。プールに戻って、ララ達に騒いでゴメンって謝る。んで遊ぶ。ララ達のこと、嫌いか?」


「んーん、嫌いじゃないよ。油断できないけど」


 油断ってなんのこっちゃ。まあ嫌いじゃないならいいか。


「なら、仲良くしよう。ちょっと歳は離れてるけど、きっと良いダチになれる」


「……うん、わかった。そーする」


 アシュリーは呟き、頬をもう一度俺の顔に当ててきた。頭を二度ポンと叩いてやると、アシュリーは小さく笑みをこぼし、俺の首から腕を抜いた。

 背中に当たる危険物の感触が消えたので、俺は立ち上がった。振り向くと、アシュリーが手元を弄りながら突っ立っている。

 どうしたのかと尋ねようとしたその瞬間、アシュリーが背伸びをし俺の頬に口を付けた。プニッとした感触が、頬越しに伝わる。

 アシュリーは自分の唇に指を当てて言った


「口にはしないであげる。あくまで親愛のキスだから」ニシシっと犬歯を見せて笑ったアシュリーは、いつもの口調と表情だった。「ヒゲチクチク。結構好きかも」


「……そっすか」


 面倒くさくて剃ってないだけなんだが。……まあ好きなら好きでいいか。


「そっすよ。――じゃ、戻ろ?」


 そう言って、アシュリーは俺の手を引いて庭を歩き始めた。

 俺はアシュリーに手を引かれながら、口づけされた頬を軽く撫でた。熱を持っている気がする。

 うむ……。やはり……そう……なのかな。


 なんとなく自分の感情の正体を、認識できてきた気がした。


用語解説


医療制度:不死が発生して百年以上が経過しているため、ロズメリア国内の医療技術は衰退し、一般人が病院に世話になることは基本的にない。

『死者の手』を除けば不死しかいない国なので、風邪を引いた程度でも一度自殺して健康状態に戻すことが一般的。

不死が発生する前に病院があった場所は、既に取り壊され別の建物になっていることが多いらしい。

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