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死者の手 ~紅茶とコーヒーと不死人~  作者: 直さらだ
第七章 夏になったなら
26/51

二十六節 さ、触んないでよっ!!

 さて水着である。誰がなんと言おうと、水着である。

 一般的な話として、目の前に若い女が三人、それも水着姿で現れたらまあそりゃ大興奮でしょうよと。しかも俺以外に男はいないのだ。独占状態である。

 あえて順番に見ていこうか。


 一人目、ララの友達らしい貴族の女の子。確か名前はフィリスとか言ってた。

 フィリスはどちらかと言えばスレンダーな子だろう。ララもアシュリーもとある部分が大きいので、特にそう感じる。暗めの金髪ショートヘアで、水色の上下一体水着を着ている。うん、まあ……別に悪くないんじゃないでしょうか。ちょっと子供っぽいかなと思わなくもない。

 二人目、今回の発起人のララ。

 もともとデケェなと思っていたが、予想以上であった。二年前にちょろっと風呂を覗いた時よりも大きくなっている気もするが、これは俺の記憶違いかもしれない。青みがかった髪の毛を団子のようにして纏めていた。

 黒か紺色のビキニを着こなし、これでもかとグラマラスな身体を見せつけている。二十四歳にしては熟れたというか、まあセクシー力が強い。おじさん興奮しちゃう。


 でだ、今回一番の大穴、誰がこんな結果を予想しただろうかという倍率の高い馬、アシュリーだ。

 ここ二年で健康的に肉の付いた身体は、大人の女性らしい色香を持っているにも関わらず、子供の純真さや可愛さというのも同時に持っていた。まさに、つぼみが花開く直前、もしくは三分咲きとかそういう感じかも。

 真っ赤な髪の毛をポニーテールにしていて、垂れ下がった尻尾が歩くのに合わせて左右に揺れている。髪の毛と同じくらい赤いビキニと、白い肌のコントラストが眩しい。赤い色は大人っぽい気がするが、そこにつけられたフリルが可愛らしさを強調している。この絶妙な組み合わせが、より一層アシュリーの無邪気さなんかを引き立てているのかもしれない。

 風呂に乱入してきた時とかは見ないようにしていたし、基本的に俺はアシュリーの裸――に近い姿――をまともに見たことがなかった。

 だからだろうか。ここまで成長していただなんて、思いもしなかった。


「よ、よぉ」


 ちょっとどもってしまった。落ち着け俺。こういう場で盛ってると思われると、人生終わるレベルで痛々しくなるぞ。

 アシュリーはいの一番で俺の前までやって来て、俺を見上げた。目線の関係上、接近したアシュリーを見下ろす形になってしまい、水着で寄せて上げられた深い谷間に目がいってしまった。


「似合う!? 似合ってる!?」


 アシュリーが胸を突き出すようにして訊いてきた。


「あー、うん、似合ってるぞ」


「……なんでちょっと迷ったの?」少しだけ不満気な声を出して、アシュリーが尋ねた。


「……上手い表現が見つからなくてだな」


 ちょっと見惚れたとは絶対に言わない。恥ずかしいし、調子に乗りそうだから。


「別にそんなのいらないのに。似合ってるなら、似合ってるって一言くれるだけで嬉しいんだよ?」アシュリーが小首を傾げて言った。


「女心がわからんのでね。勉強になりました。――似合ってるよ、アシュリー」


「へへー、そうでしょ?」


 入れ替わるようにして、ララとフィリスが近寄り俺に会釈をした。


「ララ、お前も似合ってるよ。それとフィリス……さん。今日は、ありがとうございます」


 年下とは言え貴族の娘さんだ。それなりに礼節は尽くすべきだろう。

 ところがフィリスは、困ったように眉を僅かに下げ、手を小さく振った。


「いえ、そんな。それと……敬語は使わなくても大丈夫ですよ、パーシヴァル先輩。『死者の手』に入った時点で、ある種貴族としての私は死にましたから。ララちゃんやアシュリーちゃんと普段接するように、お話してくれると嬉しいです」


「あー……そう? じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな。正直、あんまり敬語とか得意じゃなくて」気を取り直すように一度咳払い。「じゃ……フィリス。今日はありがとう。良い気晴らしになると思う。水着もいいんじゃないかな」


 ララにとっても、そうなってくれればいいが。多分、そういうとこも含めて、フィリスは今日の件を了承したのだろう。

 フィリスは頷き「はい、ありがとうございます。ゆっくりしていってくださいね」と優しく微笑んだ。

 しかし、プールか……。


「なあララ。プールで遊ぶ時ってのはどうするのが正解なんだ? 俺は……訓練のあの地獄のプールしか知らないんだが」


 溺れる直前までひたすら泳ぎ続けるアレ。魔法が使える奴は《身体強化アクティヴェーション》も併用して全速力というアレ。毎年夏になると鬱だった。まあ夏休み直前の一ヶ月くらいしかやらないから短い期間だけど。だからこそ、この最後の追い込みが死ぬ程辛かった訳だが。


「……お恥ずかしながら、私もそれしか知らないんですよね」


 俺とララは二人で並んで、そこそこ広いプールを見下ろした。太陽の光を反射して、水面がキラキラ輝いていた。

 まあ……水浴び的に考えて、身体を涼めつつ軽く泳いで気持ちよく疲れる感じでいいのかな。俺らの基準だと疲れるまで結構かかるけど。


「こういう時はですねぇ――こうするんですよっ!」


 声と共に、背後から背中を押された。完全に油断していたのか、俺はそのままバランスを崩しゆらゆら揺れる水面に落下した。

 水中で目を開けると、目の前に慌てた様子のララがいた。一緒に突き落とされたらしい。二人同時に浮上し、顔を出した。

 プールサイドではアシュリーが腹を抱えて笑っていた。隣ではニコニコとフィリスがこちらを見ている。

 なるほどね。こういうことをして遊ぶんですね。


「ララ」


 俺は小声でララを呼んだ。ララは「はい」とだけ返し、俺と一緒にプールサイドへ向かって動き始めた。

 ララが手を伸ばすと、フィリスがそれを引き上げようと手を差し伸べた。アシュリーはプールに身を乗り出して俺を見ている。

 ララがフィリスの手を掴むのと同時に、俺はアシュリーの腋に両手を差し入れた。二人同時にアシュリーとフィリスを引っ張る。


「きゃっ――」


 アシュリーがアシュリーとは思えない甲高く、可愛い悲鳴を短く漏らした。コイツこんな声出すんだな……。

 漠然と考えつつ、思いっきりアシュリーを引っ張りプールの中に引きずり落とした。アシュリーとフィリスがほぼ同時に落下し、大きく水しぶきを上げた。

 すぐにアシュリーとフィリスが浮上し、顔を出した。びしょ濡れの美女三人、おまけにおっさんが一人。俺いらねぇんじゃないかな!?

 アシュリー、ララ、フィリスの三人が顔を見合わせ、笑い始めた。――うん、やっぱ俺いらねぇだろ。女の子同士、綺麗な花を咲かせてくれた方が俺も目の保養的な意味で癒される気がする。

 アシュリーと二人きりなら色々考えようという気も起きるが、こういうシチュエーションだとそうもいかんね。


 そんな訳でタイミングを見てプールから上がったが、なぜか全員付いてきた。俺の気遣いを返せ。

 俺の裸――水着はちゃんと着てるから裸じゃないもん――を初めてまともに見たララとフィリスが、まじまじと見つめてきた。若干顔が赤いのは気のせいだと思う。


「先輩って……傷、多いですよね」


 ララが俺の上半身を見ながら言った。フィリスが頷き、腕を触る。


「わぁ、凄く硬い。男の人って感じ!」


 ものすっごくこそばゆいんですが。つーか傷関係ねぇ! そして俺大先輩なんですが!? でも逆らいづらい! 貴族怖いんだもん!


「やっぱり、色々あったんですか?」腕を触るのを止めて、フィリスが尋ねた。


「そりゃ……まあな。あんまり人に言うことでもないけど」


 俺の身体には古傷の跡がいくつも残っている。正直ダサい。それだけ死にかけてるってことだから。やっぱり綺麗な身体を保ったまま、今の年齢まで生き残っていた方が格好いいだろう。


「結構新しそうな傷もあるんですね?」フィリスが脇腹とふくらはぎの傷を見て言った。プニッと突いてくる。


「二年前のだな。割と最近だから、まだ他の傷よりも白いんだ」ふと顔を上げると、微妙に距離がある場所でアシュリーが所在なさげに立っていた。「――アシュリー? どうした?」


「あ、ううん、なんでもない」


 アシュリーはわかりやすく作り笑いをして、こちらに少しだけ近づいた。……何だ。マジでわからん。

 なんでこう……ああ……難しい。作り笑いをしてるのはわかるが、どうしてそうしてるのかがわからん。何か気になることがあったのだとは思うが……。


「この怪我をした時に、助けてくれたのかアシュリーちゃんなんですよね?」フィリスが尋ねてきた。


「お、おう。そうだな。今までも死にかけたことはあったが、あれ程ヤバい時は多分なかった。本当に、助かったよ」


 アシュリーを見て言ってやると、アシュリーはほのかに頬を染め、そっぽを向いてしまった。恥ずかしかったのだろうか。

 再び全身にむず痒い感触。ここぞとばかりに――という気持ちで合ってるのかは知らない――ララとフィリスが俺の身体に触れているのだ。

 ……昔ね、知り合いのモテモテ君が言ってたんだよ。身体を鍛えておくと良いことがあると。君はこういうことを言っていたのだろうか。

 さっきからララとフィリスが俺の筋肉や傷を触れながら「凄い」とか「たくましい」とか呟いて、二人でキャーキャー声を上げている。

 ……悪い気はしないですね。男だし。鍛えた肉体を褒められるのは嬉しい。くすぐったいし気恥ずかしいけど。


「……パーシヴァルに、さ、触んないでよっ!!」


 突然声が響いた。

 ララとフィリスがビクッと肩を震わせ、声のした方向を見た。

 微妙な空気にしてしまったからか、それとも自分の発言で恥ずかしくなったのか、大声の主……アシュリーが真っ赤になった。

 口を何度かパクパクとひらき、俯いたかと思うと反転して走り出してしまった。

 俺は一瞬どうしたものかとララを見てしまった。目が「追いかけろ」と言っていた。フィリスも同様だ。

 俺は一度首を揉みほぐしてから、アシュリーが消えた方へ向かって走り始めた。


 なんでパンツ一丁で走ってんだ俺は……。ただ楽しんでくれりゃいいなと思ってただけなのに。


用語解説


夏休み:『死者の手』の養成学校であるアルバサイド学院を含め、ロズメリアの教育機関は九月に始業することが一般的。

年末年始の新年祭前後を含めた冬休みと、夏休みの二つの長期休暇を挟んで一年間教育を行う。

アルバサイド学院では七月の下旬から学校が始まる九月の始めまで休みで、六月の終わり頃もしくは七月の始め頃から約ひと月水泳の訓練を行っている。

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