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死者の手 ~紅茶とコーヒーと不死人~  作者: 直さらだ
第六章 家族を殺されたなら
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二十一節 えぇー、できなくても困んないもん

「――お、おはよ……」


 翌朝、リビングで紅茶を飲んでいると、静かに、そろーっと扉が開かれアシュリーが顔を覗かせた。顔が髪の毛と同じくらい赤い。


「……おう。おはよう」


 多分俺も顔が赤い。だがなるべく平常心を保て。確かに昨日のアレは色々とショッキングだったが、それを表に出しちゃいかんだろう。

 アシュリーは顔を一回振ると、妙にキビキビとした動きでリビングに入って来た。俺のすぐ側までやって来て、笑顔を見せる。


「おはよっ! パーシヴァル!」


「なんでやり直したんだよ」アシュリーの様子が可笑しくて、なんか笑えてきた。あー……馬鹿らしい。「紅茶、飲むか? まだ淹れたばっかだから温かいぞ」


 ホントは余分に淹れない方が良いってのはもちろん知っている。でもそんな一杯ずつ、飲む度にちまちま新しく淹れるとかめんどいだろ。


「飲む飲む。アタシ、紅茶も好き」


「…………」


「……? パーシヴァル?」


「おお、スマン。ちょっとボーっとしてた」


 慌ててティーポットを取り、新しいカップに紅茶を注いだ。

 ……危ねぇ。なんか、『好き』って部分が妙に耳に残ってしまったというか、気になってしまったというか。うん。全然平常心を保ててないな。せっかくアシュリーが気を使っていつもの雰囲気に戻してくれたのに。俺がそれをぶち壊してどうすんだ。


「ほれ」アシュリーが座った椅子の前にカップを置く。


「ありがと。――今日仕事だっけ?」


 カップを受け取り、匂いを嗅ぎながらアシュリーが尋ねた。


「ああ、クソッタレな仕事だよ。任務に書類仕事。……お前にもそろそろ字ぃ教えんとなぁ」


 中層に上がってからもう二年経ってるのに、未だに文字が読めないのはやっぱりマズイだろう。独り立ち云々は置いといても、不便極まりない。メニュー表や看板が理解できないとか、ちょっとね?


「えぇー、できなくても困んないもん」


「困るだろ」


「困んないよ。パーシヴァルと一緒にいるんだし」


 いつも通りの笑顔を浮かべ、アシュリーが言った。


「へいへい。でもよ、例えば俺がいない時にコーヒー飲みたくなったらどうすんだ? 家じゃ入れねぇだろ?」


 アシュリーのコーヒー好きはご存知の通りだが、コイツは家ではコーヒーを飲まない。個人で買うにはコーヒーメーカーが高いのもまああるが、単純に店よりマズイコーヒーを作りたくないとかなんとか。


「んー……、お店の人に聞こう! コーヒー下さい、いくらですか? って」


「素直に文字を覚えろよ……」


 俺は苦笑いしながら、残っていた紅茶を飲み干した。

 朝食やらなにやらを済ませ制服に着替えると、俺は仮面を顔に嵌めた。キツイ。もう外したい。

 アシュリーが俺を見上げて渋い顔になった。


「アタシ、やっぱりいつもの顔がいいなぁ。そっちのが好き」


「んなこと言われても規則だし……。まあ隊長もいつかバレるってわかってるみたいだし、その内外せるようになるんじゃねぇかな」


 何年先かは知らないが、いずれ『死者の手』が不死を捨てた存在だと公表するときが来るはずだ。


「もう行くの?」アシュリーが袖を引っ張って尋ねた。


「いや、今日は迎えが来る。そろそろ約束の時間なんだが――」呟いたのとほぼ同時に、家の外から車のクラクションが短く鳴った。到着したらしい。「来たみてぇだな。んじゃ、行ってくるわ。出かける時は……」


「銃とタグでしょ? ちゃんと持ってく」


 ちゃんと覚えてたか。……ほぼ毎回言ってるし、当然か。もう余計なトラブルにアシュリーが巻き込まれるのはご免だ。ちょっと過剰なくらいでいい。

 本音で言えば、仕事に行きたくない。もしくは一緒に連れていきたい。側についていてやりたい。

 ……これがどういう感情なのか、ちゃんと考えないと。約束したんだし。庇護欲なのか、愛情なのか。劣情なのか、そうじゃないのか。

 焦って結論を出してはいけないが、あまり待たせてやりたくない。


「よし。じゃあ……また夜にな」


「うん、いってらっしゃいっ。……死なないように気をつけてね?」


「死なねぇよ」


 アシュリーが笑いながら手を振った。俺も笑い返し、手を振る。仮面で顔は見えないが、きっと伝わるだろう。

 細めのショートソードを左手で掴み、家を出る。家の前に停まっていた車に乗り込む。


「おはようございます、先輩」


 車を運転していた女性の隊員……ララが挨拶をした。車を走らせる。

 車の中には、ララしかいなかった。本来なら、『死者の手』は特別な事情がない限り、勤務中は四から六人程度の班ベースでの行動が基本だ。だが、彼女は一人だ。


「おはよう。さくっと終わらせて帰ろう」


「……はい」


 ララが静かに返事をした。肩が少しだけ、震えていた。


「……運転、代わろうか?」


 ぶっちゃけ、事故られたら堪らん。見てて不安になる。


「いえ、大丈夫です。先輩は、ゆっくりしててください」


「……じゃあ、甘えさせてもらうよ。あー……なんだ、だから、こっちの仕事は任せろ」


「……お願いします。私には、とてもできないことなので」


「知ってる。だから俺に命令が回ってきたんだ。…………残念だったな」


 連絡が来てから、コイツと会うのは初めてだった。運転中に言わない方がいいかとも思ったが、やっぱり、こういうのは早めに伝えておくべきだろう。

 『死者の手』ってのは、こういうことがまま起きる仕事だ。俺だって、覚悟はしてる。だが、初めての時はキツかった。それに、俺の時はこういう事情じゃなかった。ララの辛さは、俺には一生理解できないものだ。

 それにしても、馬鹿な貴族もいたもんだ。詰めが甘いというか。流石にこれはいくら貴族でも揉み消せない。『死者の手』の隊員に手をかけたのが、過ちだった。俺達は仲間の死に敏感だ。


 しばらく市街地を走り続け、東区中心街からやや外れた位置にあるエリアに入った。目的の場所から二ブロック程離れた場所で車が停止する。

 ララが車のエンジンを切り、俺は窓から外の様子を眺めた。至って普通の、平日の昼間って感じの風景だった。ムカつくくらい快晴で、お日様が容赦なく熱線を降り注いでいる。


「銃、使いますか?」ララが尋ねた。


「いや、いらん。ちょっとお灸をすえるだけだしな」俺は頭の中でアシュリーのことを思い出した。「――それに、滅茶苦茶上手い奴を知ってると、どうも使いづらくて。自分の腕前と比べちまう」


「……ふふ、先輩でも、そういうことってあるんですね」


 ララが乾いた笑い声を上げて言った。空元気って感じ。無理やり笑っているのだろう。


「ふつーの人間だからな。俺を何だと思ってるんだよ」


「私にできないことをしてくれる人、でしょうか」


「……ま、これはお前の仕事じゃないわな」車の扉を開け外に出る。「じゃあ、行ってくる。ちなみに希望はあるか?」


 冗談めかして言ってやると、ララはゆっくりと首を縦に振った。真剣な表情で、俺を見つめている。


「苦しめて殺してください。私の家族が、そうされたように」


「……了解。余裕があればな」


 扉を閉め、俺は路地を歩き始めた。辺りを歩いていた一般人が、俺から離れるように通りの端に寄っていった。左手で剣をプラプラさせてる奴がいたら、俺でも逃げる。当然の反応だ。

 徐々に足を早め、歩きから走りに移行する。ガス灯や段差を利用し、屋根の上に登った。広い広い中層の一部が眼下に広がる。

 左手に見えますのはシャフトと上層、右手側には下層との境界壁がございまーす。なんちゃって。……アホらし。でも、しょうもないことを考えるのがいい気分転換になる。気分を落ち着かせるのにもってこい。

 屋根を飛び移って移動を続ける。目的地のに到着し、俺は煙突の影からそれを見下ろした。貴族らしい、他の家とは毛色の違う屋敷が、太陽の光を浴びて輝きながら佇んでいる。


 ララの班員を皆殺しにした貴族が、あそこに住んでいる。


※追記(1/12):一部表現の修正。

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