二節 だいじょーぶ。アタシ、ひとりなんだ
さて共同生活が始まったと言っても、基本的には一方的なもんだ。
理由は単純。俺が動けねぇからだ。調子が良いなと思ったのは勘違いだったらしく、気づけばまた寝たきりになっていた。ペラッペラのシーツに包まれながら、お昼頃になるとやって来るアシュリーに飯をたかりそのまま寝る、みたいな生活を余儀なくされていた。
俺は世話になりながら、この辺りの話をアシュリーから聞いていた。情報を仕入れるのは基本だ。
どうもやはり、俺が居るのは下層で間違いなかったらしい。今から大体一週間前――俺が雨の中死にかけた日だ――に、任務で下層に下りていたから当然と言えば当然なのだが。まあとにかく下層だ。ロズメリアのスラム街。裏の顔。国から無視される、除け者達の住処。
任務はぶっちゃければ失敗だ。よくわからんが武器の密輸出をしていたとかいうデケェ犯罪組織を潰す作戦だった。俺は元々班員がいなかったんで、即席のチームにぶち込まれた。まあそれについての文句はねぇ。皆いい奴だった。
そう、過去形だ。全員死んだ。俺が原因だ。言い訳はしねぇ、俺がしくじって偵察中に見つかっちまった。そんな間抜けを助けるために、上司の命令に背いて敵のアジトを叩きに出ちまったらしい。アイツらからはそう聞いている。そうして残った部隊の奴らも前線へ。
その結果がこれだ。間抜けはぬくぬくと生き残り、他の奴らは死んだ。……敵も味方も、全滅だ。俺以外な。
多分だが、俺も死んだと思われてるんじゃないだろうか。一週間誰一人も帰らなかったら、普通はそう思うだろう。
巷の犯罪組織内では、俺達……『死者の手』の隊員は不死じゃないってのは割と広まっている。知らねぇのはゴロツキとか、そういう組織に入ってねぇ奴らぐらいだろう。当然だ。こんなガバガバの秘密、そう隠し通せるもんでもねぇ。
俺達の命は使い捨てだ。そういう組織だ。糞みてぇな奴らを粛清して、少しでも平和と人口減少に向けて努力してますアピールを、土地持ちの貴族共に示さにゃならん。ただでさえ土地がねぇのに、人は死なねぇからどんどん増え続ける。ちょっとでもアピールしとかないと、貴族共がうるさく騒ぎ始めるだろう。こっちの苦労も何も知らずに。
特攻をし続け、俺達も死んで、次の世代がまた粛清を始める。循環だ。だが敵の命は循環するスピードよりも早く増えている。下層で馬鹿みたいに増えた命の多くが、中層に上がって犯罪を犯し、連鎖する。中層にいる奴らだって皆が皆お利口さんじゃねぇ。カッとなって暴力を振るって、俺達の厄介になる馬鹿もいる。性犯罪も多い。
下も上も大して変わらん。人間なんてのは皆糞だ。俺も含めて。
動けないことをいいことにダラダラと頭の中で考えごとを続けたが、足音が近づく音を感じ取り思考を中断する。アシュリーが来たようだ。
アイツには色々訊きたいことがある。アイツ自身のことだ。
俺が身体を起こすのとほぼ同時に、アシュリーがカーテンを開いて部屋の中に入って来た。あの日壊れた扉は立てかけたままで、代わりにどこかから拾ってきた布でカーテンを作っていた。
「あー、またパーシヴァル起き上がってる」
アシュリーが唇を尖らせながら言った。手には茶色ともクリーム色とも言えない、微妙な色のドロっとしたスープ。
アシュリーがスープの入った深皿を俺に手渡した。スプーンはない。だが啜って食べるのにも最初の一日で慣れてしまった。
俺はスープを受け取ると、「すまん」と一言告げてからお祈りを始めた。頭の中で、時の女神に頼らねぇよう時の女神に祈る。
スープを一口啜り、カスみてぇな野菜を咀嚼し飲み込む。はっきり言って不味い。ほとんど味もしねぇし、食ってんだか飲んでんだかわからない。だが、食えるだけ感謝しなくてはならない。アシュリーだって、あまり食えていないはずだ。それを俺に寄越してるんだから、文句は絶対に言っちゃいけない。
「……なあアシュリー」俺はスープを食べながら話しかけた。
「何?」アシュリーが首を傾げる。こういう細かい所作はなんだかんだで女っぽい気がする。
「あー……、お前、メシはどうしてんだ?」
「あら、気にしてるのかな?」
「うるせぇよ、大人の質問には答えんのがガキの義務だ」
「……んー、まあ食べてるよ。おっさんの分も買ってるからいつもよりは少ないけど、食べてないってことはない」
アシュリーはお腹の辺りを撫でながら言った。
「……親は?」
俺達の常識じゃ、十歳くらいならまだまだ親が世話する年齢だ。学校に行かせたり仕事の手伝いはさせるだろうが、まあその程度だ。メシやなんかの世話は親がする。下層じゃどうなのか知らねぇが。
「いない。どこにいるのかも知らない」アシュリーはさして気にした様子も見せず言った。「スープ冷めるよ」
アシュリーに言われ、俺はもう一口不味いスープを啜った。不味い。だが生きてることは実感する。
スープを飲み干し――食べ干し?――、皿をガタガタの床に置いた。自然と、視線がアシュリーの腰、ベルトに収められた銃に吸い寄せられていく。
アシュリーが視線に気づいたのか、腰の位置を変えて座り直した。銃をチラッと見て、口を開く。
「やっぱ気になる?」
「下層のガキが拳銃なんて高級品持ってたらそりゃ気になる。……お前、俺を助けていいのか?」
普通に考えて、アシュリーは何かしらの犯罪に手を染めているだろう。
銃は高級品だ。販売に規制がかかっているし、不死の人間にゃ需要がそんなにねぇ。開拓地で魔獣と戦争してる奴らも銃なんぞ効果がないから使わんし、当然値段も跳ね上がっていく。ロズメリアの犯罪者の多くはナイフやなんかで脅して――時には死なねぇ程度……つまり巻き戻らないように気をつけながら痛めつけて――金目の物を奪う訳だ。
じゃあ銃を持ってるのはどんな奴らか? 憲兵や俺達を除けば、趣味で射撃を楽しんでる貴族のボンボンか、デカイ犯罪組織かの概ね二択だ。アシュリーは後者だろう。子供だが、何らかの犯罪組織に所属し銃を貰ったんだ。コイツが俺達の秘密……不死を失ったことを知っているのも、そこから教わったんだろう。
犯罪者にとって、俺達『死者の手』は敵だ。天敵みてぇなもんだ。そんな奴を助けたら、アシュリーの立場ってのが悪くなるんじゃないだろうか。ガキ独りじゃ下層は生きるのに苦労するだろう。こいつが何よりも優先するべきなのは、俺の命じゃなく組織内の自分のはずだ。
「だいじょーぶ。アタシ、ひとりなんだ」
「独り? ……仲間はいねぇのか?」
「みんな、死んじゃった。おっさん達におそわれて」
アシュリーが自分の手元を弄りながら言った。俺は小さく喉を震わせ唸り声を上げた。
俺らってのは『死者の手』のことだろう。こいつを世話してたらしい組織は壊滅した。俺らの手によって。……ふむ……ちょっとだけ気の毒に思わなくもない。犯罪者と言えど、こいつはガキだ。その組織も、親代わりみたいなもんだったんだろう。親を殺されたってのは、辛いはずだ。
深く息を吐いてから、もう一度アシュリーを見て話しかけた。
「ならなおさらだな。どうして俺を助けてんだ。俺が……『死者の手』が憎いだろ」
「別に。オヤジ……アタシのめんどう見てくれてた人なんだけど、オヤジが言ってた。『楽しく生きろ。他人はきらってもいいけど、うらむな』って」アシュリーが後頭部で腕を組む。破れたTシャツの隙間から、年の割には大きめの胸がチラッと見え隠れした。「そりゃ、みんな死んじゃったのはかなしかったけど、悪いことしてたってのも知ってたから。アタシは、オヤジたちにはカンシャ? してるけど、だからって一生いっしょにいたいとは思わないもん」
「……なんでだ?」
「アタシは、別にやりたいわけじゃないから。おなかがへって、おうちもなかったから。だから、ひろってくれたオヤジといっしょにいた。でも、それだけ。あ、銃を教えてもらったのは助かったかな。そのおかげで、ひとりでもなんとかなってる」
「本当にそうかね……」
俺は物凄く小さな声で呟いた。
聞き取れなかったらしく、アシュリーが「何て言ったの?」と尋ねたが、何でもないと誤魔化した。
「そんで、結局どうして俺を助けてんだ? 恨みだなんだは置いといても、負担になるだけだろ。普通は助けねぇよ」いまいち本題に入らないことに若干の苛つきを覚えながらも、俺はもう一度尋ねた。
「ん~~~~……わかんない!」アシュリーが言いながら笑った。「困ってる人いたら、とりあえず助けるでしょ? たぶん、そんな感じだったんだと思う。ハンザイシャだってね、いっつも悪いわけじゃないんだよ?」
アシュリーは口を横に開き、歯を見せながら「ニシシっ」と笑った。俺にはよくわからない感じだ。普通、身内が殺されたらムカつくもんじゃねぇのか。
それに面倒くせぇだろ。死にかけの男を看病するなんざ。俺ならやらねぇ。自分の生活が第一だ。……俺の方がよっぽど『悪人』だな。
俺は首を揉んで息を吐いた。アシュリーが首を傾げる。
……まあ、色々あるが、とりあえず受けた恩は返そう。このガキは犯罪者だが、そう悪い奴じゃないらしい。
俺は床の上であぐらをかくアシュリーを見て、小さく笑った。前よりは、上手く笑えただろうか。
何かしてやりたいってのは、随分と久々に思ったことだ。
※追記(12/14):一部表現の修正。加筆。
※追記(12/15):誤字・一部表現の修正。