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死者の手 ~紅茶とコーヒーと不死人~  作者: 直さらだ
第四章 風呂を覗いたなら
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十四節 ぶぇえええっ!? くっさい!

「ここ、パーシヴァルの家?」


 アシュリーが目の前のクソデカイ建物を指差して言った。どう見ても貴族の住んでいる家である。俺はしがない平民だ。


「んな訳ねぇだろ。あんな家に住んでたらこんな仕事してない……かはわかんねぇか。とにかく違う」


「じゃああれ?」アシュリーは反対側にあった、普通の家を指差した。


「惜しいな。その左隣の隣の隣の隣の隣の隣の家だ」


「と、となりのとなりのとなりの……? ん~~……えぇ!? ど、どれぇ!?」


 アシュリーが目を回しながら、順に数え始めた。指差し確認するも、恐らく『隣』を何回言ったのかわからなくなっている。仕方ないので正解を教えてやろう。


「端っこのやつ」


「じゃ最初っからそう言ってよ」


「へいへい、悪かったね」


 テキトーに返事したのが不満なのか、アシュリーに腰の辺りをペシペシ叩かれる。痛くないけど。

 アシュリーと手を繋ぎ直し、通りの端にある家に向かう。およそひと月ぶりの我が家。目下俺の関心事は、どれだけ埃が積もっているかにある。あと空き巣に入られてたらどうしよう。

 扉の前に到着し、ポケットを漁る。アシュリーが首を傾げて俺を見上げてきた。やめろ、そんな目で見るな。別に俺が意図している意味の目線じゃないだろうけど!


「俺ってさ」ポケットから手を抜き口を開いた。「時々自分がとんでもなく馬鹿なんじゃねぇかなって思うのよ」


「どーして?」


「鍵なんか持ってないのに鍵を探してるからかな」


 俺は本当に馬鹿か? 鍵は確か、下層でなくしたウェストバッグの中だ。どうしよう。……考えるまでもないか。破って入るしかあるまい。

 ため息をつきつつ、アシュリーを肩まで担ぎ上げる。おお、前と比べると凄く軽く感じる。やっぱ怪我が治るって素晴らしいね。……つーか痩せてんなぁこいつ。スリムとかじゃなくてガリガリだ。メシぐらいちゃんと食わせてやらにゃ。


「わわっ」突然持ち上げられてアシュリーが声を漏らした。


「ちょっと我慢しろ」


 《身体強化アクティヴェーション》を発動させ、ベランダに飛び移る。アシュリーを持ったまま、空いた手でガラスに手をつく。鍵の近くを狙って、《構造破壊コラプス》を発動。指の動きに添ってガラスに切れ込みが入っていく。円を描き終えると、指で押し込み切断されたガラス片を押し出した。

 カーペットの上に丸いガラス片が落下しポスっと音を立てた。窓ガラスに空いた穴に腕を通し中から鍵を開けると、俺はアシュリーを抱えたまま家の中に入った。


「まだー?」アシュリーが足をプラプラ揺らしながら言った。


「もうちょい待て」切り出したガラス片を拾い上げ、万が一怪我をしたりしないように避けておく。不死と言えども痛いもんは痛い。「よし、下ろすぞ」


 俺はアシュリーの腰を持って床におろした。カーペットは後で掃除だな。っていうか、家全体掃除しないとヤバいか。皿とか見たくねぇなぁ……。パンとか、カビ生えてたりして。

 アシュリーがキョロキョロしながら辺りを眺める。


「ちょっとほこりっぽいね」


「お前のボロ小屋よりマシだろ」


 仮面を外しながら言い、外した仮面を腰に引っ掛ける。扉を開くと、アシュリーを連れて一階へ降りていった。


「アタシの家はちゃんと掃除してたしー」アシュリーが俺の背中に手を付けながら階段を降りていく。


「隙間から容赦なく砂埃入ってきてたじゃねぇか」


 晴れた日に目ぇ覚めたら、顔に砂付いてるとかしょっちゅうあったからな。そしてその埃を掃除して、補強の板切れをどうにか手に入れたにも関わらずまたどこかから砂が入ってくるあの虚無感。もうやりたくない。

 玄関の鍵を開ける。家を空ける前に挟んでおいた紙がそのままになっているのを確認。念のため扉を軽く開けて、閉める。


「リ、リビングは……ちゃんとしてたでしょ?」


 俺に背中を押されながらアシュリーが口答えをした。「へいへい」とテキトーに返しつつ、アシュリーを押して我が家のリビングに入る。


「ふぁ……何これすごい」アシュリーが部屋を見て呟いた。


 我が家のリビングは……特に特徴がなさ過ぎて何もコメントできない。広くもないし狭くもない。十メートルくらいか? ソファにテーブル、棚、キッチン、終わり。だが壁に穴は空いていないし大きな窓からは光がこれでもかと差し込んでいる。勿論扉も斜めっていないし、よっぽどじゃない限り、開けた拍子に蝶番がぶっ壊れることもない。


「一応言っておくけど、これ一般的な家だからな。貴族の家はもっと凄い。多分」


 見たことないから知らないけど、きっと豪華で思わず床板を破壊したくなるくらいの感じのはずだ。

 

「ほっ」アシュリーが駆け出し、ソファにダイブした。「ぶぇえええっ!? くっさい!」


 すぐさまソファから離れ、アシュリーが俺の方へ戻ってきた。俺のコートの裾で顔を拭き始める。


「一ヶ月以上掃除しないで放置してたんだから仕方ねぇだろ。っていうかわかってただろ!」


 アシュリーを引き剥がし、机を覗く。埃が薄っすら積もっていた。指でなぞると灰色っぽい何かが付着する。きったねぇ。

 鼻を何度か弾くように触っていたアシュリーが、机を覗いて尋ねた。


「これどーすんの?」


「どうするもクソも、掃除するしかないだろ。掃除好きだろ?」


「す、好きですよ?」


 アシュリーがキョドりながら答えた。どう見ても嘘。可哀想だからツッコまねぇけど。


「よし。じゃあとりあえず最低限の場所だけ掃除をしよう。メシは外で食えばいいから……風呂とベッドとトイレだな。先にベッドからやるぞ」


 風呂は掃除が終わったらそのまま入ればいいし、先にベッドだろう。トイレは……まあ最悪用を足すだけなら掃除しなくても……?

 好きと宣言したにも関わらず露骨に嫌そうな顔をするアシュリーを引っ張って、俺は寝室の掃除に取り掛かり始めた。

 しかし掃除と言ってもさっとやる分には大したことはできない。せいぜいシーツを替えて、埃やなんかを叩き出して箒で外に追い出す程度だ。だがそれだけでもそこそこ労力のいる仕事だった。

 そして風呂掃除。まあこっちはそうでもなかった。水が使えるから、薄っすら積もった埃を適当に流して、排水管が詰まらんように張った布に汚れを集めるだけで概ね終わった。個人的なこだわりで風呂だけはこまめに掃除をしていたので、ソファやなんかみたいに悲惨な状況にはならなかったのは幸いだろう。


 掃除を終えると、俺とアシュリーは夜メシを調達するために外へ再び繰り出した。制服? 脱ぎました。なんで非番の時に制服なんざ着なきゃいかんのだ。休みの日に好き好んで制服着る奴とかいるわけねぇだろ。

 二人でたらふく肉と肉と肉と時々野菜と小麦を食べて、月が空高く登った頃に家に舞い戻った。窓ガラスが破られたままだったので心配だったが、空き巣やなんかの心配は一応杞憂だったらしい。ガラスは明日にでも職人に頼もう。

 水道管を温めてくれるらしいよくわからん機械を作動させながら、アシュリーに話しかける。


「アシュリー。お前一人で風呂入れるか?」


「えっとー、セッケンで身体洗って、お湯で流せばいいんだよね?」


「いやそりゃそうなんだけどさ……」大雑把過ぎてできるのかわかんねぇよ。「髪の毛の洗い方とか、ララから聞かなかったか? ほら、女って、髪の毛とかちゃんとケアするんだろ?」


 男の洗髪なんてテキトーもいいとこだ。ロズメリアじゃ風呂やシャワーの習慣が割と一般的だけど、髪の毛にまで気を回してるやつは多分いない。適当に流して終わりだ。

 アシュリーは腕を組んで少し上を見始めた。思い当たることがないか考えているらしい。


「んっとー、シャンプーってのを使いなさいって言ってたよ」


「……シャンプーって何?」


「泡がねぇ……もわもわー! って出るセッケン?」


「……石鹸じゃねぇのそれ? え、石鹸と違うの?」


 つーかもわもわーってなんだよ。わけわかんねぇよ。

 どうしよう、シャンプーってのを買ってきた方がいいのか? でも今からじゃそういうの売ってる店なんかやってないよな? うわ、どうすっかね。だがアシュリーをこっちで生活させてやる上で、俺はコイツに普通の生活をさせてやると決めている。シャンプーを女が使うのが普通ってんなら、それを叶えてやるのが男ってもんだろうよ。

 でもないもんはない。普通の石鹸(一ヶ月放置してたやつ)しかない。

 やっぱいきなり同居人が増えるってのは色々問題があったことを痛感する。ベッドだって一つしかないし、空き部屋をどうにか工面するためには物の整理も必要だ。同性ならまだしも、相手はガキとはいえ女だ。色々気を使うことも多いだろう。

 ……無理があったよなぁ……。だがチンタラ下層に留まっている時間もなかったし、改めて迎えに来るなんてのも難しかっただろう。大事なのはこれから、そう、これから。一回現実から目を逸らそう?


 シャンプーとはなんぞやというところから思いがけず同居生活の難しさに頭を悩ませ、俺は首と眉間を同時に揉みほぐした。アシュリーは申し訳程度に埃を落とした椅子に座って、こちらを見つめている。

 俺が「悪いんだけど今日は洗髪諦めてくれないか?」と言おうとしたその時だった。玄関に取り付けられた小さな鐘がリリンと鳴り響いた。


「およ?」アシュリーが音に反応し声を発した。


「来客だ。明かりを見て来たのかもしれん。ここで待っててくれ、見られたら話がややこしくなりそうだし」


 俺はその辺に放っておいてあった仮面を取り顔に嵌めた。この辺に住んでる奴らは俺が『死者の手』だって知ってるから、迂闊に顔を見せられない。私服に仮面は相当間抜けだが仕方あるまい。

 アシュリーが「はーい」と言いながら軽く手を振ってきた。手を振り返しつつ玄関へ。


「はいはい、どちらさん……っと」


 扉を開けつつ、側に置いてあった直剣に手をかける。馬鹿に襲われたら殺すつもりである。そういう心構えが俺達には必要だ。なんせ恨まれてるから。

 扉を開いた俺の目の前には、よーく見覚えのある黒い制服を着た人物が立っていた。

 たわわなお胸が、組まれた腕の上に乗っかっている。やっぱり重いのだろうか。少しタレ目。ボン・キュッ・ボン、パーフェクト。イエス!


「こ、こんばんはっ! 先輩!」


 若干顔を赤くしているのが、ちょっと初々しい。男の家に来るのなんて初めてだったりするのだろうか。見た目の割に清純。いいね、そのギャップいいよ。


 ……で、なぜお前がここにいるのかね、ララさん?


用語解説


『死者の手』隊員の規則(一部抜粋):

・常に武器を携帯せよ。

・秘密を遵守せよ。

・己の判断に従い、刑を執行せよ。


書くネタがなかったので設定蔵出し。作中に解説する用語がなくなったらまた別のものを出します。

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