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死者の手 ~紅茶とコーヒーと不死人~  作者: 直さらだ
第三章 事務処理をしたなら
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十二節 わかんないね!

「…………ジジイ、後で覚えてろよ……」


 俺は声を喉の奥から絞り出し、オスニエル隊長を睨んだ。腕を回し立ち上がると、辺りに散らばっていた服を拾い上げパンイチ状態から脱出する。

 脚はすっかり良くなっていた。あんな痛い目に遭ったのにもしも治ってなかったら立ち直れない。腕と脇腹の傷もなくなっている。治癒魔法凄い。でも痛い。二度とやりたくない。無駄に疲れた。


「イアン、助かったよ。いい練習台になったか?」首を揉みつつ尋ねる。


「はは、こちらこそありがとうございました」イアンが笑った。「……正直、いい練習になりました。先輩くらい大きな傷を作った人って、本部の方にいる親戚の人とか、あとは妹に頼んじゃう人が多くて」


「実際、本当なら妹に頼むはずだったからな」


 オスニエル隊長をもう一回睨んでやる。苦笑いを浮かべながら目を逸らしてくれた。この野郎。

 イアンもオスニエル隊長を見て、少しだけ困ったような表情になった。俺に向き直り口を開く。


「とにかくそんな訳なので、ちゃんとした……って言い方も変ですけど、ちゃんとした怪我って治したことなかったんです。なんとなくですけど、何か掴めたような気がします」


「そいつはよかった。痛い思いをした甲斐があったってもんだな」制服のコートを羽織り前を留める。「ただ次があったら、今度は《神経切離ナーヴカット》……だったか? 覚えといてくれ。あんな痛いのは二度とゴメンだ」


「本当に……すみませんでした。次がないようには祈っていますが、必ず覚えておきます!」


「頼むわ」本当に。次がないのが一番だが。「――隊長。とりあえず下行っていいですか?」


 何もないならとっととアシュリーとララのとこに戻りたい。まだギリギリ昼メシを食いには行っていないかもしれない。


「ええ、構いませんよ。休暇処理はこちらでやっておきますので」


「助かります。じゃあ、すんません、人を待たせてるので。また来週に」


 オスニエル隊長とイアンに軽く手を振りつつ、上層エントランスホールに戻る。先程のカウンタースタッフにタグを見せゲートを開けさせると、俺は胃が空腹を訴えて歌うのを聞きながら中層へと降りた。

 エレベーターから出た途端、腹に衝撃を感じた。地味に痛い。


「よおアシュリー。ララも。まだ出てなかったか」


 腹にタックルをかましたアシュリーを引き剥がしつつ尋ねる。

 ララが懐中時計を見つつ答えた。


「お昼には遅くなってしまいますけど、一時過ぎまでは待ちましょうってアシュリーちゃんと決めまして。――怪我、治されたんですね」


「ん? おお、ホントだ! おっさん杖とホータイなくなってる!」アシュリーが俺から一歩離れて全身を眺めた。


「お前怪我のこと忘れてタックルしてきたのかよ。馬鹿じゃねぇのか」


 そもそもなぜタックルされたのかもよくわかんねぇけど。

 アシュリーが怪我をしていた俺の脇腹をつつきながら尋ねた。


「なんでケガ治ってんの?」


「魔法だ魔法。そういうもんがある」


「ほほーお腹すいた」


「脈絡なさ過ぎだろ……いや、俺もすいたけども。……んじゃメシ食いに行くかね。今の俺は怪我も治って懐事情も暖かいパーフェクトパーシヴァルさんなんだぜ」


「……おっさん何言ってんの?」


「いや…………何でもないから忘れろ」


 マジで何言ってんだ俺。テンション上がってたのか? くっそ寒くて逆に笑えて……こないな、うん。ああ、ララまで一歩引いた感じで見てるじゃないか。チクショウ。

 凍てついた心を車のエンジンで暖めながら、俺達はシャフトを出発した。余程朝メシが衝撃的だったのか、アシュリーは既に涎を垂らしそうな勢いでシートに座っていた。上層に上がれなくて不機嫌になっていたのはもう治ったらしい。なによりだ。

 しばらく車を走らせ、良さげな店を物色。久しぶり過ぎて何食べたらいいかわからない俺と、そもそも何があるのかもよくわかっていないアシュリーという役立たず二人の希望という名の丸投げで、店はララが決めた。

 いわゆる普通の喫茶店だった。何の変哲もない、普通の喫茶店だ。強いて言えばあんまり混んでない。混んでないっていうか、空いている。現在時刻、一時過ぎ。昼メシとしてはまあ丁度いいか、少し遅いくらいだろう。要するに食事処は大忙しの時間帯ってことだ。

 だが空いている。メニュー表によれば、割とガッツリお食事メニューを提供しているらしいのに、空いている。……まあほら? 美味しいけど皆には知られていない、知る人ぞ知るみたいな店かもしれないしな? 食べてないのに色々決めつけるのは早計だし、店主にも失礼だ。


「おっさん、アタシ字読めない」隣に座ったアシュリーが俺の手元を覗き込みながら言った。


「んなこと知ってるわ。んー……メニュー名とか言ってもどんなのかもわかんねぇよな?」


「わかんないね!」


「自信満々に言うんじゃねぇよ。ララ、なんかおすすめとかあるか? この店よく来るんだろ?」


 じゃなきゃわざわざこんな売れてなさそうな店に連れてこないだろう。そうだよ。美味しいのに皆わかってない……! みたいな感じで、俺達に布教しようと連れてきたんじゃないだろうか。うむ、結構理にかなっている気がする。これだな。


「えっと…………」なぜか苦笑いをしながらララが遠い目になった。「実は、初めて来まして……」


 ララさん? ここに連れてきたのはあなたですよ?


「すみませんっ! 先輩きっとお腹空いてるだろうなって思って、とにかくすぐ食べられそうなお店を探して入ってしまいまして……」


「いや別に謝らんでもいいけど」


 っていうか、そこで謝ったら、食ってもいないのにこの店は不味いと決めつけてるみたいに聞こえないだろうか。どうか店主が聞いていませんように。

 何はさておき、メニューを選ばないと始まらん。どうしようかね。……店主にオススメでも訊きますか。一番それが手っ取り早い。

 という訳で運ばれてきました店主オススメメニュー。我らがロズメリアの国民食、チキンフリカッセでございます。オススメを訊くときに、仮面をメッチャクチャ見られて怖がられたのは余談だぞっ! …………もう慣れてますけどね。ちょっと悲しくもなるよね。


「チキンフリカッセです」店主自らプレートを人数分運んできて、テーブルに置いた。


「ふりかっせ? って何?」


 アシュリーが目の前に置かれた皿を見つつ尋ねた。何と訊いてはいるが、既に視線は皿に釘付けになっていた。下層のあの食事状況じゃ、何を見ても美味そうに見えてしょうがないのは非常に理解出来る。


「煮込み料理ですよ」ララが解説を始めた。もしかしてコイツ解説好きなのか?「さ、冷めない内に食べましょう?」


「おっさんマスク外さないの?」アシュリーが首を傾げて尋ねた。


「おっさん言うな」一応おっさんであることを隠してるんだから。「心配ご無用だ。下半分だけ外せる」


 仮面に取り付けられたボタンを押すと、プシュっと音を立てて口周りのパーツだけ外れた。そしてそれを見たアシュリーがプスッと噴き出した。くそっ、わかってんだよ間抜けな見た目だってのは。ララも初めて見たのか、笑いを噛み殺していた。


「ほら、さっさと食うぞ。人の顔見て笑ってんじゃねぇよ」


 調理中にお祈りは済ませておいたので、後は食べるだけである。ホカホカの湯気を昇らせているチキンにフォークを突き刺す。アシュリーも俺の真似をしてフォークを使い、一口大にカットされたチキンを口に運んだ。

 うん……まあ、可もなく不可もなく。美味いとは思うけど、それはあれだ、味覚感覚が下層用に変化したからだ。多分、下層で暮らす前の俺だったら美味いとは欠片も思わなかった気がする。五月蝿い奴なら不味いとクレームをつけるかもしれない。

 ララも微妙な表情をしている……が、さっきから店主がチラチラこちらの様子を窺っているせいか、どうにも正直に感情を出せないらしい。頑張って笑い顔を作っている。

 唯一アシュリーだけが、物凄く良い表情でチキンと野菜を頬張っていた。店主がキラキラした目でアシュリーを見ている。自分の料理は間違ってなかったんだ! みたいに思っていそう。いや、別に不味くはないけども。美味くもないけど。

 微妙な空気――一人を除いて――のままほぼ無言で食事を終え――一人は喋る暇もなく食べていた――、まあ普通の味の店なんだし食後のお茶を飲んでから支部に戻ろうとなった。


「アシュリーも紅茶でいいか?」


 テキトーにメニューを覗きつつ尋ねる。この店、紅茶とコーヒーだけじゃなく酒も頼めるらしい。いくら休暇突入したと言え、流石に仕事中のララの前で酒を飲もうとは思わないが。……家帰ったら飲もう。

 アシュリーが「待って待って」と声を上げた。


「どした?」


「コーヒーってある?」


「あるけど、苦いぞ? 俺的には紅茶の方がオススメなんだが」


 コーヒー、俺は正直あまり好きじゃない。ミルクとか入れて飲むのも微妙な気がするし、わざわざそんなことするくらいなら紅茶でよくね? と思ってしまうのだ。紅茶は逆に結構好きだ。あれは美味い。


「オヤジがよく飲んでたから、アタシも飲んでみたい。オヤジも苦いぞって言って飲ませてくれなかったんだもん」


「まあいいけど……」


 最悪俺が我慢して飲めばいい。……飲みたくねぇけど。

 こちらの様子を気にしていた店主に、紅茶を二人分とコーヒーを一杯注文した。待ってましたとばかりに、店主が紅茶とコーヒーを入れ始めた。

 ややあって、三つのカップが俺達の前に置かれた。紅茶のいい香りに混ざって、コーヒー独特の豆が焼けた匂いも漂ってくる。匂いだけは嫌いじゃない。

 女が二人いるからなのかコーヒーが俺の前に置かれたので、アシュリーの紅茶と交換する。


「熱いから気をつけろよ」


「うんっ!」


 アシュリーが返事をしてカップに口を付けた。なんとなく、反応が気になって見てしまう。ララも同じらしく、紅茶のカップを傾けながらもその目はアシュリーを捉えていた。

 コーヒーを飲んだのか、アシュリーの喉が鳴り胸を少しだけ上下させた。驚くことに、アシュリーは渋い顔をするどころか、むしろ恍惚とした表情を浮かべ始めた。


「何これ、メッチャおいしーよ!?」


 マジで……? いや、実は物凄く甘いとか? それとも実はここの店長、凄腕のコーヒーマンだったり?


「ちょっと一口くれ」


 アシュリーからカップを貰い、口を付ける。なぜかララが目を丸くしていた。何かおかしなことでもしただろうか……? まあいいや。

 味は至って普通のコーヒーだった。にがい。一刻も早く口直しがしたい。紅茶を飲む。……普通。本当に普通。何一つ特徴がない。店としてどうなんだこれは。

 カップをアシュリーに返すと、アシュリーはまたしてもニヨニヨしながらコーヒーを飲み始めた。一口飲む度に幸せそうな表情になる。


「お前すげぇな……。大人だわー……」


「先輩……大丈夫ですか?」仮面越し(下半分なし)でも俺が渋い顔をしていたのがわかったのか、アシュリーが尋ねた。


「だ、大丈夫よ? ちょっと苦かったけどね?」


 頬がヒクついてるのを感じる。だが男のプライドとして、ここで弱音を吐くのはない。

 ポーカーフェイスを意識しながら紅茶をもう一口。美味い(普通)。やっぱこれだね!

 コーヒーを飲み終わったらしいアシュリーが顔をほころばせた。相変わらずこちらを窺っていた店主に手を振り、「コーヒーおいしかった!」と言ってのける。

 アシュリーの意外過ぎる好みに驚きつつ、俺達は支部へと戻っていった。


 ちなみにお代はちゃんと俺が払いました。パーフェクトパーシヴァルさんなので。


やっと紅茶とコーヒー要素。


用語解説


チキンフリカッセ:ロズメリアの国民食。ロズメリアでは鶏肉がよく食べられており、作るのが(そこそこ)簡単なフリカッセが国民食的ポジション。水資源が豊富かつ生水OKなところも関係しているとかなんとか。下層ではそもそも鶏肉自体なかなか出回ってこないので、フリカッセは広まっていません。あくまでも中層の人達にとっての国民食です。


『死者の手』の仮面:年齢を隠すために、老けてきたなと思った隊員が自主的に付ける多機能化面。モチーフは髑髏どくろで、これは相手に威圧感を与えるため。

通気性抜群、オプションストロー完備(水筒に繋げばマスクを脱がずに水分補給が可能)、かつ料理を食べれるように口周りを外せたりする。

目の部分には可動式のレンズが入っていて、通常・偏光・拡大(倍率がいくつか)を切り替えられる。

また、有毒ガスを防ぐフィルターの装着も可能。

……と多機能だが、絶対に外れないようにベルトがかなり締め付けてくるので、嫌いな隊員も多い。

だがこのマスクを付けている=長生きしている熟練の隊員の証でもあるので、憧れている隊員や学生も多いらしい。


※追記(1/8):一部表現の修正。

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