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死者の手 ~紅茶とコーヒーと不死人~  作者: 直さらだ
第三章 事務処理をしたなら
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十一節 練習ですからね、仕方ありませんよ

 俺が話を終えると、オスニエル隊長は無言で顎を撫でた。何かを思案しているらしい。

 しばらく顎を撫で回したかと思うと、今度は独りで頷く。何独りで納得してるんだ。考えがあるなら話してくれ。


「時にその少女……アシュリー君はどうしてるんですか?」


「一緒に来てます。今は付き添いの隊員と一緒にシャフトに」


「なるほど。――いずれお礼を言わなくてはいけませんね。今は混乱させそうですし、止めておきますが」


「そうしてくれると、助かります。アイツは……ちょっと今はややこしい立場なんで」


 犯罪者だが、俺の命の恩人で、ついでに子供。ああ、ややこしい。ややこしくしてるのは俺だけども。


「パーシヴァル君は、どうしたいのですか?」


「アイツを……このまま中層に置いてやるつもりです。下層に戻すのも、ちょっと……」


 俺の信条的な面もあるが、アシュリーが下層に戻ったことをあのハゲ共が知ったら、色々面倒なことになりそうだ。それなりに女性らしく成長しているアシュリーのことだ。慰み事で乱暴されて、そのまま売られるかもしれない。確認はしてないけど、生娘ならそういう娼館にやられる可能性だってある。

 贔屓ひいきだ不公平だと言われても構わん。命の恩人をそんな目に遭わせるのはダメだ。ムカつく。俺にはあの子を下層に捨てるなんてできない。


「……しばらく休暇を与えましょう」オスニエル隊長が言った。「そうですね、期間は……傷が癒えるまでということで。傷が治ったかどうかは自己申告で構いません」


「は?」何言ってんだこの爺さん。「いやいや、怪我なんて魔法で治しゃいいじゃないですか。っていうか、そのためにこっちまで来たんですけど? 治癒魔法使い、本部にならいましたよね?」


 確かアスターシャムとかいう貴族家の奴らが、治癒魔法を使える家系だったはず。治癒魔法自体は絶滅寸前のレア魔法だが、アスターシャムコイツらは『死者の手』と結びつきが強く、毎年隊員を排出している。何のためかって、死んだらおしまいの俺達を治すためにだ。普通の不死なら死んで巻き戻しゃオーケーだが、『死者の手』はそうはいかない。だからこそ、アスターシャムの治癒魔法が必要になる。

 オスニエル隊長が俺を見て、労るような表情を作った。


「もちろん外傷はすぐに治しますよ。実は外に治癒士も待機させています。ですが、ひと月も下層で生活をしていたんです、きっと心に傷を負っているでしょう?」


「はぁ?」


 別にそんなもんは負っていない。仲間が死んだのは確かにきつかったが、よくあるっちゃよくあることだ。もう引きずってはいない。嫌な奴って言われるかもしれないが、そんなものは学生の頃から一緒だった班員が死んだ時点で乗り越えている。


「心の傷は厄介です。作戦中にトラウマが蘇って動けなくなったらどうしますか? そういう訳で、これがしっかり癒えたと確信出来るまでは、お家でゆっくり休みなさい」


 ……ああ、ようやく言いたいことがわかった。アシュリーのことをどうにかするまで働かなくていいっつってんのか。明言をしないのは立場的な問題だろうか。誰がどこで聞いてるかわからんし、下手に下層の住民を庇ったなんて隊員達に知られてしまったら、批難されてもおかしくない。


「ま、休暇が貰えるってのは歓迎ですけどね」短くなったタバコを灰皿で揉み消す。


「休暇中でも最低限のトレーニングはするように。それと書いてもらいたい書類もあるので……そうですね、週一回でいいので本部に来てもらっても?」


「休みにしてくれるんじゃなかったんですか」


 週一とはいえ本部に来るんじゃ、あんまり休み感がないんだが。


「建前ですから」


 言っちゃったよ。笑いながら言ってるし、いいのか?

 オスニエル隊長が立ち上がった。手を差し出してきたので、隊長の手を借りて立ち上がり、杖を引っ掴む。


「とりあえず傷を治してもらいましょうか。特別サービスでとびきり優秀な人を連れてきましたよ。すぐにでも元の体になります」


「そいつはありがたい」壁にかかった時計を見る。正午を少し過ぎたくらいを指していた。「それに昼メシにも間に合いそうです」


「その子と一緒にご飯を?」


 扉を開きながらオスニエル隊長が尋ねた。金がないことを思い出し、俺は笑ってみせた。


「ええ。後輩の金で腹いっぱい食べます」


「情けないことをいい声で言わないでくださいよ」オスニエル隊長がポケットに手を突っ込んだ。厚めの封筒を取り出し俺に渡す。「一ヶ月分の給料と、『猟犬ハウンド』の特別手当です」


「お、いいんですか?」


「君のお金ですからね」


 オスニエル隊長が前を向き、手を小さく振った。壁にもたれかかっていた男がそれに気づき、小走りでこちらまでやって来た。


「紹介します。治癒士のイアン=アスターシャムです」


「イアンです! 初めまして、ケネット先輩」


 紹介された男がイアンと名乗り、俺に敬礼をした。杖で片手が塞がっていたので、握手で返礼の代わりとしておく。


「パーシヴァルでいいよ。ケネット呼びはどうも慣れなくて」


 家名で呼ばれると、どうも落ち着かない。


「そうですか? では、パーシヴァル先輩で」


 爽やかな笑みを浮かべてイアンが言った。こいつ、イケメンだな。キリッとした目に眉。俺とは正反対だ。俺はやる気まんまんでもやる気ねぇのかって怒られたからな。こいつはこいつでいつもやる気マックスに見えて面倒くさそうだけど。

 イアンの服装が目に入る。『死者の手』の制服に似ている。だが通常の制服のように真っ黒でもなく、かといって医療班の白地が混ざった奴でもなかった。黒い布地に、灰色が混ざった感じの制服だ。

 ……あれ? こいつが着てる服……学生服じゃねぇか? そうだよ、これ、学院の制服だ。は? じゃあまだ正式な隊員じゃないってこと? 下手したら十代じゃん。どういうことだよ。

 俺の記憶が正しければ、たしか四十ちょいのおばさんが、めちゃめちゃ手練とか噂になっていたはず。何度か世話にもなっているからその噂が本当ということも知っている。ただでさえ難しい治癒魔法を、こんな若い奴が使いこなせてるのか? 嘘だろ? 絶対嘘だろ!


「あー……、あのさ、疑う……訳じゃないんだけど……」すっげー言いづらい。ぶっちゃけ疑ってるし。「あんた、まだ学生だよな? 本当に治癒魔法のエキスパートなのか?」


「……やっぱり……、そう思いますよね……」イアンが突然バツの悪そうな顔になり、大きく頭を下げた。「ごめんなさい! オレ、エキスパートではなくてっ!」


「あれ? おかしいですね……」オスニエル隊長が呟き腕を組んだ。「確か学院に天才がいると聞いてたので、その子を連れてきたと思うのですが……」


 それを聞いてイアンがますます顔を青く……、というか土気色にした。


「ああ、やっぱり……。それ、双子の妹なんです。イライザが、天才の方です。オレも……治癒魔法は使えますけど、まだまだ練習中で。……時々間違えられるんです。同じアスターシャムで、同じ学年だからって」


「隊長?」呼びかける。目を逸らされた。「隊長? ねぇ隊長?」


「ま、まあ……治癒魔法が使えるならいいじゃないですか」


 言いながらオスニエル隊長が俺を押さえ込んだ。咄嗟にかわそうとしたが、ぬるりと追われ地面に押し倒される。

 なんだこのジジイ、力強過ぎだろ! んなろ……! 抜けねぇ! 《身体強化アクティヴェーション》してんのに抜けねぇ! 流石に隊長だけあって、強いらしい。俺の《身体強化アクティヴェーション》がショボい訳ではない。決して。


「さ、イアン君。練習だと思ってやってみましょう。何事もまずは慣れですよ」オスニエル隊長は片手で俺を押さえ込んだまま、もう一方の手で器用に俺の服を脱がし始めた。


「やめろっ! ちょ、マジで! 止めて止めて! イヤっ! 犯される! 憲兵さーん!」


 適当に叫ぶも効果なし。これが中層ならその辺を歩く通行人とかが助けてくれたかもしれないが、生憎ここは上層だ。そもそも外にいるのが俺達だけだった。

 上層はふるーい貴族と王族が住んでる特別な場所だ。一般人が入ろうと思っても、エントランスの検問で『死者の手』に追い返されるのがオチ。だが『死者の手』の隊員だけは、本部と学院が上層にある関係上結構自由に行き来できる。

 ちょっと特殊な場所だからなのか、『死者の手』関係の人間意外を見ることは非常に稀だ。外を出歩いている貴族なんか基本的に見ないし、車や馬車すら滅多に走っていない。

 つまり? 服をひん剥かれている俺を見かねて助けてくれる奴なんかどこにもいないってことだ。


「ほら、イアン君も手伝ってください! 私一人では完全には脱がせられません」


「は、はいッ!」オスニエル隊長に言われ、イアンが俺のズボンを引っ張った。


「いてぇ! いてぇよ! ちょ、おいッ!!」


 必死に両腕を暴れさせるも、イアンにひん剥くのを任せたオスニエル隊長が、今度は両腕でガッチリホールドしていた。ピクリとも動かない。だが諦めなかった。

 俺が必死になるのにも訳があった。訳があるんですよ奥さん。誰だ奥さんってチクショウ。

 さっきまで治癒魔法だぜやったーうへへへとかなってたのは、エキスパートだと聞いていたからだ。そいつが若かろうがババアだろうがなんでもいい。熟練した使い手に治してもらえるならラッキーだなと思っていた訳だ。

 だが俺の目の前で顔を真っ赤にさせながらズボンを脱がしているこのイケメン野郎は、まだあまり得意じゃないと自己申告しやがった。


 治癒魔法ってのは、術者のマナを使って怪我を治す魔法だ。これだけ聞けば本当に夢のような魔法だと思う。だが傷が治っていくその過程が地獄なのだ。

 傷口が高速で動くせいで、なんでかよくわからんが物凄く痛い。怪我を治すために、跳ね上がるような痛みを受けなきゃいけないとかちょっと意味がわからない。

 熟練した使い手なら、傷口に麻酔作用のある魔法を使ってくれるし、今の俺の状況を考えて、自然治癒力を高めるだけの魔法を使ってくれたりとまあ色々選択肢が生まれる。だがそのどちらも結構難易度の高い魔法だと例のおばさん治癒士から聞いている。

 つまり? おっさんのすね毛見て恥ずかしがってるこのイケメン君は? 両方共使えない可能性が高い。

 はっきり言って嫌だ。どうせ休み貰えるんだし、痛い思いして傷を治す謎の状況に陥るより自然に治したい。例え多少生活に不便をしても、だ。


 だが俺の抵抗虚しく、公衆の面前――誰もいないけど――で下着姿にされ、再び俺はムキムキのジジイに取り押さえられた。イアンが昨夜処置をした包帯を取り外し、傷口の具合を確認する。

 イアンは「ふむ……」と呟き、傷口を仮縫いしていた糸をハサミで切り、抜き取っていった。『ふむ』じゃねぇよ死ねどチクショウ! いてぇ! もう現時点でいてぇ!

 抜糸を完了し、イアンが息を吐いた。制服のコートを脱ぎ捨て、シャツのボタンを開けて胸元を緩める。


「では、今から治癒魔法を使いたいと思います」緊張した様子でイアンが言った。「先輩には申し訳ないんですけど、オレ、《神経切離ナーヴカット》……麻酔魔法が使えないので、ちょっと、痛むと思います」


「練習ですからね、仕方ありませんよ」


 オスニエル隊長が俺の四肢を完全にロックしながら笑った。このジジイマジで殺す。つーかやっぱ麻酔使えないんじゃん! 俺の予想通りの展開じゃねーか!

 俺の焦りに気づいているのか気づいていないのか、イアンが汗を拭い、俺の傷口に手をかざした。手と傷口周辺が青白く淡い光に包まれていく。

 ああ……ついに来てしまった。アシュリー……死んだらごめん! 死なないどころか治るんだけどね!?


「……ふー、いきます。《治癒キュア》……ッ!」


 イアンがなぜか魔法の名前を唱えた。そんなもの魔法の発動には一切必要ないの――っ!?

 傷口から激痛が脳まで駆け上り、俺は白目を向きながら叫んだ。


 脳裏にはなぜかアシュリーの笑顔が映っていた。死ぬ前に見る幻覚かもしれない。


用語解説


娼館:

ロズメリアにも娼館はあります。が、不死なのでちょっと変わったあれがあります。純血サービス的なものです。アレを破っても、傷が癒える前に死んで巻き戻すとアレが復活するので、破るの大好き!な人向けにそういうサービスがあったりします。お値段は高め。


治癒魔法:

資質の問題から使い手が少なく、絶滅の危機に瀕している魔法。

いくつか魔法の種類はあるが、直接怪我を治す魔法の類は、肉体の再生の際の筋肉・血管の収縮運動などにより激痛を伴う。

上位の魔法として感覚を消す魔法や、自然治癒力を高めるだけの魔法、体内の毒素を抜く魔法なども存在する。

どの魔法も術者のマナの量などによって回復量は変わる。複合的な高位の魔法になると、被使用者の体力もある程度消費する。


※追記(12/25):誤字修正。

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