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死者の手 ~紅茶とコーヒーと不死人~  作者: 直さらだ
第三章 事務処理をしたなら
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十節 えぇー、アタシも行ってみたい!

「――ふむ」


 端的に言うなら、見違えた、がいいだろう。

 店員とララの協力で買った服は、まあぶっちゃければ普通、無難なチョイスに落ち着いたと思う。ブラウスにロングスカート。靴や下着も新調しておいた。ほとんど丸投げしたのでどういうのかは知らない。総合的に見て過度に着飾っている訳でもないし、シンプルな構成だ。

 窮屈に感じるのか、ブラウスのボタンを少しだけ気にしつつも、アシュリーは嬉しそうな様子を見せている。この姿を見て、コイツが下層からやって来たと信じる奴はいないだろう。少なくとも見た目だけは。言葉遣いや文字が読めない問題はとりあえず後回しだ。


「にあってる?」アシュリーがスカートを持ち上げながら尋ねた。足がスースーするのか、ちょっと落ち着かなさそう。


「あー……ああ、似合ってんじゃねぇか?」どうも今まで見てきたアシュリーと違い過ぎて違和感が凄いが。「よし、じゃあ次はシャフトだな」


 俺は車に戻りつつ次の目的地を言った。若干逃げた気もしないでもない。俺に服装のお披露目をしていたアシュリーと一緒に、ララが後部座席に乗り込み「お供します」と頷く。


「シャフトって?」アシュリーが首元を触りながら尋ねた。


「あー……上層はわかるか?」


「あれでしょ?」


 アシュリーが窓越しに空を指差した。その先には、巨大な柱に支えられ高所に建造されたもう一つの居住区……上層がある。高さはたしか七十とか八十メートルくらいにあった気がする。そこから建物が更に上積みされるから、一番高い所だと百数十メートルは越すんじゃないだろうか。ロズメリア自体高地にあるし、実際の高さ? つまり……山を下った場所と比較すると、百メートルどころの話じゃないだろう。


「その通り。下層からも見えるもんな」車のエンジンを始動させる。「シャフトってのは、上層を支えてる柱のことだ」


「全部で五つの柱が上層を支えていて、それを総称してシャフトと呼んでいるの」ララがアシュリーに解説を始めた。「中心を支えている一番太い柱がメインシャフト。それを囲むように、少し細い……こっちは特に名前がないんだけど、シャフトが四つ配置されてるの。『シャフト』と言う時は、メインシャフトじゃなくて、細い方のことを指すわね」


「そーなんだ」


 アシュリーが窓に顔を押し付けて、シャフトを見つめながら言った。窓に脂付きそうだな。ついでに不細工。せっかく可愛い感じになってるのに、窓に鼻押し付けるの止めろ。


「なんでシャフトに行くの?」


「上層に『死者の手』の本部があるからだ」


 アシュリーの疑問に答える。俺の説明では不足していると思ったのか、ララが付け加えた。


「上層に上がるには、シャフトからエレベーターっていう機械を使うしか方法がないのよ。先輩が帰ってきたって報告をするには、シャフトに行って、そこからエレベーターで上層に上がらないとってこと」


「おお、なっとく」アシュリーが窓から顔を話して、何度か頷きながら言った。「アタシも上層に入れるの?」


「スマンがそれは流石に無理だな。ララと一緒に留守番しててくれ」


「えぇー、アタシも行ってみたい!」唇を尖らせて、アシュリーが不満を垂れる。


「無理なんだよ。エレベーター降りた先に検問がある。つまり……知らねぇ奴は通さないようにチェックしてるんだ。なるべくすぐ戻るから、大人しくしててくれ」


 上層に余程入りたかったのか、明らかに機嫌を損ねた様子のアシュリーをなだめつつ、車をシャフトに向かって走らせた。シャフトに向かって通されたトンネルを通過し、シャフトの内部に入る。

 細いと言っても、あくまでもメインシャフトと比べた時の話で、シャフト自体かなりデカイ。中に空洞を作って、ロータリースペースを用意しちゃう程度には。まあ人が住んでる場所を支えている訳だし、細かったらそれはそれで心配になるので構わない。

 車を停め、エンジンを切る。


「んじゃ、ちょっくら行ってくるわ。なるべく早く戻れるようにはするが、遅くなったら、悪いけどアシュリー連れて適当に昼メシ食べさせてやってくれ。後で金は払う」


「了解です」ララが返事をした。「食べ終わったらまたこちらに戻りますね」


「あいよ。スレ違いになっても待つようにしとくわ」


 未だに不満げなアシュリーに軽く手を振りつつ、俺は車の扉を閉めた。杖をついてひょこひょこ歩き、エレベーターの呼び出しボタンを叩く。しばらく待つと、どこか間抜けな鐘の音を響かせながら、シャッターが開いたので、乗り込む。

 エレベーターが再び間抜けな音を響かせ、到着したことを告げた。シャッターが開いたので外に出る。

 アンティーク? っていうんだったか、よくわからないが、高級そうな家具やらに囲まれたちょっとした空間……エントランスロビーが現れた。たしか、オスニエル隊長が隊長に就任した時に改装したんだったか。今はなんか、家具とか揃ってるし、落ち着いた雰囲気の場所だが、改装するまではえらく殺風景な場所だった記憶がある。少なくとも、俺が学生の頃はそうだった。

 通行管理をしている隊員が俺を見た。仮面を付けている。おっさんかおばさんらしい。ほとんど誰も上がってこないのに仮面付けっぱなしとか嫌だな、と考えつつカウンター越しに声をかける。


「よお。悪いが、本部に伝達を頼みたい」胸元から識別タグを出して見せる。「一ヶ月ちょっと前に、『猟犬ハウンド』に参加してたパーシヴァル・ケネットだと伝えてくれ」


「少し待て」と言い残し、隊員が奥に引っ込んだ。


 本部に電話で連絡をするのだろう。電話、いいよな。離れた場所にいる奴と会話ができる凄い機械。中層の支部にも置いて欲しいわ。そうしたらここまで来なくても済んだのに。早く電話用の線? 引いてくれないもんかね。まあ難しいか……。

 ややあって、先程の隊員が戻ってきた。上層へ続くゲートを操作し解錠する。


「このままここで待っててくれ。隊長が来るらしい」


「は?」ゲートを通りつつ声を上げた。「隊長って、オスニエル隊長か?」


「ああ。電話かけたらなぜか隊長本人が出て、丁度暇してたからこっちに来るとかなんとか」


 おいおいマジかよ。そりゃ杖ついてるしこっちに来てくれるのは助かるが、それを隊長がやっちゃうってのはどうなんだ? 普通はさ、なんか、迎え寄越すとか、そういう感じだろ? 『死者の手』で一番偉い奴が来るっておかしいだろ。

 困惑しつつも、待ってろと言われた以上動くこともできず、俺はソファに腰掛けてその時を待った。奥まった場所で、中層側からは姿が見えない。仮面を外しても問題ないだろう。快適に過ごせるよう色々工夫してあるらしいが、苦手なもんは苦手なんだよ。

 じーっと待ち続ける。カウンターで待機している隊員も退屈そうではあったが、話すタイミングときっかけを見失い、無言だった。お互い何か話した方がいいのだろうか? と探り合っている感じがちょっと気持ち悪い。

 十五分程――体感では一時間以上待った気がする――で、上層に繋がる扉が開いた。初老の男性が、温和そうな笑みを浮かべながらこちらに近づいてくる。カウンターの隊員もそれに気づき、椅子から離れ敬礼をした。隊長だ。

 俺も立ち上がり敬礼をしようとしたが、オスニエル隊長がそれを手で制する。


「座ったままで結構ですよ」ソファに立てかけられた杖を見てオスニエル隊長が言った。「お久しぶりです、パーシヴァル君」


「あー……はい、お久しぶりです」言ってから敬礼してないことに気づき、とりあえず敬礼をする。こういうのは苦手だ。


「いやぁ……本当、驚きましたよ」オスニエル隊長が笑った。「もうとっくの昔に葬式を済ませてしまってますからね。最初は聞き間違えかと」


「はは、やっぱ俺、死んだことになってましたか」


「ひと月以上誰も戻ってないんです。当然、そういう処理をします。――ただ、死体処理班からの報告で、死体が一つ足りないとは聞いていました。誰かは判別できなかったのですが……まさか君だとは」


「俺も……自分が生き残るとは全く思ってなかったです。…………作戦は……失敗です。ターゲットは殺しましたが、味方を守れなかった」


「成功ですよ。一人でも生き残ったのだから。それに結果論ではありますが、敵を殲滅してくれたおかげで、秘密保持も恐らくできただろうと」


「どうだか」自嘲するように笑ってみせる。「この秘密は、近い内に絶対バレますよ。あー……一般人にも広まるって意味で」


 まあ今回は特殊ケースだったというのもあるけど。銃の販売が一応規制されてるのと、大なり小なり差はあれど『死者の手』の隊員は魔法使いだ。銃でも持ち出されない限りは負けることはない。

 今回の作戦はある種博打打ちだった。普段なら絶対近づかない下層に入ってまで犯罪組織を潰そうってのはちょっとおかしい。だが、数年に一回か二回、こういう博打になぜか出る。

 意図はなんとなく察している。一応名目上は『神の子』という宗教団体に金を渡しているデカイ組織を潰すこととされているが、実態としては隊員の数を減らすための作戦だ。

 『死者の手』は毎年数十人くらい新しい隊員が増える。つまり毎年殺人権限を持った奴が同じくらい増えるってことだ。普通の犯罪者ごときには負けないんだから、自然と不死に対する天敵が増えていく。だが管理してるのは国だ。増え過ぎたなら、減らせばいい。下層で死んでくれれば、中層に住む本当の・・・国民には気づかれないし、普段なら手を出せない犯罪組織にもダメージを与えられる。時々発生する無茶な任務は、大概こういう意図が入っている…………と疑っている。

 恐らく隊長は事実かどうか知っている。というか、事実だと思う。じゃなかったら、生存者がいたから成功とは言わないはずだ。秘密保持の観点から言えば、死者が一人でも出た時点で失敗なのだから。


「いずれ公表する時も来るでしょうね」オスニエル隊長が懐からタバコのケースを取り出した。「……一ヶ月前に君から預かってた物です。吸いますか?」


 オスニエル隊長から差し出されたケースを受け取った。俺の相棒的タバコ、『ラキスピ』だ。そこそこ古い銘柄でじみーに生き残っている……のに人気があるとは言えない、不思議な銘柄。ウマイと思うんだがなぁ……。下層で会ったあのハゲは中々わかっているハゲだった。

 タバコを一本抜き取り口に咥えると、オスニエル隊長がライターを取り出しタバコに火をつけた。


「ふぅ……」一口吸い、横を向いて煙を吐く。「ウマイ。やっぱタバコは『ラキスピ』に限ります」


「私はタバコを吸わないのでわかりませんけどね。というか、タバコを吸ってる隊員の方が珍しいですけど」オスニエル隊長が笑いながらライターを俺の胸ポケットに入れた。「さて、預かり物も返しましたし、話を聞きましょうか」


 そう言いながら、オスニエル隊長が隣に座った。タバコをもう一口吸い、吐く。気づくとカウンターからさっきの隊員が出てきて、俺に灰皿を押し付けてきた。吸うなら灰をちゃんと始末しろということらしい。

 手を軽く振ってすまないと伝えると、隊員も同じように手を振りカウンターの奥に消えた。気を使ってくれているのか、それとも丁度いいからサボろうとしているのか、どっちだろうか。

 灰を落としつつ、頭の中で話を整理する。

 アシュリーのことを上手いこと説明しなくては。彼女を守ると決めたのだから。


 俺はオスニエル隊長に、事の顛末を話し始めた。


用語解説


魔法使い:

読んで字のごとく、魔法を行使する人間の総称。『死者の手』は《死への誘いリーサルタッチ》という魔法を使えることが隊員になるための条件なので、自ずと全員魔法使いということになる。

が、その多くは決して魔法のエキスパートという訳ではなく、同じ魔法使い同士の戦闘であれば遅れを取る者の方が大半。

大雑把な力の序列としては、魔法エキスパートの不死>魔法エキスパートの隊員>憲兵=銃を持った犯罪者≧一般隊員>犯罪者>一般人という感じ。

相手が銃や魔法を使わない限りは、一般隊員がやられることは稀。


隊長:

『死者の手』のトップのこと。『死者の手』の正式名称は『特殊犯罪及び凶悪犯罪対策選抜部隊』なので、一番上が隊長になる。

細かい役職も色々あるが割愛。短い『隊長』は通常『死者の手』のトップを指し、作戦における指揮官などを指す時は正式には部隊長などと呼ぶ。

軍隊ではないこと、隊員数も多くないことなどから小隊中隊などは存在しない。行動の基本ベースは四から六人程度の班になり、大規模な作戦に出る際はこれが複数集まり部隊を形成する。

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