第1章-6
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少し前の話になる。私は夢を見ていた。
夢の中の私は背があまり高くなく小太りの体型で、地下鉄に乗っていた。
乗客の数はまばらでみな本を読むか、携帯電話の画面を見つめていた。私は窓の外に虚ろな視線を向けている。もちろん地下鉄だから何も映らない。それでも構わなかった。
電車が止まる。扉が開いた。窓の外の風景はいつの間にか駅のプラットホームに変わっていた。
1人の男が乗ってした。帽子を目深に被っていたが体格の良い男だった。
男は私の隣に座る。ぴたりと隣に。
「結論から言うのは苦手なんだ」
私は男の方を見ずに窓の外を見つめている。男は意に介せず続けた。
「その時になれば分かる、そうだな…野球に例えようか。9回裏ツーアウト満塁3点差の場面」
「君は一打逆転を義務付けられた打者として打席に立っている」
男は席を立つ。
「1球目は胸元を抉るようなシュート、これはボールだ」
「2球目はスライダー、君は見逃す。アウトローに決まってワンボールワンストライク」
「3球目は緩いカーブだ。完全にタイミングを狂わされた君のバットは空を切る」
「ワンボール、ツーストライク」
「追い込まれた君は考える」
いつの間にか電車ではない場所だった。白く広い空間。コツコツと足音を立て男は歩きながら続けた。
「1球遊び球が来るか…それとも速いボールで仕留めに来るか…インアウトアウト…次はインコース…それとも」
「額を汗が垂れて目に入る」
「ボールが来た、速い、膝より下か…」
男が私の目の前に立った。
「ど真ん中やや低めのストレート」
「君の見逃し三振でチームは負ける」
「君は明日には間に合うのか」