第1章-5
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東京ドーム。
現役時代を通じて私が一番慣れ親しんだスタジアムだった。目に映る風景は全く違わず昔のまま。ただ、踏みしめる土の感触は機械の中に敷かれた絨毯のもので私を現実にとどまらせてくれていた。
「これが噂に聞くバーチャルの世界ってやつか…」
「バーチャルの世界でも空の見えないところで野球をやるのは寂しいな!たっちゃん!」
声に振り返ると現役時代は先輩で、監督時代はライバルで親友のようであり仇のような男が立っていた。
「キヨシさん、いらしてたんですね」
「こんなお祭りに参加しない訳がないだろ」
彼はガハハと笑って一塁の方へ歩いて行った。
私は現役時代と同じように読売巨人軍のユニフォームに袖を通し背番号8を付けていた。
相手チームはかつてここ東京ドームをフランチャイズにしていた日本ハムファイターズのようだった。だが、メンバーを見ると北海道に本拠地を移した後のチームのようだ。メジャー帰りのムードメーカー、ヤクルトから移籍したレジェンド、緑色の男、北の侍たちが揃っていた。
『ゲームを始める前に練習をしてみましょう』
司会者の声が響いたと思ったら、バッターボックスに選手が現れた。全身タイツを着ているかのように真っ黒な男だ。おそらくゲーム側のキャラクターなのだろう。
『まずはサード!』
司会者の合図に合わせてバッターがノックを始めた。バットがボールを打つ乾いた音が響いて打球が私の方へ飛んできた。現役時代の感覚からするとやや遅く感じる。ゲームとしての表現なのだろうか。腰を落としながら打球を左手で取ろうとしたが、気合の声も虚しくボールはレフト方向に転がっていった。
「衰えたな!たっちゃん!」
一塁手の先輩が大きな声で笑っていた。すこし…いや、かなり悔しかったが、次の打球を彼がエラーしているのを見て私も笑ってしまった。
「ヘッピリ腰ですよ!」
「うるさい!」
しかし、彼も私も現役時代はゴールデングラブ賞の常連だった選手だ。身体は衰えているもののゲームのスピードという事もあり、しばらくノックを受けている内にそつなくこなせる様になってきた。
もっと息が上がるかと思っていたのだが、案外とそうでもなく身体は動いてくれた。それが雰囲気に動かされてのものなのか、この機械の作用なのかは分からないままだった。