第1章-2
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人前に顔を出す商売をしていると得難い経験をする事もあるが、損な出来事も同じくらい多い。今日も新幹線に何とか間に合わせようと汗だくで新大阪の駅を歩いていたら、年配の女性に呼び止められた。断る事もできず、サインや会話に応じている間に乗る予定だった新幹線は出発してしまい、ホームに立ち尽くす事になってしまった。
次の新幹線の手配、東京での予定の調整を一通り済ませベンチに腰をかける。少しのんびりできるかなと思っていた私の隣に彼がやって来た。
最初はお互い気付かなかったのだが、ともすらば肩がぶつかる位の距離。顔を見合わせ私は破顔した。
「久しぶりだなぁ、こんなところで君に会うなんて」
私の求めた握手を握り返した彼の力はやや弱い印象だった。少し若返ってみえたが夏の盛りで疲れも残っているのだろう。いまだプレッシャーと歓声の中に身を置いている彼の事だ、自由気儘に過ごす私とは違うのだろう。
「上手くいってないのか?俺でよければ相談に乗るぞ」
「え、あ、あの」
どうも歯切れが悪い。少し前の彼なら物事をハッキリと答えていたはず。他の人間なら躊躇ってしまうような正論もズバッと答える彼にしては珍しい事だった。
泳ぐ彼の視線に合わせ周りを見渡すと、いつの間にか私たちは人々の注目を集めていたようだ。無理もない。
「ま、この雰囲気じゃ言いづらいよな。でもお互いに電話番号を知ってる間柄じゃないか、いつでも電話してきてくれよ」
「…ッス」
「え?なんだって?」
彼が返事をしたように見えたが、その声と姿は周囲の人々にかき消されてしまった。
私が何とか新幹線の指定席に滑り込んだ時に彼の姿はすでに見えなかった。