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ミルクティー部の実力行使

 やはりというべきか、野呂による妨害は、本当に行われた。

 まず、毎日ミルクティーの箱がたくさん部室に届くようになった。僕なんかは配達のおじさんと仲良くなってしまったほどである。だが、おじさんは友情よりお金を取る人だった。


 「ちょいとギャンブルでね、スッちゃってね。借金を二千万ほど……。え? お金をもらったらなにをするかって? そうだね、パチンコか競馬に使うかな。旅行もいいな。ラスベガスに」


 働かれた妨害工作はそれだけではない。僕らが諦めないと見ると、野呂の嫌がらせは次第に苛烈さを増していった。

 下駄箱を開けた途端、中からホットのミルクティー缶がごとごと落ちてきたり、トイレの個室にいるときに、上から中途半端にミルクティーが残ったペットボトルを投げ入れられたり。

 宮本が自販機でコーヒーを買おうとしたとき、お金を投入した瞬間を狙ってミルクティーのボタンを押されたこともある。野呂に命じられてそうしただけのミルクティー部員は、宮本に顔面を殴られ地面をのたうち回っていた。


 このように、ミルクティー部のいやがらせは陰湿を極めた。普通の人間では、おそらく二日と耐えられなかっただろう。だが、僕たちはへこたれなかった。放課後部室に集まっては、ミルクティーの箱を外に運び出し、ココア部の活動に精を出した。自分たちでいろんなココアを作ってみたり、市販のココアを飲み比べてその結果をレポートにまとめたり。それはそれは楽しい時間だった。


 しかし当然、それを許す野呂ではない。ある日、事件が起こった。

 週明けの月曜日。その日も僕は、スキップしながらココア部の部室に向かっていた。六時間目というのは、いつも終わるのが遅く感じる。放課後が楽しみすぎるからだ。

 今日は一番乗りかな、とわくわくしながら部室棟へ続く廊下を進み、突き当たりを右に曲がる。

 そこで僕は、打たれたように立ち尽くしてしまった。


 「江田……?」


 部室のドアにもたれるように、江田が倒れていた。


 「江田ッ」


 しばらく呆気にとられていた僕だが、我に返ると慌てて江田に駆け寄った。意識はあるが、呼吸が荒く、苦しそうだ。殴られたり蹴られたりの痕はなさそうだった。


 「江田、どうしたんだよ!」

 「チッ……ヘマ……やっちまったぜぇ……」


 江田はヘヘっと精一杯の笑顔を浮かべる。どうでもいいが、こうして弱ってる姿は、なかなかの美少年に見える。お前普通にしてたらモテるんじゃないの、とアドバイスをしてやろうかと思ったが、非常事態につき後回しにした。


 「誰にやられたんだ!?」


 自分で訊きながらも、答えなんてわかりきっていた。


 「は……決まってんだろ……ミルクティー部の連中だ……」


 やはりか。僕はきつく握り締めた拳で床を殴った。こんなのって、あんまりだ。


 「突然、連中に囲まれてよぉ……」


 江田の途切れ途切れの話を繋げると、こうだ。

 六時間目が僕よりも早く終わった江田は、一足先に部室に向かっていた。だが、その途中、複数の男たちに取り囲まれた。


 「てめえらは……」


 まごうことなき、ミルクティー部の部員たちだった。両手にボトル型のミルクティー缶を装備し、油断なき眼で江田を包囲していた。その数は四人。戦っても勝てないと江田は判断した。


 「なにが目的だぁ……?」


 江田がエセファイティングポーズを取りながら問うと、部員の一人が答えた。


 「あの上畑爽一とかいう部長を潰す前に、外堀から埋めていこうって腹ですよ。もちろん、ターゲットはあなただけではない」

 「なにぃ……?」

 「無駄話はここまでにしましょうか。あなたには消えてもらう」


 言うが早いか、部員たちが動いた。江田は数の暴力の前に、なす術もなく敗れ去った。懐からレモネードを取り出す暇もなかった。意識が戻ったときには彼らはもういなくなっていて、江田は体に鞭を打って部室の前まで這ってきた。


 「ヤツら、戦い慣れてやがった。俺は手も足も出なかった。すまねぇ……」


 江田は涙を流していた。僕の心は怒りで煮えたぎっていた。ミルクティー部の行いは、あまりに卑劣すぎる。そろそろ僕も、我慢の限界だった。


 「すまねぇ……すまねぇ……!」

 「いいんだ、江田。もう、喋るな……!」


 謝罪の言葉を繰り返す江田を一通り宥めてから、僕は立ち上がった。江田は泣き疲れて寝てしまった。見ているこちらが和んでしまうほど、安らかな寝顔だった。

 江田の話が本当なら、他の部員も危ない。僕は江田を放置して、教室に引き返そうとした。

 ちょうどそのとき、廊下の先から人影が現れた。よろよろと、頼りない足取りだ。


 「――健二ッ」


 咄嗟に僕の足は動き出していた。健二は僕の姿を認めると、ニッと笑って、それからぐらりとバランスを崩した。


 「……くっ!」


 すんでのところでその体を受け止める。決して小柄ではない健二の体が、今はやけに軽く感じられた。


 「健二、大丈夫か!?」

 「ああ……なんとかな」


 健二の肩を支えて、部室の前まで歩く。江田の隣に、健二を座らせた。


 「お前も、ミルクティー部にやられたのか?」


 確信とともに尋ねると、案の定健二は頷いた。


 「今の話しぶりからして、江田にも同じことがあったってことだな……そうさ、ヤツらだ。窓の外を見てみろ」

 「窓の外……?」


 言われた通り、健二のそばを離れ、窓から校庭を見下ろす。最初、健二の意図するところがわからなかったが、視界にあるものを捉え、僕は愕然とした。


 「阿久津……!」


 校庭の一角、菜園の入り口付近で、阿久津が四人折り重なって倒れていた。周りにギャラリーが大勢集まっているので、この距離からでもすぐにわかった。

 後ろから健二の声が聞こえた。


 「阿久津は、俺を庇ってやられたんだ」


 健二も阿久津も、六時間目は屋外授業だったという。校庭の一角を占める大きな菜園で、嗜好飲料のもとになる植物を育てたり、観察したり、収穫したりする授業だ。


 「いきなり、ヤツらに取り囲まれてな。阿久津が助けてくれなかったら、俺もどうなっていたことか」


 阿久津は、決死の思いでミルクティー部と激突し、健二を逃がしたのだそうだ。このピンチを早く僕と宮本に伝えてくれと。危険が迫ってると。


 「あいつら、身を挺して……」


 僕は悔しくてたまらなかった。自分の仲間たちが、次々とやられていく。僕のために集まった仲間たちが、僕のせいで。


 「おのれ野呂め、絶対に許さないぞ!」


 ここで手をこまねいているのは耐えがたかった。直接僕を狙ってこないなら、こちらから行くまでだ。


 「待て、駄目だ。落ち着け」


 健二の鋭い声が、走り出そうとした僕の足を地面に縫いつけた。


 「なんでだよ健二! もう我慢できないよ!」


 僕の悲鳴にも似た叫びに、健二は静かに首を振った。


 「それこそが、ミルクティー部の狙いなんだ」

 「ど、どういうこと?」

 「復讐なんてしたら、向こうの思うツボってことさ。野呂はそれを理由に、ココア部を廃部に追い込むだろう。ミルクティー部は理事長という後ろ盾があるから問題を起こしても平気だが、俺たちはそうじゃない」

 「ちくしょう! それじゃあなんにもできないじゃないか!」


 なんて狡猾な連中なんだ。僕はみんながやられるのを、指をくわえて見ていることしかできないのか。その歯がゆさに、地団駄を踏んだ。


 「――そうじゃないわ」


 そう言ったのは、健二じゃなかった。ばっと振り返ると、息を切らした宮本がそこに立っていた。


 「宮本! どうせ無事だろうと思っていたけど、やっぱり無事だったか!」

 「ええ……。私も女子部員から襲われそうになったのだけれど、こちらがなにかする前に、逃げ出してしまったわ」

 「賢明な判断だね。……それより、なにが『そうじゃないわ』なんだ?」

 「仁科くんが言ってるのは、そういう意味じゃないということよ」


 宮本が言うと、健二がこくりと頷いた。僕は首を傾げるばかりだ。


 「今のあなたは、頭に血が上りすぎている。気持ちはわかるけれど、少し冷静になったほうがいいわ。別に私たちは、あなたが野呂のもとへ行くのを止めたいわけじゃないの」

 「宮本の言う通りだぞ、爽一。俺は、目には目を、の理論で暴力を振るうのはいけないと言いたかっただけだ」


 確かに僕は、野呂に対して喧嘩を吹っかけようとしていた。今日は缶のココアも紙パックのココアもお徳用の粉ココアも持っているし、装備に不満はないと思ったからだ。だが、やはり数の暴力には敵わないだろうし、そもそも健二が言いたいのはそういうことじゃないだろう。そうだ、暴力はなにも生まない。


 「そうだよな……健二はそれがわかっていたんだよな。そうじゃなければ、健二のネイルハンマーがミルクティーごときに負けるはずないよ」

 「俺は、自分のネイルハンマーを暴力に使うことだけはしない」

 「うん……僕も少し、落ち着くことにする」


 僕は大きく深呼吸して、昂ぶった気持ちを鎮めた。それから頭を働かせた。


 「……さて、復讐は駄目だとすると、僕はどうやってこの横暴を止められるのかな」

 「野呂に直談判するしかないでしょうね。穏便に、話し合いという形で」


 宮本がもっともな提案をする。だが、それには一つ問題があった。


 「野呂が、まともに取り合ってくれるかな……?」


 だいたい、話し合いが決裂したからこういうことになっているわけで、理事長という絶対的な後ろ盾がある野呂には、交渉に応じる理由さえない。僕がココア部を諦める――それ以外に野呂を納得させる方法があるようには思えない。


 「それを考えるのが、部長の仕事だろう?」


 健二はそう言って口の端を上げ、宮本は無言で僕を見つめていた。

 その通り、僕はココア部の部長であり、七人の部員を背負っている。ここで諦めるなんてことは、自らの夢のためにも、彼らのためにも、できるはずがない。


 「僕、行ってくるよ」


 意を決する。これ以上、野呂の好きにはさせない。

 複数の足音が聞こえて、それが僕たちの周りで止まった。


 「おっと、行かせませんよ」


 気づけば、ミルクティー部の部員たちに包囲されていた。


 「一網打尽にしてあげましょう」


 その数、十人。僕は息を呑んだ。マズイ。せっかく腹を固めたというのに、その矢先にやられてしまっては目も当てられない。


 「行きなさい。ここは私が受け持つわ」


 すっと、宮本が一歩前に出た。


 「で、でも、いくらきみといえど、この数は……しかも、手負いの健二とすぴすぴ眠ってる江田を庇いながらなんて……」

 「野呂は二年生の学生ラウンジにいたわ。ここに来る前に、確かめておいたの」

 「……うん」


 勇敢で優秀な部員を持って僕は幸せだ。僕はもう、なにも言わないことにした。


 「さあ、早く!」

 宮本の声に背中を押され、僕は駆け出した。

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