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宮本の過去

 翌日から僕は部員探しに奔走した。

 部の設立には最低でも五人の部員が必要だ。僕と健二の他に、あと三人集めなければならない。江田と宮本に頼み込むとしても、まだ一人足りない。

 僕はまず、元ココア部の部員にあたることにした。もともとココア部にいたのだから、再建されると聞いたら、喜んで戻ってくるかもしれない。これが甘い考えだった。


 「別にもともと、ココアとかあんま好きじゃなかったし」

 「部室が欲しかっただけなんだ。本当はレモンティーが好きでさ」

 「無理だ。野呂理事長には逆らえねえ。退学させられちまう」


 様々な意見があったが、それらをまとめると、『ココアは好きだが、理事長は怖い』ということになりそうだった。

 しかしこんなことでめげる僕じゃない。絶対に諦めてなるものか。

 僕はクラスメイトに片っ端から声をかけた。だが、すでに専門科目の授業が始まっており、誰もココアなどに興味を示してくれない。

 それでも説得を続けて、なんとか数人の男子生徒を協力させることに成功した。決め手は手伝いを申し出てくれた宮本の勧誘である。

 ニコリともせずに、


 「お願い」


 これだけで宮本のファンはイチコロである。もっと可愛げのある女はいくらでもいそうだが、あいつらはいったい宮本のどこにそこまで惚れ込んでいるのだろうか。

 ちなみに宮本ファンクラブの会員は全部で四人。いずれも『阿久津』という苗字である。



 「なんで、宮本は僕を手伝ってくれるんだい?」


 疑問に思ってそう尋ねたことがある。健二や江田が出払い、二人きりで学生ラウンジにいるときのことだ。


 「健二はわかる。長い付き合いだからね。江田も、あいつは単純……じゃなくて、根がイイヤツだから、わかる。でも、きみは……」

 「私も、案外イイヤツだと思うのだけど」

 「そうかもしれないけど、冷徹……じゃないや、あまり他人に興味を示さないだろう?」

 「そうね、自覚してるわ」


 宮本はあっさり認める。


 「じゃあ、なんで……」


 宮本はしばらく目をつむっていたが、意を決したように口を切った。


 「私の父は、泥棒だったの」

 「えっ」


 突然の告白に、僕は戸惑う。


 「泥棒って、そんな……」

 「事実よ。今は、服役中なのだけど」

 「いったい、なにを盗んだんだい? 上等なココアかい?」

 「いいえ。そこに住んでる人の……心よ」

 「なんだって?」

 「父には夢があったの」


 そう言う宮本の目には、優しげな光があった。


 「父は、毎晩他人の家に忍び込んでは、そこの人にコーヒーをご馳走していたわ。道具を持参してね」

 「立派なお父さんじゃないか」

 「ありがとう。父はコーヒー男爵でこそなかったけど、コーヒーを愛していたわ。その愛は、飲む人にも伝わるのね。父が去った後は、どんな仲の悪い家族も、仲直りしていたそうよ。そして後日、その不思議な一夜について、思いを馳せる」


 なるほど。飲む人の心を魅了していたわけだ。


 「だけど、父の日課も長くは続かなかった。ついに逮捕されるときが来てしまった」


 宮本の父親は、その日もおいしいコーヒーをご馳走するために、忍び込めそうな家を物色していたらしい。


 「侵入自体には成功したわ。コーヒーを出すことにも」

 「なら、いったいなにがいけなかったんだい? 通報されるような要素なんて、ないはずだけど」

 「そこに住んでる家族が問題だった。父のコーヒーは完璧だったけど、それでもどうしようもないことがあるわ」

 「……まさか」


 宮本は、悲しげに目を伏せた。


 「そう。彼らは、ミルクティー派だったの」

 「……っ」


 僕はぎゅっと唇を噛みしめた。なんてやりきれない話なんだろう。だけど、僕だって人のことは言えないのだ。昔の僕だったら、コーヒーなんて飲めなかった。


 「でも、通報するなんて酷いじゃないか!」

 「それはしょうがないわ。あなただって、見ず知らずの人にキャロットジュースを差し出されたら、怪しく思ってしまうでしょう? それと同じよ」

 「そりゃ、そうだけど……」

 「ミルクティー派の連中を憎んでないと言えば、嘘になる。だけど、もういいの。たぶん父だって、恨んでないと思う」


 宮本は、机の上に置いた白い手をきゅっと握り締めた。


 「父の夢は、世界中の人々を、コーヒーで笑顔にすることだった。その『世界中の人々』には、もちろんミルクティー派の人たちも含まれている」

 「宮本……」


 僕は、彼女になにも言葉をかけてあげることができなかった。世の中、立派な人間からいなくなっていくものだと思った。


 「私は父のように、夢に一直線な人が好きよ。応援したいと思ってる。仁科くんも、あなたもね」


 宮本は微かに笑う。それは、僕が見た彼女の初めての笑顔だった。

 

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