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作戦会議

 念のため裏づけを取ってみたが、チャラ男の話はすべて本当だった。配られた科目一覧表からは、ココアに関連する記述が綺麗さっぱり消えていた。

 僕は考える。

 なぜ、ココア学がカリキュラムから外され、バン・ホウテン教授がクビになり、ココア部が活動停止になったのか。

 原因がわからなければ、対策のしようがない。僕はひとまずこのあたりの事情を探ることにした。


 「たんに人気がないからじゃないかしら?」


 宮本夕菜が淡々と残酷な現実を突きつけてくる。宮本は、綺麗な黒髪ロングヘアーが魅力的な、クラスメイトの女子である。入学初日、健二と話していたあの美少女だ。話していた、というか、健二が一方的にネイルハンマー語りをしていただけだが。


 「でも、それだけが理由とは思えないよ。だって、レモネード学が生きてるのに……」

 「あ? てめえ、それどういう意味だコラ」


 チャラ男――江田というらしい――が、形容しがたい表情で凄んでくるが、これは彼の愛情表現みたいなものなので、いつもの如くスルーする。しばらくスルーしてると、寂しそうに元の素朴な顔に戻る。


 「なにか背後に大きな理由があると考えたほうがいいな」


 健二は一人で、うんうんと頷いていた。


 昼休みだった。僕たち四人は学生ラウンジに集まり、丸テーブルで議論を戦わせていた。それぞれの正面では、僕が淹れたカフェ・ラテが湯気を立たせていた。

 我が嗜好飲料学園には各階に『学生ラウンジ』という大部屋がある。学生であれば誰でも使える、休憩室のようなものだ。壁際にズラッと並んだ自動販売機には様々な飲み物が揃えられており(なぜかココアはない)、その他にも、お茶っ葉やポット、コーヒーメーカーなど、この学園ならではの備品も置かれている。当然、本格派のための高級設備にも抜けがない。

 学生ラウンジには他にも多くの一年生が詰めかけており、明日から始まる専門科目の話に花を咲かせていた。みんな、楽しそうである。もちろん僕は全然楽しくない。


 「取りたい授業ないなら、てめえも『レモネード学概論』取れよ。楽しいぜぇ」


 江田の言葉に、僕は首を振る。


 「『ミルク学研究入門』を取るって決めてるんだ。少しでもココアに近づきたくてね」


 我が校は一~四時間目が普通科の授業で、五、六時間目が専門科目の授業ということになっている。本来ならココアに関する科目を取るつもりだったのだが、ないものは仕方ない。


 「もったいないわね。こんなにおいしいコーヒーを淹れられるのに」


 宮本が、僕が淹れたカフェ・ラテを啜りながら言う。彼女の専門はコーヒーなのだ。


 「それに、見事なラテ・アートだったわ。技術だけなら、プロレベルじゃないかしら。どうしてコーヒー学を取らないの?」

 「いやいや。父さんには敵わないんだ。それに僕は、コーヒーにはとんと興味がないからね」

 「残念だわ」


 宮本は、特に残念そうな様子もなく言う。彼女は基本的に表情の変化に乏しく、なにを考えているのかわからないところがある。華奢な体にしても、透き通るような白い肌にしても、まるで日本人形のような女だと思うが、これはこれで一部の男子生徒から人気があるらしい。


 「爽一はコーヒーもうまいが、紅茶も絶品なんだ」健二が我が事のように自慢する。「今度、作ってもらうといい」

 「あら、そうなの。それは、全校生徒の憧れの的ね。ここで学ぼうとしている人の半分はコーヒー男爵志望で、残りの半分はお茶っ葉婦人志望なのだもの。ココアやレモネードなんて、例外中の例外だわ」

 「でも、本当に作りたいものほど、作れないんだよな。爽一は、ココアだけは下手なんだ。どう作ってもマズイ」

 「おい、そういうこと喋るなって」


 僕はむっとして健二を睨む。その話は少々、バツが悪い。おいしいココアを作れないことは、僕のコンプレックスになっているのだ。


 「それよりも、ココア部の話だよ。江田、なにか知らない? 最初に情報をくれたのは、きみだからね」

 「情報って言っても、噂みたいなもんだからよぉ」

 「確かな筋からの話だって、言ってたじゃないか」


 僕の抗議など聞こえていないかのように、江田は一気にカフェ・ラテを飲み干した。「うめえ」と呟きながら、なにかを思い出すように目を細めた。


 「なんだっけな、リジチョーの意向だとか、なんとか……」

 「理事長? なんだってそんな……」

 「んなことまで知らねえっつの」


 江田は懐に右手を突っ込むと、そこからピンクレモネードのペットボトルを取り出した。僕をそっちのけにして、中身をちびちび飲み始める。


 「どうしたものかな……」


 僕は独りごちる。情報が圧倒的に足りてない。なぜ、理事長が今年になって突然、ココアを目の敵にし始めたのか。


 「俺たちも、できるだけ聞き込みをしてみるよ。だからお前は、今できることをやれ」


 健二が言って、他の二人が頷く。


 「わかった。ありがとう」


 そうだ。立ち止まってる暇などない。やらなければならないことは、目の前にしかないのだ。


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