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ココア部の廃部と決意

 チャラ男の話はこうだ。

 この学校の理事長の意向で、唐突にココア学が廃止になった。ココア学の権威であり、僕が心から尊敬する人物、バン・ホウテン教授は理由もなくクビにされてしまったという。


 「そんな、馬鹿な! 僕は教授に師事するために……!」

 「残念ながら、本当の話だぜ。信頼できる筋からの情報さ。いずれ全体に向けて発表されるだろう」

 「嘘だ……」


 僕はすっかり絶望に打ちのめされてしまった。その後行われた担任の挨拶も、クラスメイトたちの自己紹介も、まるで聞いちゃいなかった。自分の番、どう喋ったのかも覚えてない。チャラ男が気の毒そうな顔をしてこちらを見ていたのだけ、妙に記憶に残っている。

 気づけば帰りのホームルームが終わっていた。ガヤガヤと、生徒たちが教室を出て行く。チャラ男はしきりに僕のことを気にしてる様子だったが、「ちくしょう! こんなのってあるかよ!」とやたらイイ声で毒づくと、いたたまれないようにその場を立ち去った。教室に残っているのは、僕と健二だけになった。


 「爽一、大丈夫か?」


 健二に肩を揺さぶられ、僕は虚ろに頷く。


 「なにがあった? お前が自己紹介で得意のココア語りをぶちかまさないなんて、おかしいじゃないか」

 「実は……」


 僕はチャラ男から聞いたことを洗いざらい話した。


 「そうか、教授が……」


 健二は沈鬱な表情でうつむく。


 「もう、僕は駄目だ。これから先の高校生活、真っ暗だよ。僕はなんのためにつらい受験勉強を耐えてきたんだろう。ココア学が学べないんじゃ、ここに入った意味がないよ」

 「いや、まだだ。まだ、希望はある」

 「希望? そんなもの……」

 「ココア部だ! ココア部があるだろ!」

 「……!」


 稲妻に打たれたようだった。そうだ。まだ、ココア部があるじゃないか。

 顧問であるバン・ホウテン教授はクビになってしまったが、部員さえいれば、なんとか希望は繋がるはずだ。なんといったって、この学校のココア部は全国屈指の実力なのだから。


 「そうか、その手があったか! ココア部でココア好きの同士たちと語り合い、お互いのココア力を高め合う……。うん! これを青春と言わず、なんだろう?」

 「そうさ。まだ諦めるのは早い。さっそく、今からココア部の部室に行ってみようじゃないか」

 「健二……お前も来てくれるのか?」

 「もちろんさ。親友のピンチを、ほうっておくわけにはいかない。なんだったら俺もココア部に入ったっていい」

 「でも、お前はネイルハンマー部に入るって……」

 「掛け持ちすればいい。ココア部は文化部。ネイルハンマー部は運動部。ちょうどいいじゃないか」

 「健二……」


 なんと美しい友情か。僕たちは頷き合うと、矢も盾もたまらず、教室を飛び出した。

 だが、待ち受けていたのは、残酷な現実だった。

 部室棟に辿り着き、ココア部の部室を探す。はたしてそれは容易に見つかった。ミルクティー部の隣だ。

 しかし……


 「な……」


 僕は、部室の前で力なく頽れる。

 ドアには貼り紙がしてあった。

 廃部、と。



 そのまま、しばらくの間動けなかった。

 腰が抜けて立ち上がれない僕の横を、他の生徒たちが怪訝な表情で歩き過ぎていった。僕はショックで頭が真っ白だった。


 「終わりだ」


 廊下にへたり込んだまま、僕はぽつりと呟く。自然に漏れ出た言葉だった。

 なにもかも終わりだと思った。希望は完全に絶たれ、僕にはもう、打つ手がない。三年間、無為に学園生活を過ごすことになるのだ。


 「はは……いいさ。僕がココアのことを学ぼうだなんて、おこがましいことだったんだ」


 情けないことに、声が震える。目頭が熱くなり、視界が滲んでくる。ひどく惨めな気持ちだった。

 ぐい、と胸倉を掴まれ、引っ立たされた。


 「諦めんな!」


 健二だった。ただでさえ鋭い視線がさらに鋭くなり、錐のように僕に突き刺さってくる。本気で怒っているのだ。


 「お前がココアにかける情熱は、そんなものだったのかよ!」

 「で、でも」

 「あの日、河川敷で交わした約束、忘れたとは言わせないぞ。お前はココアを極める。俺はネイルハンマーを極める……そうだろう?」


 はっとさせられた。懐かしい記憶が、確かな輪郭を持って蘇ってくる。中学三年生の冬、僕は誓ったのだ。


 「『僕はココアに生き、そしてココアに死ぬ。なぜならココアを愛しているからだ』……」

 「『ならば俺は、ネイルハンマーにその生涯を捧げ、役所が許すなら結婚すらしよう』」


 お互い、誓いの言葉を復唱する。一言一句間違えずに覚えている。


 「「『この道は苦難に満ちているだろう。だが、夢が叶うまで、絶対に諦めない』」」 


 さっきまでとは違う意味合いで、涙が出てきそうだった。


 「健二、ごめん。こんな大事なこと、忘れてたよ……」


 言いながら、自分の体に力が漲っていくのを感じた。いける。僕はまだ、戦える。


 「いいさ、思い出してくれたならな」


 健二はゆっくりと、僕の胸倉から手を離した。支えを失い多少ふらついたが、足を踏ん張って耐えた。ここで倒れるわけにはいかない。


 「健二」


 僕は健二の目を見据え、決然と宣言した。


 「ココア部を、再建させるぞ」


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