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ココア学の廃止

 ――私立嗜好飲料学園。


 四年前に創立した高等専門学校で、普通科の授業にくわえて、嗜好飲料の勉強をする。ここで言う嗜好飲料とは、主にコーヒーや紅茶のことである。コーラとかサイダーも、やることにはやるが、あまり重きを置いていない。

 ここで僕が特筆したいのは、カリキュラムにココア学が含まれていることだ。全国に嗜好飲料系の専門学校はいくつもあるが、ココアをこれだけ重要に扱うのはここだけだろう。

 原料であるカカオの話から始まり、よりおいしいココアを作るための実技授業も多いと聞く。なによりこの学校のココア部は全国屈指の強豪だ。


 もうお分かりだろうが、僕はココアが大好きだ。水の代わりにココアを飲むほどで、虫歯がなくならない毎日を送っている。

 僕の父親は『コーヒー男爵』で、幼い頃から僕にコーヒーを勧めてきたが、あんな苦いもの、飲めるはずがない。反動で僕は甘いものばかり求めるようになった。それがチョコレートであり、ココアである。

 コーヒーや紅茶に比べるとマイナーで、熱心なファンが少ないココア。好きな飲み物を聞かれてココアと答えると、子供っぽいとからかわれることも多い。なかなか共感は得られないものだ。


 長らく趣味の範囲でココアを嗜んできた僕だが、近所にこの学校ができてからは、興味が本格的に傾き始めた。すなわち、真剣にココア学を学び、至高のココアを飲みたい、作りたいと思うようになったのだ。

 中学三年生になると、進路希望表を書かされた。僕は当然のように私立嗜好飲料学園を志望し、受験勉強を始めた。苦しい一年だった。この学校、どういうわけか無駄に偏差値が高いのである。落ちこぼれだった僕には相当堪えた。


 だが、それを乗り越えた今、目の前には天国が広がっている。

 正直な話、僕はあまりココアには詳しくない。もちろん、飲むのは好きだし、どのココアがどんなふうにおいしいのかは把握している。だが、センスの問題か作るのはイマイチだし、専門的な知識には乏しい。それをこの学園で補っていきたい。そしてゆくゆくは『ココア・マスター』の称号を手にするのだ。本当に、今からワクワクが止まらない。


 校舎の前の貼り紙でクラス分けを確認した僕と健二は、二人で一年二組の教室へ向かった。なんと、同じクラスだったのだ。これは素直に心強い。

 座席は出席番号順で決められていたので、教室に入ったところで僕たちは別れた。場所が近ければ雑談に興じることもできたのだが、『上畑爽一』と『仁科健二』では、ちょっと離れすぎている。僕の席は一番廊下側の列の、後ろから二番目だった。前に『阿久津』が四人いる。

 教室内はどこか浮き足立っていた。同じ中学出身同士で固まっている者たちや、すでに友達を作って談笑している者たち、はたまた友達を作る機会を窺っている者たち。誰もがそわそわと、落ち着かない感じだ。もちろん僕だってその例に漏れない。


 健二はどうだろう、と思って見てみると、すでに隣の席の女子と仲良さげにトークしているではないか。しかもかなりの美少女である。僕は遠目から二人の様子をまじまじと見つめた。……やるな、健二。それに相手の女子も、強面の健二に臆さないとは只者ではない。

 しかしよく耳を澄ませてみると、女子のほうはほとんど喋っておらず、健二が一方的に趣味であるネイルハンマーの話を展開しているだけのようだった。なんだ、またこのパターンか。毎度毎度、健二に付き合わされる相手も大変である。いつものように僕がフォローを入れにいかなくては。やはり、女の子は甘いモノが好きだろうから、ココアの話をしてあげるべきだ。


 「おい」


 意気揚々と席を立ったとき、背後から声がかかった。振り向くと、そこにいたのは金髪ピアスのいかにもチャラそうな男だった。


 「あ、どうも」


 軽く会釈をして、健二のもとに向かう。後ろからぐい、と肩を引っ張られ、僕はのけぞった。よろめいたことで右の踝を机の足にぶつけ、僕は少々痛い思いをした。


 「てめえ、なに無視してんだよ!」

 「え、もしかして、僕に用だったの?」

 「決まってんだろうが」


 ドスの効いた低い声で凄まれる。顔を近づけて、表情筋をぴくぴくさせながら、目をいっぱいに見開いて僕を睨みつけてくる。なんというか、とても面白いお顔である。


 「そんな、つぶらな瞳で見つめないでおくれよ」

 「メンチ切ってんだよぉ」

 「僕になんの用?」


 尋ねると、チャラ男は変顔から一転、真面目な表情になった。なかなかどうして純朴そうな面構えだ。


 「てめえのその、鞄についてるストラップが気になってよ」

 「ストラップ?」


 机の上の通学鞄に目を移す。確かにストラップがついてる。僕お気に入りの、ココアストラップだ。某大手ココアメーカーの紙パックココアをそのままミニチュアサイズにしたものである。


 「これがどうかした?」

 「てめえ、ココア好きなのか?」


 声色にこちらを心配する響きがあった。この男、見かけによらずイイヤツなのかもしれない。問題は、なぜ僕が心配されなければいけないのか、ということだが。


 「好きだよ。三度のメシよりココアだね。まさかきみも?」


 もしやココア仲間か、と思い尋ねてみるが、チャラ男は「ハァ?」とむかつく顔をして首を振る。


 「んなわけねぇだろ。俺はレモネード学専攻だ」

 「そんなコースがあるんだね」

 「そう、コースの話だよ。てめえ、ココア学を専攻する気か?」

 「そのつもりだけど」

 「マジかよ……!」


 神はいねえのかよ、とチャラ男は大げさに天井を仰いだ。


 「な、なんだよいったい」


 僕はチャラ男の態度に不安を覚えて尋ねる。はたして返ってきた答えは、僕をノックアウトするのに充分な威力を持っていた。


 「ココア学は今年から、なくなるんだよ!」


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