プロローグ
「ついに……ついにこの日が来たんだ」
校門の前で、僕は一人、喜びを噛み締める。舞い散る桜の花びらが、僕の門出を祝福してくれているようだった。道の真ん中で突っ立っている僕の脇を、他の新入生たちが迷惑そうに通り過ぎていった。
そう……僕は今日から、この『私立嗜好飲料学園』の生徒なのだ。
「おい爽一、いつまでぼうっとしてるんだ?」
「健二……」
振り向くと、中学校からの悪友、仁科健二の姿があった。猫背で目が鋭く、おっかない印象を与えるため、周りからは敬遠されがちだが、こう見えて情に厚いヤツである。
「ごめんごめん。なんだか感慨深くてさ。まさか、合格するなんて」
「なに言ってんだ。あれだけ頑張ってたじゃないか。受験が終わるまで大好きなココアは飲まないって……。なかなか、できることじゃない」
僕はなんだか面映くて、頬を掻く。健二はフッと息を吐いて不敵に笑った。
「しかし、お前はともかく俺まで受かっちまうとはな。この名門校に……」
そう言って健二は校舎を仰ぎ見た。数年前に竣工したばかりの真新しい建物で、モダンでオシャレな佇まいをしている。時計塔の上に大きなコーヒーカップを乗せるというセンスには脱帽だ。
「今からワクワクが止まらないよ」
「爽一には、やるべきことがあるもんな」
「うん。そのために猛勉強したんだ。ココアも飲まずに」
「できる範囲なら、俺も手を貸す。いや、むしろ手伝わせてくれ」
「ありがとう、健二」
健二の言う通り、僕にはやりたいことがある。学びたいことがある。この学校で……
だが、前途洋々だと思われた未来には、早くも影が落ちることになるのだった。