惨たらしく残酷に。
「久しぶりだな。」
時雨は白い竜を背にして15年振りの言葉をかける。
「……。」
「…無視かよ。」
鳴き声ひとつあげない態度にがっくりと肩を落とす。
「おい、お前。」
不遜な男の声が聞こえた。
時雨はこの時点で下手に出ようとしていた考えを捨てた。
「なんだ?」
時雨は後ろを向き横目で見ていた視線を男の方に向けた。
恰幅のいい壮年の男だった。
西洋貴族のような衣服を纏い、家来のような人を何人も連れている。
随分偉そうだ。
今の日本はよく知らないが、身分制度みたいなものはありそうだ。
時雨が今の日本について思惑していると男が口を開いた。
「お前は何者だ。なぜ邪魔をする。」
鋭い眼光を飛ばし男は時雨を睨む。
周りの家来のような人達も男を守るように移動し時雨を睨む。
「まず先にお前が誰で、どうしてこの竜を殺そうとするのか説明しろ。」
時雨も男たちを睨み返して言葉を返す。
すると家来の一人が口を開いた。
「貴様!お館様のお言葉が聞こえなかったのか!」
「は?」
こいつは東京を自分の権力が通じるどこかの街だと勘違いしているようだ。
一発締め上げようかと思い始めていると件のお館様が怒鳴る家来の肩に手を置いた。
「まぁ、よい。ここはセイキョウじゃないのだ。こんなところにいる輩に権力など通じるわけがない。そもそも私は名乗っていないのだからな。下がれ。」
「はっ!」
セイキョウ…西京だろうか。
西にある東京という意味だろう。
ということはこの団体は西日本から来たのか。
時雨はそんなことを思いながら同時に、この男の言葉の端々に感じる他者を見下す態度にこれからどのように対処しようかと考える。
「お前の言う通り私から名乗ろう。私は西京四大貴族の一角、永山家当主の永山 秀樹だ。」
マジで貴族かよ!
てか、今の日本には貴族制度があるのかよ!、と時雨は驚く。
「で、お前も名乗ったらどうだ。」
「え、あぁ、桜 時雨だ。」
正直に答えるつもりはなかったのに貴族制度の衝撃に本名を名乗ってしまう。
「お館様、四大貴族永山様と聞いて動揺してますよ。」
いや、動揺というか…まぁ、動揺か。
ニヤつく家来と満足気な貴族の顔に不快感を覚えて時雨は話を進めることにする。
「で、この白い竜をどうして殺そうとした?」
「それは観賞のためだ。」
「鑑賞…剥製にでもしようとしたのか?」
「そうだ。」
「…そっか、鑑賞…ね。」
自分の私利私欲のために無意味に無駄に生命を殺す…。
結局、人間は100年たっても同じか…。
「お前はなぜ私の邪魔をした?」
「それは殺されたら困るからだ。」
時雨は後ろで未だに這いつくばっている白い竜を指差して言う。
相当手酷くやられた様だ。
「なぜ困るのだ?」
「なぜって、ここら一帯の竜を治めているのはこの白い竜だ。その白い竜が殺されたら竜が暴れるかもしれないだろ?そうなったら俺の平穏な東京ライフが平穏じゃなくなるかもしれないじゃないか。」
展望台から外を眺めていると白い竜が多くの竜を引き連れて空を飛んでいることを見るのだ。
それに、15年前に竜絡みの事件で真っ先に顔を見せたのは白い竜なのだ。
竜本人に聞いたわけではないがどう考えてもこの白い竜が長だ。
「お前はここに住んでるのか…?」
貴族、永山が砂しかない東京の景色を見渡す。
「そうだけど。」
「お前は…何者なんだ。」
「何者って、ただの一般人ですけど。」
そう言っても永山は疑うような目を向けてくる。
他にどう答えれば良いのだろうか。
マイナンバーでも言えば、総務省のデータバンクで照合してくれて一般人だってわかってくれるのだろうか。
まぁ、無理に決まってるがそれぐらいしかもはや一般人を証明する方法が思いつかない。
時雨が考え込む中、一人の家来が永山に近づいた。
「お館様、こいつ…『鬼』では?」
「っ!?」
はて、鬼とはなんだろうか?
言われた永山が驚き、そしてどこか恐怖の色も顔に現れてきたあたり碌でもないものなのはわかった。
「だが、普通に喋れているではないか。」
「そうですが、もし、鬼でしたら…。」
時雨の顔を全員が凝視する。
時雨は鬱陶しくなってさっさと追い出すことにした。
「話を戻すぞ。俺が要求したいのはこの竜の討伐禁止と今後一切東京に来ないことだ。」
「それはできないな。今日討伐できなかったら明日、明日討伐できなかったら明後日、と私は何度でもその白い竜を手に入れるためにやって来るぞ。」
やっぱ、そうなるか。
貴族ゆえの虚栄心とでも言うのか。
こいつはあらゆる財源と権力を駆使して何度でも東京に来るだろう。
「…恐怖か。」
「何?」
ぽつりと呟いた言葉は永山には届かなかった。
「なぁ、鬼ってなんだ?」
「そんなことも知らないのか…やはりお前は…。」
「良いから教えろよ。」
「人を殺せる人のことだ!そんなことも知らないのか、この白痴が!」
さっき永山に下がれと言われた若い男がまた怒鳴ってくる。
白痴…知能の低い人のことを指す差別用語だ。
昔に、アルジャーノンに花束を、を読んで以来見聞きもしなかった胸糞悪い言葉だ。
時雨は努めてその言葉を気にしないようにし、鬼のことを考える。
「人を殺せる人のことか…。それならお前らも鬼になれるだろ?自分の愛する人が殺されそうになったら迷わず鬼になるだろ?」
時雨はさも当然のように聞く。
だが、家来から返ってきた言葉に耳を疑った。
「なれるわけないだろ!」
「……愛する人が殺されそうになってもか?」
「人を殺すことなんて人間にはできない!できるのは鬼だけだ!」
「…そう。」
時雨は他の家来を見る、目の前にいる男よりマシなやつがいると思って。
「全員同じ考えか。」
だが、望んでいた人はいなかった。
「なぁ、周りにいるやつらは全員仲間だよな?」
「当たり前だろ!」
「永山も家来は大切だよな?」
「当たり前だ。」
「そう、…じゃあさ…。」
時雨は一番近いうるさい家来の男を見た。
「これでも鬼になれないのか?」
時雨は男を中から弾き飛ばした。
砂の上を男の血と肉片…腕や足、心臓、肝臓、大腸、小腸、そして脳が散らばる。
潰されるわけではなく体の中から分離していた。
「なぁ?」
時雨は笑って問いかけた。
一見すると快楽殺人者のように見えるが、時雨には二つの目的があった。
一つは貴族、永山に二度と東京に近づけさせないために恐怖を植え付けること。
そして、もう一つは仲間や大切だと思うものを救わないというその腐った自己中心的な態度を壊すこと。
一つ目は永山が引かないとわかった時点で行うつもりだった。
だが、もう一つは完全にイレギュラーだった。
ここまで人として腐ってるとは思わなかったのだ。
「なぁ?」
再度笑って問いかける。
「お前…鬼なのか…?」
「人を殺せる人間を鬼というなら鬼だな。」
そう言って時雨は次に近くにいた人を肉片にした。
今度はぐちゃぐちゃに色んな臓器が混ざる。
時雨は人を殺せる人間だ。
100年前に家族を殺しているのだから、もはや他者を殺すのに抵抗はない。
「で?どうする?」
時雨の声が響く。
誰も彼も悲鳴をあげることはできなかった。
あまりにも非日常的で声などあげることさえ忘れてしまったのだ。
だが、永山はいち早く思考停止から復活した。
「お前たちあれを殺せ!」
「で、ですが、親方様殺そうとすれば…。」
「やらないと私たちが死ぬのだぞ!」
「っ、わかりました!」
永山が檄を飛ばして家来達はやっとやる気になったようで、永山の前に出てこちらにPKを行使しようとした。
時雨は首筋に痛みを感じ始めた。
「やっと、やる気になったか。」
どうして最初からそうしなかったのか、甚だ疑問ではあるが、時雨もこのまま黙ってやられるわけはない。
反撃をしようと心の内で構えると不意に首筋の痛みが消え去った。
「くっ。」
「はぁはぁ…。」
「あぐっ。」
「ぐぅぅ。」
見ると、家来達が首を抑え苦しみ始めていた。
「どういうことだ?」
時雨はまだ何もしていない。
それなのに周りの家来達は苦しみ砂の上に倒れこむ人もいる。
「あの貴族に聞けばわかるか。おい。」
「ぐぇっ。」
「何逃げようとしてだよ。」
永山の首をPKで締め上げながら時雨の目前まで浮かせて寄らせる。
「で、あれはどういう状況だ?答えないとあれみたいになるぞ?」
内臓散らばる家来を指差す。
「あ、あれは、ひ、人を殺そうとしたからです。」
不遜な態度はどこへやら、敬語を使い震える声で永山は答える。
そのせいで言葉が足りない。
「どうして人を殺そうとするとあんな風になるんだ?」
「そ、それは人間、だ、だからです。」
「どうして人間だから人を殺せないんだ?」
「ど、どうして、とは?」
「言い方を変える。どうして人間は人を殺せなくなったんだ?」
「し、知りません。」
「…はぁ。もういい。」
「っ。」
時雨はこれ以上何も聞けないと判断した。
だが、今の人間が人を殺すことができないことはわかった。
理由は一切わからないが。
「って、おい、何安心してるんだよ。」
「え。」
もういい、と言った途端明らかに緊張の糸が切れた永山。
これで、終わりだと思ったら大間違いだ。
これからが本番だ。
「わ、私を殺すのですか?」
「いいや。お前は殺さない。」
「じゃあ、何を…、うぐっ。」
時雨は首を締める。
そしてこちらに向けていた永山の体を苦しみから徐々に回復してきた家来の方に向ける。
「お前にはもうここに来てほしくないんだよ。だからな…。」
ーバシュ
「ひっ!」
「ここに来ることが二度とないように…。」
ーバシュ
ーバシュ
「っ!っ!」
「お前には恐怖を刻み付けることにするよ。」
ーグチュ
ーグチャ
「!!!」
「それにあの白い竜も殺されたら困るからな。」
ーグチャ
ービシャ
「……。」
「ん?何目閉じてるんだよ、開けろよ。」
「いぃぃぃ!」
「あんま抵抗すると瞼切りとるぞ。」
「…!」
「賢明だな。あ、そうだ。お前さすがに徒歩で来たわけじゃないよな。運転手とか騎手とかいるよな、どいつだ?」
「あぁぁあ!」
「あれね。じゃあ、そいつ以外の最後をちゃんと見てろよ?」
「いぃああぁ!」
時雨は苦しみから回復して立ち上がり始めた家来をまた血と肉に変えていく。
永山に少しでも多くの恐怖を与えるように惨たらしく残酷に。
されど苦しませるようなことは絶対にしない。
痛みを感じさせないように一瞬で殺していく。
再度言うが時雨は快楽殺人者ではないのだ。
時雨はそして、一人を残して最後の家来を殺した。
「さて、これでわかったよな?」
永山の体を砂に埋もれ始めた家来の肉片からこちらに向かせる。
「うあうわわわああああははははあ。」
「やべぇ、壊れたか?」
向かせた永山は口からヨダレを垂らし、目の焦点も合わず、発狂したような状態になっていた。
やり過ぎたか、と思ったが時雨は永山には何もやってないことを思い出した。
「こいつには何もやってないから多分一過性に過ぎないな。西京に着いたら回復してるだろ。まぁ、でもこのままだったら最悪だな。おい、そこの家来。お前は喋れるよな?」
「はい。」
狂乱する永山を宙に浮かせたまま、一人残した家来に喋りかける。
この家来は狂ってはいなかった。
最初から目と耳を塞ぎ、現実を認識しないようにしていたからだろう。
だが、それで全てを見えないようにするのは不可能だ。
現に頭に誰かの臓器がのっかり、体中誰かの血で赤く染まっている。
「もし、この貴族が帰ってもこの調子ならちゃんと周りに伝えろよ。東京には来るなって、白い竜には鬼がついてるから近づくなってな。わかったな?」
「はい、わかりました。」
意識ははっきりしてるが真顔だ。
大丈夫かなぁ、ちゃんと伝えてくれるかなぁ、とちょっと心配になる。
「あ、そうだ、これを持っていけ。」
「っ!」
真顔だった表情が動いた。
「受け取ったな。じゃあ、さっさと帰れ。俺の気が変わらない内に。」
「……。」
時雨は宙に浮く永山を家来に放り投げた。
家来はそれを肩に担いで帰って行った。
家来の左手には少し少し色の違う一本に編んだ髪の毛が握られていた。
8月9日0時に第10話です。