レポート1ー1
レポート1ー1
人間の進化およびそれに伴う文明の崩壊と新秩序の構築
著:桜 時雨
はじめに
このレポートの作成において、まず簡略な私についてと最初のPK事件【First PK Murder】までの流れを記しておく。
2016年7月7日。旧首都東京の杉並区のある病院の産婦人科に私は桜家の第一子男児として産まれた。
体重は3569gと、低体重での出産や、未発達児が問題となっていた当時の頃には珍しく母子ともに健康体であった。
幼き頃の私は手の掛からない子だったと両親からは聞いたが、それでも三歳年下の妹、雫が誕生した時は幼児退行を起こして少々大変だったと聞いた。
だが、それも一瞬のことで基本的には両親にとって育てやすい子であった。
小学校、中学校、高校と特に何も問題は起きず年齢を重ねていった。
さて、私が18歳であった頃、当時、VR(仮想現実)というものが世界に広く普及し、旧人類はミクロ単位の集積回路を積んだコンタクトレンズをつけて日々を過ごしていた。
電車の窓ガラスやビルの壁がコンタクトレンズを通した旧人類の目に仮想広告という実体のない文字媒体を映していた。
テレビというものも大きく変化を遂げた。
VR技術が発展したことによりあたかもその場にいるような臨場感や熱気を感じることができるようになった。
その最たる例が、サッカーや野球の試合などで、観客席から応援したり、上空から俯瞰するように眺めたりもできるようになったことだ。
このようにVRはその頃の文明の枢軸だったのは当然のことだった。
そして、世界はその日2034年7月7日を迎えた。
奇しくもその日は私の誕生日であった。
2030年代の世界情勢はかなり不安定な様相を見せていた。
テロに次ぐテロ、EU(ヨーロッパ諸国連合)の崩壊や中国と東南アジアとの武力衝突、そして、アメリカ合衆国の軍事的利用を視野に置いた超能力開発の成功。
古来よりテレパシー、透視、予知などESP(超感覚的知覚)は度々話題にされ、人間に秘められた力の中で最も有名な能力だった。
だが、一度もそれを発現させた者はいなかった。
否、発現した者はいるかもしれないがそれを信じる人はほとんど皆無だった。
よって、殊更アメリカ合衆国のその発表には多く人が興味を惹いた。
それは私も例外ではなくVRヘッドギアを装着して発表会会場にて一席用意されているカメラからその場にいるような錯覚を感じながら発表を待った。
そして、7月7日。
会場の壇上に一人の中学生くらいの男の子ともう一人、アジア系の顔立ちをした白衣を着た男性が上がった。
そこで会場の雑音は途端に鳴り止み、白衣を着た男の口からの言葉を待った。
ーWelcome to the place of evolution.
ーようこそ、進化の場へ。
自動翻訳された無機質な日本語が聞こえた。
そして、次の瞬間には静寂に包まれていた会場に割れんばかりの拍手の合唱が響き渡った。
私もその群衆の内の一人で自室にて手を叩いていた。
その際に、妹に怒られたことは今でもよく覚えている。
男の口から発表や論文に関しての説明がされたが高校生だった私は理解することはできなかった。
(現在はほぼ完全に理解ができており、それについては後に記す。)
男の長い説明が終わり、いよいよ、超能力の発表が行われようとした。
後ろにいた男の子が前に歩いてくる時に男が宙に浮いた。
それを筆頭に最前列にいた人達も宙に浮いた。
どよめきが会場を巡った。
そして、私は当初ESPについての発表会だと思っていた考えを修正した。
その発表会はPK(念力)についてだった。
(このPKについても後に記す。)
VRを通して見る目の前の景色は現実からかけ離れた映画のワンシーンの様で私は呆然としながら見ることしかできなかった。
前列の人が未だ浮いているなか最初に宙に浮いた男が壇上に降り立った。
そして、男の子の肩に手を乗せた。
男の子の視線が会場全体を俯瞰するように首と目玉を動かした。
私はその目を見て恐怖した。
その男の子の目には光というものが一切宿っていなかった。
私に感じたのは深く暗い深淵のみだった。
全体を俯瞰した男の子は再び宙に浮く人を見た。
当の宙を浮く人は終始笑顔のままだった。
そして、その笑顔のままの顔だけが宙から地面に落ちた。
そして、宙から赤く臭い噴水が会場全体を濡らしていった。
私には何が起きたか全く分からなかった。
だが、分かった人はその場から逃げようと一目散に会場の扉に走っていき、外に出ようとした。
しかし、それが叶うことはなかった。
走った人は一様に一人の例外もなく一瞬で肉塊と成り果てたからだ。
誰も動くことはなくなった。
動くことはできなかった。
それを満足気に見ていた男が男の子の側に立つと何かを指示しようと耳打ちをした。
だが、耳打ちをしようと男のあげた手が赤黒い液体へ変わった。
男の絶叫が会場に響いた。
ーWhy…why could you injure me…!?
ーなぜ…なぜ私を傷つけることができるのだ!?
男が血の噴き出る腕を抑えて見下す男の子を見上げた。
ーWhy…why…why!?…wh…
ーなぜ…なぜ…なぜ!?…な…
男の言葉はそれきり聞こえることはなかった。
腕と同じように、肉も、骨も、欠片も残らない赤黒い液体に変わった。
ーI'm free….
ー僕は自由だ…。
初めて男の子の声が聞こえた。
声変わりも起こっていない高い声だった。
私は悦に浸る男の子から視線を逸らすことができなかった。
しばらくそのままの状態が続くと突然会場の扉が吹き飛んだ。
悦に浸っていた男の子の顔が扉を向き、会場の人も私もそちらの方を向いた。
扉から銃を持ち、パワードスーツを着装した米兵が入ってきた。
彼らは一斉に壇上の男の子へと引き金を引いた。
一人の人間に対しての兵の数は明らかに異常だったが、これで助かる、と会場にいないはずの私は思った。
だが、男の子からは五体満足、血の一滴も垂らさず壇上に立ったままだった。
男の子の前には何かに阻まれるように銃弾が宙に静止していた。
そして、その銃弾は音もなく四方八方に飛び散った。
頭を撃ち抜かれ倒れる米兵に、会場の人にも当たり脳漿を撒き散らした。
しかし、カメラには当たらずVRを通して男の子は私にまざまざと鮮明に人の死を見せた。
ーI’ll kill you.
ー僕は殺す。
米兵がいなくなった会場で男の子はカメラから一番遠い人達から順々に赤黒い液体へと変えていった。
絶叫と悲鳴の合唱は広い会場に響き男の子の虐殺に華を持たせた。
そして、男の子は視線をカメラと向けた。
この時、全世界からVRを通して見ていた人は数千万人だと言われている。
私は男の子の虚ろな目に一層恐怖し、耐え切れず急いでVR機器を頭から外した。
視界に映ったのは間違いなく普段通りの自室でそこに変化はなかった。
私は安堵して椅子からベッドに腰をおろそうとした。
その時、首筋に生温かい感触がした。
私は壁にかかる鏡を見た。
VRを通して見ていたはずの私の首筋には小さな裂傷が刻まれていた。
これが最初のPK事件【First PK Murder】だった。
死者:推定数百万人(VR視聴者含む)
容疑者サム・アカイシ:飽和的な焼夷弾による酸欠で窒息、死亡
8月2日0時に第2話です。