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小さな魔女と野良犬騎士 Act.2  作者: 如月雑賀
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第4話 疑惑と逢魔



「ご迷惑、おかけ、しました」


 警備隊の詰所の前で頭を下げ謝罪する身元保証人のロザリンに続き、しゅんと肩を落とし申し訳なさげな表情のカトレアと、コートのポケットに両手を突っ込み不承不承といった様子のアルトも頭を垂れた。

 火食い鳥亭での乱闘騒ぎの後、駆けつけた警備隊にしょっ引かれ、二人は散々説教を受けてから夕方になってやっと解放された。

 連絡が行っていたらしく、迎えにきた学校帰りのロザリンが身元引受人でもある。

 三人に頭を下げられ、アルト達をロザリンに引き渡したマグワイヤは、厳しい面持ちのまま鼻から息を抜く。


「先に手を出したのが向こうだという証言があったから、厳重注意で済ませたのだ。普通だったら丸一日は頭を冷やさせるところだぞ」

「……ご迷惑をおかけしました」

「理解したのなら確り反省しろ。全く、君が付いていながら情けない」


 反省しきりのカトレアを、厳しい口調でマグワイヤは叱責する。

 相手が女子供、顔見知りであっても警備隊隊長、ラグ=マグワイヤは手心を加えるような男ではない。いや、むしろ知り合いだからこそ、いき過ぎた行動には毅然とした態度で厳粛な処罰を与えるのだろう。

 釈放の許可は下りたモノの、謝罪する三人に対してくどくどとお説教が続く。

 マグワイヤの説教は長い。真っ先に耐え切れなくなったのは、元から反省する気などあまりないアルトだ。


「……話が長いんだよこの親父。釈放されたんだから、さっさと解放しろってんだ」


 下を向きながら堪え切れぬ本音がポロリしてしまう。

 当然、耳聡いマグワイヤがそれを見逃す筈が無い。


「ほほう。口と態度が伴っていない馬鹿がいるようだな」


 周囲の温度が下がるようマグワイヤの威圧感が増す。


「貴様もそろそろいい歳だ。物事の分別くらい、付けられるようになっても良いと思うんだが? ……ああ、そうか。そもそも貴様には、学ぶという学習能力が欠落しているのだったな、失念していた」


 ピキッとアルトの額に青筋が浮かび、我慢の許容量があっという間に越えてしまう。


「随分な言い方じゃねぇか、ああ? 警備隊ってのは頭下げて謝罪してる一般人に対して、んな暴言を吐いても許される立場だってのか?」

「真摯な謝罪なら受け入れよう。だが、頭を下げたままベロを出しているような反省の色の無い愚か者は、厳しく躾けられて当然だと思え。まぁ、貴様に躾が身につくような知性があれば、俺もこのような無駄な仕事に骨を折る必要も無いのだがな」

「んだとこの暴言警備隊長がッ!」


 完全に頭に血が昇ったアルトは、顔を上げると近づいて真正面からマグワイヤを睨みつけた。


「相変わらずの陰険野郎だな。そんなんだから出世も出来ねぇで万年警備隊長なんだよ!」

「生憎だが、俺はこの仕事、この立場が天職だと思っている。貴様のような聞き分けも頭も悪い馬鹿の相手をするのは、少々面倒だと思う時もあるがな」


 負けじと睨み返すマグワイヤと視線が交差し、バチバチと火花が散った。

 元々、相性が悪い二人であったが、ここ最近は普通に接していたかと思えばこれだ。

 放って置けば殴り合いの喧嘩に発展しそうなので、この二人の間に割って入れる唯一の人物と言って良いロザリンが、頬を膨らませて間に入る。


「喧嘩は、駄目。皆に、迷惑が、かかるから」

「……むっ」

「……ぬっ」


 交互に向けられるロザリンの赤い瞳に窘められ、双方は素直に引き下がった。

 アルトはともかく、頑固者のマグワイヤにしては珍しい光景だろう。基本的にアルト以外の人間には公平で優しさも見せる人物ではあるが、何故かロザリンに対しては甘いというか、及び腰な面を覗かせる。

 それを理解しているのか、ただの天然なのか。喧嘩の気配が納まったのを見計らって、ロザリンは何処かバツの悪そうな顔をするマグワイヤに問い掛けた。


「あの。酒場で、喧嘩してた、人達は?」

「ん? ああ、連中はまだ取り調べ中だ。怪我は大した事は無いが、色々と問題がある連中なのでな」

「問題? ウィンチェスターの関係者とかじゃないの?」

「ウィンチェスターが何なのか俺は知らんが、連中は……ああ、いや」


 カトレアに問われ思わず答えそうになるのを、口元を押さえて言葉を飲み込む。


「これは任務に関わる事なので他言は出来ない」


 ピシャリと言い放ち。


「話は以上だ。今後は気を付けるように。では……」


 クルッと背を向けて詰所に戻ろうとするマグワイヤ。一歩足を踏み出したところで、ロザリンが制服を掴んだ。

 嫌な予感がするのか、振り返ったマグワイヤの顔は引き攣っている。


「隊長さん、お願い、します。知っていること、教えて、欲しい」

「い、いや、しかしだな……」

「お願い。迷惑は、かけない、から」


 見上げた瞳をうるうるさせて懇願すると、マグワイヤは「うっ」と言葉を詰まらせる。

 何かに耐えているのか、苦しむように表情を目まぐるしく変化させてから、マグワイヤは断腸の面持ちで「……仕方ない」と言葉を絞り出した。

 手の平で自分の顔を拭い、いつもの厳つい表情に戻ってから改めて口を開く。


「貴様らが火食い鳥亭で揉めた連中。彼らはエンフィールより東南の地、レムリア教国から来た者達だ」

「レムリア? まさか、法王庁の直轄ってわけじゃねぇだろうな?」


 地理に疎く眉を顰める二人に代わり、アルトが言葉を挟む。

 レムリア教国とは大陸の一大宗教勢力で、神格化された英雄であり聖人でもある世界最古の竜の称号の所有者、聖竜騎を崇め奉る団体の総本山だ。首都は法王庁とも呼ばれ、多くの巡礼者が全土より押し寄せる聖地でもある。

 不可侵、不干渉が信条の教国は軍隊の代わりに、神官騎士や異端審問など独自の戦力を持ち、中でも『クシャトリヤ』と呼ばれる戦闘部隊は、エンフィール王国騎士団に匹敵するとまで言われている。


「いや、それだったら貴様らを釈放できまい。連中は法王庁の関係者などではなく、ただレムリアの人間だというだけだ」

「けど、何か、問題がある人達、なの?」


 一瞬だけ迷ってから、マグワイヤは頷く。


「まだ疑惑の段階だが。捉えた連中は非合法な組織に属していてな、一部では人身売買の疑惑までかけられている」

「人身売買ですって?」


 物騒な単語にカトレアが眉を潜めた。


「繰り返すようにまだ疑惑だ。我らが水神リューリカ様の守護がある土地で、そのような蛮行を見過ごすわけにはいかないが、確証が無い段階で騒ぎ立てられるのは困る。法王庁を敵に回すという事は、大陸中の信徒を敵に回すと同意だからな」

「なるほど、話は理解した。ついでと言っては何だが、俺から質問していいか?」


 マグワイヤは心底面倒そうに大きく息を吐いてから、無言で此方を睨みつける。

 それを肯定と勝手に受け取って、アルトは質問を続けた。


「サイモン=ウィンチェスターって男に心当たりはないか?」

「知らんな。さっきも聞かれたが、そのウィンチェスターとは何者だ」

「南方の行商人の元締めって、あたしらは聞いてるわよ」

「商人が関わっているのなら、商業ギルドの方が詳しいだろう。そっちに聞け」


 商業ギルドという言葉に、アルトは露骨に渋い表情を浮かべる。

 以前のちょっとした事件で商業ギルドとは敵対、とまではいかないが、損害を与えてしまっているので関係性はあまりよろしくない。


「いずれにしよ他国からの行商で、そこそこの規模なのにも拘わらず警備隊に記載が無いという事は、あまり大きな影響力のある組織では無いのだろう。もしくは……」


 ただでさせ鋭利なマグワイヤの視線が、更に鋭くなる。


「そもそも貴様らが担がれているか、だ」


 無言のままアルトは自分の顎を撫でた。

 会話はそこで途切れもう質問が無い事を察すると、マグワイヤは改めて三人を見回す。


「では今度こそ失礼させて貰おう。くれぐれも繰り返すが、あまり馬鹿な真似をするんじゃないぞ」

「ありがとう、ございます」


 最後にロザリンが前に出て、背を向けようとするマグワイヤに深々と頭を下げた。

 僅かに言葉に詰まるような素振りを見せてから、マグワイヤは不器用だが彼なりに微笑もうとしたのか、口元が不自然に吊り上がるだけの表情を向けて「気にするな」。そう一言残し、詰所の中へ戻って行った。


「……中々、レアなモンを見たな」

「……そうね。明日は雨、いや雪かもしれないわね」


 顔を見合わせるアルトとカトレアは、口々に失礼な感想を漏らした。


★☆★☆★☆


 昼と夜が移り変わる時刻、黄昏時。

 魔術的には逢魔が時とも呼ばれ、魔の力が一時的に高まる頃合いだと言われている。

 魔というのは魔術学に精通しない一般人から見れば、得体の知れない魑魅魍魎、またはその類に属する存在であり、理を離れ人知の及ばないそれらは、力無き人々にとっては恐怖の対象である事が多い。

 実際にはそれらは全くの誤解で、魔とは人は生命力の源を指し示す。

 だと考えれば、逢魔が時とは生命力が最も活発になる時刻。そんな冗談のような仮説も、仕事終わりの軽やかな足取りで家路につく男や、手を繋いで楽しげに談笑する買い物帰りの母子の往来を見ると、あながち間違いでもない気がしてくるだろう。


 夕暮れに染まる大通りに、その異様な雰囲気を纏った男はいた。

 真っ黒い衣服で全身を覆い、長く伸びた髪の毛と綺麗に切り揃えられた髭は、何処かの貴族のお気楽な三男坊あたりを彷彿とさせる。

 一際長身の男は、人の往来が激しい大通りの中でも非常に目立つ。

 それなのに誰も奇異の目を向けたりしないのは、単純に人通りが多いだけではなく、男の気配が極端に薄弱だったからだ。

 ゆらりと揺れるような動きは、すれ違った人間にも気取られないほどさり気ない。

 ただ大通りを進む男の正面で偶然、歩いていた子供が躓いて転んでしまった。


「大丈夫かい、坊や?」


 足音も立てず立ち止まった男がそう問い掛けると、転んだ少年は声をかけられて初めて、目の前に人がいる事に気が付いたのか、うつ伏せになったままビクッと身体を震わせた。

 恐る恐る顔を上げる少年の眼に、男が差し伸べた手が映る。


「あ、ありが、とう」


 右手の甲に十字架のタトゥーが手を、少年はおっかなびっくりに握り返した。

 引っ張るようにして少年を立ち上がらせると、男はにっこりと微笑みかけてから再び歩みを進めた。

 少年が慌ててもう一度、確り礼を述べようと振り向くが、既に男の姿は人の波に飲まれていた。いつの間に……不思議そうに首を傾げる少年の肩に触れるよう、急ぎ足の男がぶつかりバランスを崩してしまう。


「――わわっ!?」

「……失礼」


 よほど急いでいるのか男は速度を緩めず一言だけ告げて、先に進んでいった。

 人波を掻きわけ、誰かを探すよう周囲に視線を這わせる男は、目的の人物を見つけたのか息を飲み込むと存在を気取られないよう、一定の距離を保って進む。やがて目標が右折し小さな路地に入るのを確認すると、自分も見失わぬよう路地を曲がる。


「やぁ」

「――ッ!?」


 待ち構えていた目標、長い髪の男に目前で挨拶された。


「きっ、サイモ――ングッ!?」


 驚き叫ぼうとする追跡者の口を、右手で鷲掴みにして黙らせた。

 そしてそのまま路地の奥へと引きずり込む。

 小さな路地には人影が無く、目撃者は屋根の上で無関心に見下ろす黒猫のみ。引き摺り込まれた追跡者がもがき、バタバタと音を立てるが、路地を出た大通りは喧騒に包まれている為、一歩暗がりに踏み込んだ先の異変に気が付く者はいなかった。

 やがて誰にも気取られぬまま、息遣いが一つ喧騒の中に溶ける。

 遅れて路地から姿を現した男は、幾分血色が良くなった顔立ちで、妙に上機嫌な様子で鼻歌混じりに親指で自分の唇を拭い、付着したソースを舐めとるよう赤いそれを指ごとペロッと咥えた。

 時刻は夕方、逢魔が時。

 赤く染まる街並みが藍色に染まり始めていたが、そこで起きた小さな異変に気が付く者は、今はまだ誰も存在しなかった。




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