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小さな魔女と野良犬騎士 Act.2  作者: 如月雑賀
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第3話 サイモンを探せ



 エイダ=ウィンチェスターからの依頼を引き受け、行方不明の兄サイモン=ウィンチェスターを探す事になったアルトは、翌日から早速、王都の街にでて捜索を開始した。

 同行するのはいつも通りロザリン……ではなく、今日はカトレアが相棒役だ。


「全く。折角の休みの日なのに、こんな事につき合わされるなんて運が悪いわ」


 横を歩くカトレアが、これ見よがしにワザとらしい嫌味を聞こえるよう呟く。

 ここに来るまで同じ事を何度も繰り返しているが、その割には身なりが小奇麗でサイドテールに結った金髪も、毛先まで綺麗にブラッシングされている。


「別についてこいなんて頼んでないだろ。そもそも、何でついてきた?」

「ロザリンが学校でいないんだから、アンタが無茶しないようお目付け役が必要でしょ」

「お目付け役ねぇ。つーか、ロザリンが来るまでこの手の厄介事は、俺一人で解決してきたんだけど?」

「そんなこと……知ってるわよ」


 言葉を詰まらせてから、カトレアは声のトーンを落とす。

 一瞬だけ彼女は此方の顔を見上げて、直ぐに逸らしてしまう。正確には顔ではなく、アルトの白く染まった髪だ。

 それに気づいたアルトは、前髪を指で摘んでから弾く。


「俺の髪が気になるか?」

「べ、別にそんなわけじゃ……ただ、心配なだけ!」


 正面に回り込むと、足と止めたアルトをキッと睨み付けた。


「アンタに何かあったら、弟や妹達、能天気通りの人達が悲しむし……アルトが無茶するのは毎度の事だから止められないけど……ラス共和国の時みたいに、あたしの手が届かないところで死んじゃったりしたら……その……困るじゃない!」


 本音を言った事が恥ずかしかったのか、カトレアは此方を睨みながら頬を赤く染める。

 アルトは数回瞬きをしてから、自分の顎を親指で撫でつけた。


「困る、ねぇ」

「そうよ。困るの、困るのよ! わかりなさいよっ!」


 若干、やけっぱちに叫ぶカトレアに、苦笑を零しながら頭をぽんぽんと優しく叩いた。


「心配すんな。もう暫くは死ぬ予定はねぇよ。多分な」

「多分が余計だけど……まぁいいわ」


 言ってからカトレアは深呼吸をし、自分の頬を張るよう両手で挟んだ。

 痛そうな小気味よい音に顔を顰めると、今度は物理的に頬を赤くしたカトレアが再び此方を見上げる。

 気分を切り替えたらしく、その表情にはいつもの生意気さが戻っていた。


「さぁ、じゃあいきましょ!」

「はいはい」


 肩を竦めてから、気合を入れ直して歩き出すカトレアの横に並ぶ。


「目的はサイモンって人を見つける事だけど……どうするつもりよ?」

「エイダの言葉を信じるなら、サイモンが王都に居るのは確実らしい」

「流石にそれは真実か。お金払ってまであたし達を振り回す理由が無いものね。でも、ロザリンの時もそうだったけど、広い王都で人探しってちょっとばかり無理があるわよ」


 人海戦術の使えない人探しで、一番のネックとなるのがそれだ。

 東街、南街ならまだ何とかなるが、無法地帯の北街や西街の有力者に取り込まれていると、探すのはより面倒になるだろう。


「手がかりはないの?」

「長身のロン毛、右手の甲には十字架のタトゥーが入ってる。って聞いたな」

「……それだけ?」

「それだけ」


 盛大なため息と共に、カトレアは頭を抱えた。


「そんなんでどうしろって言うのよ、ギルドかたはねも頼れないし……そうだ!」


 パン、と名案を思い付いたよう手を叩く。


「アルトと仲がいい、あの情報屋の人は? ほら、名前なんて言ったっけ、眼帯の」

「ルン=シュオンか? 仲がいいつもりはねぇが、アイツは駄目だ」

「どうしてよ?」

「金が無い。それにアイツは近頃、薔薇子とつるんでる事が多いからな。暫く顔を合わせてない分、会ったら絶対に面倒な事になる」

「薔薇子? ……ああ、あのいけすかない女ね」


 妙に恨みが籠った声で、カトレアは拳を強く握る。

 薔薇子ことラヴィアンローズとカトレアは、相性があまりよろしくない。原因が恋敵同士だからか、それとも胸囲の格差によるモノか定かでは無いが。


「じゃあどうするのよ。闇雲に探して見つかりませんでしたって報告するつもり?」

「前金貰ってりゃそれも悪くは無いんだが……ま、とりあえずは地道に聞き込みだな」

「本当に地道ね。見つかる気が欠片もしないわ」


 うへぇとカトレアは表情を歪める。


「面倒なのは俺も同感だが、他に方法も無いしな。二、三日聞き込んでお手上げだったら、また別の方法を考えるさ」

「気長な話ねぇ」


 サイモン=ウィンチェスター捜索の期限は特に設けられていない。最悪、見つからなければ見つからないで、本家にはそれを言い訳に死亡認定を捏造できるらしいが、最低でも一ヵ月は期間を設けねばならないらしい。

 最長で一ヵ月。広い王都で人一人探すには、余裕のある日程では無いだろう。


 能天気通りを抜けた二人は大通りに出て、真っ直ぐ街の外側に向かって歩いている。

 太陽祭も終わった影響もあり、一時期の人通りの多さは落ち着きを取り戻したようで、時折、貴族か金持ちを乗せた馬車が横を悠々と通り抜けるくらい、出歩いている人の波はまばらになっていた。

 すれ違いが出来ないほど賑わった祭りの最中に比べれは、雲泥の差だ。

 それも今の時期だけで秋が深まれば収穫祭、冬になれば冬至を祝う祝祭と、暦が移り変わるまで王都の街は賑やかさに包まれるだろう。

 横に並んで黙ってついてきたカトレアは、ふとした疑問をアルトに投げかける。


「それにしても、何処に向かってんのよ。聞き込みするなら、長屋のおばちゃん連中の方が耳が早いんじゃない?」

「そっちの方はランドルフに任せてあるから、夜に纏めて聞く」

「じゃあ、あたし達はどうするの? デ、デート?」

「言ってから恥ずかしくなるんなら言うなよ……ほら、そこだ」


 指差した先をカトレアが視線で追うと、そこにあったのは真新しい建物のお店が一件。軒先に並べてあるオブジェクトとしての樽が示すよう、あの店は酒を提供する酒場だ。その店舗は大きく、かざはな亭くらいなら三件は中に入ってしまいそう。


「最近、新しくオープンした酒場なんだってよ。東門の近くで旅人や行商を多く取り込む為に、でっかく作ったんだとさ」

「へぇ、噂には聞いてたけど、本当に大きいわね」

「昼もやってるみたいだし、あそこなら話を聞くにもちょうどいいだろう」

「アルトにしてはまともな考えね。まさか、聞き込みにかこつけて一杯ひっかけようって腹じゃなければ、ね」

「さぁ、ちゃっちゃと行こう、早く行こう」


 内心を見透かされた動揺を覆い隠すよう、被り気味に言ってから我先にと酒場へ向かう。

 突き刺さるようなジト目を背中に向けてから、カトレアも小走りでアルトに続いた。

 かざはな亭より一回り大きなスイングドアを開き、大型の酒場『火食い鳥亭』に足を踏み入れると、店内は想像以上に賑やかさに満ちていた。


「うっわ、広いわねぇ。テーブルとかいったい何席あるのかしら」

「随分と賑わってるな。昼間っから飲み放題、喰い放題とは羨ましいねぇ」


 火食い鳥亭は満席では無いが、半分以上の席が埋まる大盛況。入り口で二人してキョロキョロ店を見回していると、対応に来たウエイトレスに促され、壁際の小さな二人掛けのテーブルに通された。


「んじゃ、とりあえず軽く蜂蜜酒辺りから……」

「レモネード二つ。後は軽く摘める食べ物をちょうだい」


 着席するや否や酒を頼もうとするもカトレアに阻まれ、ウエイトレスは営業スマイルで「かしこまりました!」とオーダーを厨房の方へ持っていく。

 チッと舌打ちを鳴らしてから、アルトは改めて店内を見回してみる。


「見慣れない顔が多いわね」

「そりゃそうだろう。王都の全員を把握しているわけじゃありまいし……それに、半分以上は新顔だな」

「わかるの?」


 不思議そうにするカトレアに、盛り上がる客の数人を指さしで示す。


「少なくともあの辺りはエンフィール人じゃない。着ている服装に特徴がある。ありゃ、西国のロンベルから流れてきた連中だな」

「ふぅ~ん。似たような恰好に見えるけれど」

「お前、そういう感覚ってまだ貴族的だよな」


 こそこそと話している内に、先ほどのウエイトレスがグラスに注がれたレモネードを持ってきた。よく冷やされ表面が結露したグラスを掴むと、爽やかな甘味と刺激のある炭酸で喉を潤す。

 一息付いてから、アルトは「さて」と改めて店内を見回した。


「何人か突いてみるか。いきなり当たりを引ければ幸先がいいんだが、流石にそんな都合のいい話にはならないか」

「……その前に、ちょっと失礼するわね」


 折角、出した人のやる気を挫くよう、カトレアは椅子から腰を上げた。

 何だよと軽く睨みつけるが、いつものように軽口を返してくるわけでもなく、何処か気恥ずかしげな様子で口籠るよう視線を泳がせる。

 アルトは、ああと頷いて。


「便所か」

「お花摘みよ!」


 顔を赤くしてわざわざわかりやすい訂正をしてから、近くのウエイトレスを呼び止めトイレの場所を聞くと、そそくさとそちらの方へ向かっていった。

 速足で歩くカトレアの背中を見送ってから。


「仕方ない。俺一人で聞き込みを……」

「はーい、お待たせしました。フィッシュ&チップスとじゃが芋とそら豆の炒め物、ナスとトマトのチーズ焼きになりまーす」

「……………」


 テーブルに並べられた料理の香しい薫りに、アルトは上げかけた腰を椅子に戻す。


「まぁ、慌てる案件でもないし、料理が冷めるのももったいないしな」


 誰に言うでも無く言い訳を口にしてから、手に取ったフォークを料理に伸ばした。


★☆★☆★☆


 火食い鳥亭のトイレから出たカトレアは、濡れた手を自前のハンカチで拭いながらふんすとご機嫌斜めに鼻を鳴らす。


「全く、アルトの奴。デリカシーってモンが無いんだから」


 ぷんすか怒りながら、使用済みのハンカチを綺麗に畳みポケットの中にしまった。

 トイレを出た直後は不機嫌な顔を晒していたが、不意に気が抜けると無意識に頬が緩んでしまう。

 怠惰で出不精のアルトと、勤勉で仕事に家事に忙しいカトレアとでは、食事の時くらいしか一緒にいる時間はなく、大抵はロザリンなど他の人間が同席しているので、こうやって二人っきりで出歩くのはかなり久しぶりの事だ。

 恋する乙女でもあるカトレアの口角が、無意識に上がってしまうのは仕方のない事だろう。


「むふっ……いや、いけないいけない」


 とはいえ、あまり嬉しさをひけらかすのも女を安くみられる。

 頬を両手で軽く叩いてから、表情が戻ったのを確認する為、歩きながらインテリアとして壁にかけてある鏡に目をやってしまう。

 その所為か意識が逸れ、正面から歩いてくる人物に気が付かなかった。


「――きゃっ!?」

「――うおっと!?」


 寸前でぶつかりこそしなかったが、互いに驚いて声を上げてしまう。


「ご、ごめんな……!?」


 慌てて謝ろうと正面を向き直ると、目の前の人物にカトレアは目を見開いた。

 ロン毛で長身の厳つい男性。それだけだったら何処にでもいる普通の人物だが、咄嗟の事からカトレアは言おうとした謝罪に詰まってしまう。

 それが気に障ったのか、男はチッと舌打ちを鳴らす。


「おい。人にぶつかりそうになって謝りもしないのか――なぁ!」


 酒を飲んで気が大きくなっているのか、乱暴な口調と共にカトレアを突き飛ばそうと右腕を伸ばした。

 カトレアはそれを直前で手首を掴み受け止める。

 軽く捻り手の甲を上に向けると、そこには十字架のタトゥーが刻まれていた。


「痛たたたたっ!? ってめぇ、何しやがるッ!」

「違ってたらごめんなさい。貴方……サイモン=ウィンチェスター?」

「――ッ!? ど、どこでその名前をッ!?」


 明らかの狼狽しながら、男は失言しかけた口を慌てて空いた手で塞ぐ。

 だが、カトレアは確かな証言を耳にした。

 睨みつける視線と握る手、両方に力を込める。


「ちょっと話が聞きたいんだけど……いいかしら?」


 低い声色で問い掛ける。

 男は直ぐに返答せず、口を押さえていた手をゆっくりと放してから、硬く拳を握り締めた。


「――お断りだッ!」


 振り上げた拳が躊躇なくカトレアの顔面を襲う。

 女の子の顔を殴ろうとするなんて、なんたるデリカシーの無さか。心の中で憤慨しながらカトレアは軽く上体を落とし、左の手の平で飛んでくる拳を受け止める。空気が爆ぜる音と共に手の平から走る衝撃を、肘と膝をタイミングよく曲げる事により全身を使って受け流す。

 これにより男には、殴り付けたのに微動だにしないという印象を与えただろう。


「――なっ!?」


 案の定、男の顔は驚きに染まる。

 カトレアをただ者では無いと判断した男は、すぐさま掴まれた腕を振り払い距離を空けると、両腕を正面に構えファイティングポーズを取った。


「退け、女!」

「聞いた事に答えてくれればね」

「……ちっ」


 警告を拒否すると男は舌打ちを鳴らし、軽快なステップを踏みながら拳を打ち出す。

 素早いジャブの連続からのストレート。

 基本的な攻撃パターンでも長身の男から繰り出されるリーチの長い打撃は、小柄な人間にとっては脅威になる。しかし、たかだか体格差がある程度で不利に思っていたら、かざはな亭の看板娘などやっていられない。


「――ふっ!」


 掌底で払うようジャブをパリィ。

 主導権も間合いも掴めぬまま、ムキになって攻め立てようとする男の懐へ、ステップワークで踏み込むとがら空きの脇腹にリバーブローを叩き込む。


「――ぐふっ!?」


 突き抜ける衝撃に男は苦悶の表情を浮かべ動きを止めてしまう。

 それでも男は奥歯をギリッと硬く噛み締め、遠のきそうな意識を繋ぎとめるが、決定的な隙を逃すカトレアでは無い。真横に回り込むと右足を天高く上げて、踵を無防備に晒す後頭部目掛けて落とした。


「てえええぇぇぇぇぇぇいいいっ!」

「――ぐがぁぁぁ!?」


 断頭台のような一撃が後頭部を捉え、脇腹の一撃が既に足腰にきていた男は踏ん張る事も出来ず顔面を床に叩き付け渾沌してしまった。

 足を下ろしたカトレアは構えを解かず、ゆっくり息を吐きながら残心する。


「決まったわね」

「決まったわね、じゃねぇよ阿呆」

「あだ!?」


 恰好付けるカトレアの後頭部をペチッと叩かれ、不満げな顔で振り向くと、ジト目のアルトが立っていた。


「ちょっと痛いじゃないなにすんのよ。折角、人がサイモンを見つけたってのに」

「見つけたのはいいが、叩きのめす必要はねぇだろう。あと、もうちょっと周りに気を配れ」


 そう言ってアルトが視線を向けた先には、床に突っ伏して気絶する男達の姿があった。

 着ている服装からサイモンらしき男の仲間だと思われ、恐らくはカトレアが戦っている最中、割って入ろうとしたのをアルトに邪魔されたのだろう。

 突然の乱闘に衆目が集まり、戸惑いに満ちたざわめきが店内に広がる。

 こりゃ、早々に立ち去らなければ不味いなと、アルトは素早く倒れるサイモンらしき男に近寄り、無理矢理引き起こす。まだ目を回している男の頬を張り意識を呼び起こすと、乱暴に揺すりながら声をかけた。


「アンタにも事情があるんだろうけど、こっちも仕事なんでね。悪いようにはしないから、ちょいとばかりつき合って貰うぜ、サイモン=ウィンチェスター」

「うぐ……ち、違う」

「はぁ?」

「お、俺は、サイモンじゃ……ない。サイモンを、さ、探して、るのは、俺達も……お、同じだ……」


 思わず顔を見合わせるアルトとカトレア。

 脳震盪を起こしているのか口調はハッキリしないが、男は確かに自分はサイモンでは無いとアルト達に告げた。

 真実なのか、それとも言い逃れをしているだけなのだろうか。


「おい。お前もサイモンを探してるってのは、どういう意味……」


 更に問い詰めようと男を引き寄せた瞬間、店のスイングドアが勢いよく開いた。

 反射的にそちらに顔を向けたアルトとカトレアは、現れた人物の顔を見て「「あ」」と揃って間の抜けた声を漏らした。


「警備隊の者だ。即刻騒ぎを静めて大人しくしろ」


 冷静な。けれども迫力に満ちた声色で、踏み込んできた男は店内の喧騒すら黙らせる。

 ラグ=マグワイヤ。

 警備隊の隊長で、アルトがもっとも苦手とする人物だ。





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