第16話 カインベルト領
訃報を聞かされたジェラルドとその手勢達の士気は低く、暗さと息苦しさが入り混じった沈黙が帰り路に付く兵団の足を重くした。
武国民にはまだ国王死去の話が広まってないのか、情報規制を敷いているのか、あるいはその両方か。休息の為に立ち寄った幾つかの村々には目立った混乱は見られない。しかし、それも時間の問題だと、随伴する歩兵の一人が呟いたのをアルト達は耳にしていた。
こう雰囲気が暗いとお喋りなエドモンも口を噤むしか無く、かわりに寝っ転がって耳障りなイビキと歯ぎしりを撒き散らしている。
苛立ちが募ったアルトが、馬車の外に叩き出してやろうかと本気で考え始めた頃、一行はようやく目的地であるカインベルト領に到着した。
うずうずとした様子のロザリンが、馬車の幌を捲って外へと顔を突き出す。
「……おお~、お?」
と、感嘆の声を漏らしてから。
「微妙」
率直な感想を述べた。
微妙という何とも微妙な評価に興味を引かれ、アルトもロザリンの背後から外へと顔を突き出すと、眼前に広がる光景を見て「ほう」と声を出す。
深い森を切り開いて作られた街……いや、村と言った方が正しい景色が広がっていた。
木造立ての家屋が立ち並ぶ特徴のない風景。
田舎町。そう呼ぶのが一番しっくりくる田園風景の中を、武装した集団が横断するというのは中々にシュールな光景であろう。
それくらい、この村は何も無い場所であった。
「カインベルト領はなぁーんも無い土地で有名だからなぁ」
「なんだよ。いびきが消えたかと思ったら、起きてたのかヒゲ」
「人を身体的特徴だけで呼ぶんじゃないよ、よいしょっと」
起き上がったヒゲことエドモンは、大きく伸びをしながら欠伸をする。
板張りの馬車でよくぐっすり眠れるモンだと呆れながら、アルトはまだ外を見ているロザリンを残して中へと戻った。
「話に聞いてる限りじゃ、カインベルトってのは武国の中でも名の知れた騎士なんだろ。その所領がこんなど田舎ってのは、ちょっとばかり騙された気分になるぜ」
「ジェラルドが仕えてたのは先代のオラシオン王だからな。一応、名目上は騎士の位を持ってるけど、実際は冷遇されての冷や飯食らい。本人も中央の政争に嫌気がさして、与えられたこの農村でのんびりしてたって話だ」
「なるほど。カインベルト家代々の土地ってわけじゃないのか」
「田舎町って言っても、カインベルト領内が貧乏って話は聞かないからな。商人達からの評判も悪くは無いし、まぁ食うに困らん程度には裕福なんだろ」
「ふぅ~ん。そりゃ善政だ」
言いながら、ロザリンが顔を突っ込む幌の隙間から横目で外の様子を見る。
ジェラルド達が戻ってきた事を知ってか、村人達が集まってきたらしく馬車の回りが騒がしくなっていた。追いかけるよう並走したり手を振る子供達、大人や老人は兵士達に敬意を払うよう深々と頭を下げて帰還を喜んでくれている。
これだけを見ても、カインベルト家の面々が慕われている事が伝わるだろう。
越境前まで同乗していたジェラルド達の姿は同じ馬車の中には無い。彼とエーリカを含めた面々は、別の馬車に乗り込んでリンネと共に今後の話し合いを続けている。休憩中にチラッと覗いた限りでは雰囲気が重苦しく、正直に言って同じ馬車じゃなくよかったと安堵してしまったほどだ。
彼らの主君が死んだのだから、当然と言えば当然だろう。
「アル、アル!」
そんな事を考えていると、ロザリンが何やら興奮気味に名前を呼んでくる。
「なんだよ、小便か? 馬車止められねぇから、そこの空いた瓶にでも……痛ッ!?」
「馬鹿! そうじゃ、なくて、外。お城が、ある」
「城? そりゃ城くらいあんだろ、仮にも領主の村なんだし……」
と、言いながらもアルトは再び馬車から外に顔を突き出す。
風景は変わらぬ何も無い田舎の村。緩い坂を馬車が昇る先には、確かにロザリンが言うようお城が存在していた。領主が住まう城にしては少々こじんまり、いや、かなり小さな部類に入るだろう。
「ありゃここ数年の内に作られたモンじゃねぇな。百年単位は昔の古城だぞ、ありゃ」
「古めかしい。って、言うか、ボロい」
「歴史的価値はあるかもな。どっちにしても、領主が住むような城じゃないのは確かだ。これならラサラの屋敷の方が格段に上等だぜ」
今は遥か故郷に住む友人の事を思い出していると、アルト達を揺らしながら馬車はゆっくりと古城に近づく。申し訳程度の城壁をくぐると正面の入り口前で、馬車は並ぶように停車した。
馬車が止まり切る前に兵士達は飛び降りると、すぐさま随伴していた歩兵と共に荷物などの撤収を開始する。よく鍛えられた兵隊らしく動きは迅速で無駄が無い。これを見るだけでカインベルトの兵士達は有能なのが理解出来るだろう。
自分達はどうするべきか困っていると、指示を出しながら馬車から降りて来たジェラルドが、顔を出して様子を伺っているアルト達に気が付き呼ぶように手を招いた。
「おい、アルト。到着して早々で悪いが、今後について話がしたい。案内させるから先に大広間に行って待ってて貰えるか」
ああ、わかった。そう告げながら頷き、アルトはロザリンと……あと何故かエドモンを引き連れて、案内の兵に導かれ古城の内部に足を踏み入れた。
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案内されたのは中央に大きな円卓が置かれた大広間だった。
有事や領地の政を執り行う際に、古城の者達がここに集まって話し合いなどをするのだろう。帰還の後始末が忙しいらしくバタバタとしている古城の中で、ここに集まっているのはアルトとロザリン、エドモン。そして車椅子では片付けが手伝えないらしく、ジェラルドから相手を命じられたリンネの四人だ。
リンネは車椅子を慣れた調子で扱いながら人数分のお茶を用意すると、手伝おうとするロザリンを微笑みで押し留めて、淹れたばかりのお茶をアルト達の前に置く。
その際に車椅子の車輪が床の割れ目に嵌ってしまい、身動きが取れなくなってしまう。
「押すぞ」
「あっ。申し訳ありません」
立ち上がったアルトが車椅子を後ろから軽く押して、車輪を割れ目から脱出させる。百年単位の古城だ。掃除こそ行き届いてはいるが、建物の壁や床、天井に歳月を感じさせる劣化があちこちに見て取れた。
クルッと此方を向いたリンネは、苦笑気味の表情でご丁寧にペコッと頭を下げた。
「ありがとうございます。何分、古い建物なモノで」
「普通に歩く分にはともかく、車椅子にゃ生活し辛いだろ。一度、きっちり修繕した方がいいと思うぜ」
「そうしたいのは山々なんですが……」
リンネの困り顔を見て、直ぐにアルトは原因を察する。
「……先立つ物が無いってわけか」
「お恥ずかしい話です」
「カインベルト領は土地こそ余ってはいるが、その殆どが森やら起伏の大きい丘やらで、手を入れんと暮らすには不向きだからな」
そう注釈を入れたのは、お茶を下品に啜りながら飲むエドモンだ。
「おまけに他の都市に続く道も少ないから、移動するのにも不便ときた。のんびり暮らすにはいい土地だが、いい若い者が一生を終えるには刺激が足りんのだろう」
国にもよるだろうが、領地経営の収入は暮らしている住人達からの税金。食うに困るほど困窮してなければ、住人が多ければ多いほどその分の税収に繋がる。普通なら一番賑わっているはずの領主が住まう村がこの調子では、全体の税収も多くは無いのだろう。
「ジェラルドのおっさんは、領地経営にあんま興味ねぇのか?」
「元々は先代様にお仕えした騎士ですから、政務よりやはり戦働きの方が得意なのです。当人もあの性格ですから、領民と自分が飢えてさえなければそれでいいと、あまり土地の開拓には乗り気じゃなかったので」
「まぁ、あのおっさんが書類と睨めっこしてる姿は、想像できねぇよな」
アルトの呟きに、リンネは無言の苦笑で同意していた。
ふと、お茶を冷ましながらチラチラと視線を送るロザリンに気が付いたリンネは、軽く微笑みながら首を横に傾ける。
「私の足が気になりますか?」
「うえっ!?」
視線があからさま過ぎなんだよと、アルトは肘でロザリンの脇腹を突っつく。
「ゴメン、なさい。知り合いにも、車椅子の人が、いたから」
「そうなんです?」
「年寄りの婆さんだけどな。アンタの足は、その……聞いてもいいことか?」
話の流れ上、無理に打ち切るのも失礼なので、アルトは恐る恐る問い掛けた。するとリンネは特に気負った風も無く笑顔のまま頷く。
「別に構いません。面白い話ではありませんが……」
そう前置きをしてから、膝掛けを乗せた自分の太腿を手で撫でる。
「以前は私も騎士の末席として戦場に立つ身の上でした。けれど一年前、ピュセリアとの戦いで不覚を見せてしまい以来、このような醜態を晒す羽目に……全ては私の未熟さ、不徳故の事です」
表面上こそ冷静を保っていたが、語る言葉には苦み走った物が宿る。
口にこそ出さなかったが、アルトは違和感を覚えた。戦場の傷で四肢が不自由になる事は珍しい事では無い。しかし、多くは欠損など部位そのものを失ってしまう場合だ。医療魔術が発展した昨今ならば、繋がってさえいれば大抵の傷は癒せるし、歩けなくなるほどの後遺症が残る事も少ない。頭取のように高齢からくる筋肉の衰えならともかく、リンネの若さで全く歩けないというのは少し奇妙に思えた。
何故ならば後ろから車椅子を押した瞬間、リンネは僅かだが足に力を込めていたからだ。
(歩けない振りをしている……ってわけでも無さそうだが。いや、止めておこう)
これ以上は人にとって繊細な部分だ。無暗やたらと触れるべきでは無いと、アルトは残る違和感を頭の片隅に追いやった。
ちょうど話が途切れたところで、大広間の入り口からエーリカを引き連れてジェラルドがやってきた。身を清めて着替えてきたらしく、伸びっぱなしだった髭も整えられ、こざっぱりとした恰好になっている。
「待たせて済まんかったな。今、食事と湯浴みの準備をさせているから、後で旅の疲れをたっぷりと癒してくれ……だがその前に」
ジェラルドはアルト達の正面。円卓の上座に腰を下ろす。
「少々、儂の話に耳を傾けてくれ。ちょっとばかり、厄介な事になってしまったんでな」
同時にリンネはジェラルドと、エーリカの分のお茶を正面に置く。
隣に腰を下ろしたエーリカは、怪訝な表情をジェラルドに向ける。
「御屋形様。本当に彼らの手を借りるおつもりですの?」
「くどい、決定事項だ。お前さんだって見ただろ、こいつらは使える」
「それは、そうですけれど」
納得がいかない。そう言うかのよう、エーリカは何故かアルトを睨んできた。
事情もわからないのに敵対心だけが募る。自分達が知らないところで勝手に話が進んでいる様子に、アルトは不快感を表すよう眉間に深く皺を寄せる。
「力を借りるの借りないのと、よくはわかんねぇが、当事者がいないところで勝手に決めつけないで欲しいモンだ」
「然り。正論だアルト」
同意するようジェラルドは頷いて自身の顎を撫でる。
「儂らの国、オラシオン武国は今、非常に危機的な状況だ。今代の王がお隠れになってしまった。恐らくは暗殺だろう」
「随分と穏やかじゃねぇ事を断言しやがったな」
「王はまだ三十路と年若く健康体だった。病気や怪我をしたって話も聞かん」
「でも、事故、とか」
「勇猛だった先代の王と違って陛下は、こう言ってはアレだが凡才だ。だが、愚鈍では無く自身の得手、不得手をキッチリと弁えている方だった。不得意な馬術や狩りなどをして、事故を引き込むような可能性は低い……だが、陛下には一つだけ欠点がある」
「欠点? そりゃなんだ」
ジェラルドは大きく息を吐き出してから。
「優し過ぎたのさ。武国は武天様の守護を受ける性質上、どうしても血の気が多い連中が集まりやすい。そんな武闘派連中には陛下は、弱腰に見えただろう」
「じゃあ、そんな優しい王様を、見限って?」
「武天、武国は、強王が御すべし。古臭い慣習だが、武闘派連中には未だ訓示として刻まれているんだろう」
「陛下のご気性ですと、不穏分子を粛清。何て真似は出来ませんから」
リンネの言葉にジェラルドは「そうだな」と頷く。
「だが武闘派の連中も馬鹿じゃない。無暗、無策に陛下を手にかけるとは思えん」
「……って、こと、は」
「裏で糸を引いてる奴がいるってことか」
確信を突くアルトの一言に、大広間には沈黙が宿った。
沈黙を最初に破ったのは、厳しい表情のまま黙っていたエーリカだ。
「考えるまでもありませんわ。下手人はロンベルかピュセリアの間者。このどちらかに決まってますわ」
「エーリカ。憶測で物を喋るな。物事を断言するには、儂らが持つ情報は少なすぎる」
「……申し訳ありませんわ」
西方三国の三すくみ。
確かに普通に考えれば、黒幕はそのどちらかだ。だが、どっちにしても現状、オラシオン武国が危機的状況なのは変わらない。そこで今後、カインベルト家はどうするのか。その方針を今ここで、ジェラルドが述べるのだろう。
「今後の方針としては戦支度を整え領内の防備を固める。最悪、備蓄してある食料や金の放出も視野に含めての行動だ。陛下の死は遅かれ早かれ隣国に届くだろうからな、準備は万全にしておいて損は無い」
「とと様。他の領主の方々への声かけはどうしますか?」
「いや、それはせん。下手に目立つ動きをし過ぎると、王の死に乗じて反乱の兆しあり、と目を付けられかねん。防備の増強だけなら、不測の事態を考慮しての言い訳が利くが、それ以上は不利益に繋がる」
「ですけれど、引き籠ってばかりでは事態の収集は難しいかと。最悪、悪化する可能性も」
「勿論、情報収集も逐一行う。行いたいんだが……手が回らん」
「カンナギを使えばよろしいのでは?」
「もう少し踏み込んだ部分まで情報が欲しい。そうなると、やはりアイツ一人では心もとない」
腕を組みながら唸るジェラルドは、話に混じれず黙って聞いているだけのアルト達に、チラッと視線を向けた。
話の流れ的に、嫌な予感しかしない。
「御覧のありさまだ。アルト、お前さん方に手を貸して貰えば、ありがたいんだが」
「断る」
「……即断かよ」
思わずジェラルドも苦笑を漏らした。
「そりゃ話が違うんじゃないか? 道中では手を貸すって約束してくれただろう」
「話が違うのはこっちの台詞だ。多少の手伝いならしてやってもいいが、戦争の片棒を担ぐってんならゴメンだ。おまけに事はテメェらの内輪揉めじゃねぇか。悪いが、よそ様の事情に首を突っ込むつもりは無い」
「そう言われちまうと、二の句が継げんなぁ」
珍しく真っ当な主張を口にするアルトに、ジェラルドは困ったよう下唇を突き出した。
これに対して鼻息荒く、卓を右手で叩き立ち上がったのはエーリカだ。
「ちちう……御屋形様。不本意ですがわたくしも同意致しますわ。自国の問題は自国民が解決するのは必定。何処の馬の骨かもわからぬ男の手など、借りる必要はありません。必要ならばわたくしが自ら……」
「お前がおらんかったら、指揮する人間が足りなくなるだろうが」
座れと促してからジェラルドはもう一人の娘、リンネの方に顔を向ける。
「リンネ。お前はどう思う?」
「私の意見、ですか?」
聞かれるとは思って無かったのか、少しだけ驚いた様子を見せると何が考え込むよう視線を落とすと、リンネは一瞬だけチラッと此方に横目を向けた。
「……私も、ねね様と同意見です」
「そうか」
僅かに残念そうな素振りを見せるジェラルド。同意を受けたエーリカは喜ぶわけでも無く、むしろ不機嫌そうに「わたくしに気を使ったつもりですかっ」と呟いた。
もっと食い下がってくると思ったが、意外な事にジェラルドは説得の言葉を重ねない。
「なら、仕方がない。状況が状況だ、儂も無理は言えん。が、この情勢下で帰るのは難しいぞ。当然、儂らが送り届ける事もできん」
オラシオン武国からエンフィール王国に戻るには、ピュセリアを通らなくてはならない。目的はわからないが、ピュセリアがアルト達を狙っている以上、素通りするのは難しいだろう。何より情勢が一気に不安定になったオラシオンを、単独で抜けられるかどうかも怪しい。
他のルートとしては北上してラス共和国経緯で戻るという手があるが、この時期に山脈を通るのは自殺行為だ。国境を封ずる城塞都市を目指せば、雪山越えをする必要は無いが、オラシオンの情勢が不安定になった現状では警備も数割増しで厳しくなっているはず。知り合いでも駐在していれば、楽に抜けられるのだが……。
どちらにせよ、顔に刻まれた文様の件もあるので、暫くは西方に留まる事になるだろう。
「ま、助けて貰った恩は返す。領内に留まる事も許可するし、衣食住も面倒みよう。身の振り方はゆっくり考えればいい」
「……手伝わんぞ?」
「わかっとる、念を押すな」
疑わしげに睨みつけると、ジェラルドは年齢にしては随分と無邪気な笑みを見えた。
それが余計に信用を損なうのだが、と内心で呟きつつも、身動きが取れない上に金が無いのも事実なので、アルトは暫くジェラルドが治めるカインベルト領に身を寄せる事に決めた。




