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小さな魔女と野良犬騎士 Act.2  作者: 如月雑賀
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第1話 頑固者の鍛冶屋からの依頼


 水神の加護と水の恵み溢れるエンフィール王国。

 二つの大河が交差する王都クロスフィールは、四つの区画に分かれている。一般庶民が住まう東街、商業区画である南街、富豪や下級貴族が暮らす西街、そして貧民や無法者が集う北街のスラム街だ。


 南街は職人の街でもあり、腕の立つ様々な職人達が多く軒を連ねる。家庭で使う金物や農具、被服に刺繍、彫金、彫刻、絵画などの芸術品まで売られており、南街で揃えられない物は無いと王都ではもっぱらの評判である。半面、己の技術を探求する事にのみに生涯を捧げる頑固職人が多く、それなりの物を手に入れようとすれば当然、お値段の方もそれなりの額を支払わねばならない。

 金無し、職無し、甲斐性無しが通称の野良犬騎士には縁遠い場所ではあるが、彼にもなけなしの食費を削ってでも腕利きの職人を頼らなければならない事情がある。


 秋も深まり街行く人々の服装も厚着が多くなったこの頃、アルトが訪れた工房には真夏に戻ったかのような熱気が充満していた。

 炎を扱う鍛冶屋は、真冬であっても半裸で汗を掻きながら鉄を打つ。

 まだ若い見習いの少年が顔を煤に汚しながら炉の炎を調節する側で、髭を蓄えた老人が真剣な眼差しで抜き身の片手剣を注視している。


「こいつぁひでぇな。いったい、どれだけ無茶な扱い方をしやがったら、頑丈さが取り柄のこの剣がここまでボロボロになるんでぇ」


 小柄な癖に腹が出ている老人は、しゃがれた声でジロッと窪んだ眼光を此方に向けた。


「いやぁ、ちょっとばかり激戦が続いてな。相棒には無理をさせちまったぜ」


 並べてある制作途中の刃物を手に取りながら言うアルトに、老人はふんと鼻を鳴らしてから、刃を此方に突き付ける。


「お前の扱い方は乱暴すぎだ。見ろ可哀想に、刀身が泣いていやがる」

「俺はスパルタ式なんだ。無理をさせるのは頼りのしてる証拠だよ」

「調子のいい事を言いおって、ふん」


 指先で突き付けられた刃を押し返すと、老人は顔を顰めた。


「なぁ、ジュゼッペの爺さん。直せそうか?」

「ま、問題はあるまい。最低限の手入れはされてるようだしな。それに……」

 ジュゼッペは手に持った剣を正面の炉に翳すよう掲げて、厳めしい表情を僅かに緩める。

「いい剣だ。表面は傷だらけだが、芯となる鋼は歪み一つない……二、三日っていったところだな」

「そんなかかるのか?」

「折角だから一度、本格的に火を入れ直した方がいいだろうな。多少、研いだの磨いたの程度じゃ、また直ぐに表面がボロボロになっちまう」


 言いながらジュゼッペは剣を鞘に戻した。


「それよりアルト、珍しく今日は一人だな。魔女のお嬢ちゃんはどうした?」

「ロザリンの事か? 珍しいも何も、アイツをここに連れてきた事なんて無いだろ」

「連れてくればいいじゃねぇか、随分と賢い娘だってカトレアの嬢ちゃんが言ってたぞ……おい、火が強すぎる」


 冷静な口調で叱られ、見習いの少年は「す、すみません」と肩を落とす。


「お前が他人の人生背負いこむなんて珍しいからな。噂の魔女の顔を拝みたかったんだが」

「そいつは残念だったな。その上酷い誤解だ」

「誤解か? そんな頭になっちまったのは、その娘っ子の為だろう」

「…………」


 痛いところを突かれ思わず黙り込み、アルトは自分の前髪を指で弾いた。

 長い髪を後ろで束ねた白髪。以前は灰色だった髪色が、今では雪のように真っ白だ。


「髪の毛の色素が抜けちまうのは魔力の欠乏が原因だ。大体は時間の経過と共に色を取り戻してくモンだが、治らねぇって事は魔力の根源たる力、つまり魂ってヤツが削れちまったからだろう……テメェの命を晒すくらいにゃ、大事に思ってんだろ?」

「……さてな。そんな前の事、忘れちまった」

「ふん、そうかよ……ああ、駄目だ駄目。今度は弱すぎる、火が消えちまうぞ」


 腰を浮かせてから見習いの頭を小突き、厳しく駄目だしをする姿を尻目に、アルトは「大切ねぇ」と独り言を呟きながら、手に持った小刀を壁に向かって投擲、磨かれる前の光沢の無い小刀は吸い込まれるよう、試し斬り用の板に突き刺さった。


「んじゃ、帰るわ。三日後に取りに来るから、それまでに仕上げといてくれ」


 用は済んだので帰ろうと背中を向けると、ジュゼッペは「待て待て」と慌て気味に呼び止めてきた。

 なんだよと振り向くと、ジュゼッペはタコだらけ、火傷の痕だらけの手を差し出す。


「帰る前に金を置いてけ、代金」

「代金? 三日後でいいだろ。ここの鍛冶屋は、何時から前金制になったんだよ」

「お前の後払いは信用できん。金を払わねぇんなら、この仕事は受けねぇぞ」

「ああ、そうかい。だったら他の鍛冶屋を……」


 預けた剣を取り替えそうと手を伸ばすが、寸前で引っ手繰られてしまう。


「っとと……なにしやがるッ!? 俺の剣を返しやがれッ!」

「こいつは担保だ。お前は忘れてるようだが、前回も前々回も剣を研いだ代金を貰ってねぇんだぞ。そいつの代金も含めて耳を揃えてきっちり払えば、これは返してやる」

「無茶言ってんじゃねぇ!? 俺が金持ってるように見えんのか!?」

「……情けない事を堂々と言うんじゃねぇよ」


 流石に呆れたジュゼッペの鼻から抜ける嘆息が、長くごわついた髭を揺らす。


「ま、お前が金持ってねぇのは今更の話だがよ、儂にも生活がある」

「生活ったって鍛冶屋稼業にのめり込みすぎて、女房子供に逃げられた独り身じゃねぇか」

「独り身だからこそせめて、飯や酒くらいは好きなモンを飲み食いしたいんだろうが。それに家族は無くとも、要領の悪い弟子共は数人抱えてるからな。一人前になるまでは、飯の世話くらいはしてやらにゃなんねぇだろう」

「昔堅気の職人ってのは面倒なモンだな。けど、こっちも無い袖は振れないぜ?」

「わかってら、んなこと」


 ジュゼッペは立ち上がると腰を叩きながら、丸めた背中で此方を見上げた。


「金が無いってんなら、別な事で補って貰おう――おい!」


 工房の奥に呼びかけると、中から別の下働きが「へい!」と返事だけをして、直ぐに紙切れを一枚持って速足で駆け寄ってくる。

 礼も言わず受け取ると、その紙切れをアルトに突き付けてきた。


「なんだ、こりゃ? 押し売りや宗教の勧誘なら間に合ってるぜ」

「んなわけあるか。ほれ、中身をよく読んでみろ」


 顔間近にまで持ってこられた紙切れを避けるよう身体を後ろに反ってから、それを引っ手繰り改めて書かれている文章を確認してみる。


「紹介状だな。相手の名前は……エイダ=ウィンチェスター?」

「懇意にしてる卸問屋に頼まれてな。なんでも腕の立つ人間を探してるらしい」

「家名持ちって事は、貴族の夫人かお嬢様ってわけか」


 大半は小難しい挨拶文を流し読みしてから、アルトは紙切れをペラペラと振る。


「なぁ、爺さん。紹介する相手を間違えてやしないか? こいつはギルドの仕事だ。それとも俺はこれを、かたはねの頭取に届けりゃいいのか?」

「かたはねの婆とは馬が合わん。それに奴さんも大袈裟な話にはしたくないそうだ」

「そりゃ確実に面倒事だな……依頼料は?」

「ツケと今回の件をチャラにしてやるよ」

「もう一声頼むぜ。これ以上稼ぎが無いと、また根の葉の無い噂が広がっちまう」


 野良犬騎士はロリコンでヒモ男、などという不名誉な呼ばれ方を、これ以上王都の街に浸透させるわけにはいかない。それに最近はロザリンが学校に通い始めたので、かざはな亭や霊薬作りの時間を削減している為、家計の収入は大幅に激減している。

 面倒事に関わるのは正直ゴメンだが、面倒臭いの一言で片付けられる状況でも無い。

 ジュゼッペは大きなため息を付いてから。


「わかった。依頼主には報酬に色を付けて貰えるよう話を通しておく」

「商談成立だ。ちゃちゃっと済ませてくるさ」


 貰った紹介状を懐にしまい、工房を後にしようと背を向けるアルトをジュゼッペは呼び止めた。


「なんだよ。まだ何かあるのか?」


 振り向くと同時にジュゼッペが何かを投げて寄越し、それを右手で受け止めた。

 鞘の収まった剣だ。


「野良犬でも騎士が剣の一本も持って無いんじゃ恰好がつかめぇよ。貸してやるからぶら下げとけ……折るなよ?」


 ちょうど腰の辺りが物寂しいと思っていたので、剣を貸してくれるのはありがたい。

 受け取った剣を腰のベルトに金具で繋ぐ。

 愛剣に比べて重さが僅かにあるが、恰好的には随分と様になっている。柄頭に左手を置いてカチャッと音を鳴らすと、ジュゼッペに向けて頬を吊り上げた笑みを見せる。


「んじゃ久々に、勤労に勤しむとしますか」


 そう言って颯爽と工房を後にした。




久しぶりの投稿です。

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