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おてんとうさま

 K氏は、これまで特に悪いことをすることなく真面目に過ごしてきた。しかし、運というものにどちらかというと縁遠い人生であった。とはいっても、小さい家族経営する会社に勤め、生活に不自由があったわけでもなかった。

 ある日、K氏はいつものように散歩に出掛けた。毎日、雨や雪の日以外は朝に川沿いの土手を歩く。それが彼の毎日の日課になっていた。いつも通り土手を歩いていると一陣の風が吹き、その次の瞬間なにかがK氏の身体に貼り付いた。

《なんだろう?》

K氏は、それを手に取って眺めた。

「宝くじか」

そう呟きながら、辺りを見回しても自分以外に人はいない。

《何処から飛んできんだろう? どうせ外れくじだろう。いや、待てよ!抽選日はいつだ?》

K氏はもう一度まじまじと飛んできた宝くじを眺めてみた。どうやら発表はまだのようだ。そこで、この宝くじをどうしようかと一瞬考えた。

《警察に届けるべきだろうか? いや、どうせ外れるだろうし警察も受け取らないかもしれないな。 まあ、持っていて当たったら届けよう。そうすれば、いくらかの謝礼が貰えるかもしれないし。》

そう考えると上着のポケットに宝くじをねじ込んだ。そして、またいつものように散歩を続けた。

 散歩を終えると朝食を食べて仕事に行く。そして仕事が終わると特別な用事でもない限り真っ直ぐに帰宅して夕食を食べ、テレビを見て時間がきたら床に就く。

 そんな日常が過ぎていったが、半年ほど経った頃に散歩を終えて会社に行くといつも開いているはずの扉が閉まっている。扉には貼紙がしてあった。K氏は不審に思いその貼紙を読んでみた。

『これまで頑張ってまいりましたが、資金調達が困難となり経営を続けることが出来なくなりました。よって、誠に勝手ながら本日を持ちまして会社を倒産させることと相成りました。関係者においては突然のことで申し訳ございません。』

《なんだって! 昨日はそんなこと一言も言ってなかったぞ。それより俺の給料はどうなるんだ、これからどうしろというんだ……》

K氏は扉を叩いて叫んだ。

「おい、中に誰かいるんだろう! 俺だKだ、せめて今までの給料だけでも払ってくれ!」

 だが、会社の中はしんと静まり返っている。どうやら誰もいないらしい。昨日のうちに夜逃げをされていたのだ。

「ちくしょう!」

そう吐き捨てるとK氏は愕然として、しばらくその場に立ちつくした。彼がやっと動きだしたのはそれから3時間も経った後だった。

《これからどうすればいいんだ…… 今までだってギリギリの生活だったんだぞ。貯金なんてほとんどないのに……》

 気づくといつも散歩する土手に来ていた。すると一陣の風が吹いた。その時、半年前の事を思い出した。

《そうだ! 宝くじだ。もしかしたら当たっているかもしれない。》

 K氏は、急いで家に帰ると、あの時着ていた上着のポケットをまさぐった。

「あった! これだ。」

そう言い終わらないうちに外へ飛び出し、宝くじ売り場へと急いだ。到着すると、

「おばちゃん、これ調べてくれる?」

と言ってクチャクチャになった宝くじを差し出した。

 宝くじの抽選結果はすぐに判明した。なんと当選していたのだ。それも一等に。結果を知ったK氏は、小躍りして喜んだ。

《これで俺にも運が向いてきた。世の中、捨てたもんでもないな。》

そう思いながら、当選金を受け取るために銀行へと向かう足取りは軽やかだった。会社が倒産したことなど忘れたかのように。

 手続きが終わり、数日後に当選金はK氏の銀行口座に振り込まれた。それを眺めながら、ひとりニヤニヤと笑みを浮かべ、

「さて、まず何に使うかを考えなくちゃな。なにしろ、宝くじのことなどすっかり忘れていたからな。」

そう呟いた。

 色々考えた末にK氏はまず、今まで無縁であった高級料亭に行き、その料理を気の済むまで堪能した。家に帰り次は何を買うかを考えいる最中に突然、何処からともなく老人が現れた。

 びっくりしたK氏は叫んだ。

「ど、何処から入って来たんだ! ここは俺の家だぞ。」

すると、老人は笑いながら

「ほっほっ、わかっておる。じゃから此処に来たんじゃよ。」

そう言い、続けて

「ところで、随分とご機嫌ではないか。どうしたというんじゃな?」

と付け加えた。K氏は宝くじが当たった嬉しさと突然現れた老人に頭の思考が混乱したのか、

「どうしたかって? これがご機嫌にならずにいられるか。なにしろ宝くじの一等に当選したんだからな。」

と、つい口を滑らせてしまった。それを聞いた老人は

「それも知っておる。でも、その宝くじはお前さんのでないではないか。それなのにお前さんは、その金を使ってしまった。拾った日に当たったら、警察に届けると言っておきながら……」

 K氏は、ハッと我に返りその日のことを思い出した。

《あの日は俺以外に人はいなかったはずなのに、どうしてこの爺さんは知っているんだ?しかも、俺は警察に届けると思っただけで口には出してないのに……》

気味が悪くなったK氏は

「どこで、それを知ったんだ。そもそもお前は何者なんだ。」

そう老人に聞き返した。すると、老人は

「わしか? わしはあれじゃよ。」

そう言って、窓から空に向かって指を突き上げた。そこには太陽があった。

「太陽? すると爺さんは、おてんとうさまだと言うのか?」

それを聞いた老人は

「そうじゃ、もっとも最近ではお前さんみたいにそう呼ぶ者は少なくなったがのう。」

そう言って笑った。

 頭がますます混乱してきたK氏は

「だったら、俺が使う前に現れればよかったじゃないか。それに俺は会社が倒産して金に困ってたんだ。これくらいの事をしてもいいだろう。」

と、老人に向かって自分勝手なことをまくし立てた。

「だから、きたんじゃ。会社が倒産することはわかっておったから、これまで真面目に生きてきた、お前さんに、褒美のつもりでその宝くじを与えたのに……」

そう言うと老人は顔を曇らせた。そして続けて

「お前さんが、これを警察にちゃんと届ければ、仮に落とし主が現れてもその謝礼金だけでも次の職を探す間には十分過ぎるほどの金額じゃったろうに。それにわしが与えたのだから落とし主は現れずに正々堂々と全額お前さんの物になったのに。それをお前さんは届けようともせず、使ってしまった……」

老人の話にK氏は開き直り、

「だったら、いいじゃないか。警察に届けなかったのは手間を省いたってことで、結果的には俺の物になるはずだったんだから。」

すると、老人は

「それはお前さんが正直者だと思っての事じゃ。しかし、お前さんは自分に対しても嘘をついたのじゃ。」

そう言われてK氏は首をうな垂れ、言葉を失った。自分に嘘をついたの一言が彼を正気に立ち返らせたのだ。老人は話を続けた。

「さて、お前さんは不正を働いたのだから、それ相応の罰を受けねばならん。これからは、その金を増やして、世の中の困った人達のために寄付をするのじゃ。ただし、悪事を働いて増やしたり、全額を寄付したりすることはならん。それと、お前さんが生活に必要な金額は使ってもよいぞ。」

そう言い終わると老人の姿は消えた。K氏は呆然と立ち尽くしていた。その姿は会社が倒産した時よりも悲壮感が漂っていた。

 次の日、まだ昨日のことが信じられないようで、銀行の通帳を眺めてみた。そこには、間違いなく宝くじの当選金の額が書き込まれていた。しかし、おてんとうさまが現れたことは嬉しさと後ろめたさで夢を見たのかもしれないと思ったりもした。

《この金を使うのはよそう。元々俺の金ではないのだし、とは言っても今更、警察にも届けられないしなあ。》

事情を聞かれると犯罪者にされるのではと思ったからであった。

《いっそ、試しに全部寄付してみよう。そうすれば、あれが夢だったのかもわかる。》

そう思い直し、さっそく慈善団体に電話を掛けてみた。すると、よくわからないまま断られてしまったのだ。偶然の可能性もあると思い、更に幾つかの団体に電話を掛けても結果は同じだった。

《昨日のことは本当だったのか……》

 そうなると、K氏はこのお金を基に増やしていかなければならない。と言っても今まで利殖などする余裕はなかったので、どうやって増やしたら良いかわからない。

《株でも買ってみるか。》

それぐらいしか思い浮かばなかった。

 K氏は、さっそく証券会社の扉をくぐった。担当者の勧める株を言われるがままに何種類か買ってみた。

《これで、損をしたら俺はどうなるのだろう……》

不安がよぎったが、今のK氏にはこれくらいしかできないのだ。生きた心地のしないまま家に帰り、食欲が沸くわけもなく、そのまま布団を被って寝てしまうことにした。

 次の日、日課である散歩に出掛けた。しかし、今までのような爽快感は感じられない。なにしろ、空を見上げればそこには太陽つまり、おてんとうさまが見ているのだ。後ろめたさと不安からかいつもより自然と歩く速度が早くなり、家に帰宅した。今までなら朝食を済ませ会社に出勤していたが、倒産してしまったのでその必要は無くなってしまった。

 特別やることもないので新聞を手に取って読むことにした。そして通勤時に電車では読み飛ばしていた株式欄を見てみると、自分の買った株が上がっているのもあれば、下がっているものもある。しかし、トータルではプラスとなっいた。

 K氏は喜んだ。その金額は数十万円というものであったが、初めてにしては良い方ではと自分で思ったりもした。

 早速、寄付をしようと以前断られた団体のひとつに電話を掛けてみた。すると今度は受け取ってくれるというのだ。

《爺さん、いや、おてんとうさまの言っていたことはやっぱり本当なのだな……》

K氏はその団体宛てに利益のでた分を振り込んだ。しばらくして、電話が掛かってきた。それは寄付をした団体からのお礼の電話だった。K氏としては、妙な気分である。何しろ罰としてやっている行為に対して感謝されるのだから。

 こうして、罰としてお金を増やしては寄付をするという生活が始まった。なにしろ相手は、おてんとうさまである。いつも見られているのだ。少しでもごまかしたり、手抜きをすれば更なる罰を与えられるのではと思うとK氏は気が休まらなかった。

 一度、まとめて寄付をしようとしたことがあった。しかし、その日の夜に泥棒に入られてしまったのだ。被害額は丁度、増えた金額と同じだけだったのだ。どうやら、増えた時にすぐ寄付をしなければダメらしい。

 そうこうしている間に月日は流れ数年が経ち、寄付した金額も今では宝くじの当選金額を上回った頃、K氏はある事実に気づいた。それは、自分が特に新たに職に就くこともないのに生活できているということにだ。

 しかも、慈善団体の関係者の中では知らない者がいないくらいの、有名な慈善家となっていたのだ。

《俺は仕事もせず罰を受けているにも関わらずこうして生活できている。きっと、おてんとうさまが 見守っていてくれているからに違いない。感謝しなくては。それなのに、俺は慈善家として振舞って いる本当は自分の意志でやっていることではないのに。俺は慈善家ではなく偽善者だ・・・・・・》

そう思って自分を恥じていると、以前の老人が現れた。K氏は驚いて

「どうしたのですか? おてんとうさま。」

すると、老人は

「お前さんがその気持ちを取り戻すのを待っておったのじゃ。お前さんはこの数年の長きに渡り、わしの与えた罰を受け入れた。そして、感謝する気持ちと恥じる気持ちを取り戻した。もう、罰は帳消しじゃ。」

 そう言い残して、また姿を消した。

「ありがとうございました。おてんとうさま。」

K氏は空を見上げ、おてんとうさまにお礼を述べた。

 そして、K氏は決心した。また新たに職を探そうと。そして、職が見つかったら手元に残ったお金は全額寄付することを。

 やがて職は見つかった。そこで、今度は以前とは違い自分に嘘をつかずに残った金額を全て寄付をした。慈善団体も断ったりはせず、受け取ってくれた。

 そこには、偽善者K氏ではなく、晴れ晴れとし清々しい気持ちになった慈善家K氏がいた。

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