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終章

 車から降ろされると、真っ暗な中私は丁寧にどこかの店へと運ばれた。

 山と同じ位、街は不思議と静かだった。それほど宵が回っていたのだろう。

 移動の途中、私は籠の中でじっとしていた。ここで暴れても、状況が変わるわけではない。何の得にもならない。

 そして店へと運ばれた。その店には私の他にも様々な種類の鳥、犬、猫などの動物が多く見受けられた。しかし夜も更けってきた今、それらは全て籠の中でぐっすりと眠っていた。

 当然といえば当然だ。私もこんな状況で無ければ、今頃夢の中だ。

 籠が適当な場所に置かれると、若者が一人、私と共に店に残った。

 その店員はデスクに座って何かを書き留めていた。時折立ちあがって店の様子や、ほかの動物たちの様子を観察していた。

 そんな若者の様子を見ながら私は現状に少しの希望も見いだせなかった。ここには自分と同じ鳥が居るが、自分から飛んで会いに行けず、もちろん彼らも、眠っている今は私に気がつく筈もない。結局自分の物語は私という牢獄に永久に閉じ込められ続けるのだ。

 何か抜け道はないかとうんうん考えていると、やがて私の視線の先で若者が一つ伸びをした。どうやら先ほどから書き留めていた何かが全て終わったようである。しばらく、気が抜けたようにデスクに座っていたが、やがて退屈になったのか卓上の小さな懐中電灯を手に、なんと彼は私の鳥籠に近づいてきた。

「全くお前も悲惨だよなぁ……。いきなり捕まえられたと思うかと次の日にはもう別の場所だ。俺だったら愚痴の一つや二つぐらい零すぜ」

 男が語りかけてきた。彼は私と対話しよう、と思っているわけでも、私に言葉が理解できるとも思わないだろう。ただの退屈つぶし、というやつだろう。

 だが現実はそうはいかない。私は彼の言葉を理解してしまった。まさか彼も自分が適当に投げかけた言葉が鳥に理解されたとは思わないだろう。

 大きな欠伸をしながら若者は眠そうな目で私を見つめてきた。私に何かを求めているわけではないだろう。私にとっては大きな幸運だった。四方を壁に囲まれていると思っていたが、そうでは無かった。その内の一つは壁のように見えたが、実は人だったのだ。

 幸い人間の言語は少しなら理解できる。

「そこノ、にンげん……」

 私は彼に話かけた。適当に聞いただけの、見様見真似の日本語だったが、彼には伝わったようだ。彼は戸惑ったような表情を見せた。だが、彼は夢でも見ていると思ったのだろう。うんうん、と虚ろげに首を動かした。

「わたしハ、こレカらどうナルのダ?」

「お前は今夜をこの店で過ごして明日にはとあるお嬢様のペットになるんだよ。なんでもそのお嬢さんが突然、金糸(かなり)()を欲しいと言い出してその依頼がうちの店に来たんだ」

「つマり……ワタシはアしたにハこコをはなれルのカ? そしテ、だレカのペっと二なる?」

 男は静かに頷いた。

 ペットになってしまえば、私の物語は一生私の中から外にできない。まさか新しい飼い主にこのように話すわけにはいかない。気味悪がられてそれで終わりだ。この男が私が話す最初で、そして最後の人間になるのだろう。

 そうであるのならば、この目の前の青年に何かをしたいと思った。

 ふと、私のなかにある考えが浮かんだ。それは私が普段行っているが、しかし初めてのことだった。

「アナたハ、モのガタリにキョウみはアルか?」

 自分の中にこれまで蓄えられた物語。それを同族ではなく彼に――人間に語って聞かせるというのだ。

 どうせ私は元から珍妙な鳥なのだ。今更こんなことをしても誰も驚きもしないし、咎める者もいないだろう。

 どうせ最後だ。どうなってもいい。たとえまともに取り合ってくれなくても、それでいい。明日の朝が来てしまえばそんな選択肢さえ消えてしまうのだから。

「……わたシはモノガタリをツクってイル。キットソコにいッテしまえバ、ソレをもうだれニモかたルコトもナイだロう」

 そこで私は一旦言葉を切り、その男の様子を伺った。すると男はなんと、私の鳥かごに鼻がくっつきそうな程に顔を近づけていた。先程までの眠そうな様子から一変、今彼は私の言葉を今か今か、と待っているように見えた。予想以上の反応に内心驚きながら、私は彼に

「そコでさイごに、オまえ二カタリたい。コノキミョうなトりがつくッタものがたリヲ……」

 彼はただ頷いただけだった。その目は貶すような色でもなく、奇異の視線でもなく、ただ純粋な興味だけが現れていた。

 彼ならばきっと聞いてくれるだろう。この鳥が作った物語を。




 私は夜の間ずっと彼に物語を語った。一度語ると夢中になり、私は一晩中ずっと彼に語った。彼はランプに照らされた顔に真剣な表情を浮かべ、時に頷きながら熱心に私の話を聞いていた。

 あの青年と出会った夜、それは私にとって忘れられない日になった。

 始めて人間に自分の物語を話した。あの時ほど緊張したことは未だかつてなかった。自分が紡ぐ物語――果たしてそれが人間に、彼に受け入れてもらえるかどうか。そしてどのような評価をくだされたのか――今となっては彼がどのように思ったのか確かめる方法はない。

 だが彼のあの熱心な様子を見るに決して悪い評価ではなかっただろう。これもただの妄想でなければよいのだが。




―――RRR 

「もしもし、俺だ。朝早くにすまんな。是非言っておきたいことがあって」

「お、我が高校、文芸部の鬼才、黒いカラス先生の再来か? いつでも歓迎するぜ」

「もう昔の話だろ……。実力なんてとっくに落ちてるさ」

「全国まで行った奴が何を謙遜なさるか……それでどんな用事だい?」

「ああ、お前確か出版社勤務だったよな? ちょっと紹介したい作家がいて……」


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