待姫――作.黄色い金糸雀
その街の丘の上には見事な木があった。
いつからそこにあるか……もはや知る人はいない。昔から生えている木だった。
太くなったその木の根元に少女がちょこんと座っていた。オレンジ色の着物は一目見ただけで、高級そうなものだとわかる。どこかのお金持ちの娘か何かだろう。
少女はそこを動こうとしない。何かを待つようにじっと空中を見つめていた。
と、その時少女の目の前にひらひらと一匹の蝶がやってきた。大きな黒い羽の蝶だ。それは、まるで彼女をどこかに誘うようにひらひらと少女の周りをうろうろとし始めた。
初めは彼女もただぼう、と見つめているだけだったが、やがて興味が出てきたのか、立ちあがってその蝶に触れようと手を伸ばした。しかしもう少しの所で、蝶は目の前からひらひらと飛び去ってしまい、そのまま上へと手の届かぬどこかへ飛んでいってしまった。
まるで少女に捕まるまい、とするように。
少女はつまらなそうに頬を膨らませて蝶を見上げていたが、再び木の根元に背を預けると元のようにそこに座った。
と、今度は少女のもとに一人の男がやってきた。
「こんにちはお嬢さん、何をしているのかね?」
「今日は。私は待ち人の待っておりますの」
「これは奇遇だね。私もだよ」
中年ぐらいに見えるその男は少女の隣に腰掛けた。彼は手荷物を下ろすと一つ、ふーと息をつく。その間少女は男の顔をじっと見つめていた。やがて男が居心地が悪くなったのか、男は気まずそうに口を開けた。
「その……私の顔に何かついているかね?」
「いえ、奇妙な発音に聞こえましたので……」
「ああ、それは私がイギリスから来たからかな?」
「いぎりす……? 其れは何処で御座いましょうか」
「とても遠い、遠いところだよ。今はここにとある人を迎えに来たんだ」
「どうして其の御方と離れてしまわれたのですか?」
「……どうしても行かなくてはいけない用事があってね。私の故郷で大きな戦があったんだ。それに参戦せよ、と命を受けてしまってね……」
「酷いお国ですね」
「ああ、いや故郷自体は素晴らしい所でね、私も好きなんだ」
男はしばらく自分の故郷について話した。少女は男の国について聞いていた。そこにある大きな時計塔の話、少女はどんどん男の故郷へとのめり込んでいった。
そのうちに若い女性が丘の向こうから来た。整った顔たちで、肌はこの世のものとは思えぬほどに真っ白で、とても美しかった。
「おお、待っていたぞ。では行こうかね」
「ええ、あなた」
「私の待ち人は来たようだ。名残惜しがここでお別れとなるかね」
「其の方と何処に行かれるのですか?」
「故郷に戻って二人で暮らすんだ。もう争いも終わって平和だからね」
「私、貴方のお話をお聞きしてその場所に興味が出ましたわ! 必ず私の待ち人と伴に参ります」
「その時には是非とももてなそう。では私は先におじゃまするよ。君の待ち人もすぐにくるとよいがね」
少女は立ちあがって元気よく二人に手を振った。背中が見えなくなってもいつまでも、いつまでも……。
「おい知ってるか?」
「なんだよ」
「あの丘の上の紅葉の木、出るらしいぜ」
「出るってまさか……」
「そう幽霊だ! 俺の爺ちゃんもひい爺ちゃんも、そのまたひい爺ちゃんも見たって言ってた。つまり明治ぐらいからずっといるってことだ。着物を着た女の子の霊だってよ! さらにその霊は、誰かを待つ他の霊も引き寄せるらしいぜ。もう今頃あの木の下には幽霊でいっぱいだろうな」
「お前怖いこと言うなよ……でもその女の子ってそんなに昔っからいるのか。いったい何時からいるんだろうな」
「さあ? そうだ! お前会って聞いてこいよ」
「えー、嫌だよ……」
ハハハハ……