序章
私は鳥である。
皆から見ると大空を自由に飛んでいるように見えるであろう鳥である。
だからだろうか鳥になりたいという言葉を聞くことが、あるがその意味がわからない。鳥なんてその辺りをただ飛んだり、見つけた食べ物をつつくぐらいで大きな楽しみはない。きっと人が鳥になれば、そのあまりにも退屈っぷりにすぐに後悔することになるだろう。
私がそのことに気がついたのはいつだっただろうか。ともかくそれを知った私は深く絶望した。死ぬまで事前に配置されたことを繰り返す日々、鳥はどこにいても鳥籠にとらわれているのだ。自由なんてほとんどない。
いつからか私は籠の抜け穴を探し始めるようになった。暇があれば何か他の楽しみはないのだろうかと考えていた。それが唯一の私のできた、退屈な日々への抵抗だったのである。暗中模索の中私に一筋の道が現れた。創作という救いの道である。
あれはいつだっただろうか。いつもどおりなんとなく木に止まっていると、いつの間にか木の下に少女が現れていた。木の下の少女――彼女は黒のドレスに白いフリルがついたドレスをまとい、そしてこれも黒と白の大きな帽子を被っているので、顔は上からは見えなかった。喪服にも見える服を身につけて、彼女は少しも動かない。時折吹く風が、ドレスや帽子をいたずらに動かした。まるで彼女を遊びに誘うように。しかし少女は
いったい彼女は誰を待っているのか。何を待っているのか。何故待っているのか。
そんな妄想を繰り広げていると、ふいに少女が上へと顔を上げ、私の方を見た気がした。そして目があったとたん僅かに微笑んだ。幼さの中に不思議と安心感が湧き上がってくるような妙な魅力を持つ笑みだった。
と、彼女について考えていると彼女のストーリが想像された。そして、それがいつの間にかそれが一つの物語の体制をなしていた。
初めは自分だけで楽しむだけだったが、私はいつの日かその物語を皆に聴かせるようになっていた。それは人間たちにとってはくだらないものかもしれない。しかし私にとってそれは残酷な真実から目を背ける唯一の娯楽だった。私は他にも物語を作り、その度に仲間達に聞かせていた。
仲間たちにも私の物語はそこそこの評判を得ていた。そのうち仲間内からさらに別の鳥たちに私のことが伝わり、私は一部で有名になっていた。ぜひ一度着てみたい、という鳥が幾匹も私の元を訪れてきた。私は彼らにも物語を聞かせていた。私の物語を聞いた鳥は満足気な顔をして帰っていった。中には私を師と仰ぎ、自らも物語を作り始めるものも現れるようになった。
もしかしたらその噂が鳥だけでなく人間にも伝わっていたのかもしれない。ある日私が寝床で寝ていると突然大きな音がした。びっくりして起きた寝ぼけ眼な私の元に、なんと大きな網が飛んできた。すんでのところでギリギリ飛んだ。一瞬でも遅れれば捕まっていただろう。
「くそ、惜しかったな」
なにやら言葉が聞こえる。意味まではよくわからないがなにやら危険が迫っているということだけはわかった。慌てて翼を広げてその場から飛び立った。
「おい、逃げるぞ! 早く次の網を投げろ」
また声がした。先ほどよりも大きい。すぐに次の網が迫ってきた。
全力で逃げようとした。だが少しだけ努力が足りなかったようである。あっという間に周囲を囲まれてしまい、私は捕まってしまった。
「……くれぐれも死なすなよ。また捕まえてこなくちゃいけないぞ」
「わかってますよ。全くお金持ちの考えることはわからない……」
「送るのは明日だ。それまで死なないように面倒みとけ。今日は泊まりな」
「僕昨日も泊まりですよ。店長やってくださいよ」
「俺は手続きとかで忙しんだ。またその分増やしとくから頼む」
「もう、わかりましたよ……」