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9話 問題児




 この世界で生活して、分かってきた事がある。


 そううちの1つ。レベルというのは、生命力の総合値を指しているのであって、単純に腕力のみを指し示している訳ではないそうだ。


 例えば、ギガタートルなんてカメさんがいるそうだが。そのレベルは40~50。普通の亀に比べれば、とんでもなくデカイそうだけど、しかしのろまな足で踏みつける以外に攻撃がないので、大型モンスター認定を受けているとはいえ、過去に乱獲されたので、今は逆に保護の対象らしい。


 でも生命力そのものが強いから高レベルなんだそうな。因みに歳月を経て水魔法が使えるようになったマギガタートルは、凶悪な強さだそうな。殻に籠もったまま魔法で遠隔攻撃するそうで、俄然お目にかかりたくない。


 まぁローマは一日にしてならずと言いますしおすし、地道に頑張るしかない。



「299、300! はいお疲れ様でした~じゃあ朝食にしましょう!」



 軽く柔軟体操をして、日課になっている朝の素振りが終わったら朝食だ。コビットさん達が栽培している万能野菜であるところのジャガイモをふかしたものを、ひたすら食らう。味は無理してポイントを使って調味料セットを買ったので、その塩を振りかけただけの、シンプル極まりないものだ。


 で、肝心のお味はと言うと……


「お、おいしいよ。今朝もありがとう」


「どういたまして!」


「いたしまって!」


「まして!」


 ニコニコ食事風景を見守ってくれているコビットさん達にはこう言っているけれど、正直あんまり美味しくない。


 なんていうか、生気の抜けたパサパサ感がする。これがどういう事かルパートさんに聞いたら、本来は収穫出来る様な期間じゃないのにも関わらず、強制的に魔法で成長されるもんだから、大地のエネルギー不足に陥り、腹は膨れて有害ではないものの、味や栄養価で落ちてしまうそうだ。しかも同じ畑で耕作し続けているので、土がやせてしまっているから余計だ。


 だけど、外にでれないコビットさん達には他に方法がないし、彼等に罪はない。そもそも妖精さんは僕らみたいな食事を取らない訳だし、あまり料理や人間の食文化に興味がないのかも知れない。


 まぁ食べさせて頂けるだけで感謝しよう。素質があるというだけで、現時点で村人にも劣るオイラを養ってくれている訳だからね。ありがたやありがたや。



 食事が終わると次は座学だ。テキストはあえて前世の地球のものを題材に設定しているらしい。道学基礎1は儒教の論語だったりする。


 子曰わく、云々かんぬんで始まる訓話の数々は、確かにためになったり、関心するものもあるけれど、かなり眠くなる。特に中国学者風男性の解説を聞いている時が最もヤバい。


 次第に深い深~い船を漕ぎ出してしまうと、いつの間にか講師役の先生が帰ってしまい、勉強にならないので、今では立ち上がって話を聞いたり、スクワットなんかをして眠気に耐えている。そうしている内はまだ大丈夫らしく授業を続けてくれているので、毎回何とか気合いで乗り切っている。


 それが終わったら次は、マラソンに防御基礎1の鍛錬と、一日みっちりやる。カリキュラムはルーシーが管理してくれていて、これがまた絶妙だ。ひ弱な僕に合わせて組んでくれていて、いつも音を上げるギリギリの所で訓練が終わる様になっているんだから、ありがたいやら、迷惑なのやら。


 たまに家の中から外を覗いているファーラ嬢と目が合うが、憎しみに満ちた目でこちらを睨み付けてくるだけだ。苦笑いを浮かべつつ手を振ってやると、ぷいっとどこかへ行ってしまう。難しいお年頃だ。お兄ちゃんは悲しい。


 そんなこんなで日も暮れて、夕暮れである。


「ファーラ、ご飯ここに置いておくよ。温かい内に食べてね」


 最近は彼女の夕食は僕が作っている。そのくらいなら良いでしょうとルパートさんも認めてくれた。今日の料理はハッシュドブラウンポテトだ。調味料セットにおまけで付いてきた、簡単レシピ集から採用した一品であーる。


 ジャガイモの皮をむいて千切りにして、フライパンに並べ塩胡椒、油で揚げるだけのシンプルな料理だけど、単なるふかし芋に比べれば相当うまい……はず。


 これくらいの料理なら、いくら家事の経験が乏しい僕だとしても、焦がさなきゃ良いだけだから簡単に作れる。両面をカリカリに焼いて、ホクホクにするには4、50分かかるので割と手間はかかるんだけどね。


 今直接接触するのはまだ危険との事なので、キッチンテーブルに料理皿を置くだけの寂しい関係だ。それでも翌朝お皿は綺麗に空になって帰ってくるので、案外気に入ってくれてるのかも知れない。


「じゃあ僕はこれで帰るから、また明日ね」


 その時、二階から物音がした。何だろう、何かを引きずって歩いてくる音が聞こえる。


「フェーラでしょう」


 いつの間にか側に来ていたルパートさんが、そう告げた。ゴクリと喉が鳴る。


「もう家を出られては?」


「だ、大丈夫だよ。ちょっと挨拶するだけさ」


「左様で。最悪、頭と心臓だけ守って頂ければ、お命はお救いできます。覚えておいて下さい」


「はは、は。ありがとう」


 ミシッミシッと音がして、階段を降りてくるのが分かる。やがて曲がり角から顔を出した少女と目が合った。


「や、やぁこんにちは。もうこんばんは、かな?」


「……」


「お腹減っただろ? ここにご飯置いておくからね。その、気に入ってくれると、いいけど」


「……」


 何も言わないな。マジ気まずい。


 久しぶりにちゃんと見る彼女の姿は、ひどく荒んでいた。あの綺麗だったピンクの髪は、今は赤黒い部分が多くなっており、白い二本の角も、灰色に変色している。くすんだ肌に炯々と光る金の眼が、僕を射抜いていた。



「どこか具合でも悪いの?」


「お前には関係ない」


 取り付く島もないか。まぁいきなりこの前の件を蒸し返されて、殺されるよりは良いけれど。やっぱり機嫌が悪いみたいだな。


 何故か白いワンピースの裾が汚れているし。一日中部屋の中で何をしているんだろう。気になる。


 ファーラは僕が作ったハッシュドブラウンの大皿と、水差しを手に取り。無言で部屋に引き返した。


「待ちなさい、ファーラ」


 彼女は振り返りざまに、猫の様な細長い瞳でルパートさんを見た。


「薬を忘れています。持って行きなさい」


 机の上を見ると白く小さな包み紙があった。薬包紙ってやつか。


「ふん」


 ふてぶてしくそれを持ち去る怪力幼女。


「ちゃんと食後に飲むんですよ」


「うるさい」



 ぎろりとこちらを睨んで、捨て台詞を吐いて少女は行ってしまった。ううっビビった、寿命が縮む。幼稚園児位の女の子が出す威圧感じゃないよ、あれは。


 二階に上がったのを後ろから恐る恐る確認すると。馬鹿でかい音が響いた。自室のドアを締める音だろう。力あり余ってんなぁ。




「ところであの薬って、何の薬なんです?」


「さぁ、私も詳しくは……ただ、シャノン様からはあの子の良くない性質を抑える薬とだけ、伺っております」


「へ~そうなんですね」


 僕達は家を出た。夜空には満天の星々が光り輝き、月光が淡く地上を照らし出していた。思わず空を見上げた。


「綺麗な空ですね。もうすぐ満月かな? こっちにも月はあるんだなぁ」


 僕の呟きを聞いて、ポケットのスマホから声がした。


「はい善宏様。今宵は小望月こもちづきで明日が満月です。日本では幾望きぼうとも言うそうですよ」


「なるほど、じゃあ明日はお月見だ。楽しみだね」


「「はい」」


 ルパートさんとルーシーの声が重なった。比較的穏やかな異世界の夜、僕はのんきにそんな事を考えていたんだ。




 次の日に起こる悲劇なんて、気が付く事もないまま。

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