8話 地味
「えっと、これなんかが良いかな」
僕は一つの小屋を指さした。二匹の猫ちゃんズがそれをのぞき込む。
「なるほど、確かにこれは景観を損ないませんね」
「平凡と言えなくもないですが、贅沢は言っていられませんからね、ポイントも控えめですし」
選んだのは、木製三角屋根の丸太小屋だった。値段も4500ポイントとお手頃だ。窓もあるし、良いんじゃないだろうか。後はベッドなどの家具をどうするかなんだけど、どーしよう?
まぁいいか。とりあえず家の方から先に注文しよう。
「じゃあルーシー、これにします」
「はい、かしこまりました。では内容をご確認の上、こちらにタッチして下さい」
「なになに? えっと……ってなんだこれ! 納品までかかる時間が5日!」
これまた衝撃の事実に、開いた口が塞がらない。
「これじゃあ今頼んだとしても、結局今日は野宿決定じゃないか!」
「そうなりますね」
「なんだそりゃ! はっ、そうだ! この森を出て人里に降りれば宿位あるはずだ!」
「それはその通りですが、お勧め出来ません」
「なんで?」
「もうすぐ夜になりますから近くの村に行くとしても、暗闇ではたどり着けません。結界の外に出ればモンスターも出没します。幸い今夜は雨が降りそうにないですし、星を見ながらお休みになるのも、良い経験になるのではないかと」
「どのみち野宿か、はぁ……」
ルパートさんは涼しい顔でそう提案してくれたが、僕はげんなりした顔で地面を見つめていた。
いくら親無し子とはいえ、いくらブラック企業勤めだとはいえ、今まで野宿はした事がなかった。それを異世界に来た初日から宿無しかい! あの会社でさえ、勤務開始日は帰らせてくれたぞ! まぁ次の日から缶詰だったけど。
やるせない衝動に身を打ち振るわせていると、ルーシーが囁いた。
「手がない訳ではありませんよ?」
「何だって!」
「追加でポイントを支払って頂ければ、配送時間を短縮できます。最短はっと……本日の23時40分ですね」
「おおっ凄い! でもお高いんでしょう!」
聞く声に力が入る。頼む!
「はい! 追加ポイント2000でお勉強させて頂きます!」
「だぁら、高ぇぇぇぇぇぇぇよ!」
4500足す2000で6500ポイント。これを残りの9850ポイントから引いて残りは――
3350ポイント。
どどど、どうしよう。頼まないと野宿決定だし、頼むとただでさえ少ないポイントが、さらに下がってしまうし。うががががが。
「善宏様、大丈夫ですか?」
「いかがしますか? 善宏様」
二匹の猫ちゃんに見つめられ、決断を迫られる。まさかこんな日が来ようとは。色んな意味で。
「今日、僕は頑張ったよ……ね?」
「は? えっえぇ、充分な働きをなされたと思います」
「慣れない異世界で、懸命に励まれておられるかと」
情けない嗚咽を上げながら呟く。
「しょうがねぇよなぁぁもう」
僕は承諾の震える指でアイコンに触れた。
僕が異世界に来たその日の深夜、原っぱに突如として真新しい丸太小屋が現れた。中に入るとそこはワンルームに窓があるだけだったけれど、夜露が凌げればそれでいい。
木目の綺麗な床に横たわる。羽織る布団もないけれど、仕方がない。まだ平らな所で寝れるだけましってもんだ。ブラック会社勤めで地べたはすでに友達さ。
そして崩れ落ちる様にして床の上に身を投げ出すと、あっという間に意識を手放してしまった。
「日本で生きていた時は、貯金だけが生きがいだったのになぁ……ちくしょう」
こうして僕の初日は終わった。
「お早うございます、起床のお時間です」
たしたしとピンクの肉球が頬に触れる。
「う~ん、もうそんな時間?」
「はい善宏様。お早うございます」
7日目の朝がこうして始まった。
時間ぴったしにルーシーは具現化して僕を起こしてくれる。これは異世界に来てからの定番となっていた。僕はゆっくりと立ち上がり、軽くのびをした。
今の季節は7月で、暦と季節感の推移も日本と似ているので、まぁ夏の始めといったところか。時間は7時ちょっと過ぎ。まずは顔を洗いに外に出る。
井戸かあるから、水はそこから汲めばいいんだけれど、今日は近くの小川まで行こう。
東京の夏はジメジメとして鬱陶しいものだったけれど、ここの夏は湿度が低いので快適だ。辺りに茂る広葉樹が強い日差しを遮ってくれるからかも知れないけれど、過ごしやすい。
せせらぎの音が聞こえてきた、目的地まではすぐそこ、歩いて5分だ。
川幅が狭いものの勢いよく流れている。清く澄んだ水を両手で汲み一気に飲み干す。
うまい、うますぎる。
水に味がないなんて誰が言ったんだ。口当たりが滑らかで飲みやすく、飲んだ後に微かに甘みの残るここの水は最高だ。井戸水も悪くはないけど、比べれば劣るように思う。鮮度の差みたいなのの違いかな?
続けて僕は顔を洗って、用足しをした。河原の茂みに簡易のトイレを作ったんだ。と言っても周辺を浅く掘っただけだけど。
2日目にまずした事がそれだった。穴を掘る専用道具がないので、苦肉の策から何故か勇者セットに付いてきた高枝切りバサミを無理矢理使った。掘るというよりは、ほじくるか。
スマホの機能で、背面のカメラ越しに見た対象物は名前くらいなら表示してくれる事が分かったので、確かめてみたところ、あのハサミは頑丈な未知の鉱物で出来ており、しかも自己修復する魔法付きらしい。試しに掘ってる時に出てきた木の根に使ってみたら、軽く切り裂いてしまった。安心の切断力だ。結構乱暴に使ったけど、折れず曲がらず無駄に高性能。
ぶっちゃけ今の時点でもっとも役に立っているのが、おまけで付いてきた調理、掃除、高枝切りバサミの3点セットなんだよな。
何が凄いって、性能がヤバい。その全てが丈夫で自己修復持ちな上、用途に沿った魔法が付与されており、例えば雑巾なら3回叩いて綺麗にな~れ! と言うとあら不思議、真っ黒だった雑巾が新品同然に! これは本当にスゴイわスティーブ! そうだろうジェーン? みたいな。
え? 手に入ったスキルはどうしたかって? それが使えないんだなぁもう。
いや、すぐにはって意味だけどね。
どういう事かと言えば、例えば剣術基礎1のスキルを習得したいと思って、スマホで項目をタッチすると、いきなり中世騎士風の男性が現れて、お手本を見せてくれた。
騎士が剣を上段に構えて、振り下ろす。上段に構えて、振り下ろす。それの繰り返し。ふむ。
「こうだ! よし、やってみろ!」
おっおう、初対面の相手に挨拶も無しで訓練ですか、そうですか。仕方なしに僕は、落ちてた手頃な木の枝を高枝切りバサミで棒きれに加工して、見本通りにやってみる。するとすぐに、違う違うって感じで手を掴まれて、腰や足運びを直される。
手を握られた感じは、ひんやりした風で、明らかに通常の人間のそれではない。そしてどうやらフォームが崩れたら指摘されるみたいだ。
文字通り手取り足取り教えてくれる訳だが。このおっさんが一体誰なのかは謎である。
それで形通りに何度も何度も振りかぶっては振り下ろしを一日中繰り返したところで、スマホでスキル熟練度を確認してみると、なんと10段階で2にしかなっていないという真実。
つらい。つらすぎる。
はぁ、スキルを貰えばすぐに俺つえーで無双出来ると思ってたんだけどなぁ。異世界の現実は思ったより甘くない。
どうやらこの世界のスキルというのは、地味な練習をひたすら繰り返した末に獲得するものらしい。まぁその点は向こうも同じか。
じゃあ勇者セットってのは何なのかって事なんだけど、あれはスキル習得をしやすくするためにある、学習素材みたいなものだ。要するに、それぞれのスキルに沿った教官がいて、スキルの獲得を助けてくれるみたいだ。
まぁそんな訳で、ここしばらく頑張った結果。僕の総合レベルは5で、14歳少年相当って事だ。がっくし。
まぁそれでも、この世界の住人から考えると充分チートな成長率だそうだけど、まだまだだ。
このままでは例の幼女と接触しても、開幕即死が避けられないとの事なので、地味な訓練を今日も繰り返すしかない。
はぁ……異世界と言えば定番のダンジョンに行けるのは、いつになるやら。