7話 猫と猫
「や、やめろー! ショッカー! やめてくれー!」
必死の喚き声も虚しく響き、多分彼女には届いてない。まぁ幽体なんだから当たり前なんだけど。
でも目の前で、自分の身体に訳の分からない改造をされているかと思うと、気が気でなくなる。ハラハラする。
「あ」
ルーシーが一言呟いた。
「あってなんだ! あって!」
「いえ、その……ちょっと危なそうなので、みんな待避して下さい」
「なんだとぉ! そらどういう意味だ!」
抵抗しようにも、実体がないので無駄だ。やがて激しい稲光が炸裂したかと思ったら、同時に激しい爆発が起こって風が巻き起こった。辺りは爆煙で白く霞み、僕は絶叫した。
「うぉいいいいいっ! 何さらしとるんじゃぁぁぁぁぁ!」
「おめでとうございます! 成功です! 身体に不都合はありませんか?」
「はっ?」
言われて気が付いた。自分の身体に戻ってるな。頭に肩や腕、足なんかをグルグル回してみるも、特に変わった感じはしない。逆に軽くなって、筋肉が付いた感じがする。
「だ、大丈夫だ。おぉ、なんだか強くなった気がする!」
「それはようございました。一時は失敗したかとハラハラ致しましたが」
「へ? 失敗する可能性とかあったの?」
「はい。何事も絶対などというものは、ございませんので」
「え、失敗してたらどうなってたの?」
「はい、最悪の場合、爆発四散して肉体が消滅します。それに伴い、魂の方もまた……」
「だから、そういう重要なリスクがある場合、先に言ってくれぇぇぇぇぇ!」
一際大きなシャウトがこだまする。あれ? なんか声も大きくなって、肺活量も上がった様な気がするぞ。
「兎にも角にも、これでやっとスタートラインに立てましたな。おめでとうございます。善宏様」
「おめでとうございます」
二匹の執事が慇懃な礼をして跪く。僕は両手の平を見つめ、握ったり開いたりしながら、新しい力の感触を確かめていた。
「はぁ、まぁそうだね。これからも迷惑かけると思うけど、宜しくお願いします」
ひどい目にあったけど、僕は日本人らしく頭を下げた。色々とこれからの生活が気に病まれるけれど、まぁ何とかなるさ。
やるべき事は一杯あるけれど、楽に行こう。後悔はしてもしきれない程なんだがな!
「ん~だけど、次は何から始めれば良いんだろう?」
「それでしたら、離れ小屋を作られたらいかがでしょうか」
ルパートさんが提案してくれた。でもなんで?
「家ならあるじゃない」
「恐れながら、あそこでファーラと一緒に住むおつもりですか? 寝首を掻かれますよ?」
なにそれ超怖い。あぁでもあり得る話だな。
「しかし小屋を作るって言っても、どうやって……あっ」
ルパートさんがスマホを差し出して、画面上から浮かび上がったルーシーが和やかに手を広げている。
またか。また減ってしまうのか。僕のポイント。
「ご用命ですか? 善宏様!」
「あぁ、まぁその……安い小屋とかあったら良いかな、とか」
「お任せ下さい! 日本産から異世界仕様まで、大小様々な小屋を取りそろえてございます! 是非ご検討下さい!」
あんのかい。ポンと音がして、分厚い冊子が地面に落ちた。
「なんだこれ」
拾って中身を見てみると、通販雑誌そっくりだ。無駄に芸が細かい。
「あ、ありがとう。ちょっと考えてみるよ」
僕はそう言うと、どっかりと地面に腰を落として胡座をかき、じっくりとページをめくった。
「そうだ善宏様。この画面のチェックリストを有効化して下さいませんか?」
ルーシーに言われるがまま、画面を見てみると、コンシェルジュ実体化機能をオンにしますか? となっていた。これはそのままルーシーが実体化するって事か? う~ん。
「別に良いけど、さっきみたいに怪我をしそうになったりとかは……」
「危険はありません、大丈夫です」
「ほんとかなぁ。まぁいいか、このままだと話にくいからね。ほい」
僕がいくつかの項目を認証すると、ボウンという漫画みたいな音がして、目の前に肉体を持った白猫ルーシーが現れた。格好は変わらず、黒い執事服のままだ。
「ありがとうございます善宏様。これで自由に実体化する事が出来ます。勿論元のスマホに戻ったり。スマホと一緒に現れたりも出来ますので、ご安心を」
「う、うん。宜しく」
「では失礼致します」
そう言うと何故かルーシーは僕の膝の上に座った。はい?
「では私も失礼致します」
さらにルパートさんまでも、ちょこんとルーシーの隣に座った。なんだこの状況? でも可愛い。癒やさるる。
「おおっ、これはなかなか良さそうな小屋ですな」
「ルパートさん。小屋は小屋でも、これは犬小屋ですよ。人間は小さくて入れません」
「そ、そうですか。いや、収まりが良さそうだと思いまして」
「あら、確かに言われてみれば」
「おいおい頼むよ。仮とはいえ、これからそこで暮らすんだから」
やっと落ち着いて来たので、ぱらぱらとページをめくりながら色んな話をした。
それによると、実際あの家で暮らしているのは怪力幼女だけだそうだ。食事なんかはその時々でルパートさんとかが中に差し入れしているらしい。コビットさん達も手伝ってはくれるそうだが、怖がって中には入りたがらないそうな。
コビット族はシャノンさんの妖精眷属で、沢山いても、みんなで感情を共有しているそうだ。だから前に一人が怪力幼女に捕まった事があったらしいけど、その恐怖が全体に伝わって、みんな苦手になったらしい。
ルパートさんは家を中心としたこの森周辺の管理している屋敷妖精だ。意外とここは人里に近いそうだけど、認識阻害の障壁結界を張っているので、まず発見されないそうな。
森の開けた草むらにレンガの家が有り、後は井戸がある。畑もあって、野菜なんかはコビットさん達が作っているらしい。なんでも魔法を組み合わせると、格段に早く収穫出来るんだと。さすが異世界。
魔法やこの世界の仕組みなんかについても、色々と聞きたいけれど、一度に色々な情報を聞いてもきっと覚えきれないから、今日のとこは止めとくか。それよりまずは寝床だ。
「これなんかはどうですか? 設定ポイントの手頃ですし」
「う~んでも5000ポイントかーっ、やっぱ結構するなぁ」
「それは仕方ありませんよ。仮にとは言え寝食を営む空間ですし、頑丈でないと」
「まぁ分かるんだけど、でもこれはないかな」
「何故です?」
「だって近代的過ぎるもの、来た人がびっくりする」
僕の指さす先には、スチール製のプレハブ物件が記載されていた。アルミサッシ製の大きな明かり取り窓から見る異世界の景色は、確かに美しいだろうけれども、とにかくコレジャナイ感が半端ない。いや、物置としては優秀なんだろうけど。しかも信頼と安心の日本製ときたもんだ。注文したとして、一体どこから手に入れて来るんだろう。謎だ。
「ルパートが管理する結界は完璧ですよ? 招かねば他人は絶対入ってこれません」
いや違うのだよルーシーたん。
「あ~僕が前いた世界では、家屋敷を含めた景観を大事にするという文化があってだね。この美しい森に合った小屋にしたいのだよ」
「なるほど、かしこまりました。善宏様の美意識に私、感服いたしました!」
白猫さんに分かって頂けたようで何よりだ。こちらを振り向いて、らんらんと青く輝く瞳があまりにも愛くるしいので、思わずフワフワの毛並みに手が伸びた。頭を撫でてあげると、嬉しそうに猫らしく鳴いた。
「ナァン」
その様子が可愛くて、ついついなで続けてしまう。なでなで。
「コ、コホン」
見ると、ルパートさんがわざとらしい咳払いをしている。ちょっと馴れ馴れし過ぎたかな。
「あぁごめんなさい。真面目に探すね」
「いっいえ、そうではなくてですね」
「え? 違うの?」
「その……私も、撫でて頂くに、やぶさかではないのですが、あの……」
「でもルパートさんって、男の子じゃないの?」
「いえ、私もルーシーと同様に雌型妖精になります」
「でも名前が」
「はい、私も誕生した際にシャノン様にそう申し上げたのですが、なんでもルパートたんは、逆男の娘だから! などと、訳の分からない言葉で誤魔化されまして」
おぉ、なるほど分からん。
本来男の娘とは、男なのにそうは見えない格好や内面を持つ人の事だけど、それの逆だって言うんだから、女の子なのに男っぽいって事なのか? でも、声がシブいからって、わざわざ名前まで男性名にしなくてもいいのに、どういうことだ?
「シャノンさんって結構めちゃくちゃですね」
「うぅ、我が主人を貶める様な事は言えませんが、少々困っております」
「可哀想に」
今度はルパートさんの頭を撫でてみる。しっとりとした黒い体毛は、ルーシーと同じで艶々フワフワだ。癖になりそう。再びのなでなで。
「クルゥ」
ルパートさんも猫っぽく鳴いた。少々悩ましげに聞こえたのは気のせいだろうか?
そうこうしている内に気が付けば西日が差して来た。ヤバい全然決まってない。早くしないと日が暮れてしまう。このままじゃ野宿になっちゃうぞ。
段々と周囲が薄暗くなって行く中、僕は必死にページをめくった。




