4話 壁ドン
「流石はシャノン様の見込まれたお方です。私の手助けなどいらなかったようですね」
饒舌に話す黒猫さんを見て、今日何度目かの異世界だなぁと思ってしまう。
「貴方は一体? 痛てっ!」
起き上がる為に膝立ちしようとすると、さっきまで忘れていた痛みを身体が思い出して、左足に激痛が走った。足首をかばってうずくまるしかできない。情けない事に目に涙が滲んでしまう。
「ふむ、これは大分腫れていますな。ですがこの程度ならば私にお任せ下さいませ」
「へ?」
間抜けな顔をして成り行きを見守っていると、猫さんは移動しておもむろに怪我をした患部に、ちっちゃい右手を。いや、肉球をかざした。するとどうだろう、白い光がぼうっと灯ったかと思えば、痛みが引いて行くじゃないか! 足首を何度も回してが、もう痛くないどころか、壊死していた肌も、おそらくはヒビくらい入っていた骨も、全く無事の元通りに治っていたのだ。
「すごい! これが魔法ですか?」
「その通りでございます善宏様。もうお加減は宜しいですか?」
「はい、ありがとうございます」
「それはようございました。申し遅れました、私はルパートと申します。以後お見知りおきを」
黒猫さんは優雅にお辞儀をした。その様が実に執事然として、決まっている。
「それとどうぞ私に敬語を使わないで下さいませ。貴方様は我が主人、シャノン様がお招きになったお方、お客様なのですから」
「はぁ、そうなんですか」
急展開過ぎて最初は付いていけなかったんだけど、暫くすると僕の気分も落ち着いてきたので、家が見える範囲にある大きな木に移動して、根元に腰を下ろした。涼しい風が吹き抜けて、草花が一斉に揺れる。家の方を見ると、まだ静かなままだった。
あの子がまだ部屋に閉じこもっているのか疑問に思い、その辺りの事を移動の途中でルパートさんに聞いたところ、あの家自体に魔法がかかっていてそうで、自分の意思では外に一歩も出ていけないそうだ。
ちょっと可哀想だなって言うと。そうでなければ今頃お亡くなりですよと言われてしまった。全くその通りなんで笑うしかない。
あと、敬語じゃなくて良いって言われたけれど、なんだか敬語で話したい人っているんだよね。といっても猫なんだけど。
声もシブいし、どうもルパートちゃんって感じじゃあない。まぁ服を着た黒猫さんが立って話してたら可愛いんだけど、それを上回るいぶし銀の雰囲気がある。
そんな素敵猫さんと話していると、とりあえずの課題にぶち当たった。このままではあの子の世話をするどころの話ではないという事だ。
「方法がない訳ではありません。しかし、今一度善宏様にお聞きします。今後あの娘、ファーラ・イル・アニエスカの面倒を見る覚悟がおありですか?」
キラッと細めたブルーアイが光を放ち、僕を射抜いた。さっきまでの友好的な雰囲気が急に緊迫して、唾を飲む。
「うっ、うん。そのつもりだけど……」
「本当に後悔しませんか? シャノン様もおっしゃられたと思いますが、決して強制ではございません。ここで諦めて頂いても良いのですよ?」
いいって言ってるのに、なんだか食い下がるなぁ。
「因みにだけど、僕があの子の面倒を見ないと、どうなるの?」
「我々が引き続き世話をする事になります」
「我々?」
「私と貴方様をここにお連れしたコビット達です。我々は皆、シャノン様の眷属となります。危険とは言え、主命をないがしろにする訳にはいきませんので。まぁ恐らくあの家に閉じ込めたままになるとは思いますが」
「そうなの?」
「はい。我々ではファーラを外に連れ出せません。外に出したとしても、一旦暴れ出せば、止める力がありませんので」
「飼い殺しってやつか」
「最低限の生活は保障されていますが、悪く言えばそうなります」
「彼女は何かして、あそこに閉じ込められているの?」
「いいえ違います。むしろ閉じこもっているのは本人の意思と申せましょう。ファーラは外部との接触を極端に嫌っておりますから」
「……あの子の過去に何があったの?」
「それは」
ドン! と大きな音が家の方でした。びっくりして眺めると、壁面に大きな穴が開いているじゃないか。ルパートさんが淡々と説明してくれた。
「我々の会話を盗み聞きして怒っているのでしょう」
まさかのダイナミック壁ドンである。流石異世界、スケールがデカイ。それにしてもここまでの距離で声が聞こえるものなのか。不思議そうな顔をしている僕を見て、猫さんは言った。
「あぁご覧になって分かる通り、彼女は魔族なのですよ。意識を集中すればこの位なんて事はありません。それも魔王の娘ですからね、内に秘める力は計り知れません」
「へーっそうなんだ……って魔王? あの、ゲームとか小説とかで出るラスボスの?」
「はて? ラスボスとは何でしょうか?」
くっと首を僅かに傾けるルパートたん可愛い。そうか、シャノンさんならまだしも、その配下になるとこの世界の事しか分からないのか。
「えぇまぁそれはそれとして。でもやたら強い理由が分かって納得しました。でもこの世界でも魔王は悪役なんですか?」
何の気なしに聞いてみたものの、それが失敗だった。さらに大きな音がして、家の二階壁面一部分が吹っ飛んだ。破片がここまで飛んできたくらいだ。手で庇ったので大丈夫だったけど。
こちらを睨んでいる少女と目が合った。だけどもそれは一瞬で、すぐにぷいっとどこかへ行ってしまった。
「少々うかつですな、善宏様」
「あっはい。すんません」
そうだった、気になるあの子は超地獄耳なんだった。今この瞬間も何だかんだで聞いているに違いない。全く恐ろしい。
「善宏様の認識の程は分かりかねますが、この世界での魔王とは、一般的に魔族を統べる統治者の事です。また、魔道に秀でし者を称して言う事もありますが、ファーラの場合はそうではありません。由緒正しき魔王家の血が流れています」
「へーそうなんだ、じゃあ生粋のお姫様じゃないですか。何故こんな辺鄙なところで生活を」
僕がそう聞いた時、またルパートさんの目が細くなった。ザァッと強風が一度吹き、爽やかな草の臭いと不穏な空気を運んでくれる。
僕の疑問に暫く悩んでいたように見えたけど、意を決した傍らの紳士はしかし、迷いなく答えた。
「彼女の母上が問題なのです。今は亡き先王が最後に心から愛した女性、それは人間だったのですから」
すうっと猫さんは右手を前にかざした。果たしてすぐ後に爆音がして、今度は家屋の二階部分全てが吹き飛んだ! なんつうパワーだ!
屋根がこちらに吹き飛んできたが、彼の張った魔法の盾に阻まれ、勢いをなくす。た、助かった。
「黙れクソ猫! お母さんの悪口を言うな!」
「悪口ではない、事実を述べているだけだ。宜しい。大人しく出来ないのならばお仕置きが必要だな」
そう言い放ちルパートさんは瞬間移動してファラの目の前に躍り出ると、前にかざした右手の肉球を握りしめた。
瞬時に発動する青色円形の魔法陣。青白い雷光の奔流が閃いて少女を襲う。彼女の足下にも同型の魔法陣が展開されており、あらがう事が出来ない。
「ぎゃあっ!」
短い悲鳴を残してファラは地面に倒れ込んだ。何食わぬ顔で側に戻ってきた猫さんに状況を聞いてみる。
「あの子大丈夫なんですか?」
「えぇ頑丈ですからね、少し気を失った程度ですよ」
涼しい顔でそんな事言ってるけど、マジですか。
「後、家の2階が吹っ飛んだんですが」
「あぁ、それなら心配ございません。じきに自動修復されますので。ほら、ご覧下さい」
ルパートさんに促されて見てみれば、家全体が青色の光に包まれ、見えなくなったかと思うと、次の瞬間には元通りの姿を現した。すげぇ。
「あの家はシャノン様によって、特別な魔法がかかっているのです。ご安心を」
いや逆に怖いんですけど。シャノンさんって何者なの? いや神様なんだろうけど。
「ふむ、しかしこれでようやく本題に入れますな」
「って言うと?」
「有り体に申しまして、今のままではファーラの前に出る事自体、自殺行為です。そこでシャノン様は貴方様に特別な方法で自己を強化する術をお与えになります。曰く、ユニークスキルと言えば通じるとの事ですが、お分かりですか?」
「お、おおおぉ……」
「善宏様?」
「異世界チートきたぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
赤ん坊の頃に捨てられたから覚えちゃいないけど、くそったれの父ちゃん母ちゃん、養護施設のみんな、見てますか?
俺、異世界で無双します!