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31話 義を見てせざるは勇無きなり




「だからいらねぇとはどういう事だ! オラァ!」


 村の広場から怒鳴り声が聞こえて来る。とりあえず身を隠して様子を伺う。


 リンスが言うには、前に村に来た行商人が今度は沢山の護衛を付けて再びやって来たとの事だった。彼女にはファラと一緒に居るように話してある。


 広場には木製の農機具で一応武装している獣人の成人男性達と20人程の人族男性達がなにやら言い争いをしていた。後ろの方で控えている商人風の太った男以外はみんな武装していて物々しい。


「さっき言った通りじゃ、もう薬は手に入れた。お前達から買う物なんぞ何もない。とっとと出てってくれんかのぅ」


「そうだそうだ! よそ者は出て行け!」


 村の門前で揉めたジョーさんが、一番前で声を荒げている。長老さんは朝方まで薬を作ってヘトヘトだろうに、皆の交渉役を勤めていた。


「この付近で質の悪い伝染病が流行っているっていうから、わざわざこんな田舎くんだりまでボルゾフの旦那が来て下さったんだろうがコラッ!」


 口角泡を飛ばしてハゲ散らかしたオッサンが叫んでる。その後ろで例の商人がまなじりをピクピクさせながら事態のやり取りを聞いていた。


 現状の空気はかなり悪いな、まさに一触即発。乱闘が今すぐにも起きそうな気配だ。


 しかしこのまま戦闘に突入どうしよう。僕はどっちの味方をすれば良いんだ? まぁ常識的に考えてトゥーパイ村の肩を持つんだけど、あのヤクザめいた連中にはなるべく穏便に引き取ってくれないのだろうか。


 僕が物陰で1人頭を抱えていると、太ったボルゾフとかいう商人が歩み出た。


「く、薬なんて偽物に決まっているだろう! お前達の様な貧乏人に用意できる物では無いはずだ!」


「ほっほっほ、まぁそりゃあそうなんじゃが、奇特なお人がおってのう。アルマニチムッシュを19本も譲って頂けたのじゃ。お陰で村は大助かり。全ての病人に薬は行き渡るじゃろう」


「なっ! まさかあのキノコをか! 1本で金貨1枚半もする物をそんな大量に! し、信じられん……」


「それが真なのよ。獣源病は身体から魔力が徐々に漏れていって、やがては死に至る恐ろしい病じゃが、今ならまだ間に合おう。故にお前さん達の相手をしとる暇など無いんじゃ。さっさと帰ってくれんか」


「お、おのれぇ!」




 長老は欠伸をしてるけど、対する商人側は大慌てだ。そして商人と護衛達は何やら話し合いを始めた。


「クソッこんなはずでは無かったのに!」


「だから言ったんですよ旦那、あんな奴らに一々煩わしい事しなくても、そのまま襲えばいいってよ」


「しかしそれでは、こちらも被害が出るだろう」


「なに、どうせ難民崩れの集落です。俺等にかかれば一発ですよ」


「ちっ、長い時間をかけた計画が丸々無駄ではないか!」




 僕の方からは聞こえないけれど、良くない相談をしてんだろなーとは思う。むさ苦しいオッサン連中が集まってのヒソヒソ話は、それでなくても見苦しい。




「聞こえたぞ! やっぱりお前達なんだな! 村に病原菌を持ち込んだのは!」


「女子供は家に入れ! 出てくるんじゃないぞ!」


「くるなら来い! 返り討ちだ!」




 そうだった、獣人さん達は耳が良いんだった。内緒話なんて意味ないんだな。最もどの道戦闘は避けられそうにない雰囲気だったけど。僕は穏便に事が済みそうにない予感がして、固唾を飲んだ。




「おのれっ! 国を持たない野蛮な獣人風情が粋がりおって! 手に入れた獣源病の病原菌を使って上手く奴隷にしてやろうと思ったが、もうここまでだ! やってしまえ!」


「へへっそうこなくちゃ! お前等行くぞ! 刃向かう奴は皆殺しだ!」


「ヒヤッハー!」



 遂に戦いが始まってしまった。ここに居る獣人さんの方が若干数で上回っているが、質の問題がある。こちらが木製の農機具や棒に石をくくりつけた槍なんかを使っているのに対して、相手は鉄で武装している。


「くらえ!」


 ジョーさんが棍棒を大きく振りかぶり、近くに居た男の脳天目がけて振り下ろした。その攻撃は空を切り裂き、確かに目標を捉えて攻撃は成功したかに見えた。


「へっ、効かねぇな」


「ぐわっ!」


 なんてこった。棍棒が当たったかに見えた瞬間、敵の前に青白い光の幕が現れて、ジョーさんの一撃を防いだんだ。端から見ると棍棒は空中数㎝の所で静止している様に見える。次いでジョーさんは鉄の剣で斬り掛かられ、ギリギリでそれを避けた。


「流石に獣人、運動神経だけはいい。だがどこまでもつかな?」




 その後も何度かジョーさんは攻撃しているんだけど、攻撃はことごとく弾かれているみたいだ。焦った僕はポケットを叩いてルーシーを呼んだ。


「ち、ちょっと待って。アレってなんなのさルーシー!」


 慌ててスマホを広場に向けてかざすと、すぐに返事があった。




「当代冒険者による必須アイテム、魔法の守護符ですね。持ち主をあらゆる攻撃から守ります」


「げっ、なんだそりゃ! じゃあ無敵じゃないか!」


「そうではありません。効果は持ち主の魔力に依存しますし、魔法攻撃には効き目が薄くなります。また必ずしも全身をくまなく守れている訳ではないため、効果の薄い箇所もあります。そしてあの守備符は耐えられる防御力を犠牲にして、より持久戦に適したタイプです。つまり、善宏様の武器ならばたやすく魔法障壁を切り裂けるでしょう」


「いかがされますか、善宏様」





 淡々と冷静に、そして冷酷にルーシーはその決断を僕に委ねてきた。


 いかがしましょうかって、そりゃあこのまま見殺しにはできんでしょうが常識的に考えて。


 ブルブルと鮪切り包丁を持つ手が震える。今度の相手はゴブリンとは違う、人間だ。そもそもこっちの人間の定義が僕と同じ人間なのかは置いといて、相手は意思の通う人間なんだ。


 もしかしなくてもこれは人殺しなんじゃないか? 殺れるのか、この僕に。


 でも今のままじゃあ、トゥーパイ村は全滅だ。それをただここで黙って見ているのか?





 身体が独りでに震えていた。もう夏の陽気だというのに寒くてたまらない。話し合いで済めばそれに越した事は無いと思って事態を見守っていたけど、ここに来てそんな段階は過ぎてしまったと痛感する。


 中国の三國志や水滸伝。日本の太平記や幕末なんかの歴史物が好きでよく見てきたけれど、まさか自分がこんな状況に追い込まれるとは思いもしなかった。確か三國志の英雄で、周瑜、呂蒙なき後にその人有りと言われた呉の陸遜伯言は、山賊の討伐で有名になったんだよな。


 幕末志士を奮起させた吉田松陰先生が論語を引き合いに出して言っている。



 義を見てせざるは勇無きなり、と。




 僕は背中に背負っていた包丁から静かに鞘を抜いた。構えもなっちゃいない。


 義が何か、勇気が何かなんて分からないけれど行くんだ。行くしかない。


 ファラ、兄ちゃんちょっと行ってくるよ。怖いけどさ。三國志の関羽将軍みたいにはいかないけれど、後で後悔するのは嫌だから。




 家屋の影から飛び出した僕は、商人目がけて一目散に駆けだした。狙いはあのデブただ1人。


 あいつに刃を突き付けて脅せば、上手く武装解除して立ち退いてくれるかも知れないし、被害を最小限に食い止めるにはこれしかない。気休め程度に筋力増加スキル『十人力』をかけておく。これで準備は万端だ。




「うおおおおおぉぉぉぉぉっ!」


 心の中にある怖じ気を振り払うために、精一杯の雄叫びを上げながら突進する。突然新手が登場したことで、一瞬敵側の足取りが乱れた。商人ボルゾフまでの直線距離を阻む物はない。僕はあらん限りの力を足に込めた。


「なんだ! まだ隠れている奴がいたのか!」


 ハゲのオッサンが何か言ってるが、それどころではない。例の商人まであと数メートル。奴は武装もしてないし、動きものろそうだ。人質にするにはちょうど良い。


「お前等好き勝手やりがって! そこまでだ!……ぶべらっ!」




 ボルゾフに近づき、勢いづいて手を伸ばしたその時、目の前が真っ暗になった。そして感じる顔面の痛み。





 朦朧とする頭で分かったのは、足を滑らせて地面に顔から突っ込んだって事だ。

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