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29話 やったった



「ではその行商人達が病を村に持ち込んだと?」


「はい、皆の衆はそう思っております。この疾病は我らの中では獣原病と言われておりましてな、都市部の中心で流行る獣人にのみ罹りやすい、厄介な病魔ですわ」


「連中は滞在中、特に目立った事をしてないんですがの、何故かその後になって病の床に伏す者が増えましてなぁ、他に理由が考えられんのです。ワシも本当は胡散臭い奴らを村に入れたくはなかったんじゃが、この村の存在を周辺諸国に言いふらすと喚かれてはのぉ」


 思い沈黙が辺りに立ちこめ、それと反比例して様々な薬の原料が入った釜が、異様な臭いを醸し出していた。


「ゲホッゲホッ! コリャ叶わん。すみませんが善宏殿、入り口扉を開けて下さらんか」


「はい」


 僕は鼻だけで無く、目もに染みる臭いを散らそうと、外に面した窓を開けた。するとそこで、見知った顔と目が合った。


「あれ? リンスか?」


「はい、こんばんは、お兄さん」


「どしたの?」


「いえ、その、みんなでお薬が出来るのを待ってるんです」



 よく目を凝らせると、そこには他に数人の村人達がいた。皆いたたまれなくて、薬が出来るのを今か今かと待ち望んでいるんだろう。


「おぉ皆も集まっておるのか、気が早いのぅ。お前さん方の気持ちはよう分かる、ワシも孫のミィミが寝込んでおるからの。じゃが焦っても早くは出来んよ、この爺を信じて家で待っていておくれ。なに、朝には出来ておるじゃろうて」


 長老の言葉を聞いて集まった人々は散り散りに解散していったけど、リンスだけはそこにまだ立っていた。


「お薬が出来るまで待ちます」


「やれやれ、両親に似て頑固な子じゃなぁお前も」


 長老は少女の頭を撫でてから、僕を見て言った。


「善宏殿、この子を連れて母屋で寝て下さらんか。命の恩人たる貴方が言えば、従ってくれましょう」


「えぇ、それは構いませんが」


「でっでも、長老様!」


「リンス、君がここで頑張っていたら、長老さんが心配して集中出来ないんだってさ。僕達と一緒に泊まらせてもらおうよ」


 幼くも頑なな少女をたしなめる様に、諭す様に、なるべく優しい言葉で視線を合わせ、僕は言った。


 ふいにまたあの病室を思い出す。そういえばいつも僕達はこんな感じだったな。




「そう、ですか。分かりました」


 シュンと項垂れたリス耳を優しく撫でで、そこからは何も言わなかった。僕は小屋の中に戻り、すっかり眠りについたファラを肩に抱くと、左手でリンスの手を取った。



 空には三日月が綺麗に見えていた。星が瞬いている。


「大丈夫だよ、明日にはみんな良くなるさ」


 なんの根拠も無い気休めだ。実際の患者を診てないから何とも言えないが、体力が弱った者は、いくら薬を飲んだからってすぐには治らないだろう。その辺りの事はリンスも良く理解しているはずだ。


 不安げに見上げる瞳が僕を見た。彼女からの返事は無く。ただ握った手を強く握り返すだけだった。


 そうして村での一夜は過ぎたのだった。




「うむ、これは知らない天井だ」


 誰にも分かってもらえない独り言を呟いて目を覚ます。


「はいはい、テンプレですねー」


 突然スマホから声が聞こえてきた。ぬぅ、そう言えばこいつがいた。


「うるさいな、お早うルーシー」


「お早うございます、善宏様」



 昨夜はあの後、長老さん家にそのまま泊めてもらっちゃったんだよな。客間に通されて寝かせてもらったんだけど、このベッド、シーツと枕の中に藁が入ってんだよな、サクサクな感触と音が気持ちいい。良く日に照らされた大地の香りが郷愁を感じさせる。


「おはよぅございます」


「リンスもお早う、よく寝れた?」


「はい、なんとか。お兄さんは?」


「ああうん、お陰様でと言いたい所なんだけど」


 僕は恐る恐る掛け毛布をめくってみた、するとそこには当然まだ寝ているファラがいる訳なんだけど、ひんやりと寝床が冷たい原因もまたある訳で。


「んんっ、兄ちゃん?」


「起きたのファラ」


「ん」


「それで、これはつまりどういう事かな?」


「ん?」


 ファラは眠たげに眼を擦りながら立ち上がった。寝間着は長老家の人からステテコみたいなズボン下と、シュミーズっぽいワンピースを着せてもらってるけど、見事にそれがぐっしょりだ。主に股間周りが。


 彼女はちらりと自分の姿を見た後、大きな欠伸をした。


「やったった」




 悪びれもせず、そうのたまう幼女の肩を掴む。


「こらこら駄目でしょうが、自分の家ならまだしも、余所様でしょうが」


「なんか夜におしっこ行きたいな~と思って、1回起きたんだけど」


「おお、そうなんだ」


「めんどうだからそのまま寝た」


「いや起きようよ! そこは!」


「兄ちゃんも寝てたし? トイレの場所知らないから」


「いや、そういう時は起こしていいから!」


「水のなかでおよぐ夢みた。たのしかた」


「へ~それは良かったねって、全然よかないよ! 頼むよ本当!」


「むぅ、朝からうるさい」




 等と朝から穏やかとは言いがたいやり取りがあり、様子を見に来てくれた長男のお嫁さんであるマリアムさんには平謝りした。


 彼女曰く、早朝にやっと薬が出来たそうで、今各家に配り出した所だという。その件もあって僕達の部屋に来てくれたんだ。


 リンスは薬の完成を知ると、礼を言って一目散に駆けて行った。聞くところによると、彼女の母親は例の病を看病してる内に罹ってしまったそうなので、1日も早く完治してもらいたいものだ。



 ベッドの始末はマリアムさん達がしてくれると言う事で、朝食を進められた僕達は、長老さん家族と一緒に食事を取った。出されたものはオートミールっぽい食べ物で、おかゆみたいなペースト状になっているものだった。やっぱり塩は貴重なのか、非情に味が薄い。ファラがあんまり美味しくないなんて言うから焦って注意したけれど、多分これが普通なんだろうな。


 それから水差しとコップを持って部屋に戻った。ファラに薬を飲ませるためだ。




「どうしても、飲まなきゃだめぇ?」


 ファラは必殺上目遣い殺法でこちらを見上げた。誰に教えられたものでも無いんだろうけれど、先天的にこの娘はこういう才能があるんだよな。その辺の父親や爺様なんかはイチコロだろう。


 潤んだ瞳と、ただでさえ幼く甘い声を仕立て上げた猫撫で声。すぼめて尖らせた小さな唇が保護欲求を駆り立てる。角や尻尾が無い今は、普通の美少女に見えるな。


 だがしかし。


「駄目、お薬飲むの。でないとまた暴れちゃうからね、昨日飲むの忘れちゃったし」


「え~」


「え~じゃないの、飲むの」


 ズイッと三角形の薬包紙を渡すと、水の入ったコップを持って待機した。チラッチラッとこちらを見て、不安げなアピールをしているが、鋼の精神を持っているお兄ちゃんには通用しないぞ! 足ですりすりしても無駄だ! なびかんぞ!


「むぅ、じゃあイヤだけど、しょうがないからイヤだけど、飲むから、ぎゅっとしててね」


「まかいとき」


 ファラは仰向けになり大きく口を開けて薬を口腔内に入れると、僕の手からコップを取り、一気に白色顆粒状の薬を喉に流し込んだ。ゴクンと音がしたけど、念のためもう一度水を飲ませた後で、口の中を確認する。うん、大丈夫だ。


「に、兄ちゃん」


 途端にファラが小刻みに震えだした。


「こっちおいで、だいじょうぶ、だいじょうぶ」


 僕はベッドに腰掛けて、その小さな身体を抱いてポンポンと背中を叩く。薬を飲むといつもファラはこうなる。普段高目の体温がグッと低くなり、まるで極寒の地にいるみたいにガチガチと奥歯を鳴らせる。


「ふっふっふっふっ、ふっ……ふっふっ」


 幼い唇の閒から、苦しそうな声が聞こえてくる。大体10分ほどこの状態が続くみたいだ。その間中、僕は貝の様に縮こまり、背中をさすり続ける事しかできない。


「お、お兄ちゃん、どこ?」


「ん、ここにいるよ、大丈夫だから」


 魔力の暴走を抑えるこの薬の副作用は凄まじく、一時は全身の感覚が無くなってしまうそうだ。まだ子供のファラには、痛みよりもむしろ実感を無くす体験の方が恐ろしいらしい。


 ブルブルと震え続けるファラを見ていると、たまらなくなる。こういう時に自分は無力だと実感する。慰めの声すら届かないのなら、一体自分に何が出来ると言うのか。


 それでも暫くすると、動悸や息切れは収まり目の焦点も合ってくる。どうやら山は越えたみたいだ。落ち着いて来たみたいなので、とりあえずベッドに寝かせる。


「お兄ちゃん」


「うん?」


「ありあと」


「どういたしまして」




 きゅっと握られる右手に、胸が締め付けられる。


「少しそのまま横になってな、側にいるから」


「うん」


 そう言って幼子はうっすらと瞳を閉じた。その頬には汗が滲んでいた。


「頑張ったね」


 何の効き目も無いねぎらいの言葉を投げかけ、長い髪の毛を整えてあげる。





 微かに聞き取れる寝息が耳に届く、依然としてその手は僕の右手を握ったままだ。


 将来の事を心配してもしきれないから、時々僕はたまらなくなる。


 ルパートさんにも、ルーシーにも、誰にも言えない漠然とした不安が、自分の中で確かに存在していた。

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