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28話 黄金の右




「や、やるって、何をするのか分かってんの?」


「うん、さっき見てたから、だいじょーぶ」


「だいじょーぶって、あーた」


 何をお気に召したのか全く分からないけれど、ファラはやる気マンマンだ。


「お嬢ちゃん、危ないよ。このマンドレクーダは根を伸ばして引き抜いた者を攻撃してくるのじゃ。あの森のモンスターに比べれば可愛いもんじゃが、子供のお前様では万が一という事も……」


「平気、ファラは兄ちゃんよりも強い」


 シュッシュッとシャドーボクシングの真似をする幼女さん。僕が早朝マラソンをしていた時の光景を見ていたんだな。フォームとか自分も分からないけれど、なかなか様になっている。というかバングルにより弱体化した今でも、その拳は風を切っているぞ。


「本当ですかな?」


 長老はいぶかしげな視線を僕にぶつけてきた。あはは、実はそうなんです。


「あーっ、確かにこの子は強いんですよ。おまけに感もいい。あの森で生き延びる事が出来たのは、この子のお陰でもあるんです。横に居ますんで、試しにやらせてみましょう」


「ふむ、善宏殿がそう仰るのならば、お願いしてみましょうかの」


 子供を育てる方針として、やりたい事はなるべくやらせてあげようと思う。それはやれば出来るという成功体験を、なるべく若い内に沢山経験させてあげたいからだ。その積み重ねが、後々大人になった時の自信になるのだから。


 べ、別に気持ち悪いからやりたくないとかって訳じゃないからね! いや本当に!


 僕はファラに木槌を渡そうとすると、何故か拒まれた。


「そんなのいらない。素手でいい」


 おぉぅ、マジですか。某空手の開祖は素手で牛の角を叩き折ったそうだけど、君もそんな感じなのか。


 ファラはやおら鉢植えの前に立つと、ぐわしと葉を束ねて持ち、左手で一気に引き抜いた。


「ギッ!」


 一瞬マンドレクーダの鳴き声が聞こえてきたかと思うと、すぐに沈黙した。ノーモーションで振り抜かれたファラの右拳が、あやまたず人型根っこの顔面部分にクリーンヒットして、対象を黙らせたのだ。


 これが一撃必殺の拳か。まさか4歳児にして空手の極意に到達するとは。


 だらりとその身から力を抜いて沈黙するマンドレクーダ。ありがとう、君の死は無駄にしないぞ。


「ぬおっ! 凄いじゃないかお嬢ちゃん! どれどれ、ふむ。やはり魔力がほとんど漏れておらん。今まで生きてきて、これほど上手くマンドレクーダを仕留めたのは他に知らんわい!」


 長老さんは笑いながら上機嫌だが、僕は心中複雑だ。


「う~んでも、ちょっと上手くいかない……そうだ、い~こと考えた! お兄ちゃん!」


「なに? どしたの?」


「兄ちゃんがこれ抜いて。したらファラがバーンてやるから!」


 なるほど、そうすれば早く終わるってか。


「ほほぅ、それは面白そうじゃ!」


 長老、何をウキウキしとるんですか貴方。そして僕はやっぱりこの謎生物と関わらなアカンとですか、そうですか。はぁ。


 観念してため息を付いた僕は、ファラの横に立った。


「おし、じゃあいくよ!」


「あい!」


 脇を締めてファイティングポーズを取る幼女さんの瞳は、喜々として輝いている。やる気マンマンだなぁ、こうなりゃ僕も覚悟を決めるっきゃない。


「そぉい!」


 勢いよく両手でそれを引き抜くと同時に、バチンと大きな音が室内に鳴り響いた。ついた勢いでグルングルンとマンドレクーダが鞭の様にしなり、僕の両手にまとわり付いてくる。


「ひぃぃ!」


 怯える自分とは対照的に、ドヤ顔の幼女さんは満足げだ。


「楽しい」


 まじか。




 その後、勢いづいた我が家の破壊王ことファラちゃんは、次々に引き抜かれていく人型植物を、その都度黄金の右ストレートで仕留めていった。迷い無く振り抜かれるその拳は、まさに閃光だ。末恐ろしい。


 しかし引き抜いてすぐにぶん殴るもんだから、部屋中に土が飛び散ってしまった。長老さんに申し訳ないと言ったら、事は一刻を争う緊急事態だし、そもそも元々綺麗な小屋じゃないから大丈夫と、謎のお墨付きを頂いた。


 かくて僕とファラの共闘により、室内にあった34株全てのマンドレクーダが息の根を止められるに至った。瞬殺だった。ここは苦しむ時間が少なかった分良しとしようじゃないか。ははは、は。




 マンドレクーダの下処理が完了したら、今度はいよいよアルマニチムッシュの番だ。危険な胞子をこぼさない様に吸い込まない様に、丁寧に湯だった薬湯に入れる。入っている内容物の説明を色々受けたけど、とても一度では覚えられる内容じゃ無かったし、得体の知れないモンスターの尻尾とかを平気でぶち込んでいるので、ちょっと詳しく知りたくはない。




 そうこうしている内に、とっぷりと日は暮れて夜になった。


 後の仕上げは任せて欲しいとの事だったので、僕は小上がりに腰掛けて長老の話を聞いていた、ファラは横に居てもたれ掛かり、うつらうつらとしている。


 ランプと竈の火だけが、この不思議な香りに包まれている部屋をぼんやりと照らしていた。


「村の衆が善宏殿に食ってかかったのは、訳があるのですじゃ」


 大きな釜を木のヘラでかき混ぜながら、長老はそう言った。こっくりこっくりと幼い子がしていたので、母屋の方で寝るかいと聞いてみたら、兄ちゃんの側が良いと可愛い事を言ってくれたので、靴を脱がせて毛皮の毛布を敷き、横に寝かせた。


 僕は作り置きしていると言う秘伝の薬酒をもらい、それをちびちびやりながら耳を傾けていた。




「今から遡る事、1ヶ月ほどになりましょうか。珍しくこの村に、行商人が訪れたんですじゃ。ワシ等の中には警戒する者もおったが、別段物々しくもない出で立ちで、護衛の数も少なかったじゃで、村の中に入ってくるのを許したんじゃが、恐らくそれが間違いじゃったんじゃ」


「……」


 僕は長老がする話を黙って聞いていた。火の揺らめきに合わせて影が動く。


「この村はどこの国にも属していない、言わば無国籍地帯ですじゃ。諸国を放浪してきた我々がここに落ち着いて、ちょうど1年経ちますかのう。当時いた仲間達も時折来るモンスターにやられ、随分と減り申した」


 寂しげに語るサハロフさん。一体今までの人生で、どんな事があったんだろう。


「そうまでして、何故ここにいるんですか?」


 彼は寂しげに笑った。


「ここには悪い政治が無いからですじゃ。余所はいざ知らず、この大陸では我々獣人族の居場所はないのです。同胞の多くは虐げられ、奴隷になるか、貧民街に住んでおりますじゃ。後の選択肢と言えば、辺境に隠れ住むぐらいでしてな。ここは比較的気候も温暖で、手頃な廃村があったので、そのまま移り住んでおる次第ですじゃ」


 地球の歴史でも、多種族による迫害は頻繁に起きていた。近代でも発展途上国野中では、人種差別、部族差別がまかり通っており、人道的とは言いがたい日常が繰り広げられている。インターネットとかでそういった国々の現状を知るにつれ、僕なんかはまだまだ恵まれている方だと思ったもんだ。だからって決して、ブラック企業を礼賛する気はないんだけど。



「すいません、自分も辺境から出て来たんで教えて欲しいんですが、やっぱり僕みたいな人族がここでは強いんですか?」


「いかにも、その通り。我々は息を殺し、ただ生き延びるのに精一杯ですじゃ」



 人間同士だってお互いに憎しみあうのに、異世界ではモロ人種が違う。世界の文明度がどれぐらいかは知らないけれど、この調子だと本当にお互いの事を尊重しあえるには、まだまだ月日と歳月がかかる事だろう。





 予測出来得た事態だけど、実際の困難に合っている当事者の言葉は、浮き足立っている僕に異世界での重力を与えてくれる様だった。

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