24話 マッシュポテトもどき
「お早うみんな! と言うには遅過ぎるか、はは」
昼も大分過ぎて夕方、宵の口。太陽が東から上って西に沈むのかどうか分からんが、いわゆる西日が照ってきて眩しい。
リビングに来た僕は大きくのびをした。
「か、身体はもう大丈夫なんですか?」
そこにはリンスが居た。他に実体化したルーシーとルパートさん。あとコビットさんが2人。
「うんもう大丈夫。でも直に日が暮れるから、キノコ探して村に行くのは明日になるけど、いいかな?」
「はっはい! 一緒に来てくれるだけで、嬉しいです! ありがとうごっじゃいます!」
後半噛んだみたいだけど、その姿勢にひたむきさを感じる。
「あの、ファラちゃんは?」
「ん、まだ寝てるよ。まぁそのうち起きてくるでしょ。夕飯作るから食べてよ。まぁジャガイモしかないけどね」
「そんな! 栄養のあるものを食べられるだけで、ありがたいです!」
栄養があるだけでか。リンスの暮らしている村がどういう所なのか分からないけど、なかなか生活は大変そうだ。
そんな彼女の境遇をおもんばかりつつ、台所に立つ。取り出したります材料の種類はやはり1つ、ジャガイモしかない。
この食材は万能だ。形は若干僕が知っている物と違い細長いものの、性質はほぼ同じだ。地下に茎を張り、その部分である塊茎を食べるとこも一緒。僕が来るまでは、茹でたジャガイモしかなかったけれど、調理器具と調味料セットを手に入れた今では、多少ラインナップが増えた。
と言っても、今から作るのはとても料理とは言いがたい代物だ。ピーラーで皮をむいたら、小さく切って茹で、ポテトマッシャーで潰して塩胡椒を振りかける。これだけ。
おいしいおいしい、マッシュポテトのできあがり! とは行かないのが悲しい。
レシピによると本当は牛乳やバターを入れるんだけど、そんなものはない。マヨネーズはあるにはあるけれど、もったいなくて使えない。特大サイズとは言え、1本しかないんだから大事に使わないと。
僕は出来たてのマッシュポテトもどきを皿によそい、テーブルに並べた。木の匙と沢から汲んできた水差しを添えて、テーブルに並べる。
「ファラは後から来ると思うから、先に食べてていいよ」
「えっ、でも」
「ほらほら、遠慮しないで」
「では……」
リンスは胸で手を組み、短いお祈りをした。多分食事の前にそういう習慣があるんだろう。
やがて、緊張した面持ちで匙を口元へ運んだ。その瞬間、ぽろぽろとリンスの瞳から涙がこぼれ落ちる。
「あれ? ど、どうしたの? マズかった?」
「いえ、そうじゃないんです。美味しくて。余りにも美味しくて、泣いちゃったんです。こんな美味しい食べ物を食べたのは初めてです。お母さん達にも食べさせてあげたいなって思ったら、ちょっと涙が」
「そっか」
絶句して、それ以上の言葉が出て来なかった。実はリンスによそった分だけマヨネーズが入っているんだけど、ここまで喜んでくれるとは思わなかった。
「こんなお料理作れるなんてスゴイです! お兄さん、魔法使いさんみたいです!」
「ははは、ありがとう」
「ん~っ兄ちゃん?」
そうこうしているうちにファラが起きてきた。こしこしと目をこすり、大きな欠伸をしている。
「お早う小さな怪獣さん」
「む、ファラはモンスターちがう」
「ふふふ。そこ座りな、今ご飯出してあげるから」
そう言って僕は、大皿に山盛りのポテトをよそった。テーブルに置いた時、ドンと音がする様なデカさだ。ファラは今4歳児なんだけど、食べる量は半端ない。曰く。
「ん、これ。塩味おいしい」
という事である。ルパートさんやコビットさん達は妖精だから、僕達の様な食事は必要ないそうだ。だからか知らないけれど、彼等は味に対する好奇心というものが希薄だ。食えれば良いだろうって感じなんだな、これが。異世界通販で調味料をゲットしてからというもの、ファラは益々よく食べるみたいだ。
も゛っしも゛っしとせわしなく食べ散らかしては、口の周りをベタベタにするうちの子。
「ん゛っ!」
ドンドンと胸を叩く幼女さん。
「そんなに急いで食べるからでしょ。ほら、お水飲んで」
僕が差し出したコップをとり、喉に詰まったジャガイモを胃へと流し込む。胸のつかえが取れたファラは、再び匙を取って食べ始める。旺盛な食欲は良いんだけど、俗に言う犬食いなんだよなぁ。
匙の握り方も親指と人差し指を使うとかじゃなくて、手のひらで握ってスプーンを突き刺し、自分の顔をそこへ持って行って食べるもんだから、非情にみっともない。つーかファラよ。君、自分の髪も一緒に食べているからな。
僕は綺麗な布巾で顔を拭いてあげた。ファラの食事中は横にいて時折こうしてあげている。ちょっといやがるんだけどね。
「顔拭かなくていい」
「何言ってんだ。女の子なんだから、綺麗にしとかないと駄目だろ?」
「むぅ」
ふくれっ面も可愛いだなんて思う僕は、親馬鹿なんだろうか? いや、親馬鹿だな。カメラがあれば、写真撮りまくってるところだ。
「あっあの、ファラちゃん! その、たっ、助けてくれて、ありがとう!」
席向かいに座ったリンスが、意を決して話しかけてきた。ファラの事は魔族の子だとだけ話してあるので、ちょっと緊張しているのかも知れない。
「別にお前のためじゃない」
ちらりとリンスを横目で見た後で、再び食べ始めるファラ。おいおいツンデレかよ。
「こらこら、そんな風に言わないの。こういう時は、どう致しましてって言うんだよ」
「……どーいたまして」
「ん、偉い偉い」
僕は少女の頭を優しく撫でた。すうっと猫の様にファラの両目が細くなる。こういう瞬間が一々猫っぽくて可愛い。
「あ、あと、明日は宜しくね。それで、えっと……」
「兄ちゃんは、ファラのだ」
「え?」
「兄ちゃんはファラのお兄ちゃんだ。お前にも、誰にもあげない。分かったか」
瞬間的にその眼は赤く光り、視線はリスの子を突き刺した。これは怖い。
「う、うん。分かったよファラちゃん」
「ならいい」
再びむしゃこらとポテトを食べ始めるうちの子。良かった。一瞬どうなる事かと思った。リンスにぶつけたのは警戒じゃない、僕でも分かる、あれは殺気だ。
ゴブリン戦の時よりは弱いけれど、リンスの返答次第ではどうなっていたかは分からない。そんな事を考えると急に恐ろしくなって、後ろからファラの身体を抱いた。
「どしたの、にーちゃん」
「ん? 何でもないよ」
「お兄ちゃんは甘えん坊だなぁ」
「そうだね。そうかも知れないね」
この子は賢い。だけど善悪の基準なんかが、酷く曖昧だ。自分が気に入ったら良いけれど、気に入らなければ壊す。その態度は幼児そのものだ。
ファラの場合問題なのは、力が強すぎると言う事。
念のためルーシーに確認しておいたんだけど、この世界に復活の魔法はない。
例外として死者を使役する、死霊魔術なんかもあるそうだが、基本的に一旦失われた命は復活できない。帰ってこないんだ。
幼い心に、もてあました力が、いつかまた暴走するかも知れない。そしてその時、必ず自分が側に居られるとは限らない。
ゆっくりでいいから、慌てなくていいから、この子には命の大切さを。他人をいたわる心を持って欲しいと思う。きっとそれは時間がかかり、がっかりする事も多いだろう。
でもやらなければいけない。
だって僕は、ファラのお兄ちゃんなんだから。
「2人とも、食事が終わったら明日の計画を立てよう。朝早くから出かけてキノコを探さないとね。それから村に行こう」
雰囲気を変えようと、なるだけ僕は明るく呼びかけた。