2話 初めての異世界
その後、もっと詳しい話をしてくれると思ってたら、いきなり視界がグルグル回って、気が付いた時には草の上で青い空を見ていた。
「あの~、シャノンさん? お~い神様~っ!」
呼びかけて見れども返事は無し。じっと手を見る。
何だかエライいい加減だな。詳しい説明をするより、実感した方が早いから。という無茶な理由で、早くも異境の地に投げ出された僕は頭を抱えていた。
「説明なさ過ぎでしょ、全く。これじゃブラック企業もいいとこだ」
やれやれと立ち上がり辺りを見渡せば、そこは森に囲まれた草原だった。腰の辺りまで伸びきった雑草をかき分けて進む。
聞き慣れない鳥や虫の声が耳に入る。会社での監禁暮らしで、たまに町中で見る田舎に行こう的な広告に憧れたもんだけど、実際来てみるとかなりしんどいな。地面が平らじゃないから、歩くだけで疲れる。
「いてっ!」
細長い雑草の葉で、少し指を切ってしまった。じわりじわりと指先に赤い血が滲み、慌てて押さえて止血する。
「ん? そういえば、僕の身体ってどうなってんだ? 服は、会社を出た時のままだな」
僕はジーパンにパーカー、スニーカーというラフな格好なまま、異世界に来てしまったらしい。泊まり込んで作業するのが前提の仕事だったのでこんな感じなんだけど、まぁ動きやすいからいいか。身体の方も、以前との違いは感じないな。歳も前のまま25歳でいいんだろうか?
「にしても、誰も居ないのかな……お~い!」
呼びかけてみれども、やっぱり返事は無し。僕は項垂れてため息を付いた。
「これからどうしたもんか。あと、喉渇いた」
照りつける太陽を群生した広葉樹が隠してくれるが、それでも今日が特別日差しが強いからなのか、結構暑い。一瞬パーカーを脱ごうかとも思ったけれど、葉っぱや枝でまた腕を切らないとも限らないので、そのままにしておいた。
「ラノベとかだったら、美少女に召喚されて、俺つえー! とかなのに、何なのこの地味なツラさは。洋ゲー並みのムリゲーなのかな」
動けば動くほどに汗が額や背中を伝う。あぁシャワーを浴びたい。コーラ飲みたい。あとは……餃子食いたい。
何分、いや何時間歩いただろうか。持ち物は何もない。スマホもないので時間が分からないんだ。あると言えばこのメガネぐらいだな。しかし何で視力も弱いままなんだろうか。忠実過ぎるでしょ、この身体。
不平不満を言おうにも、言いつける相手がいない。彷徨い歩けば歩く程に、行く手を遮る森は深く、焦りは募っていく。
「このまま町や森が見つからなかったらどうしよう。シャノンさんは、僕にやりがいのある生活をくれるなんて言ってくれたけど、このままじゃあその前に死んじゃうよ」
ぶつぶつ言っていると、カサッと音がして前の茂みが揺れた。
「何だろう?」
不思議に思ってそのまま見つめていると、その葉擦れの音はだんだん、その数を増し。得体の知れない存在に僕は恐怖した。
「何だ、何だよ。一体何だってんだ!」
気が付けば、ガサガサという音に、いつの間にか周りを囲まれている。日本に暮らしていた時は、命の危機なんて考えた事は無かったけれど、もしかしたら生まれ変わって早速死んでしまうかも知れない。
慌てて後ろに走り出すも、足がもつれて転んでしまった。日頃のデスクワークの付けが、こんなところで出るとは思わなかった。
「畜生! 僕なんか食ったって旨くないぞ!」
思わず手元にあった木の枝を掴んで振り回した。威嚇ぐらいになれば御の字だ。相手はまだ姿が見えないのが余計に怖い、怖すぎる!
その時、とうとう茂みから一斉に得体の知れない何かが飛び出した。
「うっうわぁぁぁぁぁぁ!」
情けない悲鳴を上げつつ、堅く目を瞑る。しまったと思った瞬間には、もう遅かった。
何やってんだ僕は! 殺して下さいって言ってる様なもんじゃないか!
後悔しつつ、歯を食いしばる。
しかし、いつまで経っても僕の身体に激痛が走ることはなかった。
恐る恐る目を開けるとそこには――
「ふに?」
帽子を被った40cm位の小人さん達が大勢僕を見つめていた、それも一様に首を傾げて。
「か……可愛い」
思わず出た言葉はそれだった。こ、これはなんていう天国だ!
「神様言って人?」
「言ってた人でない?」
「言ってた人だお」
「言ってた人だし」
見た目がみんなそっくりなのに、服装や言葉遣いが違っている。だけども、帽子や服が猫をあしらったものになっており、不思議な統一感がある。
にしても幼稚園児位に見えるけれど、この子達はどこの子だろう。
「あ、あの。皆さんはシャノンさんって知ってるかな?」
とりあえず聞いてみた。するとどうだろう。皆一緒に驚いた顔をして、声をそろえた。
「神様の言ってた人だー!」
「良かった、シャノンさんの知り合いかなんか知らないけど、言葉も通じるみたいだしって、うわ!」
安心したのも束の間、何を思ったのか小人さん達は一息に僕を担ぎ上げると、一斉に走り出した。
「わーっ!」
小人さん達は僕を掲げて、一心不乱に走り出した。小さな身体に似合わず、疲れ知らずにズンズンと凄いスピードで進んで行く。そして行き着いた先にはなんと、古ぼけた小さな家があった。
「おっ、おお~っ!」
無意識に感嘆の声が口から溢れ出た。目の前にあるのは文化的家屋。ヨーロッパの片田舎にありそうな三角屋根レンガ造りの民家だった。
「これは、小人さん達のお家ですか?」
「「「違うよ!」」」
声をそろえて、反対の声が上がった。おっおう、そうなんか。
「前は知らない人のお家だったけど、今はおにーさんのお家だよ!」
「そうだす」
「だに」
へー僕の家なんだ。さすがに異世界に来ていきなり宿無しはキツいと思ってたんですけど、大変助かります。
「ありがとう小人さん達。じゃあ、中にはいっても良いかな?」
可愛らしい隣人達に、笑顔でそう聞いてみると、何故かみんなは困った様な顔をして、集まって話し始めた。
「家に入るって、おにーさん言ってるけど、どうする?」
「どうしる?」
「危なくない?」
「ぶあなくないない?」
「ガウガウでかみかみ?」
「どぎゃーでバキバキ?」
なにやら物騒な言葉が聞こえてくるが、いまいち話の内容が見えてこない。結局何が言いたいのか。
「えっと、それで僕は、中に入っていいのかな?」
小人さん達のくりくりのお目目が僕を見る。そして暫く考えた後、おもむろに一人一事話し始めた。
「う~ん、いいけど?」
「そだけど?」
「おにーさんだけの家じゃなくない?」
「なくなくない?」
「女の子もいるんじゃない?」
「そじゃない?」
「でも危なくない?」
「でんじゃーじゃない?」
一言話し終わるたびに、こてんと首を右に傾ける小人さんズ。
なにこれ可愛い。可愛いすぐる。一匹残らず連れ去りたい衝動に駆られる。だが待つんだ。幼児誘拐罪なんてのが異世界にあるかは知らないが、犯罪行為はまずい。落ち着け、落ち着け。
「ん、じゃあ入るけど、いい?」
「いいけど、そっと?」
「とっそ?」
「そろそろ?」
「そろ~り?」
みんなして疑問系なので、相変わらず何が言いたいのか分からなかったんだけど、用心して入れば大丈夫な事が、何となく分かった。
「じゃあ、入りま~す」
見ると扉自体は木製で、丸い金属製の輪っかが一つ付いている。僕はそれを手に取り、ゆっくりと引いてみる。鍵はかかってない様で、たやすくドアは開き。僕を中に迎え入れてくれた。
こうして恐る恐る、僕は未知の領域に足を踏み入れた。