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19話 一難去って




「ゥアゴラアァ!」


 目前の敵が、口元に血を滲ませながら、大きく剣を振りかぶったのを見て、あぁこりゃ詰んだと、また思った。


 思えば短い人生だった。ハーレムどころか恋愛の1つも出来なかった。まぁでも別にいいか。痛いのは嫌だけど、もう死ぬのは2回目だから慣れてるし。


 それにしても、ファラはどうなるんだろう。


 やっと僕に笑いかけてくれる様になったのに、あの子はこれからどうなっちゃうんだろう。


 またあの家に一人で暮らすのかな。まぁルパートさんとも、これから上手くやっていったら、案外大丈夫かも知れない。嫌われてるけど、コビットさん達もいるし。


 でも恨むかな、僕の事。悲しんでくれるかな……ってそんな訳ないか。ついこの間、知り合いになったばっかだもんな。


 危機を目前にした瞬間。人は過ぎ行く時間をスローモーションに感じるって話があったけれど、まさにそれだ。僕は死に行く未来を思い、ぼんやりとそんな事を考えていた。


「善宏様、しっかりして下さい! 貴方がいなければ、ファラはずっとパンツを履かないままなんですよ!」


 その時ポケットからルーシーの声がして、ハッとなる。



 次の瞬間、大きな打撃音が森に響いた。


 でも僕は無事だ。とっさに身を捩って左に転がり、難を逃れたのだ。目標を狙って斬り掛かったのは良かったものの、生憎と剣は木の根元付近に深く食い込み、簡単には抜けそうにない。


「もっと他にかける言葉はなかったのかよ」


「とっさには思いつきませんでした」


 苦笑いを浮かべて起き上がる。


「でもおかげで助かったよ、ありがとう」


「お礼を言うには、まだ早いのでは?」


「あぁ、そうだね」


 僕は特大柳刃包丁、関ノ左近を両手で持った。これだけだと、不倫した夫を追い詰める主婦みたいな構図だけど、いちいち見た目にこだわっている場合じゃない。奴は獲物を手にしていないから、今がチャンスだ。


「うおおおおっ!」


 丸腰になったゴブリンに向かって突進する。剣を抜こうとして必死になっている奴の右脇腹に、深く包丁を突き刺した。


「ギャアウ!」


 悲鳴がこだます中、その筋肉質な身体を大地に押し倒す。これでマウントポジションだ。


「食らえ!」


 先程の反省から、何度も繰り返し突き刺す。包丁の身の部分。切っ先から刃元までを繰り返し血に染める。筋肉増強スキルの効果はすでに切れているが、それでもさしたる抵抗はなく。関ノ左近は骨すら砕き、確実に対象を死へと導いている。


「ゴパァッ!」


 ゴブリンは緑色の血を大量に口から吐き出し、悶絶した。その最後の力を振り絞り、左手で僕の顔面を鷲掴む。でもだからどうしたってんだ。


 僕は臆する事なく、油断する事なく、休む事なく、ひたすら攻撃し続けた。


 すると次第に奴の腕から力が抜けた。だらりと左腕が地に落ち、動かなくなった。


 それでも僕は刺し続ける。でないとまた起き上がって来そうな気がしたんだ。


「善宏様」


「なんだ! 戦闘中なんだから静かにしてろよ」


「攻撃対象は、とっくに活動停止しています。善宏様の勝利です」


「何? でもさっきはまた起き上がって……」


「死んでいます。よくご覧になって下さい」


 ルーシーにそう言われて、地べたに仰向けになって倒れている襲撃者の姿をまじまじ見れば、確かに事切れていた。


 念のため、恐る恐る手をかざして呼吸を確認するも、息をしている形跡はない。彼女の言う通り、僕は勝ったんだ。


「善弘様。どこかお怪我をされたのですか?」


「ん? いや、大丈夫だけど」


「では、何故泣いてらっしゃるんですか?」


「そんなの僕にだって分からない。分からないよ、何も」


 白猫さんの指摘通りだ。僕の両頬を、透明な滴が伝っては落ち、伝っては落ちた。止めどなく続くその連鎖は、どうやったら終える事が出来るのかさえ、よく分からない。


 僕はあのゴブリンに対して同情しているんだろうか? それとも、この世界で初めて明確に生命を殺めて、後ろめたい気持ちなんだろうか? あるいは、それら以外の何かか。


 よく分からない。よく分からないんだけども、こんな気持ちになったのは初めてだ。殺さなきゃ殺される。あの子を助けるためには、必要な行為だった。でも何なんだろう、この気持ちは。むなしさは。


 これからこの世界で生きて行くにあたり、戦闘をすれば、ずっとこんな感傷に浸るんだろうか? それともすっかり慣れて、平気になってしまうんだろうか。


「どっちも嫌だな……」


 僕は誰に理解されるでも無い独り言を呟き。重い身体と気持ちで少女の元へ引き返した。




「だだだっ、大丈夫でしたか! お兄さん!」


「あぁ、まぁ平気だよ」


「ででで、でも。ちちちっ、血が!」


「落ち着いて。これは相手の血だから、僕のじゃないよ。怪我はしてないんだ」


「そそっ、そですか。良かった」


「君、名前は?」


「あわ、あたしは、その、リンスって言います。あの、助けてくれて、ありがとうございました!」


 ぺこりと少女は礼儀正しく前屈の様なお辞儀をした。その際、ぽこんと飛び出た尻尾が目に付いた。あれ? これって何だ? よく見りゃ頭に猫耳みたいのが付いてるぞ! 


 長い髪はポニーテールにして結んであり、後ろの尻尾は大きく丸くて、くりんとカールしている。これはファンタジーでおなじみの獣人さんってやつか! しかもリスっ娘ときたもんだ! やばい、これは萌える。


「その、お兄さんのお名前は?」


「あっあぁ、僕は善宏だよ、宜しくね。でも何だって君みたいな女の子が一人でこんな所に」


「それは――」




 突然森の中に轟く叫び声。それは先程のゴブリンと同じものだった。悪い事に複数聞こえる。きっと倒した死体を発見したんだろう。


「くそっ! そういや、まだ他にも仲間がいるってファラが言ってたな! リンス、走れるかい?」


「はっ! はは、はい! 喜んで!」


「じゃあ僕に付いて来て! さっきの奴の仲間が来る!」


「ええええ~っ!」



 僕に続いて、リスっ娘リンスも走り出した。あの小さな家までは、そう遠くない。結界に入ってしまえば、こっちのものだ。


「大丈夫、安全地帯があるから。でも急いで!」


「はわわ、はい!」


 奥深い森の中で、もしもこれが日没後ならば帰ることが難しかっただろうけど、慌てていたとは言え、幸いにもやって来た方向は分かる。念のためルーシーにも確認しているので、間違えようがない。こういう時のナビは本当に助かるな。


 暫く走り始めると、遠くに草原と、スレート屋根の白く小さな家が見えた。まだ数日しかいないけど、愛すべき我が家ってやつだ。


「よし! あの家が見えるかい! 近くまで行けば結界が張ってあるから大丈夫だよ!」


「はっはい! きゃっ!」


 目的地が見えて安堵したのがマズかったのか、リンスは足を踏み外し、枯れ木の虚に左足首を見事に取られてしまい、うずくまった。


「大丈夫か!」


「はっはい! でも……」


「ちょっと見せて! クソッ、こんな時に!」


 駆け戻って両手でリンスの華奢な足を引く。それが押せど引けど、なかなか抜けない。


「お、お兄さん」


「え? 何? もうちょっとで抜けるから、黙ってて! っ! 抜けたぁ!」


「お兄さん」


「だから何? どうしたの」


 玉の様に吹き出る汗を拭い、ずれたメガネをかけ直すと、目の前には武装した5匹のゴブリンが、こちらを睨んでいた。


 リンスにぎゅっとTシャツの裾を掴まれる。その震えが僕にも伝わってくる。


 もうすぐそこまで来てこれかよ! チクショウ!




 結界まであと数メートル。仲間の復讐に燃える小鬼達は、僕等を見逃してくれるはずなどなかった。

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