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18話 テンプレ



「ひぐぅ」


「ギャハァハ!」



 辿り着いた先で見たものは、10歳前後に見える少女が薄汚い人型の化け物に襲われている場面だった。


 女の子は焦げ茶色のセミロングヘアーで、動きやすそうな長袖長ズボンに身を包んでいるが、所々が破れ、血が滲んでいて痛々しい。その顔は恐怖に引きつっており、鳶色の瞳は涙で濡れている。


 対するモンスターは160㎝くらいで煤けた緑色の肌をしており、露出が多い服というか、毛皮の腰蓑と胸当てを付けていた。筋骨隆々の身体には、なまじ下手な防具など邪魔になるだけなんだろう。RPGゲームで出てくるゴブリンそっくりだ。ただし、こちらの方が随分強そうではあるが。


 淀んだ黄色の眼で獲物を睨み付けては、だらしなく開いた口元から涎を垂れ流し、錆び付き、刃こぼれした剣で対象をいたぶっている様に見える。


 そこへ無防備に飛び込む男が一人。そう僕だ。


「良かった、まだ無事か!」



 駆けつけて早々、安易に声をかけたもんだからさぁ大変。


「グゥアウガァ!」


 なんだテメェはぶっ殺すぞ! って言ってるんですね? 分かります。いや、言葉自体は分かりませんよ? 意味不明ですよ? でもねー分かっちゃうんだなこれが。だっていくら僕が馬鹿だって知ってるよ、そんな顔で凄まれればね!


 奴は僕に気が付くが早いか、手にしたロングソードで斬り付けてきた。これが結構早くて、慌てて刃の圏内から飛び離れる。


 あの剣。ボロボロだけど結構頑丈そうだ。切れ味はともかく、モロに当たるとマズい。それにこうやって対峙していると、改めてレベル差を肌で感じる。間違いなく相手の方が格上だ。


 でもここで引く訳にはいかない。だってそうだろう。今現に血を流してうずくまり、震えている女の子が居るんだ。我ながら安っぽい正義感だと思うけど、ほっとけない。


 僕はベルトと胴体の閒に挿していた。特大柳刃包丁、関ノ左近を鞘から抜き放ち右手に構え、左手の料理鍋蓋を前に掲げた。


「ねぇ君、傷は平気かい!」


「は! ……っあはい! 大丈夫です」


「なら良かった、暫くそこで大人しくしてて!」


「で、でも」


「まぁ任せときなって! 何とかなるから!」


 怖がってる女の子の前だからね、勇気づけてあげないと。


「お兄さん、すごく震えてるんですけど」




 しまった。初めて会った子に見透かされてる。


 異世界での本格的戦闘は初めてだから、ここまで勢いできてしまったけれど、内心結構ビビってる。工事現場にある地面を削る機械があるでしょ? そう、あのガガガガってやつ。アレ並みに今、僕の膝は震えている。そら端から見ている方も不安になるわな。とりあえず今使えるバフ系の攻撃、防御スキルは付けておこう。


「グァウ!」


「わっ!」


 ゴブリンの恫喝に、ちょっと驚いて後ろに下がる。するとあいつは僕を見て笑った。しかし汚い笑顔だなぁ。


「い、いいか? 良く聞けよこの野郎! 黙ってここから立ち去れば、お前の命は助けてやる。だけどもし、あくまでも戦おうっていうんなら、後悔するんだな! 必ず地獄を見せてやるって! うお!」


 まだ口上の途中だってぇのに、錆びたロングソードで横薙ぎしやがった! こいつ!


「畜生! まだ台詞の途中だろ! こういうのは最後まで聞くのが、お約束ってもんだろうが! これだから異世界ってやつは!」


 今度は右上から袈裟斬りしてくる。少しは目が慣れてきたので、それを鍋盾でいなす。表面に薄く火花が散った。


 あ、アブねぇ。ちょっとマジ焦った。でもまだ大丈夫、当方に損害無しだ。慌てるな、落ち着け。今始まったばっかりだろ。


「グゥ! ゥアウ!」


 続けて、二撃、三撃と攻撃を続けるゴブリン。その度に盾を当てて何とか凌いではいるけれど、一発が重く、鋭くて。左腕ごと持って行かれそうになる。手首がへし折れそうだ! 長期戦はマズい。本能的にそう実感する。


「ハアッ! ハアッ!」


「ゲヘヘェ」


 こっちは息が上がってきたってのに、お前は平気なのかよ。やっぱり地力の差があり過ぎだ。くそっ、余裕ぶっこきやがって、笑ってやがる! でも今に見てろよ。


 僕は体勢を立て直し、再び盾を構えた。


 一撃。そう一撃があれば良い。


 奴の胴体の真ん中。心臓部分にこの左近を突き立ててやる!


 試し切りはしてないし、効果の程はフレーバーテキストを信じるしかないんだけど、あれが正しければ、難なく屈強な身体でも斬り裂けるはずだ。


 よし、やってやる。


 僕は勇気を振り絞って、感覚がなくなってきている左手で盾を構えた。


 次の一撃をいなしたら、その後すかさず右手を動かして、突く。たったそれだけの簡単なお仕事だ。何も迷う事は無い。


 幸いにも、奴の攻撃は大ぶりだ。余裕を見せてこっちをいたぶって楽しんでいるんだろうが、それが命取りだって事を分からせてやる!


「さぁ来い! このゲス野郎!」


 光を受けて白銀に輝く刃をちらつかせ挑発すると、すぐに乗って来た。ホント単純で助かる。


「ガウ!」


 狙い通りの大ぶり。右上段からの斬り落とし。


「ふっ!」


 身体を半身にして、それを避けつつ、盾で受け流す。成功だ!次に奴が振りかぶるまでが勝負! 今だ!




 僕は相手の体勢が崩れた所で、脇を締めてコンパクトに構えた柳刃包丁を前に突き出した。


「ッギャワッ!」


 犬が轢かれた時の様な短い悲鳴をあげて、ゴブリンは黒緑の血を流し、片膝を付いた。慌てて右手を引き戻す。特大柳刃包丁はやすやすと敵の身体を貫通し、刃には奴の血がべっとりと付いていた。作戦は成功だ!


「やった! ははっ、やってやったぞ! どうだ!」


 思わずそう叫んでいた。僕自身、相当な無理をしていたと思う。張り詰めていた緊張が一気にほぐれて行くのを感じた。


 でもこれで勝負は終わった、僕の勝ちだ! でもそう思って油断したのがまずかった。


「ガアァ!」


 倒したはずのゴブリンが、突然起き上がって突きを放ってきたんだ。


「うあっち!」


 変な声を出してギリギリでそれを避け、奴を見れば、全身の血管が浮かび上がり、壮絶な怒りの形相で僕を睨んでいた。今なを貫いた胸元からは血が滴り落ちているが、気にする素振りはない。


「おいおい、マジかよ」


 背中を冷や汗が伝う。肌がひりつくこの感じ。戦闘はまだ終わっちゃいない!


 連続でなりふり構わず攻撃してくる! しかもさっきよりモーションが小さく、早く、鋭くなっている。


「ゥゴラァ!」


 鬼気迫る勢いのゴブリンに対して、僕は怯えた。本気でビビった。


「ひっ……ひぃぃ!」


 怖くて怖くて、距離を取る。後ろにずり下がる。


「止めろ! こっち来んな! うぁああああ!」


 必死に鍋盾を前に出して防御するも、直に限界だ! 筋力増加スキル『十人力』の効果は、もう切れる! レベルが低いからか知らないけれど、使えるスキルは1日1種類だけだし、時間切れになったらもうお終いだ! 


 ここで忘れかけていた戦闘経過のログを見る。すると、スキル持続時間は後2分36秒! 



「そんな、嘘だろ? こんな、こんなとこで死ぬのかよ!」


 再びガクガクと震え出す膝。いや、今度は全身が震えている。


「はっそうだ! 主人公補正のスキルがあるじゃ無いか! あれがあれば、僕は無敵だぞ! って……一体どうすりゃいいんだ! こんなにピンチになってんのに、なんで発動しないんだよ!」



 しかし、泣こうが叫ぼうがログは変化せず、ゴブリンの攻撃も止まらない。だから僕は逃げ出した。


「畜生! 何なんだよこのクソ展開は! ふざけんじゃねぇよバカヤロウ!」


 誰にでもなく、暴言を吐いていた罰が当たったのか、どうかは知らないが。僕は見事に木の根に足を取られて躓いた。


「痛ってぇ……」


 急に地面が近く見えたものだから、自分が転んだんだと言う事にようやく気が付けた。


「ヤバい、早く逃げないと追いつかれ」


「ガァウ!」



 後ろの方で響いた声に驚き、跳ね起きれば、血を流しながらニタリと笑うゴブリンと目が合った。そのまま後ろに下がろうと思ったけど、木が邪魔をして動けない。万事休すだ。



「ゲーム序盤で女の子を助けるのはRPGの定石だってのに、雑魚のゴブリンが何でこんなに強いんだよ!」



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