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17話 緊張




「今、何か声がしなかった?」


「……聞き間違いではないでしょうか」


 ルパートさんが心なしか低い声でそう言った。なんだろう、いつもクールな彼女だけど、今はどこか不自然に見える。


「ギャァアウ! ギャウ!」


 続けて、肉食獣のがなり声が聞こえて来た。そう遠くない距離だと思う。


「ほらまた聞こえた! 今度はモンスターの声だ、誰かが襲われているのかもしれない!」


「気のせいでしょう。この辺りには誰も近づきません。よしんば来ても、手練れの冒険者でしょう」


 普段の慇懃無礼な態度はそのままに、ルパートさんは素っ気ない。どうしたんだろう。


「いや、そんな感じじゃなかった。あれは子供の、女の子の声だったよ。もし困ってるんなら、早く助けに行かないと!」


 無意識に例の特大柳刃包丁、関ノ左近を握りしめていた。でも次の瞬間。駆け出そうとする僕の前に立ちはだかったのは。


「お待ち下さい」


 やはりルパートさんだった。


「善宏様。外に出てはなりません」


「なんで!」


「少女の声はもう聞こえません。恐らくすでに息絶えているでしょう。仮に間に合ったとしても死体が1つ、増えるだけです。先程の話をお忘れですか?」


 黒猫さんの青いサファイアの様な瞳が、ことさら厳しく僕を責めた。


「奇跡がそう何度も続くとお思いで? 貴方様にもしもの事があれば。ファラはどうするのですか? この子の面倒を見ると仰った、あの言葉は嘘だったのですか?」


 その台詞はズンと心に響いた。確かにその通りだ。


 僕に戦闘の経験はほとんどない。ちょっとスキル先生に訓練を付けてもらっただけだ。ファラとの件だって、ほとんど幸運のみで切り抜けたと言ってもいい。次も必ず主人公補正のスキルが発動するなんて保証はどこにもないし、そもそも敵の姿すら分かっていない。不確定要素が多すぎる。


 確実に分かっているのは、ここの魔物に僕一人では太刀打ち出来ないと言う事だ。ん? でも待てよ?


「そうだ! ファラに手伝ってもらえばいいんだ! ファラならここのモンスターよりずっと強いはず! ルパートさん、ちょっとの間だけ……」


「なりません!」


 大声で彼女は怒鳴った。びっくりして続く声を失う。


「ファラをこの家から出すには、明確な条件があります。それは自らの魔力をコントロールし、なおかつ公序良俗を守る心がけを持ち合わさねばなりません。これは我が主、シャノン様直々のご下知です!」


「それにファラは魔族から追われている身! この結界内なら平気ですが、一歩外に出てみなさい、たちまち巨大な魔力から居場所がバレてしまうでしょう。また今は落ち着いていますが、いつまた何かのきっかけであの現象が発現しないとも限りません! 貴方様はその時、責任が持てるんですか!」


 リビングは水を打った様に静まりかえった。ポケットに居るルーシーも、だんまりだ。ファラも空気を読んでるのか、目を瞑って神妙にしている。


「まだ生きてる」


「え!」


「1つの弱々しいのを、強いのがいじめてる。遊んでるみたい。他に仲間が5つあるけど、まだ遠い」


「ファラ、場所は分かるかい?」


「ん、あっちに真っ直ぐ。すぐ近く」


 ファラが玄関先を指した。全身に鳥肌が立つ。口の中はカラカラで、唾もうまく飲み込めない状態だけど、これはもう行くっきゃない。


「善宏様! 正気ですか!」


「止められても僕は行くよ」


「どうやって戦うのですか!」


「それは行ってから考える」


「あぁもう!」


 玄関のドアを開けようとしたら、今度は白猫さんが立ちはだかった。


「ルーシー! 何か言って下さい!」


「善宏様、行くのであれば、鍋のフタを持って行って下さい。あれは盾になります」


「そんな、貴方まで!」


 黒猫さんが絶句している。一方具現化したルーシーは達観した様子で続けた。


「ルパート。短い付き合いでも、本当は分かってるんでしょう? 善弘様はここ一番で頑固な方なのだからしょうがないわ。私達はサポートするだけよ」


「ルーシー……」


「ごめん、ルパートさん」


 僕は急いで踵を返して台所の戸棚を探り、握りやすい取っ手の付いた蓋を持ち出した。一応鑑定しておく。




 料理鍋蓋 落とし込みタイプ42cm用


 外径412mm、円付鍋内側の段差まで落とし込んで使用するタイプの蓋。アルミに似た風合いだが、材質は不明。


 軽く丈夫な本体は、よほどの事では壊れない衝撃耐性を持つ。また断熱性に優れており、あらゆる魔法に一定の耐性がある。自動修復と強化の魔法加工がされており、取っ手は持つ者の手に合わせて、最適な大きさとなる。




 おおこれは心強い、他にも色々使えそうなのは持って行こう。乱暴に引き出しを漁ってズボンのポケットに突っ込んだ。それで慌てて出て行こうとすると。


「お兄ちゃん」


 最後はファラから声がかかった。この子は感のいい子だ。まだ幼いけれど、どういう状況か分かっているはず。顔を合わせたら自分の不安な様子を気取られると思い、背中越しに声をかける。


「大丈夫。すぐ戻ってくるから」


 そう言ったっきり僕は、振り返る事なく駆けだした。


 エントランスのドアを開け、大股で走る。


「善宏様! 部外者はここの聖域には入れません! しかし、貴方が手を繋ぐなどした場合、侵入は可能です!」


「分かった!」


 窓から叫ぶ黒猫さんにそう応えて、再び芝生を駆ける。あの獣の様な声がする以外、森の鳥や虫の出す音がしない。女の子はまだ無事だろうか。



「くそっ、間に合えよ!」


 草原と森との間で、何か透明な膜を通り過ぎる感覚があった。ちょっと驚いて立ち止まる。だが周りを見渡しても別段変化はない。


「今のが、結界って奴か?」


 疑問を感じて立ち止まっていると。再びの汚い雄叫びが響いた。


「グゥオオォウ!」


「止めて! 来ないで!」


 続いて、か弱い泣き声が耳に届く。


「あっちだ!」



 木漏れ日が薄く差す、深い森の中。流れる汗を拭う事なく、僕は問題の中心地へと足を踏み入れた。





ちょい短いですが、キリがいいのでこの辺で。それにしても、ほのぼのとは一体何だったのだろう。

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