16話 名刀
どーしたもんか。
最大の懸念であった転生早々からの滅殺は免れたっぽいけど、どーしたもんか。
ルパートさんをチラッと見る。
「ファラは今まで必要最低限の生活を送っておりました。世俗の常識やしきたり等も教えようとはしたのですが、上手くいっておりません」
伏し目がちで独白する黒猫執事さん。まぁそれはしょうがないだろう。にしてもパンツは必要最低限の内に入ってないんですか、そうですか。
しかし、幼い顔してあの攻撃力だ。易々とは近づけないから、信頼関係も作りようがなかっただろうう。僕の得た信頼だって、いまいち謎なんだよな。ちょっと聞いてみるか。
「ねぇファラ」
「なに?」
「僕の事好き?」
「うん!」
「どんなとこが好き?」
「血が美味しいから好き! あと、お料理がじょうずだから、好き!」
「あ、あっそうなんだ……へぇぇ」
なんてこった。精神的に好きって事じゃなくて、物理的に好きなのねアナタ。主に味覚的に。その後の料理が上手いってのも、美味い物が食いたいだけな気がするな。食い意地のはった子だこと。
まぁ実際、ちょっとでも仲良くなれたんだから良いか。
楽しそうに飽きる事無く床を拭くファラを見てると、そう思う。
「でも今必要なのは着る物だな。僕の服も欲しいし。できるだけ違和感がないやつ」
この際だから宣言する。僕はロリコンではない。大事な事だからもう一度言おう。
僕はロリコンではない。
養護施設では、上級生は何故か女子がいなくて、下にはむしろ女の子の方が多かった。ここから導き出される答え。それは、身内に妹がいると萌えないの法則だ。
萌えというのは、手が届かないファンタジーだからこそのものである。
これは中高を通して数少ない友人である、佐藤の言葉だ。ただ残念な事に、中二病とロリコンという現代二大疾病を早くから発症していたが。
奴の理論からいくと、いくら美人な妹がいたとしても、家族として日常空間を共にすると、その神秘性が失われ。萌えなくなってしまうそうだ。
まぁあの変態中二紳士の言わんとする事も分からなくはない。僕も年長者の役割で小さな子達の面倒を見てきたから、どうしても恋愛対象ってよりは、保護者目線になってしまう。ファラもそうだ。
だからこそ思う、ノーパンはないだろう。ノーパンは。
それどこの風俗だ。歌舞伎町か? 吉原か? お父さんはそんな娘に育てた覚えはないぞ! って、何変な事考えてんだ僕は。
テーブルに片手を付いて、反省ポーズで項垂れる。昨日の夜、ルパートさんやルーシーと話し合いをしたけれど、現状でファラを外に連れ出すのは難しそうだ。
一番でかいのは、やっぱり自分の力を制御できないって事だけど、それ以外にも、礼儀作法や常識なんかも知ってもらう必要がある。なにより、パンツくらいは履いて欲しい。切実に。
例の佐藤は自他共に認める生粋の変態だから、今この状況を見れば血涙を流して、貴様が憎い! とか芝居がかった仕草で言ってくるんだろうが。こっちは遊びじゃないんだ。
「なんとかしないと……そう言えば、一番近くの村までは半日だっけ?」
「はい。滅びていなければ、ですが」
ルパートさんが物騒な事を言っている。
「この辺りに発生する魔物はレベルが高い者が多いのです。村や主要な集落には魔物避けの結界等がありますが、強者の進行は防げません。故に犠牲となる村落もあるのです」
「げ、そうなの?」
「はい、私の記憶が正しければ、ここから南方面、小川伝いに15㎞程進んだ所に小さな獣人達の村があったはずです。正直に申しますと、善宏様のレベルではまだ危険かと思われますが、それでも行かれるのですか?」
「因みに周辺のモンスターレベルはどんなもんなの?」
「はい、およそ30から50の閒かと」
そらマズい。何だかんだでレベル6まで上がったんだけど、開幕瞬殺されるレベル差だ。
「あ、あはは。そうなんだ」
う~んまた困ったな、距離はともかく、気楽に買い物に行ける感じじゃないぞこれ。初めてのお使いから帰って来れないなんて、洒落にならない。
「うんやっぱり、もうちょっと時間が必要かな?」
何事も予定通りには行かんもんだ。
「あ」
その時びりっと何かが裂ける音がして、ファラを見ると。案の定破れた雑巾を手にしてぽかーんとしていた。
「ふぅ、じゃあご飯にしようかな」
それから暫くして、僕はマッシュポテトを昼食に作った。調理器具セットの中に、ポテトマッシャーが入っていたので、茹でたジャガイモを潰して、塩胡椒を振っただけの簡単なものだ。本当は牛乳とか入れるそうなんだが、そんなものはここにはない。でもその代わりに貴重なマヨネーズをちょっとだけ入れてみた。ファラは美味しいと、一気呵成に平らげてくれたが、正直僕は食傷気味だ。
「ごめんねファラ」
「ん?」
「今日もジャガイモだけで、ごめんね」
栽培はコビットさんの担当だが、ここで採れるのはジャガイモしかない。でもそれはしょうがない。何故ならジャガイモを作る、特殊な種芋しかここにはないからだ。
食べ物のひもじさは良く経験している。学校では給食が出て、みんなと同じ物を食べていたけれど、一歩外に出て駄菓子屋に行くとか、そういった無駄使いをする余裕は無かった。
お菓子を食べたいとか、ホットケーキを食べたいとか、コーラを飲みたいとか。
小学校時代は、そういった感情を常に押し殺していた。
だからだろうか。ファラに味気ないジャガイモしかあげられないのが、なんか悔しい。こんな小さな家に閉じ込められているんだ。せめて食べる物くらいは、腹一杯好きな物を食べさせてあげたい。
「ジャガイモの他に、食べ物ってあるの?」
絶句した。この子は今まで他の食べ物を食べた事が無いんだ。
「そっ、そうだよ。色々あるよ。待っててね、そのうち絶対持ってくるから」
「へ~それって味が付いてる?」
「うん、味付いてるよ」
「美味しい?」
「美味しいよ」
「楽しみ!」
屈託なく笑うファラを抱きしめた。少し、涙が滲む。
「お腹痛いの?」
ファラが心配して顔を覗き込んでくるけど、そんなんじゃないんだ。
「大丈夫。ちょっと目にゴミが入っただけだから。まだお腹空いてるだろ? 僕の分も食べて良いよ」
「いいの? でもお兄ちゃんは?」
「僕はもう充分だから、いいよ」
「やた!」
半分ほど残しておいたマッシュポテトもどきを、ファラに差し出す。まだ空腹には違いないけど、胸がつかえて食べられそうにない。僕は気を落ち着かせるためにも、後片付けをしようと台所に向かった。
小川から汲んできた清水を貯めた瓶から、水を汲み、食器を軽くゆすぐ。勿論この家に水道なんてないから、飲料用を含め、水資源は貴重だ。魔法の万能雑巾も使い、少ない量で手早く洗っていく。
1日も早く村に行こう。そして食べ物と着る物を手に入れよう。
身体を動かしながら思う。この時代や地域の常識は知らないけれど、このままじゃ不憫すぎるだろう。
備え付けてある戸棚から、すらりと一本の包丁を鞘から取り出して、まじまじと見つめた。勇者スキルセットにおまけで付いてきた、調理器具セットの中にある特大柳刃包丁だ。武器にするなら、これが一番それっぽいんだよなぁ。
「善宏様、鑑定されますか? ある程度はポイントがなくても調べられますよ」
ジーンズのポケットからルーシーの声がした。おおそうか、じゃあスマホをかざして見てみよう。
最高級特大柳刃包丁
全長50㎝。日本刀に準じた制作がされており、白銀の刃と黒檀色の長柄からなる。使用鉱物は不明ながら、驚異的な切れ味と刃持ちの良さを実現させている一品。
魔法効果により、折れず曲がらず刃こぼれせず朽ちない加工が施されており、切り続ける事により、むしろ切れ味は上がる特殊加工が施されている。特別製のまな板でなければ、板ごと切断してしまう程の切れ味を持つ。
元は刺身包丁だが、その刃は岩をも切り裂き、鉄を穿つだろう。
銘は、関ノ左近。
「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁ!」
思わず叫ぶお国言葉。某有名俳優さんの台詞だけど、なかなか真に迫ってるんじゃなかろうか。だって演技じゃないしね。
「こいつはとんだチートアイテムだ」
「どーしたの!」
ファラが、バンと机を叩いて椅子の上に立ち上がると。大きく木が軋む音がした。
「な、なんでもないよ。それより、おかわりあるけどいるかい?」
「いりゅ!」
多めに作っておいて良かった。ファラの空になったコップにお冷やを注いであげて、余ったポテトを鍋からよそってあげる。
「兄ちゃん」
「ん?」
「ありあと!」
「どう致しまして」
昨日言った事、覚えていてくれてたんだな。人から親切にされたらお礼を言いましょう。悪い事をしたら謝りましょうって、単純な話なんだけど。でも重要な事だ。
「ファラは賢い子だな」
むしゃこらむしゃこらと木の匙を不器用に握って、マッシュポテトの塊をせわしなく口に運ぶうちの子。なんだか妙に愛おしくて、そっと髪を撫でた。
おぉ、今感じるこの思いは、あれか。これが母性と言うものか。ん? でも僕は男だから父性なのか? なるほどよく分からん。
穏やかな昼下がりの午後、のんびりとそんな事を考えていると、微かに叫び声が聞こえた。
「きゃぁぁぁぁ!」
それが誰かは分からないし姿も見えない。
でも確実に、ファラの様な小さな子供の声だったんだ。
ストックが尽きたので、ここから先は行き当たりばったりじゃよ。